All Chapters of 幽霊聖女は騎士公爵の愛で生きる : Chapter 51 - Chapter 60

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「そう言えば、どうして街歩きなんだ?」アレックスに不意に尋ねられ、その声の近さと言葉にレティーシャは驚いた。「え、あの……」「何か欲しいものがあるのか?」ただ、街を歩いてみたいだけ。歩いたことがないから。そう言おうとして、レティーシャはハッと気づく。ラシャータはよく外出していた。馬車いっぱいに箱や袋を積んで帰ってくる彼女の姿を、レティーシャは頻繁に見かけた。(今さら街歩きなんて、しかもそれを楽しみにしているなんて不信に思われたかも……)「奥様はずっと閣下の看病で忙しかったのですから、久しぶりの外出ですね」レダの言葉に、アレックスが頷く。「そうだったな。すまないな。久しぶりだと、戸惑いもあるだろう」「レアルト通りはあまり貴族のご令嬢が行くような場所ではありませんが、職人の店が軒を連ねていて気さくな者も多いので、見るだけでもかなり楽しめると思いますよ」(大丈夫、みたい……よかったわ)「そういえば、勝手決めてしまったが、レアルト通りでよかったか?」(よかったかと聞かれても……そうだ、小説に似たような会話が……確か……)「アレックス様とお出かけできるならどこでも嬉しいです」「……それなら良かった」ケホッと咳をしたアレックスの顔が赤い。「どうしましょう。やはり先ほどの咳は体調が……ロイ様」「大丈夫ですよー」ロイは呆れた目をレダに向ける。「レダちゃん、いつもこんな感じ?」ロイの言葉にレダが重々しく頷いたが、レティーシャは違うと反論する。「アレックス様のお顔はいつもこんなに赤くありませんわ。やはり風邪を……」「んー……あ、主のほうの髪がぐちゃぐちゃなのでパパッと直しちゃいますね」年の離れた妹がいて、よく面倒をみていたロイは手際よくレティーシャの髪をまとめた。「ありがとうございます。アレックス様、いかがです?」「……可愛い」「か、かわ……」レティーシャの顔が赤くなり、それを見て照れが移ったアレックスの顔が赤くなり……。「主」「ケホッ……準備できたなら行くか」「はい」「奥様、主とのデートを楽しんでくださいね」「……デート、ですか?」ロイの言葉にレティーシャが首を傾げ、レダを見る。「デートですね」「レダ卿がそういうなら『デート』なのですね」(デートなんて本で読んだだけで……街を歩くのも初めてなのに、それがデ
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「ここがレアルト通りだ」「人がいっぱいですわ」見渡す限り人、人、人。「目玉が転げ落ちるぞ」真ん丸になったレティーシャのピンク色の瞳にアレックスが笑ったものの、周囲よりも頭一つ大きい身長をいかして周りを見渡し、アレックスは眉間にしわを寄せる。「確かに今日は混んでいるな。大丈夫か?」「頑張ります」「なんでだろうか、不安しかない」アレックスにはそう言われたが、レティーシャは納得できない。なぜなら、子どもも一人で歩いている。(あのような小さな子どもにできるのですから、私にもできます)それこそ、子ども特有の理屈なきトンデモ理論。「大丈夫です、子どもではないのですから」アレックスたちは、脇を通り抜ける子どもの背を見送った。慣れているのか、危なげはない。そして、レティーシャを見る。(確かに、子どもではない……しかし……)どう見ても、危なっかしい。でも、「子どもではないのだから」と言われてしまうと、アレックスたちも「無理だろう」とは言えない。「それじゃあ、行こうか」心底不安だが、アレックスはそう言うしかなかった。最初は、順調だった。(規則性があるから、人は多くても歩きやすい)レティーシャも人込みに慣れ始めた。しかし、慣れた頃が危ないのだ。(……あら? なぜ少しずつ右に? え、また……)真っ直ぐ歩いているはずなのに、どんどん右へと逸れていく。左にいこうとしても、なぜか右に向かってしまう。