All Chapters of 幽霊聖女は騎士公爵の愛で生きる : Chapter 31 - Chapter 40

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31

(ここは、どこ?)丸太がむき出しの天井をぼんやりと見ていて、ハッと気づいた。ここは、スフィア邸の裏山に離れの小屋。レティーシャがウィンスロープ邸にいくまで暮らしていた小屋だった。何代か前のスフィア伯爵が趣味で作った小屋で、レティーシャはここで育った。(でも何か少し違和感が……そうだわ。ドモはどこかしら?)頼りになる精霊を探そうとしたとき、タッタッタッと軽い足音が聞こえてきた。レティーシャが振り返ると、見覚えのある女の子がいた。(……私?)少女は見覚えのあるワンピースを着ていた。まだ継ぎ接ぎがなくきれいな状態だ。乳母がこれを作ってくれたのは、レティーシャの記憶では六歳くらいの頃だった。(夢を、見ているのね)精神干渉。ある聖女の手記に、暗号めいた形で残されていた秘技だ。人の体には寿命という限界がある。聖女は怪我や病気を治せても、寿命をどうこうすることはできない。死は必ず訪れる。だから、体は限界だけど心は生きたいという人に聖女は夢を見させる。見るのは、その人が最も幸せだったときの夢。自由に動かせる体を持ち、苦しみも痛みもなかった頃のこと。またこんな風に……「また」と思った瞬間、人は生を捨てて死を選ぶ。 (私はまた死にたいって思ってしまったのね)あの暗号を紐解けるのは、この『しあわせな夢』を見たことのある聖女のみ。つまり、死にたいと思った聖女だけが、この死と隣り合わせの『死合わせな夢』を見ることができる。レティーシャがこの夢を見たのは、過去に二回ある。(この私はなにも知らない。私が幸せだったとき)最初は、いま夢に見ているこの六歳のとき。六歳のレティーシャは山小屋の中を駆け回っている。レティーシャがしばらく眺めていると、それに飽きたのか、六歳のレティーシャは小屋を出て庭を走り回りはじめた。山小屋は柵で囲まれていて、ここから出てはいけないとレティーシャは乳母たちに厳しく言われていた。今のレティーシャから見れば箱庭のような小さな庭。でも、当時のレティーシャにとってはこの箱庭が全て。全てだったから、ここが箱庭と気づかずレティーシャは幸せだった。   パキッ雑木林のほうから音がして、レティーシャはそちらを見た。そこには、六歳のラシャータがいた。(そう……この日初めて私
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32

ある部屋の扉の前にラシャータは立っていた。それが誰の部屋なのかを、六歳のレティーシャは当然知らない。「捕まえた!」「……きゃあああっ!」突然泣きはじめたラシャータに、六歳のレティーシャが驚く。「お父様、お父様ぁっ!!」ラシャータの大きな声に、目の前の部屋の扉が開いて男性が出てきた。だらしなく着崩れた姿。レティーシャが記憶しているよりも若い父伯爵がそこにいた。「ラシャータ、どうし……お前っ!」父伯爵は、最初は泣いているラシャータしか目に入らなかった。しかし、すぐに六歳のレティーシャに気づいた。「お前がどうしてここに……」六歳のレティーシャにとって、父伯爵は知らない人。誰か分からず、ただ見ていた。(なぜこの人はこんなに驚いているのか、そんなことを思ったはず)「レティーシャ様っ!」覚えのある女性の声に、レティーシャの心がドクンッと音を立ててなった。父伯爵の後から、部屋の中からレティーシャの乳母が出てきた。どうして乳母がここにいるのかと当時のレティーシャは思ったものだが、乳母が父伯爵の愛人だった理解していると今なら“ここにいた理由”は分かる。乳母は、レティーシャのために父伯爵の愛人をしていた。(それが、ラシャータ様と母君である伯爵夫人の気にくわなかった)父伯爵にとって、乳母との関係は遊びだったに違いない。乳母は、キレイな女性だった。こうして夢で見ても、キレイな女性だとレティーシャは思う。