LOGIN結婚して十年。 その人は夫でありながら、私は彼を息子の葬儀に参列させない。 理由は――息子が亡くなる前に残した三つの願い。 一つ目。「今はまだ……パパに僕のことを言わないで。パパが悲しむから」 二つ目。「最後の誕生日、僕の一番好きな料理を作ってほしい。それを食べながら、パパと一緒に過ごしたい」 三つ目。「もしパパが来なかったら……絶対に、絶対に、絶対に、あの人を僕のお墓に近づけないで」 だから息子が息を引き取ったあと、外でどれだけ激しい雨が降ろうとも、その人の目が真っ赤に腫れて震えていようとも、どれほど声が枯れるほど泣き叫んでいようとも―― 私は決して、息子に一歩たりとも近づかせなかった。 三日前。鷹見隼斗(たかみ はやと)は、皓月(こうげつ)母子と夜通し花火をして祝った帰りに、新品のランドセルを息子に買ってきた。 息子の誕生日に戻って来なかったことへの「埋め合わせ」として。 私が涙を浮かべたのを見て、彼は眉をひそめた。「たかが一回の誕生日だろう。次にちゃんとすればいいだけじゃないか?」 そのとき、彼はまだ知らなかった。 私たちの七歳の息子は、喘息で亡くなり、もう二度と入学の日を迎えることはないということを。
View More雨脚は次第に強くなっていくのに、ドアの外に立つその影は、最後まで動かなかった。隼斗の、張り裂けるような泣き声が雨音に混ざり、一晩中響いていた。けれど、私の心は、少しも揺れなかった。息子を失った時点で、彼への情は消えたのだ。その後数日、隼斗はいつも少し距離を置き、庭の祭壇を眺めては静かに涙を流していた。どれだけ隣の人たちが「可哀そうだから、話くらい聞いてあげたら」と言っても、私は彼を一歩たりとも中へ入れなかった。「陽太……最後の願い、ママはちゃんと守るからね」そして庭にある柿の木を切り倒し、隼斗の目の前で道端に投げ捨てた。木いっぱいの柿が地面に落ち、隼斗の目は真っ赤に充血し、その夜、彼は村を去った。――半年後。小学校の教室には、元気な声が響いていた。「生きているということ、いま生きているということ――」その声に導かれるように隼斗が視線を向けると、教壇に立つ私の姿があった。息子を埋葬したあと、私は小学校の教師として働き始めた。陽太は勉強できなくなった。でも、村の子どもたちにはまだチャンスがある。授業が終わり、私は教案を抱えて職員室へ向かっていた。ふと廊下の端に目を向けると、そこには制服をきっちりと着た隼斗が立っていた。薄く伸びた青い無精髭が、彼の表情にわずかな疲れと歳月を刻んでいるほかは、まるで――何も変わっていないようだ。私は踵を返し、その場を離れようとした。だが、隼斗は数歩で追いつき、私の腕を掴んだ。「……柚羽。君が教師になれるなんて、思わなかった」私は鼻で笑った。「そうよ。自分で教えられるなら、陽太を都会に連れて行かなきゃよかった。……結局、学校にすら入れなかったんだから」隼斗は気まずそうに鼻先を触り、小さく息を吐いた。「怒っているのは分かってる。責められて当然だ。……でも、もう全部終わらせた。皓月とは、きっぱり縁を切った。だから……お願いだ、俺にもう一度だけ、チャンスをくれないか?お願いだ、俺を捨てないでくれ」言葉は切実で、瞳には涙が溢れそうだ。「……頼む」私は遠くの山を見つめ、静かに首を振った。「隼斗。手を放して。私たちはもう戻れない」私は顔を上げ、ぼんやりとした彼の瞳を正面から見つめた。胸の奥に沈んだ寂しさが、言葉に滲む。「もし本当に後悔しているなら……自
部屋の中、扉にもたれて座っていた隼斗は、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥にわずかに浮かんだ申し訳なさが、一瞬で消え失せた。信じられないというように頭を抱え、自分がこんな人のために、何度も妻と子供を傷つけてきたなんて……と、思うことすら恐ろしくなっていた。彼はうつむいたまま沈黙し、まるで石像のように動かず、部屋いっぱいの罪悪感に飲み込まれていた。翌日、隼斗は準備した肉や米、小麦粉をリュックに詰め、帰る支度を整えていた。そのとき、皓月が突然飛び出してきた。智也が学校で同級生の新しいランドセルを奪い、さらに告げ口したら殴ると言い放ったらしい。新しい学校では、誰も智也を甘やかしたりしなかった。同級生たちは口々にその時の状況を先生に話した。先生はすぐに判断した。このままでは智也を受け入れられない。保護者が連れて帰るように、と。皓月は話を聞くや否や、すぐに隼斗のもとへ向かった。隼斗の立場で事態を収めてほしいと頼み込んだ。だが、隼斗はまるで別人のようだ。すべてを聞き終えたあと、静かに言った。「学校には学校の決まりがある。俺には口を挟めない」皓月は彼の手を強く握りしめ、目元が赤く染まった。「隼斗さん……お願い、助けてよ……あなたしか頼れないの……智也が退学になったら……この子の人生は終わりよ。これから私たち母子、どうすれば生きていけるの?隼斗さん……お願い……今回だけでいい、あなたが助けてくれれば、私……あなたが望むこと、何だってする……」涙に濡れた瞳で懇願する皓月を見ながら、隼斗の胸の奥に、苛立つような熱が湧き上がった。――そうだ。彼女はいつも、涙で同情心を引き出し、自分を惑わせ、何度も家族である柚羽と陽太を置き去りにさせた。それは、柚羽と正反対だ。記憶の中の柚羽は、どんな時でも「大丈夫。どんな困難でも乗り越えられるよ」と言いながら笑っていた。柚羽はいつだって、明るい太陽のようだった。あの日までは。陽太がいなくなる、その日までは。その想いが胸を刺した瞬間、隼斗の表情はすっと冷えた。「間違えたなら、罰を受けるべきだ。この件に俺は関わらない。……そしてこれから、智也のことにももう口を出さない」それだけ言うと、彼は振り返りもせず車に乗り込んだ。――今の彼には、どうしても柚羽に会いたかった。
