All Chapters of 幽霊聖女は騎士公爵の愛で生きる : Chapter 1 - Chapter 10

111 Chapters

2

「無理ですわ!」父伯爵が言ったことは、無茶を通り越して無謀な話。レティーシャは反射的に、「はい」以外で答えてしまった。 パアンッレティーシャの視界がグルっと回った。壁が見えて、頬がジンッと熱くなる。「口答えをするんじゃないわよ」痛みに滲むレティーシャの視界で、ラシャータがまた手を振り上げていた。また、叩かれる。レティーシャは目を瞑り、痛みに備えて体を強張らせた。叩かれることには慣れてはいるけれど、痛いものは痛い。「ラシャータ、それにケガをさせるな」「……なぜ?」父伯爵に止められたラシャータの声は不満気だった。「初夜の床で、傷があるからと騒がれたら迷惑だ」父伯爵の言葉に、ラシャータはキャハハッと笑った。「新床なんてないわ。新郎は腐りかけて、ベッドから起きあがることもできないんだもの」(……腐り、かけている?)ラシャータの言うことが本当なら、自分の婚約者が腐りかけていることのどこに愉快さがあるのか。どこに笑う要素があるのか。レティーシャには分からなかった。ラシャータに対して不快な気持ちを隠せなかったが、レティーシャの眉間に寄った皺をラシャータは恐怖と誤解した。ラシャータの顔が愉悦に歪む。 「アレク様、魔物に呪われたの」「そんなになるまで、どうして……」「だって、醜かったのだもの」呆気らかんとした、悪びれのないラシャータに、レティーシャは唖然とする。「アレク様の全身は真っ黒で、臭くて、近寄りたくもなかったの。あれはもう、アレク様じゃないわ。怪物よ。怪物と結婚するなんて、私は絶対に嫌!」「それでは、治癒は……」「するわけないじゃない、気持ち悪い!」ラシャータは自分を守るように、自分の腕を自分の体に回した。(それなら……いえ、分からない。治癒を命じるなら、分かる。それなのに、なぜ公爵閣下と結婚する必要があるのかしら)「んもう、お父様のせいよ。お父様が陛下に、治癒力を最大限に発揮するには『伴侶』になる必要がある、なんて言うから」「仕方がないだろう。お前が治癒を拒んだなどと言えるわけがない。それに、こう言えばで王命でお前がウィンスロープ公爵夫人になれる、そう思ったから」「結婚したかったのは、アレク様が怪物になる前の話。おっそいのよ、お父様は」膨れるラシャータと、それを宥める父伯爵のやり取りで、レティーシャは王
Read more

3

翌朝、スフィア伯爵邸の裏門に馬車が停まった。レティーシャは馬車を窓から見る。いつもラシャータを迎えに来るための、ラシャータが何かの詫びでウィンスロープ家に作らせた、ラシャータ専用の馬車だった。馬車の向こう、空はまだ宵が明けたばかりの薄紫色。(ラシャータ様だったら、まだ夢の中ですわね)貴族の娘を迎えにくるには、かなり早い、早すぎる時間だった。(それほどウィンスロープ公爵閣下の容体はお悪いのだわ)レティーシャは、昨日のうちに荷物をまとめておいた。準備万端、と鞄をぽんっと叩く。父伯爵たちの計画には、納得できない点もあるし、不安なことばかり。しかし、父伯爵の決定を覆すことなど、レティーシャにはできない。やるしかない。(ウィンスロープ公爵閣下には、感謝しているもの)アレックスは、暴走する魔物たちを、体を張って抑え込んでくれた。レティーシャには、魔物と戦う術はない。自分たちの代わりに戦ってくれたアレックスに、恩返しとして精いっぱい尽くそう。レティーシャは、そう考えていた。(花嫁ではなく、侍女として雇っていただけたほうがよかったけれど、仕方がないと諦めましょう)レティーシャは、窓ガラスに映る自分の姿を見た。そこには見慣れない、貴族令嬢っぽい姿をした自分が映っていた。(衣装に着られている感じだわ)着飾った感じがして、レティーシャは少し恥ずかしかった。いまレティーシャが着ているのは、ラシャータのお下がりの服だった。昨日、父伯爵から渡された、大きな麻袋の中に入っていたうちの一着。レティーシャの嫁入り道具である。ラシャータのお下がりと聞いて、レティーシャはラシャータがいつも好んで着ている露出の激しい服だったら嫌だなと思っていた。しかし、麻袋を開けると、レティーシャの想像はよい意味で裏切られた。中のドレスはどれも、落ち着いた雰囲気だった。 このドレスは、年配の貴族夫人が聖女レティーシャに贈ったもの。ラシャータはこの国に一人しかいない聖女であり、一部では神格化されている。そんなラシャータと仲良くすること、覚えめでたいことは、いざ死に直面したときに助けてもらえる希望となる。だから、ラシャータには貴族たちからの贈り物が絶えず、伯爵邸のいくつかの部屋が贈り物の保管室となっているほどだ。ラシャータ付きの侍女は、父伯爵に命じられて、贈り
Read more