父伯爵の伯爵夫人に寄せる思いが何かはレティーシャには分からないが、同時期にレティーシャの母サフィニアを抱いていたことを考えると『義務』とか『取引』と言った理由があれば、女性との関係に抵抗がないのだろうといまのレティーシャは思っている。でも、それは父伯爵の都合。貴族夫人において、その権力の意地には夫の寵は必要不可欠。理由が『取引」であっても、夫の寵が他の女に向いていることが伯爵夫人には許せなかった。だから、二人はレティーシャを利用して乳母を排除した。 「お前がどうしてもというから、サフィニアが実家から連れてきたお前にレティーシャを預けたのに……レティーシャが見られた……どれだけ見られた?」父伯爵の質問の意図が分からず、レティーシャは恐怖のあまり首を横に振るしかできなかった。「いまこの屋敷にいる使用人は全員始末しなくてはな」父
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33

レティーシャのピンク色の瞳から涙が零れるのを止められない。アレックスは悩んだ。慰めるには触れなければいけない。しかし、幼い頃に受けた貴族教育によれば「女性に許可なく触れてはいけません」となっている。自分にほいほい許可を出す女性が多いためアレックスは忘れていたが、貴族令嬢のレティーシャに対する正しい対応はコレである。―― 法律で認められた妻なんだから触れるくらいいいじゃないか。これは、アレックスの中の欲深い悪魔の発言。―― 法律で認めたのは『ラシャータ』であって、彼女はラシャータじゃないでしょう。これは、アレックスの中の理性的な天使の発言。(泣いているから、慰めるだけだ)これは、アレックス自身の言い訳。(泣いている女性を放っておくなど紳士の風上にも置けないだろう?)アレックスは泣きながら愛を求めてくる女性たちに塩対応してきた過去を完全に忘れ、己を棚に上げた発言で心の中の天使を擁護した。(これが紳士の正しい行動)後ろめたさから己の行動に理由をつけ、アレックスはレティーシャを抱き寄せた。ちなみに、最も正しい紳士の行動はハンカチを渡し、「大丈夫ですか?」と二歩以上離れた場所から声をかけることである。抱き寄せるどころか、触れることすら間違っている。「もう泣くな」アレックスはこの行動が、公爵や騎士という立場から生じる義務感ではなく、ただ一人の男として愛しい女性を思っての行動だととうに自覚している。己の恋心を自覚して受け入れる。自覚。これは恋愛において重要な“初めの一歩”。「泣くな」ひたすら“泣くな”しか言えないボキャブラリーの乏しさ。しかし、アレックスは泣いている女性を慰めた験値がほぼゼロ。絞り出した記憶の中でも、幼い頃にもっと幼い妹を慰めた経験だけ。しかし、アレックスという男は、女性に触れることはおろか、同衾などに対しての経験値と免疫力はある。だから「慰めるための行動」はできる。魔力暴走で冷えた体を温めるだけ、と定番の言い訳をさっと思いつく。そして、アレックスは手際よくレティーシャを抱きかかえ、ベッドにそのまま横になった。―― 旦那様、一割ですよ! 一割!天使たちに交じって、ソフィアの叫び声が聞こえた気がした。でも、アレックスは聞こえないふりをしてレティーシャを抱きしめ続けた。どうせ、この状況を見られれば怒られ
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「さて、これからどうするかだな」動けるようになってからアレックスは「紅蓮の悪魔が健在であること」をアピールしてきた。これが国の槍で矛であるアレックスの役目だ。目が見えなかったため姿を現すことはしなかったが、アレックスの直筆のサインが出回るだけで「健在」はそれなりにアピールできた。しかし“それなり”であり、疑う声は大きい。特に、アレックスが旗頭になっている国王派に対立する貴族派は「怪しい」と大きな声で言っている。(馬鹿の愚行の極み……)アレックス不在となれば、この国は他国の脅威に晒される。国王派とか貴族派とか言っていられる状況ではなくなる。