「……どうしてそうなる?」真っ直ぐ歩けず右に流れていくレティーシャを、アレックスの手が肩を抱いて止める。そしてアレックスはそのまま抱え込むように、肩を引き寄せた。「あ、りがとうございます」「いや……俺こそ、すまない。本当なら肩を抱くのではなく腕を引くべきだったかも、急に腕を引っ張ると君は華奢だから肩が抜けないか心配で……」「肩が抜ける……」(街歩きは思いのほか危険なのかもしれません)そんな不安がレティーシャの足元を覚束なくさせ、レティーシャは石畳に足をとられて躓いた。「危なっ……大丈夫か?」レティーシャの肩を掴むアレックスの手に力が籠る。レティーシャはアレックスの腕に捕まるようにして、一息ついた。「は、はい」アレックスの腕を支えにして、レティーシャは体を起こす。「街歩きとはとても危険なものなのですね。頑張ります」「そん
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アレックスはレティーシャが興味を持ったものを次々購入していく。「兄さん、うちのお薦めは……」「飲み物、食べ物、その他諸々。これだけあれば十分だ」(まあ、すごい。アレックス様の手は二本しかないのに、あんなに色々持って歩いていますわ)「お兄さん、お兄さん」「だからもう十分だって。足りなければあとで取りにくるよ」アレックスは持っていたものを、レダとロイに押しつけるように渡す。そして、レティーシャの手を取って空いていたベンチに誘った。「騒がしくて堪らん」アレックスはポケットからハンカチを出すと、ベンチに敷き、そこに座るようにレティーシャに示す。レティーシャは座ったが、アレックスは立ったまま。「飲み物一つ、買えやしない」飲み物の屋台を探しながら愚痴るアレックスに、レティーシャは笑う。「アレックス様は、街のみなさんに親しまれていらっしゃるのですね」レティーシャの言葉に、アレックスは首を傾げる。「別に知り合いではないぞ?」「そうなのですか? 気さくに声をかけらえていたので、お知り合いだと思っていました」(確かに、アレックス様が有名なウィンスロープ公爵様だと知られたらもっと騒ぎが……あら?)「アレックス様も、目の色を変えていらっしゃるのですね」「ああ、思ったよりも人が多かったからな」赤い瞳は珍しく、騎士らしい大きな体と併せればアレックスの特徴となる。(藍色……)琥珀色と同様に藍色も平民の瞳の色として珍しいものではない。(こうして見ると、ウィンが人間になったみたいだわ)「藍色の目が好きか?」「……え?」「俺の目をジッと見ているから、藍色の目が好きなのかなって」(……犬に似ている、とは言えませんわね)「そうですか?」「……やっぱり色を変えるか」そう言うと、アレックスは瞳をピンク色にした。(好きな色だと言っていたから、ピンク色はおかしくないのだけれど……)アレックスの目が自分と同じ色になったことに、レティーシャは恥ずかしさを感じ、思わず俯いた。「飲み物を、買ってくる」「は、はい」アレックスの言葉に、レティーシャは顔をあげる。(……嫌な思いをさせてしまったかしら)ちらりと見えただけだったが、アレックスの顔は不機嫌そうだった。 「あーあ、主ってば……余裕がないなあ」「余裕?」ロイの言葉に、レティーシャはアレッ
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「やり過ぎた」「公爵家のみなさんはほどほどを知らないと父が嘆いていた理由が分かりました」ロイがため息を吐く。「主の場合、五分くらいの出力にしたほうが良いですね」「五分……また、半分になった」(生きているうちに最大出力が発揮できるのだろうか)そんなことを思いながら、アレックスは窓から店内を見る。中では、レティーシャが店の女性たちから水を受け取っていた。頭には濡れたタオル。(額ではないのか?)レティーシャの世話を焼く彼女たちは、この辺りに並ぶ店の女たち。アレックスが見ている間に、どんどん増えている。彼女たちがレティーシャを見る目は優しい。