「あの、ルイ……」 案の定だった。途端にイルゼの声がして、ルードヴィヒは何食わぬ所作で紙を裏返した。「ん。イルゼ、どしたの?」 湯浴みを済ませたばかりだろう。紺色のワンピース状のナイトドレスを纏った彼女はおどおどとベールから顔を覗かせていた。「あの。メラニーがもうすぐお夕飯を運んでくるみたい。今日も私の部屋でいいですかって」「うん、良いよ。じゃあヘルゲ。湯浴みは後でいいや。食後に湯の準備を頼むよぉ」 軽い調子で言うと、イルゼは僅かに笑んで部屋に戻った。 片やヘルゲはいまだに婚姻のことが腑に落ちないのか、やれやれと大きなため息をこぼして首を振るが──「ん……しかし、ルイと?」 と、途端に不思議そうな顔で見るので、ルードヴィヒは苦笑いを浮かべてしまった。「あーお前らには、何も言ってなかったね。もう結構前だけど、イルゼのお陰で俺……本当の名前、思い出したんだよねぇ」 そう言って裏返しにした紙の上に〝Ludwig Zwarck(ルードヴィヒ・ツヴァルク)〟と綴る。その文字を見たヘルゲの瞳はどこか感慨深そうでありながらも、優しい色を宿しており──口元にも柔らかな笑みが乗っていた。「良かったですね」 囁かれる穏やかな言葉は、心の底から言ってるものだとルードヴィヒにも分かった。 いびつな主従関係ではあるが、彼らと手を組んでの年月は長い。時折見せるこんな表情から、それなりの絆はそこにあるのだと実感する。 ルードヴィヒが頷けば、彼は穏やかな瞳を向け、やんわりと微笑んだ。「ミヒャエル。僕らもルイと呼べば良いです?」「どっちでも。まぁ、表向きにはミヒャエルで頼むよ」 素っ気なく答えつつ、紙を破いてくずかごに入れる。 ヘルゲは「了承しました」と、穏やかに言いつつもまだ、優しい眼差しを向けていた。 *** そうしてイルゼとの夕食を済ませた後、ルードヴィヒは入浴を済ませた。〝湯
Última actualización : 2026-01-23 Leer más