(御山の大将を気取るのはいいが、気取る御山がなくなる事態で何をやっているのか)そこが、アレックスの呆れポイント。そんな愚か者のトップは――。(スフィア伯爵……奴ががどう出るかが、なんとなく分かるのが嫌だ)アレックスが知っているドルマンなら、ラシャータとレティーシャを秘密裏に入れ替える。ラシャータは何ごともなかったように『ウィンスロープ公爵夫人』になり、ドルマンはまたレティーシャを隠し続ける。(スフィア伯爵にとって、レティーシャは金の湧く壺だからな)ドルマンがレティーシャが隠した理由は明確だ。自由に使える聖女の力を手に入れて、それを求める者から寄進という名の財産をむしり取る。グレイブの調べで、スフィア家に定期的に大きな収入があることは分かっている。スフィア伯爵家は聖女が生まれる家系として、他の貴族からいろいろ受け取っていた。これに対して、国は見て見ぬふりをしているのが実情。だからこそ、アレックスはスフィア伯爵家の財産を深くまで調べたことはなかった。それでも、分かる不自然な利益。ただそれが、何の金なのかは分かっていなかった。でも、レティーシャが生きていたことで分かった。そのために、ドルマンはレティーシャの死を偽装し、ここまで隠してきた。(王命が出たけど、あのラシャータのことだから『化け物の花嫁なんて絶対ごめん』てな感じにごメタンだろうな。それで、それならレティーシャに代わりに嫁にいかせようとでも思ったんだろう)大当たり。十年以上も婚約者をしていれば、大嫌いであっても、いや大嫌いだからこそラシャータの思考をアレックスは読めた。 (このレティーシャに、あのラシャータの真似事ができる
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35

「う……んぅ……」腕の中に抱いていたレティーシャの苦し気な声にハッとしてアレックスは腕の力を緩めた。レティーシャの眉間に寄る苦し気な皺にアレックスは顔をしかめ、親指の腹でそっと撫でる。「……お母、さ……」母を呼ぶレティーシャの声に、アレックスの眉間の皺が一層深くなる。(レティーシャの母君、サフィニア夫人は本当に自殺したのか?)レティーシャが生きていた。そうとなると、次に疑わしいのはレティーシャの母サフィニアが本当に自殺だったかどうかということになる。この疑問については、アレックスからしてみたら引き継いだものになる。サフィニアの死を最初に不審に思ったのは、アレックスの母ヒルデガルドだった。ヒルデガルドはサフィニアの姉と同じ年で、ヒルデガルドはサフィニアを妹のように可愛がっていた。アレックスとレティーシャの婚約が早々に決まったのがこの繋がりだったほどに、サフィニアもヒルデガルドを信頼し、親愛の情を寄せていた。―― この私の妹なのよ、夫に愛されないくらいで世を儚んで死ぬわけがないでしょう。サフィニアの死を「あり得ない」と断言するヒルデガルドの言葉には説得力があった。それに、夫に愛されていないことくらい“第二夫人”にさせられた時点で把握していただろうし、子を産んでから三年もたってからの自殺の理由として『夫の愛』はかなり不自然ではあった。 (レティーシャの死を偽装する場合、最も邪魔な存在はサフィニア夫人となる……そうなると、やはり、なぜレティーシャのほうだったのかとなるな)アレックスならば、第一夫人を殺してラシャータのほうを隠す。愛情というただ一つの理由を除けば、“どちら”と選んだときに第一夫人を殺すほうが遥かにリスクが低い。何しろ、第一・第二と形だけは序列があるが、貴族社会にとっては血を重んじる。第一夫人と第二夫人、平民と侯爵令嬢、大きく違う。しかも、ただの侯爵家ではない。フレマン侯爵家は十家のひとつで、代々優秀な文官を輩出してきた家柄。アレックスが公爵位を継いだときには、既にその一族が行方不明の状態だった。しかしフレマン侯爵家を知る者に話を聞けば、「ペンは剣より強し」を体現するかのように知略と謀略で武力蜂起すらさせない怖い一族だったという。(あの家門を敵に回すなど馬鹿のやること……でも、その馬鹿をするのがスフィア伯爵)馬