誰もが母親や姉のような、慈愛の籠った目をアレックスに向けている。(あれなら大丈夫だろう)レティーシャの後ろにはレダがいる。レダがいれば多少離れていても問題はないとアレックスは判断したが……。「なんだ、あれ?」「何かありました?」アレックスの視線を、ロイが追う。しかし、アレックスの目は恥ずかしそうに顔を伏せるレティーシャ。誰かが何か、レティーシャの恥ずかしがることを言ったのか、レティーシャの耳まで真っ赤だ。「可愛過ぎ……え、あんな可愛い生き物がいていいのか?」「主が激甘ドロドロのポンコツになった」げんなりと嘆くロイに、近くにいた店の者がエールを二本差し出す。冷たいエールは、温かい日差しで汗をかいている。ロイからエールを受け取ったアレックスは、店の者に感謝を伝える。「兄ちゃん、あの子にベタ惚れだな」「嫁だからな」アレックスは恥ずかしげもなく嫁だと宣言し、ベタ惚れを否定せずに頷く。「嫁さんか」「俺もあんな嫁がほしい」「彼女、妹かお姉さんいない?」最後の男の言葉に、ラシャータのぼやんとした輪郭がアレックスの頭に浮かぶ。「妹がいるが、全くお勧めしない」「えー」「残念」そう言いながら、どさくさにレティーシャがいる店の中に入ろうとする男たちをアレックスは止める。「兄さんたちだけビールを飲んでずるいだろう」「うちのジュースは美味しいよ」「金を払うからそれを寄越せ」男の手からジュースを奪い、代わりに多めに硬貨を渡す。そしてレダを手招きで呼んで、レティーシャにジュースを持っていかせた。その一連の行動に、周りの男たちが呆れる。「……兄さん、独占欲が強過ぎないか?」「普通
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店に入って漏れ聞こえた会話から、レティーシャが困っていたのは名前を聞かれたからだったと分かり、アレックスは安堵した。「レティ」全員の目がアレックスが向く。レティーシャの目は驚愕に見開かれていて、その中にある恐怖にアレックスは少し残念に思う。信じてほしい。レティーシャであることを明かしてほしい。頼ってほしい。伯爵から助けてくれと言われたら、今すぐにでも。でも、それを言っていいものかアレックスは悩んでいる。信じて頼ってくれても、レティーシャが望む未来を自分が与えられるかどうかの自信がない。(離婚してと、“ウィン”の傍に行きたいと言われたら……?)アレックスは頭を振って、笑顔に切り替える。「今日はお忍びでね」アレックスは唇の前に、人差し指をたててみせる。「ここはレアルト通りだから彼女はレティ、俺のことはルトとでも呼んでくれ」雰囲気から訳ありだと分かっていたのだろう。店内にいる女性たちは、すぐに『レティ』で納得した。「レアルト通りのレティちゃんね」「可愛らしくて、品がある呼び名だわ」「あなたにとても似合っているわね」彼女たちの言葉に、レティーシャは嬉しそうに笑った。それに満足し、自分を気にせずお喋りを楽しんでもらおうとアレックスは外に出た。.「レアルト通りにきたのは、そういう理由でしたか」「まあ、な」レアルト通りは、鍋や包丁など日用品を扱う職人の露店が多く並ぶ通り。デートにおすすめの、ロマンチックな場所とは言い難い。デートなら、宝飾品やドレスを扱う店舗がならばノックス通りがおすすめである。「こんなことしかできないけどな」「嬉しそうだから、よろしいのでは?」謙虚なアレックスの言葉に、ロイは笑う。そして、ロイは店内を見て、目を細める。「こうして見ていると、『聖女』とは本来あのような存在だったのではないかと想像させられますね」アレックスにはロイの言いたいことが分かった。あの店の中にいる者は、レダを除いて誰もレティーシャを聖女だと知らない。それなのに、あの場の誰もがレティーシャを慕っている。何の見返りも求めない、純粋な好意。「あなたに似合いそうなリボンがあるの。髪に飾ってもいいかしら?」「ありがとうございます」「お姉ちゃん、お花もつけてあげる」「まあ、ありがとう」老婆が細い指で丁寧にレティーシャの髪
