Lahat ng Kabanata ng 夫を息子の葬儀に参列させなかった: Kabanata 1 - Kabanata 10

12 Kabanata

第1話

結婚して十年。その人は夫でありながら、私は彼を息子の葬儀に参列させない。理由は――息子が亡くなる前に残した三つの願い。一つ目。「今はまだ……パパに僕のことを言わないで。パパが悲しむから」二つ目。「最後の誕生日、僕の一番好きな料理を作ってほしい。それを食べながら、パパと一緒に過ごしたい」三つ目。「もしパパが来なかったら……絶対に、絶対に、絶対に、あの人を僕のお墓に近づけないで」だから息子が息を引き取ったあと、外でどれだけ激しい雨が降ろうとも、その人の目が真っ赤に腫れて震えていようとも、どれほど声が枯れるほど泣き叫んでいようとも――私は決して、息子に一歩たりとも近づかせなかった。三日前。鷹見隼斗(たかみ はやと)は、藤崎皓月(ふじさき こうげつ)母子と夜通し花火をして祝った帰りに、新品のランドセルを息子に買ってきた。息子の誕生日に戻って来なかったことへの「埋め合わせ」として。私が涙を浮かべたのを見て、彼は眉をひそめた。「たかが一回の誕生日だろう。次にちゃんとすればいいだけじゃないか?」そのとき、彼はまだ知らなかった。私たちの七歳の息子は、喘息で亡くなり、もう二度と入学の日を迎えることはないということを。……遺品を整理し終え、私は死亡診断書を持って病院院長のサインをもらいに行った。三階の個室病室。半開きのドアの隙間から、私は数日行方をくらませていた隼斗の姿を見た。「鷹見さん、藤崎さんは……ただ少し擦りむいただけですよね?もう五日も付き添ってるんです。本当に帰らなくていいんですか?奥さん、この数日何度もこちらに来てましたよ。鷹見さんの指示通り、一度も会わせませんでしたが、何度か……奥さん、膝をついてお願いしてました。息子を、見に来てほしいって。こんなふうにして、本当にいいんですか?」側にいた同行スタッフの青年佐藤(さとう)は、気まずそうな表情で言った。隼斗の表情は変わらない。ただ、私が膝をついたという言葉のところで、ほんの僅かに唇を動かした。迷惑そうに。しかしすぐに、ベッドで眠る若い女性を見ると、彼の声は揺らぎなくなった。「皓月は離婚したばかりで不安定なんだ。今は側にいて支える必要がある」「そして、柚羽(ゆずは)のことだが……」彼はほんの少し間を置いた。「俺があの人と結婚した理由は、家の
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第2話

質素な病室で、息子は私の手を握りしめてこう言った。「ママ、もし僕が死んじゃったら……パパにはすぐ言わないでね。パパはみんなが頼りにする強い人だから、悲しませたくない」四日前、息子の喘息が急に悪化した。私は慌てて、出かけようとしていた隼斗の腕をつかみ、「お願い、車を出して。今すぐ息子を病院に連れていかないと」と言った。けれど隼斗は、別の女性――皓月とその子どもを迎えに行く予定の方を優先し、私の手を振り払った。「鷹見柚羽(たかみ ゆずは)、俺をバカだと思ってるのか?喘息なんて前からだろ。薬飲めば落ち着くし、死ぬわけじゃない」「皓月が公園で待ってるんだ。ボートに付き合う約束なんだよ。邪魔するな」そう吐き捨て、振り返りもせず出て行った。残された私は泣きながら助けを求め、知り合いに頭を下げ続け、何とか息子を病院へ運んだ。――でも遅かった。七年間、丁寧に育ててきた我が子は、もうすぐ小学校へ行けるはずの年に、永遠に私のもとを離れた。その日、私は医者に何度も額を床につけて懇願し、涙は止まらなかった。けれどどれだけ泣いても、もうあの子は「ママ」と呼んでくれない。思い出した瞬間、私は握っていた死亡診断書を強く握りしめ、胸が冷たく締め付けられた。涙を堪え、私は病院を出ようとした。しかし隼斗が突然私の腕をつかんだ。「どうした?後ろめたいのか?」嘲るような声と共に、彼は私の手から死亡診断書を奪った。「今回はどんな言い訳をする気だ?」私は一瞬呆然としたが、すぐに反応して取り返そうとした。しかし、隼斗はすでに証明書を開いていた。書類に記された息子の名前を見た瞬間、彼の顔色が一気に白くなった。彼はその名前を何回もじっくりと確認し、やがて署名欄――まだ院長印が押されていない場所に視線が止まる。その瞬間、怒りが爆発した。「柚羽!母親として最低だな!嫉妬で狂って、子どもの死亡診断書まで偽造するなんて、正気じゃない!」隼斗は目を真っ赤にし、私の胸を力任せに蹴った。私は耐えきれず倒れ、荷物が床に散らばった。中に息子が一番好きだったカエルのおもちゃが、真っすぐ隼斗の足元へと落ちた。私は慌てて手を伸ばし、息子が残した最後の遺品を取り戻そうとした。だが、怒りに我を忘れた男はすでに足を上げ、そのまま踏みつけた。反応する間もなく、
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第3話