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36

人一人の存在を隠すなど容易な話ではない。そんな生活にレティーシャが不便を感じなかったわけがなく、不便を感じたら外に出てくるのが自然の話。それなのに、レティーシャは隠れるほうを選んだ。そんなレティーシャを表に出すには、スフィア伯爵がレティーシャにそう命じなければいけない。(命じられなければ外に出ようとしないほど、レティーシャはスフィア伯爵を恐れていたのかもしれない)アレックスはぎゅうっとレティーシャを抱きしめた。(王命でレティーシャを表に出す。それがこのシナリオを書いた人物、唯一王命を出すことができる陛下の狙い……でも、なぜこんなことをした?)素直に考えるなら、増長する貴族派(聖女派)の権勢を弱めようとするもの。スフィア伯爵家を筆頭とした聖女派の横行は、聖女がラシャータだけになってから一層酷くなった。多くの貴族が聖女の力を欲してスフィア伯爵家を媚び諂い、貴族議会は聖女派優勢で彼らの利益になる法律ばかりが決められてる。この状態を改善しようと国王と国王派は四苦八苦しているのだ。(これが王のシナリオだとしたら、陛下はレティーシャのことを知っていたとなるが……ウィンスロープですら知らないことを影が知ることができたとは思えない……分からないな)まだ判断材料が足りないと判断したアレックスは――。(よし、考えるのをやめよう)推察の多い仮定は理論を破綻させる原因のため、アレックスは別の問題に頭を切り替えることにした。(考えるべき問題はレティーシャとの結婚だな)アレックスとレティーシャは結婚はしているが、レティーシャは『ラシャータ』を名乗っている。婚姻届のサインも【ラシャータ・スフィア】。つまり、結婚は無効。ウィンスロープのことをアレックスは考える。レティーシャがこのまま公爵夫人になっても、誰も問題視はしないという自信がアレックスにはあった。(むしろ、大歓迎だろう)アレックスは、結婚後を想像する。主に、レティーシャが気後れしてしまいそうなポイントを押さえていく。(うちはこれ以上の権力はいらないから、レティーシャが嫌なら社交は必要最低限で構わない。当主の妻としての仕事をしたくないなら、代理人を立てればいい。他人の粗探しが大好物の一部貴族たちが騒ぐ可能性があるが、そんなものは潰せばいい。よし、レティーシャの生活環境に問題はない)
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「レダ卿、耳を貸していただけますか?」レティーシャの願いにレダが従うと「絶対秘密にしてくださいね」と先ず言われた。「もちろんです」「あの、ここだけの話ですが……皆さん、何か悪いものでも食べてしまったのかしら?」その心底困った声に、レダは必死に笑いを堪えた。レティーシャがそう言うのもレダには分かるが、それを言うわけにはいかない。 レティーシャの魔力暴走がおさまったあと、アレックスにより目が治ったので彼が職務に復帰することが全使用人に向けて通達された。そして、幹部職と特別にレダにだけは「レティーシャがあの聖女レティーシャであること」が知らされた。レティーシャがあの聖女レティーシャかもしれないとレダも薄々感じてはいたが、確信がもたらされたことでレダの胸はじんっと感動で痺れた。この知らせが一部に限定されたのには、レティーシャ本人にアレックスたちが彼女の正体を知っていると知られないためだった。なぜかの説明はなかった。アレックスからは。アレックスの様子から事情を察したグレイブとソフィアから説明があった。(正体がバレたと知ればレティーシャ様が離婚を切り出すかもしれなくて、切り出されたら断れなくって、だから切り出さないために閣下は奥様に好かれなければいけない……と)アレックスの女性遍歴を見聞きしているレダとしては、「その経験を活かせ」と言いたい。しかし、恋愛は周りがとやかく言うと失敗する傾向なので黙っているべきと判断した。他の者も大体同じ結論に至っている。