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街歩きのあと、レティーシャは料理を趣味として楽しむようになった。なにやらレアルト通りのご夫人たちから何かを学んだらしい。貴族という形式に五月蠅い家ならば、公爵夫人がやることではないと諫めただろうが、ここはウィンスロープ。(権力も資産も十分ですからね、社交だろうが趣味だろうが奥様には存分に楽しんでいただきたい)レティーシャが厨房で料理を学ぶことにグレイブはもちろん、全員が協力的だった。なにしろ、レティーシャには読書か庭の散策くらいしか趣味らしい趣味がないのだ。そんなレティーシャの「したい」は全員が大歓迎した。ソフィアはお針子たちと共にレティーシャによく似合うエプロンを七枚作製、曜日ごとの日替わりである。料理長その一・カシムの弟子のガロンは、レティーシャが安全に料理ができるよう、追加予算を申請してレティーシャ簡単に扱える調理器具を購入した。ウィンスロープは料理人もウィンスロープなので、料理人たちも漏れなくマッチョ。カシムが愛用している泡だて器など、新手の武器にしか見えない。料理長その二で元庭師のカシムは、朝から日暮れまで庭で野菜の世話をしている。新鮮な野菜で料理をしてほしいという気持ちからだが、それを見てカシムは「庭師に戻ればいいのに」とぼやいていた。グレイブもそう思った。(あの“デート”で旦那様たちの仲も進展できれば良かったのですが)いま、アレックスとレティーシャは朝食の時間。場所はダイニングではなくサンルーム。外の天気や庭に咲く花が見えるため、話題に困らないというリイの案。食堂に比べて遥かに小さなテーブルだから親密な雰囲気にもなりやすいというロシェットの案。良い案を採用し、十分おぜん立てはできているとグレイブは思う。(それなのに……)「アレックス様、今日は屋敷でお仕事ですか?」食事中も何か言いたげにしていたレティーシャ。「今日は騎……っ!?」(奥様が意を決したように口を開いたのに……気づかないで、これ……)小指の爪先程度の石礫をアレックスに飛ばし、物理で強制的にアレックスの言葉を止めたグレイブ。最近はこの石礫がグレイブの必需品となりつつまる。基本的に女性との時間は、閨以外は女性任せで適当に振舞っていたアレックス。女の敵だったツケが返ってきて、気が利かないアレックスにグレイブは教育的指導をしている。決して二人の
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「もしよろしければ、なのですが……」言いにくそうに、レティーシャはアレックスを見て、隣にいたレダを見た。レダが一つ頷くと、レティーシャはアレックスに目を移す。その瞬間、グレイブは見た。(レダ卿、“私の勝ち”と誇っている場合ではありません。旦那様がフラれたら、あなたも自動的に奥様の護衛から外れるのですよ)「私に、アレックス様の昼食を作らせていただけませんか?」「君が?」一息に言い切ったレティーシャの言葉に、信じられないのだろう、アレックスが戸惑う。(ああ、もう……)レティーシャは自己評価が低い。完全にこれまでの環境のせいでレティーシャのせいではないとグレイブは分かっているが、アレックスの戸惑いを怪訝と判断してしまったレティーシャに「違います」と慌てそうになる。「奥様の料理はとても美味しいですよ。私など何度も食べさせていただいていますが、どれも絶品でございます」(レダ卿、それはレティーシャ様に自信を持たせるためですよね? 旦那様へのマウント発言ではありませんよね?)レダの“何度も”がやけに大きく、クリアに聞こえたのは気のせいだとグレイブは思うことにした。「それは嬉しい。奥さんの手作りの昼食か、とても楽しみだ」(おお。レダ卿の言葉を宣戦布告と取ったからか、旦那様の能力があがった)戦いになれば言動が段違いにレベルアップ。これが脳筋ウィンスロープの実態、アレックスもウィンスロープである。「ありがとうございます。ガロンと一緒に頑張って作りますわ」「……ガロンと? カシムはどうした?」