「もう去りましたよ。イルゼさんは旦那様の大事なお客様です。貴女を傷つけるようなことは、私は許しません」 随分と古風な喋り方だった。 それも、想像を絶するほど温かみと柔らかさのある口調。 イルゼが目をしばたたくと、バルバラは法令線に深い皺を寄せ、優しく口角を引き上げた。「すみませんね、イルゼさん。わたくし、古くから働いているもので、余計なことは決して口にせぬよう、旦那様から〝誰とも喋るな〟と言いつけられていますゆえ。しかし、これだけは……目を瞑れませぬ」 本当に、今までバルバラは一言も話さなかった。声すら初めて聞いたほどだ。 古くからいる唯一の使用人とは聞いていた。 ルードヴィヒの優しさを改めて知るまでは、「喋らない」のではなく「喋ることが許されない」と、ほんの少しだけ考えたことはあった。 けれど、それが事実だったなんて……。 イルゼの心に暗い靄が立ち込め、底知れぬ畏怖が湧き上がる。 「喋ることを許さない」──それは、人としての自由を奪うことに他ならない。 こんな命令を下せるのは、他でもないルードヴィヒ自身。 甘やかな優しさの下に隠れた、卑劣で極悪な「猟奇領主」の顔が再び浮かび上がり、イルゼの顔から一瞬にして血の気が失せた。「イルゼさん。貴女のお義姉様が城にいるのは、貴女の家庭環境を内偵するためだそうです。旦那様は貴女のお義姉様を買ったそうです」 内偵……。いったい何のために。 理解が追いつかず、イルゼは眉をひそめ、唇を固く引き結んだ。膝の上で握りしめた指は白くなっている。 そんな心ここにあらずの様子に見かねたのだろう。バルバラは再び、宥めるようにイルゼの背を優しく撫で始めた。「主に、貴女のお義兄様について調べたいことがあるそうで。それで、旦那様は事情聴取を含めてお義姉様をお買いになったそうです」 ──あの方は〝ミヒャエル様として〟立派にやってきました。
Última actualización : 2026-02-01 Leer más