4

スフィア邸の勝手口を開けて外に出ると、レティーシャに気づいた騎士が駆け寄ってきた。動きに合わせて長い髪が揺れる。(女性騎士……)「は、初めまして、ラ、ラシャータ様。ウィンスロープ騎士団のレダと申します」(美しい方だわ)「よろしくお願いします、レダ卿。無理をいって騎士様を裏口で待たせてしまって申しわけありませんでした」レティーシャが頭を下げると、レダの口がカパーッと開いた。レティーシャが顔を上げても、レダは口をカパーッと開いたままだった。(美しい方は、どんな表情をしていても美しいのね)ウィンスロープ騎士団にはこんな素敵な女性の騎士様がいるのか、まるで物語のようだとレティーシャは思った。この光景を小屋から見ていたドマは《早速か!》と叫んだが、レティーシャには聞こえなかった。 「ラシャータ様、ですよね?」ドマの予想通り、早々とレティーシャはその正体を疑われた。(レダ卿はラシャータ様に会うのが初めてなのね)「ラシャータ・スフィアと申します」レティーシャの心の声がドモに聞こえていたら、ドモは《違うっ!》と突っ込んだだろう。レダの口がまたカパーッと開いた。(あら? ここでカーテシーをするべきだったかしら)でも、令嬢教育を受けていないレティーシャにカーテシーはできない。レティーシャは笑顔で誤魔化すことにした。それで正解。普通の貴族令嬢は迎えの騎士にそんな丁寧なあいさつはしない。 「……とりあえず、行きましょう」この事態を”とりあえず”で纏めたレダは優秀な騎士である。しかし、彼女の難関はまだまだ続いた。「お荷物は?」「これですわ」レティーシャは中古の鞄を掲げてみせる。服と一緒にもらったラシャータのお古の鞄だ。(ドモに言われた通り、貴重品もしっかり入っているから問題ないわ)残念ながら、それはレティーシャの考え。パンパンに膨らんでいるものの、一つしかない鞄をレダが信じられないという表情で指さす。「え、あ、本当にそれだけ……え、それだけですか?」「はい」「あの、失礼ですが、嫁入りですよね?」「はい、お嫁にいきます」疑わし気なレダの声を、レティーシャはあっさりと肯定した。あっさりし過ぎていた。「そんな市場にいくようなノリで……失礼しましたっ! 御荷物を私に……」「いえ、自分で持ちます」貴重品は肌身離さず。
Read more

5

「なにがあった?」レダに大声で呼ばれて駆けつけた『先輩』は、まず状況を確認した。慌てているレダ。レダの手をしっかり握って離さないレティーシャ。状況がさっぱり分からなかった。彼は優秀だったが、この状況を理解できないのも無理はなかった。「レダ」そこで、後輩のレダに説明をさせることにした。「ラシャータ様が、馬車に乗るのが怖いと仰りまして、私にも馬と一緒に馬車へと……」「……いろいろ気になるが、それで最も重要な問題点は?」「……私も、馬車に乗ることに戸惑っています」『先輩』は考えた。考えて、彼は朝食がまだだということに気がついた。彼は、早く帰りたくなった。「よし、レダも馬車に乗れ」「えー!」 こんなやり取りはあったが、馬車に乗ったレティーシャは落ち着きを取り戻した。レダが一緒ということもあるが、扉が閉まってしまえば外は見えないからだ。窓から下をのぞき込まない限り、いま自分がいる高さは分からない。「ラシャータ様、ひざ掛けをどうぞ」「ありがとうございます」レダが渡してくれたひざ掛けは柔らかくて温かかった。ラシャータの服は露出はなくとも少々季節外れで夏物。秋になったばかりとはいえ、朝の空気は少々冷たかった。「二時間ほどでウィンスロープ邸に到着します」「レダ卿、その間に閣下の状態を教えていただけませんか?」「ご存知、ないのですか?」(しまったわ……)ラシャータは治療のために一度アレックスを見ている。半年間のラグがあるとはいえ、状態を知らないこと不自然だ。(早速ミスしてしまいましたわ)ここまで結構ミスしているが、レティーシャが自覚したミスはこれが初めてだった。 (適当に誤魔化しましょう)「戦闘中に起きたこと知りたいのです」「なるほど」あまり「なるほど」ではなかったが、話を進めるためにレダは納得する振りをすることにした。「私たちは山岳地帯から魔物が溢れたと報告を受け、国境の砦に向かいました」「出陣の様子は私も知っておりますわ。先駆けが得意な騎士様たちに、公爵閣下が『ついてこられる者だけついてこい』と仰られ、それに激励されて騎士様たちはかつてない速さで街道を駆け抜けたとか」「そうです。『ついてこられる者だけ』などと言われては引き下がれません」「まあ、とても格好いいですわ」「それほどでも……っと、えっと……
Read more