おもちゃは、祖父と外祖父が手作りしてくれたものだった。服は、破れたら繕って、また着られるようにしてきた。ある日、私が近所の子たちと同じしま模様の服を買ってあげようかと提案したときも、息子はブンブンと首を振った。「ママ、まだ着られる服あるよ。パパは働くのが大変なんだし、僕はいらない」そして今年、いよいよ小学生になる息子は、恥ずかしそうに頬を赤らめながら私に聞いてきた。「ママ……入学式の日だけ、補強してない新しい服、着てもいい?」思い出した瞬間、私はふっと笑った。でも次の瞬間、涙が手の中の針に落ちた。涙を拭き、私はまた針を動かし始めた。――これは息子に約束していたもの。だから絶対に仕上げる。夜の八時頃、隼斗がやっと帰ってきた。息子が憧れていた、彼の「仕事着姿」のままで。片手には、ピンクの花柄の巾着袋。私を見ると、当たり前のようにその袋を私に投げ渡し、言った。「これ、皓月が入院中に溜まってた洗濯物だ。今晩、少し大変だろうけど、洗っておいてくれ。皓月は肌が弱いんだ。雑なことはできない」……思わず笑えてきた。彼があの女のことを大事にしているからって、どうして妻の私は彼の代わりに雑用をやらないといけないの?断ろうと口を開いた瞬間、隼斗が私を見回し、言った。「……息子は?家にいないのか?」彼は家の中を一瞥し、あまりにも静かな空間に違和感を覚えた。私は針を握る手に力が入り、指先が白くなった。何か誤魔化そうとしたそのとき――隼斗はさらに私に指示を出した。「息子がいないなら、早くあの子の服を何枚かまとめてくれ。皓月に持って行くよ。彼女、子どもを連れて安日市から戻ったばかりで、着替えが足りないんだ。息子の服を少し貸してやるさ」私が動かないのを見て、隼斗は舌打ちし、勝手に息子の部屋へ入った。中にきれいに畳んであった服を次々と取り出しながら、眉をひそめる。「これは古いな」「これは生地が粗い」「……これは補強跡が目立つ」……いつも気にも留めなかった服なのに、この時だけは、まるで粗品を見るようだ。――皓月の子には似合わない、と言わんばかりに。胸が一気にえぐられたように痛み、私はとっさに、縫いかけの服を背中に隠した。しかし、隼斗はその動きからすぐ察した。「……息子のために新しい服作ってたのか。見
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第4話