(昼食を奥様が作ってくれるのは嬉しいけれど、“ガロンと”というのが気に入らない、と。分かりやすいお表情ですな)カシムは娘もいる愛妻家だが、ガロンは現在彼女募集中の独身。「カシムは今日、新しい肥料を試してみるそうです」「あいつ……庭師に戻すか。いや、そうするとカシムが常に……」(カシムの件は同感ですが、余裕がございませんね、旦那様)「奥様、ご昼食にサンドイッチはいかがでしょうか?」サンドイッチはすでにレティーシャが一人で何度か作っていることをグレイブは知っている。それならカシムの手を借りる必要はない。例え借りたとしても、ほんの一時で終わる。「サンドイッチか、嬉しいな」グレイブは自分のファインプレーを自分で褒め称えた。(サ
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「お金を渡しますから、奥様がお好きそうなお菓子を買ってきてくださいませ」「五歳の俺にも同じようなことを言ったな。公爵になっても、小遣いもらってお使いか」アレックスが楽しそうに笑う。「寄り道をしてもいいですが、ご飯までには帰ってきてくださいね。帰ってきたら手洗いとうがいをするんですよ」「はいはい」屈託なく笑うアレックス。(最近の旦那様は、昔を思い出してよくお笑いになる。いい思い出を思い浮かべられるようになって、本当に良かった)アレックスの笑顔は、彼を保護していた前公爵夫妻が亡くなってからあまり見なくなった。でも、レティーシャが来てから増えている。五歳どころか生まれたときからアレックスを知っているグレイブとしては、感慨深い。そして、レティーシャを思い浮かべているらしいアレックスの甘い顔にグレイブは亡き主を重ねる。(あの坊ちゃまがこんなに大きく……ああ、そうでした)「旦那様、ついでにこの発注リストを商会にもっていってください」「それは別に構わないが……」渡されたリストの内容に、アレックスは首を傾げる。「かなりの量だな。ほとんど食い物だが、レティーシャが失敗でもしたのか?」「奥様が料理をなさるようになって食費は増えましたが、それは失敗などではなく、レダ卿と侍女三人がご相伴にあずかっているからです」「何をしているんだ」「味見だそうです。まあ、それはウィンスロープのエンゲル係数を考えれば微々たる量なのですが、この追加はケヴィン様がいらっしゃるからです」アレックスの眉間にしわが寄る。「ケヴィンが来るのは来月だろう?」「先ほど鳩が手紙を持ってきまして、『今日そっちに着くからよろしく♡』だそうです」「……計画的な抜き打ちだな」アレックスはため息を吐いた。「おそらく、先日の旦那様たちのデートの話をお聞きになったのでしょう」「ケヴィンは俺とラシャータがデートしたと思っているだろうからな」(ケヴィン様の御心境としては、“どうしちゃった、兄貴!?”でしょうね)「嫌な予感がする」「同感です」そして、嫌な予感こそよく当たる。   *  おつかいから帰ってきたアレックスをグレイブが出迎えていたとき、突然警報がなった。「場所は厨房……不法侵入者はケヴィンか」「私もそう思います」移動でケヴィンは腹が減っている。そして正面玄関から
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レティーシャが包まれている防御壁を展開する魔導具を作ったのはアレックス。魔導具作りはアレックスの趣味である。この防御壁には、レティーシャに薄汚い言葉を聞かせたくないというアレックスの配慮により、風魔法で遮音効果も付与されている。(本当に仕事はよくできる)「ケヴィン、口を動かさないからリンゴをとってやる。彼女について、何も問うな……いいか?」アレックスから醸し出る冷たい威圧。兄としても上司としてもアレックスに頭があがらないケヴィンは顔を青くしながら何度も首を縦に振った。「ケヴィン、とりあえずこの場で一番の問題を解決しておこう」ロシェットに抑え込まれて痺れる体の各所を確認しながら、ケヴィンは首を傾げた。地の底から這い出た死霊のような声で問われるようなことに、ケヴィンは心当たりがなかった。