「あなた、三年付き合っている彼氏がいるんじゃなかった?今年は彼を親に紹介するって言ってたのに、どうして彼氏をオーダーメイドなんてするの?」小林千秋(こばやし ちあき)は手すりにもたれかかり、淡々とした声で答えた。「別れたの」電話の向こうの女性は少し驚いたようだったが、ほんの一瞬間を置いただけで、冗談めかして言った。「大丈夫、うちの会社は『オーダーメイド彼氏』業のプロだから。男なんて腐るほどいるし、タイプも選び放題。半月待てば、丁度いい感じの男たちの社員研修が上がる頃よ」千秋は顔を上げた。ドローンで描かれた巨大なバラが、今も空に咲き誇っている。しばらくして、彼女は小さく答えた。「わかった」その言葉が終わらないうちに、背後から慌ただしい足音が聞こえてきた。千秋は小声で何かを呟くと、電話を切った。彼女は振り返った。池田昴(いけだ すばる)の姿が視界に入る。あの傲慢さを帯びた顔には、焦りの色が濃く浮かんでいる。「千秋、どこに行ったの?出かける時は一言、言ってくれよ。何度も探したんだ……見つからなくて、本当に心配したんだから」昴はそう言いながら、自分の上着を脱いで千秋に羽織らせた。「今は寒いのに、上着も着ていないなんて。風邪をひいたらどうするんだ」最後のボタンを留め終えると、彼は立ち上がり、千秋の鼻先を指で軽くつついて、優しく言った。「よし、これで俺の千秋はもう寒くないな」千秋が顔を上げると、まっすぐに愛情のこもったその瞳とぶつかった。隠すことも、偽ることもないまなざし。だが、裏切りだけは紛れもなく現実なのだ。昴は再び千秋の手を取り、自分の手の中に包み込み、温めるようにそっと擦った。「そういえば、さっき何かを探してるって言ってたけど、俺も一緒に探そうか?」彼女は表情を変えず、そっと手を引き抜き、淡々と答えた。「たいしたことじゃないわ。親友の飼い犬がいなくなったので、探してるの」昴はわずかに眉をひそめた。「静江って、犬を飼ってなかったはずだろ?」千秋は顔を上げ、静かな目で昴を見つめた。「私が言ってるのは静江のことじゃないわ。それに……」一旦言葉を切ると、また聞き返した。「どうして、彼女が犬を飼ってないって知ってるの?」その言葉が出たとたん、空気がぴたりと止まった。
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