知らされなかった使用人も、勘が悪いわけではないのでレティーシャの正体をほぼ確信しているが、ウィンスロープ邸で勤務できるほど優秀かつ信頼のおける者たちなので「何か事情があるんだろう」で静観の構えだった。 「居心地が悪かったりしますか?」「そんなことないわ。でも『専属侍女』だなんて……それも三人も……私なんかには勿体ないというか……」「本人たちの希望なので奥様が気になさる必要はありませんよ」むしろ受け入れてやってほしいとレダは思う。当初、レティーシャの専属侍女の枠は一つだった。王妃陛下でも専属侍女が一人だから、特に社交の予定がないレティーシャも一人で十分だった。しかし、その発表に全侍女が抗議した。ソフィアは耳をふさぎながら「一」に二本線を足して「三」に変更した。倍率は三分の一にな
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「奥様、今日は冷えますね」レダの言葉にレティーシャが「そうね」と頷くと、一番近くにいたトニアが顔をパッと明るくした。「温かい飲み物をお持ちします」一目散に部屋を出ていくトニアをレダは呆れて見送った。本来ならレティーシャに飲むかどうかの確認が必要である。しかし、レティーシャはにこにこ嬉しそうなだけなので、レダは何も言わないことにした。食べ物とかも一緒に頼んで三人まとめて外に出したかったが、仕方がないから諦めた。 しばらくして、トニアが戻ってきた。彼女が押しているワゴンが豪快にガチャガチャと音を立てていて、レダはヒヤヒヤした。「この紅茶の産地は……あっ!」紅茶セットを乗せたワゴンにあった陶器のポットを右手に持って、左手でソーサーごとカップを持ち上げたまではよかった。しかし、ポットを勢いよく傾けすぎた。流れ出た紅茶はカップを飛び越え、きれいな放物線を描いて机の上に落ちる。「まあ、トニア大丈夫? かかっていない? 火傷はない?」レティーシャはトニアを心配しつつも、パッとワゴンから布巾をとって紅茶が机から零れ落ちる前に手際よく拭き取った。レティーシャの手際がよく、レダが何かする余裕もなかった。レダは知らないが、レティーシャのこの反射神経はラシャータの横暴によって鍛えられていた。 「申しわけありません、奥様」「気にしないで。とても美味しい紅茶をありがとう」改めて紅茶を飲んだレティーシャの礼で少し気分は上向いたようだが、トニアは元気がない。紅茶一つも満足にいれられない自分に落ち込んでいるらしいが、レダとしては当たり前だと思わないでもない。トニアにこういう繊細な作業は向かない。もともとトニアはウィンスロープ騎士団の女性騎士で、レダの同期である。トニアの筋肉質の体は騎士服を格好よくみせていたが、ウィンスロープ公爵家の侍女が着るガーリーなデザインのお仕着せはとてつもなく似合わない。―― 騎士をやめて、奥様の専属侍女になる。そう宣言したトニアをレダは、レダの周りの騎士たちも、必死に止めた。「似合わない真似はやめろ」と遠回しに言葉を飾らずストレートな言葉で止めた。それなのにトニアは希望を変えず、驚いたことに専属侍女になった。(専属侍女に選ばれたと聞いたときには、槍でも降ってくるのではと団長と一緒に空を見上げてしまったっけ)選抜を
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「お二人は奥様の半径百メートルに不審者が現れるまでじっといていてください」不穏なことを言ってテキパキと動き始めたのは、唯一ジョブチェンジしなかった侍女ロシェット。唯一侍女として役に立つ侍女。(彼女についての情報はあまりない……他二人が異色の経歴過ぎるっていうのもあるのだけれど)「レダ」そんなことを考えていたらレティーシャに名前を呼ばれ、また三人の視線が突き刺さった。「公爵様は本日もお帰りにならないのですよね?」(……お?)少し寂し気に見えなくもないレティーシャの表情。数日前までアレックスはレティーシャの周りをウロチョロしていて、あまり効果がなさそうだったのでグレイブが「ちょっと引いてみよう作戦」を提案した。それが功を奏しているのかもしれない。