「お前、この皿にあった料理を食ったのか?」その皿にはパセリしかないが、何かがあった形跡があった。「兄貴の分だったのか。悪い、食っちまった。今すぐにカシムに……兄貴!?」ビリッと震える空気にケヴィンは慌てた。慌てはしないが、空気が押し寄せてくる感覚にグレイブは半歩後退しそうになった。防御壁の傍のカシムの顔色は青いが、防御壁の中のレティーシャはケロッとして首を傾げている。(この威圧さえも遮断するとは、流石……いや、それよりも……)「旦那様、押さえてください。奥様を見てください、半分は無事なようです」レティーシャの手にはサンドイッチが乗った皿があった。レティーシャの手作りなら大量に食べるだろうと言い、倍の量を作っておいたほうがいいというカシムのアドバイスのおかげだった。(奥様ご自身、サンドイッチを持っていることすら意識していないご様子)防御壁を張る直前、その一瞬でカシムはサンドイッチをレティーシャに持たせていろいろから守ったのだろうとグレイブは判断した。.「状況と、俺がお前に怒っていいことだけは分かった」「は?」「ロシェット、そのままケヴィンを第三応接室に連れていってくれ」第三応接室という言葉にケヴィンは眉をしかめる。第三応接室は執務室より徹底的に防音設備が整っている。つまり、それほど大事な話ということだ。ケヴィンは勘がいい。その話が、いまこの場で唯一守られているレティーシャに関する話題だと分かって、ケヴィンは口を噤んだ。(よい判
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60

ケヴィンにとって、アレックスは自慢の兄だ。兄弟仲が良いから気心も知れていて、誰よりも強くて頼りになる当主。スタンピードの最前線にアレックスが立つとケヴィンが聞いたときも、心配はあったが「アレックスなら大丈夫」とケヴィンは思っていた。実際、最初の数日はケヴィンが予想していた通りの報告を受けていた。不眠不休で戦っている。三面六臂の活躍をしている。流石だとケヴィンは思っていた。そのアレックスが倒れたという報告を受けたとき、ケヴィンは信じられなかった。伝令の者が冗談を言っているのだとさえ思った。でも、意識不明のまま王都に運ばれたという続報が届いた。疲れたのかもしれない。休めば治るだろう。ケヴィンはそう思っていた。(まさか、兄貴が死線を彷徨うことになるなんて思ってもいなかった)アレックスが目を覚ましたという連絡がすぐに来るはず。そのときは、すぐに王都に行って兄の無事を祝おう。そんなことを思いながら、ケヴィンは領主代理として周辺の領主たち共に国境線の維持に努めた。アレックスのことを知った周辺各国や蛮族たちがいい気になり、不穏な気配を見せていたからだ。すぐにいい報せがくる。そう信じるケヴィンを嘲笑うように、アレックスの容体はよくならなかった。それどころか悪化の報告ばかりくる。【いつでも王都に来られるよう、準備をなさっておいてください】グレイブからそんな連絡を受けたとき、アレックスが死んでしまうに違いないとケヴィンは思った。婚約者の領地で長く花嫁修業をしていたオリヴィアもこのときはウィンスロープ領に来て、ケヴィンとオリヴィアは幼い頃のように一緒に泣いた。アレックスが倒れて半年、国王が王命を出した。スフィア伯爵家に出された命令だったが、ケヴィンからしてみればその内容は「アレックスと結婚させてやるから治せ」というラシャータへの褒賞。命令されたのは、ラシャータを公爵夫人として受け入れろというウィンスロープのほうだと思っていた。でも、それを口に出すことはなかった。アレックス不在のいまはケヴィンが公爵代理で、アレックスと同じく国王の甥。血の繋がりと、これまでのウィンスロープの功績を鑑みれば、王命の撤回を嘆願することは可能だった。しかし、当時のアレックスは体のあちこちを腐らせ、なんとか“生きてはいる”という状態だった
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