隼斗は疑わしそうに私を見た。「もうすぐ入学だろ?なんで急に実家に帰るんだ?」「親戚が亡くなったの。息子と一緒に最後のお別れをしたいだけ」彼は一瞬だけ動きを止めたものの、結局、書類をろくに確認もせず署名した。「そうか。じゃあゆっくりして来い。急いで戻らなくてもいい」私は視線を伏せ、うっすら熱を帯びた目を隠すように言った。「……うん」――戻ることなんて、もうないけど。署名済みの書類を丁寧にしまい、私は隼斗を玄関まで送った。靴を履いた彼はふと何か思い出したように立ち止まり、ポケットから飴を二つ取り出して私に渡した。私は一瞬動きを止め、それを受け取った。微かに、隼斗の体温が残っていた。息子が生きていた頃――一番好きだったのが、このミルクキャンディだった。隼斗は何でもないように言った。「本当は皓月の子に買ったんだけど、好きじゃないらしくてな。病院に置いてきた。ちょうどポケットに二つ残ってたから……息子にやれ。無駄にするな」その言葉を聞いた瞬間、私の顔色が少しずつ青ざめていく。私は手に持ったミルクキャンディを見つめ、目の奥の光が徐々に消えていき、最後には深い疲れと虚無感だけが残った。「……分かった」――あと、一日。……三日目。私は一人で火葬場へ行き、息子を見送った。あの日――小学校の入学手続きが終わった夜。隼斗は家にいなくて、私は息子と庭先で涼んでいた。息子は私の膝にあごを乗せ、私が縫っている小さな手作りのリュックを眺めながら、照れくさそうに言った。「ママ、学校始まったらね、僕勉強いっぱいする。それでね……いつかパパみたいに皆を守る『すごい人』になりたいんだ。ねぇ、ママは信じてくれる?」私は息子の頭をそっと撫で、誇らしさで胸がいっぱいになった。「もちろん信じてるよ。陽太(ようた)は、世界一すごい子だもの」――あの時の私は知らなかった。数日後、息子が隼斗の無視と冷たい言葉のせいで、入学式を迎える前に逝ってしまうなんて。目を閉じると涙が止めどなく流れ、膝の上のリュックを濡らしていく。そこには、私が縫った小さな刺繍があった。――【鷹見陽太(たかみ ようた)】その文字を見た瞬間、堪えていた声がこぼれた。我が子陽太は、まだ七歳なのに。小学校に名前を登録したばかりなのに。まだ、私が作
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第5話

時間が経つにつれ、隼斗は息子がクッキーを好むと記憶していた。でも、隼斗は知らなかった。息子は喘息持ちで、乾いた食べ物が何より嫌いだった。好きだったのはクッキーではなく、無事に家へ帰ってくる隼斗、その人だった。胸が締め付けられるように痛むのに、私は薄く微笑んだ。「ありがとう」隼斗も笑顔を返し、続けた。「息子の服ね、皓月の子どもがすごく気に入っているみたいでさ。いっそ譲ってあげようかと思ってるんだ。最近は布地もそこまで高くないし、君がまた作ればいいだろ?どう思う?」私は静かに頷いた。心だけが不自然なほど平静だ。「いいよ」隼斗は驚いたように目を瞬かせ、私の冷静さに戸惑った。「怒ってないのか?」私は首を横に振った。「怒ってない。でも、今日、陽太の誕生日なの。今夜だけでいいから、家に帰ってくれる?」私に願いがあると分かったのか、隼斗は明らかにほっとした表情を浮かべた。軽く敬礼のような仕草をして、笑った。「了解。ちゃんと帰るよ」──その夜。私は息子の好物ばかりを並べた食卓を用意し、遺影を椅子にそっと置いて、静かに隼斗を待った。「人は亡くなった後、一度だけ戻ってくる。大切な人を最後に見に来るんだ」そう年寄りが言っていた。私は願った。息子が戻ってきた時、私と隼斗、ふたりが一緒に息子の最後の誕生日を祝っている姿を見せられるように、と。時計は何度も音を鳴らした。夜十時になっても、隼斗は帰らなかった。私はもう黙って待てなかった。上着を羽織り、外へ出た。大通りを抜けたところで、花火の音がした。路肩で、誰かが花火をあげていた。息子は賑やかな花火が大好きだった。でも隼斗はいつも忙しくて、一度も一緒にしてあげなかった。息を整え、そっとその場を避けようとした、その時。聞き覚えのある声が響いた。「隼斗さん、気をつけて。火、智也(ともや)に当たっちゃうよ」木の下に立つ皓月が、可愛らしい声で笑っていた。隼斗は「分かった」と短く返し、火をつけたマッチを男の子の花火に当てた。「智也、おめでとう。明日から小学生だな!」皓月も耳を塞ぎながら叫んだ。「智也!小学校、楽しんでね!」弾ける花火の音と笑い声が、通りいっぱいに広がっていった。私は影の中からその光景を見ていた。胸が何度も引き裂かれた。──隼斗。私
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第6話