6

「異変が起きたのは魔物の大流出発生から四日目の朝です」「四日間、戦い続けたのですね」レティーシャの問いに、レダは頷く。「その朝、索敵が得意な者が周辺の魔物が全て討伐されたことを確認しました。その報告の直後、閣下が突然お倒れになったのです」(”突然”ということは、このさいあまり重要ではないでしょうね)重度の興奮状態にあるとき、人は痛みや疲労を感じない。(その前から、閣下の体に異常は起きていたと考えたほうがよいでしょう)「救護天幕に運び込んだときには、すでに閣下の肌は黒ずみ、一部は溶けはじめてすごい臭いだったそうです」(溶ける、腐る……ラシャータ様も同じようなことを仰っていたわ)人間の体は生きてその血を巡らせる限り腐ることはない。つまり、腐ったということは血の巡りが止まっていたということ。(もしくは……止められた?)「閣下は先に王都に戻り、私たちは副団長の指示に従って後から王都に戻りました。戻ったときには、閣下はすでに面会謝絶でした。それからは、団長しか閣下にお会いできていません」「そうですか」レダの説明に頷きながらレティーシャは『腐る』理由について考えた。ふと、レダの視線に気づいてレティーシャは首を傾げた。「なんでしょうか?」「失礼を覚悟で申し上げますが、ラシャータ様が閣下の治療にそこまで親身になられるとは思いませんでした」(それは……)「その、あくまでも噂なのですが……ラシャータ様が、閣下の治療を拒否していたと聞いていたので……」(間違っていませんわ。だから、レダ様がお怒りになることは正しいです)昨日の父伯爵とラシャータの言い分。そして、レダの表情。そこにレティーシャが知っているラシャータの性格を合わせれば、レダが『ラシャータ』を批難する気持ちがレティーシャには分かった。(でも、レダ卿は考えたことがないのかしら)『聖女の力』といわれる治癒力。死んでさえいなければ、どんな病気でも怪我でも治してみせると豪語できる力。この力を神から授かった初代聖女を、人々は「神に愛されているから」と言った。しかし、その力を持つレティーシャにしてみれば、初代聖女が神に愛されていたとは思えない。レティーシャからしてみたら、聖女の力は神の罰。きっと、神様は「聖女」に踊らされる人類を笑っている。この国は、王がいる貴族
Read more