その様子は専属侍女三人にも分かったようだが、「この手があったか」という風情の侍女三人をレダは無視することにした。傍付きが引いてどうすると思ったからだ。「療養中に溜まった仕事がありますから、しばらく城に泊まり込むことになるそうです」「そうですか……」(おお!)見るからに残念そうになったレティーシャに「やった」と思った瞬間、レダの背中にゾッと悪寒が走った。振り返ると侍女三人が怖い顔をしていた。「奥様を寂しがらせるなんて」レティーシャに向けるトニアの声は優しいが、レダを見る目には『どうにかしろ』と圧がすごい。彼女たちの主はレティーシャである。彼女たちは忠誠心がべらぼうに高い。レティーシャを悲しませたり寂しがらせたりする者は、それがアレックスだろうが、それが国王だろうが、絶対に許さないという意気込みでいる。因みに、彼女たちに給料を払う雇い主はアレックスである。そのためこの思想がありか無しかをレダはグレイブに確認したが、「それでこそウィンスロープです」で終わった。ウィンスロープでは『あり』ということで、彼女たちの給料や査定に影響はないことが分かった。 「レダ卿」紅茶と菓子のサーブを終えたロシェットに呼びかけられた。「アレを使いましょう」真剣な顔でロシェットがベランダを指さす。「え、アレ?」そこにある、アレ。「はい、アレです」アレとは、この屋敷のベランダというベランダの欄干に括りつけられた金属の筒のこと。ベランダというベランダだから、ここのベランダにも勿論ある。これは
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40

最近レティーシャは悩んでいる。もしかして、ウィンスロープの人たちは自分がラシャータではないことに気づいているのではないか、ということにだ。(でも、確かめようがないのよね)変に探りを入れて、実は何も気づいていなかったのに自分からバラすと言うことは避けたい。レティーシャ自身、今後の身の振り方は決まっていないからだ。(とりあえず、離婚はすべきよね)ウィンスロープ邸の者たちが聞いたら、アレックスも含めてビックリ仰天することをレティーシャは考えていた。(調べてみたら勢いで離婚して後悔して再婚するケースもあるみたいですし、そのあたりはラシャータ様に頑張っていただけばいいわよね)アレックスはラシャータとの結婚を嫌がっていた。公爵家の猟犬が死んで喪に服すから結婚できないなどと言われれば、結婚したがっていないと普通は分かる。ラシャータの振りをしているレティーシャとしては、公爵家の好意に甘えてずるずるとこの曖昧な結婚を続けてしまっていることに申しわけない。(離婚、したいですよね)アレックスの何か言いたげな目にレティーシャは気づいていた。ただ……。(公爵様を治すのに治癒力を使ったわけですし、それに恩を感じている公爵様からは離婚を切り出しにくいですわよね)初恋と恋敵への対処に悩むアレックスの態度は、レティーシャに完全に誤解されていた。(話し合うべきかしら……話し合うべきよね。でもなんて言うべきかしら。『離婚してください』?)その瞬間、大騒ぎになることは必須。(理由を問われるわよね、普通は……『恩など気にしないで離婚を』なんて、逆に恩知らずと言っている感じがしますし、『私のことは気にせず』も気にしてほしいと言っている感じですし……公爵様にお好きな方がいらっしゃれば『お幸せに』でいいのだけれど)はたとレティーシャの思考が止まる。(そういえば、公爵様は恋人とかいらっしゃらないのかしら)いる。(……いるわよね、新聞とかに騒がれていましたもの)それじゃないけれど、いる。(ラシャータ様はそれだけご自分の婚約者は人気があるのだと笑っていらっしゃったけど)それは、ラシャータの強がりである。 (私は、いやですわね。自由な時間にその方に会うということは、その方との時間を好ましく思っていらっしゃるということでしょう? それは……)レティーシャは、自分の胸に
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