隼斗は買ってきたランドセルを乱暴に横へ放り、両手で私の肩を強く掴んだ。信じられないという表情で叫んだ。「……何があったんだ?どうして、こんな……!」私は視線を椅子の上の写真へ向け、力のない笑みを浮かべた。そうね。数日前まで、元気いっぱいに「ママ!」と呼んでくれて、小学校へ通う日を心待ちにしていた子は本来なら、こんな形で終わるはずのない命だった。もし、こんな冷たい父親でなかったら。「答えろ!」隼斗は私の肩を揺さぶった。まるで、あの日彼が陽太にしたことなど存在しなかったかのように。「七日前……最後に陽太を見た時、どんな状況だったか、覚えてる?」あの日、陽太は真っ赤な顔で、息をするのも苦しそうで、私の腕の中に倒れこんだ。なのに、隼斗は一瞥しただけで、「大げさに騒いでるだけだ」と決めつけた。もしあの日、隼斗が見殺しにしなければ、救急処置が遅れることもなかった。……私の子は、自分の父親に見捨てられて死んだのだ。もし、視線が刃になれるのなら、私は迷わず隼斗を何度でも切り裂いていた。私が隠しきれない憎しみを向けると、隼斗の目に、理解できないという迷いが浮かんだ。彼は眉をひそめ、あの日の陽太の姿を思い返すように沈思し――そして、その顔色は、ゆっくりと血の気を失っていった。あの日、隼斗は智也に渡す紙の凧を作ることに夢中で、分厚いカレンダーを丸ごと切り抜き、紙屑を部屋いっぱいに散らかしていた。振り返った時、陽太は床に倒れ、次の瞬間、私は駆け込んできた。隼斗は、それを私がわざと陽太に仮病を使わせた茶番だと思った。私が、彼を引き止めるための嘘だと。――でも。陽太の苦しみは、本物だった。隼斗の膝から力が抜け、崩れるように椅子に座り込んだ。「……そんな大事なこと、どうして俺に言わなかった?どれだけ隠すつもりだったんだ……?」赤く充血した目で、震える声が続いた。「柚羽……俺は君の夫だ。陽太は……俺の息子だ。どうして……」私は冷たい笑みを浮かべ、彼の言葉を遮った。「――まだ、自分が私の夫だと覚えていたの?まだ陽太があなたの息子だったこと、分かってるの?私は何度もあなたを探しに行った。佐藤さんはちゃんとあなたに伝えたでしょ?最後には私は彼に土下座してお願いしたのよ?それでも、あなたは来なかった。私はただ息
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第7話

隼斗はじっと私の手の中の遺影を見つめ、かすれた声で口を開いた。「どうしてだ……?俺はずっと必死に働いてきた。それだって全部、君たちにもっといい生活をさせたかったからだ。なのに……どうして『幸せじゃない』なんて言うんだ?」私は鼻で笑い、ゆっくり首を振った。「いい生活?……それって何?誰が決めたの?あなたは私と陽太に一度でも聞いたことがある?」隼斗は黙って私を見つめる。その目の奥にある感情は、私にはもう読めなかった。「食べる物も、着る物も、住む場所も困らせてない。……それ以上、何が欲しい?」私は口元をわずかに引き、玄関の外の空を見上げて、しばし茫然とした。「昔、私と陽太は田舎で暮らしていた。確かに生活は苦しかったけど……でもたとえ一つのパンを半分こにしても、心は満たされていた。陽太が一番好きだった時間はね、庭に座って、あなたが植えた柿の木がいくつ実をつけたか眺めることだった。花が咲いた日は丸一日喜んで、『実がたくさんなったら、パパが帰ってくるよね』って私に何度も言った。彼の大好きな食べ物は、その木の柿だったの。それは『パパが残していった宝物』だと思ってた。あなたが帰ってくるたび、小さな手の服の裾いっぱいに柿を抱えて、近所の子に配りながら、『これはパパが植えてくれたんだ!パパ、帰ってきたんだよ!』と誇らしそうに言ってた」隼斗の脳裏には、陽太が小さな体で上着の裾を広げ、そこにいっぱい柿を抱えて嬉しそうに配っていた姿が、鮮やかに浮かんだ。その表情はみるみるうちにぼんやりとしたものへと変わっていく。私は視線を戻し、塀を見つめながら、胸の奥に冷たい痛みが広がっていくのを感じた。「でもある日、あなたは言った。『会いたいからこっちに来てほしい』って。私たちは嬉しくて、迷わずついてきた。ここに来たばかりの頃、私たちは右も左も分からなくて、一番の楽しみはあなたが家に帰ってくれる時だった。でも、だんだんあなたが帰ってくる日は減っていき、話せる時間もなくなった。近所の人と話そうとしても、私たちのなまりは通じなかった。子どもたちでさえ陽太を避けて、『田舎者だ』って笑ってた」そのこと、隼斗は知らなかった。心配させたくなかったから、一度も彼に言わなかったのだ。私はゆっくり顔を向け、苦しさを押し殺すように言葉を続けた。「やっと少
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第8話