7

鳥の鳴く声が聞こえ、読んでいた本からレティーシャが顔をあげた。窓から外を見ると、鳥がいた。見たことはあるけれど、名前は知らない鳥だった。くるっとした鳥の目がレティーシャを見ると、鳥は首が右と左に小さく動かして飛び立った。見えなくまで鳥が飛んでいくのをレティーシャが見送っていると、レティーシャは視界の端で赤い何かが揺れたことに気づいた。ウィンスロープ邸の庭を管理している庭師だ。 彼はいつもレティーシャが見つけると隠れてしまう。(人に見られずに作業してこそ一人前なのかしら)目立ちたくないなら赤い作業着は止めたほうがいいとレティーシャは思った。(いつ見ても、とてもきれいな庭だわ)窓から見えるウィンスロープ公爵邸の庭は、いつも美しい。咲き誇っている花は全てに管理が行き届いており、枯れたり萎れたりしている花はレティーシャの見る限り一つもない。この窓からそれを見ることができる、たった一人、アレックス・ウィンスロープのために作られた庭。しかし、アレックスはまだ体を起こすことができない。それでも庭師たちは庭の管理に手を抜かない。アレックスがこの庭をいつ見ることになってもいいように。それを心待ちにしているから、いつも庭は美しく、この美しい庭が、アレックスの回復を願っている屋敷の人々の気持ち。レティーシャは、ここに来た日のことを思い出した。(助ける目的。戦う目的。色々と難しく考えてしまいましたが、その目的たるものは、こういうことなのかもしれませんわね)見ず知らずの誰かではなく、アレックスの回復を願うこの人たちを、アレックスは守りたかっただけかもしれない。その結果が、国を守っただけなのかもしれない。そう、レティーシャは思った。(スフィア邸を出て、そろそろ半年)初めて外で生きているレティーシャは、この世界の広さを日々感じている。かつてレティーシャが知っていたものは、この世界のほんの一部でしかなかった。父と呼ぶことは許されない父親。様をつけて敬語で接しなければいけない妹。死んだことになっている、自分。(変ね)かなり歪んだ世界が、レティーシャが唯一知っている世界だった。当主が療養中ではあるが、ウィンスロープ邸はレティーシャにとって明るい場所だった。他と言っても、このウィンスロープ邸内だけの世界しかレティーシャは知らないが、これまでの
Read more

8

「閣下、傷口の確認をさせていただきます」「ああ」アレックスが同意すると、控えていた二人の使用人がアレックスの体を両側で支えながら、慎重にアレックスの体の向きを変えた。半年も寝たきりだったのに、アレックスの騎士らしく鍛えられた立派な体をレティーシャが動かすことは難しい。(こんな立派な筋肉……薪割りは直ぐに終わってしまいそうね)立派な胸筋にはりついた、どす黒い血に染まったガーゼをレティーシャが剥がそうとすると、アレックスが苦しげに身をよじった。「あ……う、あっ……ぐうぅ」アレックスの呻く声を聞きながら、レティーシャは剥がそうとした目の前のガーゼの隙間から、ドロリと淀んだ感じの魔力がゆらりと立ちのぼるの見た。アレックスに取り憑いた化け物が姿を現したような不気味な光景だが、レティーシャにとっては半年間ずっと見てきた光景。レティーシャは驚くことなく、アレックスが口を開けた瞬間に、口の中にタオルを押し込んだ。苦痛に耐えるアレックスが歯を噛んだとき、その力で奥歯が砕けるのを防ぐためだ。「騎士団長様」「はい」「タオルの端を、いつものようにしっかり持っていてくださいませ」駆け寄ってきた騎士団長は、レティーシャの指示に従いタオルの両端をそれぞれの手で握る。寝たきりのアレックスの警護のほか、レティーシャの補佐としてタオルをこうして持つことが最近の騎士団長の仕事。痛烈な痛みに脂汗を滲み出しながら、アレックスが首を反らす。タオルが外れそうになるので、外れないように力を込める。アレックスが力を緩めたとき、力を込めたままだとアレックスの下顎を外してしまうので騎士団長は力を緩める。この見極めと力加減が重要だった。痛みによる痙攣なのか、アレックスの体が飛び跳ねるように震えた。胸元に貼っていた大きなガーゼが、どんどん黒く血で染まっていった。「うっ……」騎士団長の顔が青くなり、彼は顔を背けて吐き気を堪えた。それは、肉が腐る臭い。アレックスの火属性の魔力と魔物の瘴気が混じり、何とも言えない腐臭が室内を満たしはじめる。(魔物に対して耐性がある方なので、騎士団長様はこの状況にも堪えてくださっていますが……)「二人は外に出ていてください」腐臭に耐えきれず、えずき始めた使用人たちにレティーシャは指示を出した。従うまい、逃げるまいと彼らがレティーシャを見返す
Read more

