※※※ 「ルイのばか……」 消え入りそうな声が、霞がかった耳に届いた。 ミヒャエルは薄く目を開ける。 ──ルイ。今、彼女は自分をそう呼んだだろうか。 馬鹿というのは聞き捨てならないが……。 パチリと目を開き、腕の中を見ると、スゥスゥと規則正しい寝息を立てて眠るイルゼの顔が映った。 穏やかで、愛らしい寝顔。長い睫が頬に影を落とし、唇が僅かに開いて、どこかまだ幼い少女の面影を残している。 昨晩、魘されていた彼女を心配して部屋に行ったときに寝顔を見たが、寝ていても彼女は本当に天使のよう。愛らしいと思ってしまった。 まして表情が豊かになったことから尚更にそう感じるのかもしれないが。 ほんのり微笑まれると、鼓動が高鳴り幸せに包まれる。 しかし、ルイと……。 呼ばれた名を心の中で呟いた途端、背中に鋭い疼きが走った。 視界が歪み、やがて暗転する。 ──こことは別の、見張り塔。北側の、冷たい石の部屋。 父から受けた拷問に等しい虐待が、ふと脳裏に浮かぶ。 鞭の音が耳に残り、皮膚が裂ける感触が蘇る。鼻腔に立ち込める血の匂い。真っ赤に焼けた鉄と滴る汗。自分の皮膚が焦げる異臭……。 喘ぐような息をして、悲鳴をあげて、大粒の涙をこぼして耐えるしかできなかった惨めな子どもだった自分の姿が浮かび上がる。 ──父は一度も、本当の名を呼んだことがない。否、この城では誰も呼んでくれなかった。 忌々しい。汚らわしい。なぜ本妻の息子、ミヒャエルが死ぬのだ。死ぬのはお前が良かった。穢らわしいシュロイエの残党が。本当に厄災の瞳だと。 虐待と一緒に日々投げつけられる言葉は、毒のように心を蝕んだ。 だったら、愛人など作らなければ良かった。自分を作らなければ良かった。 どうして自分がこんな目に遭わなくてはならない。 そうは思ったけれど
Terakhir Diperbarui : 2026-01-05 Baca selengkapnya