私は荷物を持ち上げ、最後にもう一度この家を見つめてから背を向けた。鉄道駅とあの住宅区の間には、往復するバスが一本だけある。来た時は、陽太が私の隣に座って、興味津々に外を眺めていた。まるで楽しそうなスズメみたいに、止まることなく喋り続けて。なのに今、帰り道は不自然なほど静かだ。私は来た時と同じ席に座り、隣にはぽつんと置かれた陽太のリュックだけがある。運転手はバックミラー越しに、何度も私を見た。耐えきれなくなったのか、ついに口を開いた。「今日は帰省ですか?お子さんは?一緒じゃないのですか?」私は横のリュックに目を落とし、低い声で答えた。「……もう来ていますよ」エンジン音と車体が揺れる音に、私の声はすぐに飲み込まれていく。運転手は気づいた様子もなく続けた。「今までたくさんの子どもを乗せたけど、お子さんは本当に印象的でした。元気で、人懐っこくてさ。乗った途端に、俺たちに柿を配ってくれて。家に帰ったら、うちの嫁が『うちの子も、あの子みたいにみんなに好かれる子になったらいいのに』って言ってたくらいですよ」私は黙ったまま、返す言葉さえ浮かばなかった。私の素直で優しい陽太は――もう戻ってこない。バスを降りた瞬間、私はリュックをそっと上着の内側に抱き込んだ。ここに来たばかりの時、陽太は行き交う人の多さに怯えて、私の服の裾をぎゅっと掴んで離さなかった。迷子になるのが怖かったんだ。でも、もう大丈夫。もう何も怖がらなくていい。ママが必ず――守るから。電車に乗れば、私たちは帰れる。私たちの、あの家に。改札を通り、列に並んでいたその時――突然、手首を強く掴まれ、列の外へと引きずり出された。隼斗だった。私は力いっぱい振りほどこうとしたが、びくともしない。「離して!」彼の目は赤く、掴んだままの私の荷物を離そうとしなかった。「柚羽……行かないで」私は、彼の背中にまだ掛かったままの、陽太に贈るはずだった新品のランドセルを見た瞬間、胸の奥がまた鋭く刺された。「隼斗、離して。私は息子を連れて帰るの」隼斗はぎゅっと唇を噛み、深く息を吸って言った。「全部、俺が悪かった。君と息子を放っておいたから……あんなことに……俺は最低だ。もう陽太を失ったんだ。これ以上、君まで失いたくない……!」その瞬間、いつも背筋を伸ばし
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第9話