9

「瘴気がまだこんなに残っているなんて」アレックスの体にはったガーゼをレティーシャが慎重にはがすと、黒く染まったガーゼに付着していた腐った血肉がどろりと滴った。ガーゼから、アレックスから剥がされたため次の宿主を探すように立ちのぼる瘴気。黒い瘴気は、ガーゼをもつレティーシャの華奢な手にまとわりつく。その不気味な光景に騎士団長は眉を顰めたが、レティーシャは冷静にそれを観察する。(呪われた、ですか)アレックスのこの状況を、ラシャータが「呪われた」と言ったことをレティーシャは理解した。アレックスがいまもこうして床に伏している原因は、魔物の“瘴気”であって“呪い”ではない。しかし瘴気の禍々しさ、しつこくて粘着的なこれは、確かに呪いのように見える。(やはり、瘴気に意思があるように見える。まるで、魔物の怨念のようだわ)通常の瘴気は、宿主とした魔物が死ぬと体内から出てきて、自然の循環システムに従って魔素へと分解される。しかし、アレックスの体から出てきた瘴気は循環システムに抗い、レティーシャの腕に絡まり、レティーシャの体内に入り込もうとする。その侵食してくるような動きに、レティーシャは気味の悪さを感じるけれど、慣れてもきた。「ぐううっ」アレックスが呻き、アレックスの肌に水疱が現れ始める。アレックスの体の中で、アレックスの火魔法が暴発している症状。「……え?」レティーシャが治癒力を強めた瞬間、レティーシャが持っていたガーゼから瘴気が勢いよく吹き出てレティーシャに向かっていった。「ラシャータ様っ!」レティーシャは浄化魔法を起動して、瘴気を浄化した。「大丈夫ですかっ?」「ええ……でも、急に、なぜ……」(治癒力を使っただけ……治癒力……魔法?)「騎士団長様、ガーゼを持っていてくださいますか?」「え、ええ……」レティーシャは治癒力を使う。騎士団長が持っていたガーゼが揺れて、瘴気がレティーシャのほうに向かおうとした。(では、浄化魔法なら?)レティーシャが浄化魔法を使うと、また瘴気がレティーシャのほうに向かおうとした。何度か、確認をする。「これは、一体……」ガーゼを持っている騎士団長には、瘴気は向かっていない。「騎士団長様、魔法は使えますか?」「水魔法でしたら」「使ってみていただけますか? そこの盥に水を入れてみてください」「はい
Read more

10

「なぜそう思われるのです?」「私が読んだ書物には、倒された魔物から出た瘴気は空中を一定期間漂ったあと、魔素に戻ると書かれていました」「魔素に、戻る」レティーシャは頷く。「魔素に戻る前に瘴気を動物が吸収した場合、吸収した瘴気が核になって魔物になります」騎士団長が眉間に皺を寄せる。「それは……初めて聞く話です」「え?」「魔物とは、魔物として生まれたものだと……いわば、神が人間に課した試練であるというのが魔物の成り立ちでして……瘴気が核になって生まれる……そして瘴気はいま、閣下の中に……ある……」学説が変わる。その陰には、国の権力者にとって都合の悪いことがある。例えば、第三版から第八版に変わる途中に、王族が正気を浴びて魔物になったといったような事態があって、それを隠蔽するため魔物は魔物として生まれたとしなければならなかった……とか。(それは、私が考えることではありません)レティーシャはアレックスを見た。(私のやることは、閣下を治すこと)「あのスタンピードで、閣下の周辺には魔物の死骸がたくさんありましたよね?」「ええ、それはもう夥しいほどの数でした」「その状況で閣下はずっと魔法を使い続けていた。閣下も動物ですよね?」「あの……その場合は『人間も動物』と言ったほうが宜しいかと。それですと閣下だけ、なんかこう違う生物みたいな……」騎士団長の気遣いはさておき、人間も動物である。そして動物ならば、第三版の説が正しければ瘴気を吸いこみ魔物に変化する。 「魔物研究家が、瘴気は魔素が変質して結合したものだと証明しています。瘴気も元は魔素だというなら、魔法を使うときに私たちはどちらも吸収してしまうのではないでしょうか」先ほど魔法を使おうとしたとき、瘴気がそちらに向かったことも、それなら説明がつく。「なぜ、閣下だけ?」「大きな魔法を使われる閣下は、周りにいる他の人に比べて瘴気を吸収する量が多かったのかと。変質しているので瘴気は魔法として放出することはできない。だから、閣下の体の中で瘴気が溜まってしまった……いえ、違います」レティーシャは自分の仮説に納得できなかった。「そうですわ。この『虫のようなやつ』が瘴気ならば、浄化で消えるはずです。だから……」「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!」騎士団長はレティーシャを慌てて止めた。浄化魔
Read more
PREV
123456
...
12
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status