そのまま、昼と夜の区別もつかなくなるほど、閉ざされた部屋で時間の感覚を失っていた。隼斗は、智也との約束した。ほかの子どもたちに軽く見られないように、入学式では智也の父親のふりをして登場することを。「隼斗さん、今日は智也の入学式の日よ。送り迎えしてくれるって……約束したでしょう?」隼斗は痛むこめかみを押さえ、窓の隙間から差し込む日差しに思わず目を細めた。さっきの夢はあまりにも美しく、隼斗は思わずその余韻に浸った。しかし同時に、その夢を壊すドアのノックに、わずかな苛立ちも覚えた。彼は体を起こし、乾いた手のひらで顔をさっと拭い、玄関まで歩いた。ドアを開けると、そこには不安げな目で見上げる皓月の姿があった。「ごめん。皓月……今日は行けない」皓月の目には、不思議そうで無垢な光が宿る。「……え?でも、今日は智也に約束したんじゃ――」隼斗は眉間を押さえ、深く息を吐いた。「陽太は……もういないんだ。今は……何もする気になれない」皓月の目に一瞬、不満の色が走ったが、それでもなお、自分の息子にかつて当然のようにあった時間を確保しようと、必死に願った。「でも……智也、もう新しい友達に言っちゃったのよ?『今日、パパが一緒に来てくれる』って……」隼斗は疲れ切った仕草で片手を上げた。「……適当に言っておいて。仕事で行けなくなったとか。いつか機会があれば、その時に彼の友達に会えばいい」このような約束の破りは、陽太の時にも何度も起こった。しかし、陽太は一度も不満を口にしたことはなかった。隼斗は、すべての子どもが陽太のように素直だと思っていた。しかし、彼は明らかに智也や皓月を過大評価していた。皓月はまだ諦めず、必死に説得しようとした。「でも、もし今日智也が友達との約束をすっぽかしたら、クラスで『嘘つき』って言われるかも……今後誰も遊んでくれなくなるよ?」子ども同士の孤立はとても単純だ。たった一言、たった一つの出来事、たった一つの約束を破るだけで、同級生の目には劣った存在として映る。長く孤立してしまうことにもつながる……隼斗の瞳に葛藤と動揺が走る。だが目が空っぽの机に触れると、そこに残る光は完全に消え失せた。「もう行け。遅くなると智也の登校時間に間に合わなくなる」ドアの外で皓月は何度も断られ、不満そうにつぶやいた。「たかがクソガキ
「柚羽……本当に悪かった。お願いだ、もう一度だけ、もう一度だけ俺にチャンスをくれないか?君を失いたくないんだ……!全部俺のせいだ!本当に最低だ!殴っても罵ってもいい!だから、行かないでくれ……!」隼斗は極度にプライドの高い男だ。だから、こんな卑屈な姿を見せるのは、滅多にないことだ。だが、私は感動も同情もせず、ただ少し可笑しく思った。私は小さく息を吐き出した。「……離婚届はもう出した。私たちは、これ以上お互いの人生に入り込むべきじゃない」「嫌だ……嫌だ!」隼斗は首を激しく振り、私の手をどうしても離そうとしない。私は冷たい目でその必死さを見つめた。心は、もうどこにも揺れなかった。構内のアナウンスが、電車の発車時刻が迫っていることを告げ始めた。私は一度ホームを振り返り、その瞬間、隼斗の表情がまた強く歪んだ。まるで、手を離した瞬間、私が永遠に消えてしまうとでも分かっているかのように。まだ執拗に縋りつく彼を前に、私はふとひらめき、彼の背後を指さして叫んだ。「――藤崎さん!」思ったとおり、彼は反射的に振り向いた。その隙に、私は彼の手を振りほどき、全力で走り出した。後ろで隼斗が私の名前を必死に呼んでいた。でも、人の流れがその声を飲み込み、私たちの距離を容赦なく遠ざけていく。私は胸に抱いたリュックをしっかりと抱きしめ、電車に乗り込むと――ようやく息が落ち着いた。「……陽太。帰ろう。私たちの家に」……隼斗は、力の抜けた足取りで駅を出た。遠くで電車の汽笛が鳴り響く。その音を聞いた瞬間、彼はもう堪えられなくなり、車に戻って声を押し殺して泣き崩れた。住宅区に戻ると、景色は何ひとつ変わっていなかった。子どもたちが笑いながら走り回り、「鬼ごっこ」をしている。その光景を見た途端、隼斗の目がまた赤く滲んだ。家に入ると、リビングは静まり返っていた。机で勉強する陽太も、夕飯を作っている私も――もういない。隼斗はそのままベッドに倒れ込み、顔を毛布に押し付けた。数日間、彼は部屋から一歩も出なかった。部屋の片隅で、陽太が折った紙のパズルを抱えたまま、身じろぎもしない。いつもなら、陽太は遠慮がちにそれを抱えてこう言っていた。――「パパ、少しだけ、一緒に遊んでくれる?」あの時、彼はなんと言った?そう。「疲
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