「柚羽……本当に悪かった。お願いだ、もう一度だけ、もう一度だけ俺にチャンスをくれないか?君を失いたくないんだ……!全部俺のせいだ!本当に最低だ!殴っても罵ってもいい!だから、行かないでくれ……!」隼斗は極度にプライドの高い男だ。だから、こんな卑屈な姿を見せるのは、滅多にないことだ。だが、私は感動も同情もせず、ただ少し可笑しく思った。私は小さく息を吐き出した。「……離婚届はもう出した。私たちは、これ以上お互いの人生に入り込むべきじゃない」「嫌だ……嫌だ!」隼斗は首を激しく振り、私の手をどうしても離そうとしない。私は冷たい目でその必死さを見つめた。心は、もうどこにも揺れなかった。構内のアナウンスが、電車の発車時刻が迫っていることを告げ始めた。私は一度ホームを振り返り、その瞬間、隼斗の表情がまた強く歪んだ。まるで、手を離した瞬間、私が永遠に消えてしまうとでも分かっているかのように。まだ執拗に縋りつく彼を前に、私はふとひらめき、彼の背後を指さして叫んだ。「――藤崎さん!」思ったとおり、彼は反射的に振り向いた。その隙に、私は彼の手を振りほどき、全力で走り出した。後ろで隼斗が私の名前を必死に呼んでいた。でも、人の流れがその声を飲み込み、私たちの距離を容赦なく遠ざけていく。私は胸に抱いたリュックをしっかりと抱きしめ、電車に乗り込むと――ようやく息が落ち着いた。「……陽太。帰ろう。私たちの家に」……隼斗は、力の抜けた足取りで駅を出た。遠くで電車の汽笛が鳴り響く。その音を聞いた瞬間、彼はもう堪えられなくなり、車に戻って声を押し殺して泣き崩れた。住宅区に戻ると、景色は何ひとつ変わっていなかった。子どもたちが笑いながら走り回り、「鬼ごっこ」をしている。その光景を見た途端、隼斗の目がまた赤く滲んだ。家に入ると、リビングは静まり返っていた。机で勉強する陽太も、夕飯を作っている私も――もういない。隼斗はそのままベッドに倒れ込み、顔を毛布に押し付けた。数日間、彼は部屋から一歩も出なかった。部屋の片隅で、陽太が折った紙のパズルを抱えたまま、身じろぎもしない。いつもなら、陽太は遠慮がちにそれを抱えてこう言っていた。――「パパ、少しだけ、一緒に遊んでくれる?」あの時、彼はなんと言った?そう。「疲
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第10話

そのまま、昼と夜の区別もつかなくなるほど、閉ざされた部屋で時間の感覚を失っていた。隼斗は、智也との約束した。ほかの子どもたちに軽く見られないように、入学式では智也の父親のふりをして登場することを。「隼斗さん、今日は智也の入学式の日よ。送り迎えしてくれるって……約束したでしょう?」隼斗は痛むこめかみを押さえ、窓の隙間から差し込む日差しに思わず目を細めた。さっきの夢はあまりにも美しく、隼斗は思わずその余韻に浸った。しかし同時に、その夢を壊すドアのノックに、わずかな苛立ちも覚えた。彼は体を起こし、乾いた手のひらで顔をさっと拭い、玄関まで歩いた。ドアを開けると、そこには不安げな目で見上げる皓月の姿があった。「ごめん。皓月……今日は行けない」皓月の目には、不思議そうで無垢な光が宿る。「……え?でも、今日は智也に約束したんじゃ――」隼斗は眉間を押さえ、深く息を吐いた。「陽太は……もういないんだ。今は……何もする気になれない」皓月の目に一瞬、不満の色が走ったが、それでもなお、自分の息子にかつて当然のようにあった時間を確保しようと、必死に願った。「でも……智也、もう新しい友達に言っちゃったのよ?『今日、パパが一緒に来てくれる』って……」隼斗は疲れ切った仕草で片手を上げた。「……適当に言っておいて。仕事で行けなくなったとか。いつか機会があれば、その時に彼の友達に会えばいい」このような約束の破りは、陽太の時にも何度も起こった。しかし、陽太は一度も不満を口にしたことはなかった。隼斗は、すべての子どもが陽太のように素直だと思っていた。しかし、彼は明らかに智也や皓月を過大評価していた。皓月はまだ諦めず、必死に説得しようとした。「でも、もし今日智也が友達との約束をすっぽかしたら、クラスで『嘘つき』って言われるかも……今後誰も遊んでくれなくなるよ?」子ども同士の孤立はとても単純だ。たった一言、たった一つの出来事、たった一つの約束を破るだけで、同級生の目には劣った存在として映る。長く孤立してしまうことにもつながる……隼斗の瞳に葛藤と動揺が走る。だが目が空っぽの机に触れると、そこに残る光は完全に消え失せた。「もう行け。遅くなると智也の登校時間に間に合わなくなる」ドアの外で皓月は何度も断られ、不満そうにつぶやいた。「たかがクソガキ
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