All Chapters of ムラサキの闇と月華迷宮: Chapter 11 - Chapter 20

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十の蝶〜夏妃の章2〜

 死化粧師  人生の終わりに、最期の声を聞く者 普通はさ「ヒト」の声だと思うんだけど 俺は今なぜか  「鬼の最期の声」を聞くハメになっていたーーーー 「さ! 依頼だよ、気合い入れていこっか!」 夏妃のカラッと明るい声が響く  見ると、俺よりデカイ大剣をブンブン振り回していた。 いやいや聞いてないし。  俺の初陣は、せめて人間がいいし!「あのさ、俺まだ死化粧師としては半人前だから、人ならともかく鬼はちょっとっ」「あの子、人だよ」 「人? どうみても角生えてるけどっ」 そう、2本のツノが赤鬼の頭部から、そびえ立っていた。  ゆっくりゆっくりと、あの巨体が近づいてくる……! 雪を踏みしめる足取りは、時折ふらついて、おぼつかない。怪我でもしているのかな? まるで酒に酔って酩酊状態のような、足さばきだ。 「あの鬼さ、怪我してんのかな?」 俺は夏妃にたずねる。すると彼女は、持っていた大剣を俺にスッ……と渡した。「この剣、持っててくれる?」 「え、俺が?」 「私が声を聞く。千年はさ、もしもあの子が暴れ出したら……この大剣で戦って」「いきなり大きな剣とか、使えねーと思うけどっ」 そう、無理だと思った! 俺、運動神経はいい方だと思うけれど、鬼退治なんてやったことねーもん。「グルルルルルルルルルルルル」「言ってる間に、鬼が近づいてんだけどーーーーーーっ!」「この子の声を聞く。千年は補佐して」「は、補佐っ!?」 いうが早いか、鬼の元へと大きく跳躍する……! やっばいだろ鬼だぞ。 死んじまうぞ……っ! 月の輪熊の2倍はあろうかと思う紅き鬼は、もう少し走れば届いてしまう距離まで、近づいていた。ふらついているとはいえ、こんな巨体に腕でもブン回されたら、人なんか飴のように曲がってしまうだろう。 あろうことか夏妃は、跳躍からスタンと着地し、ゆっくりと鬼を見上げている。 まるで、迫りくる鬼を待っているかのようだ。 危ねえっって!「グオオオオオオオオオオオッッッッ」 熊のような咆哮! 巨大な紅い腕がブンッッと夏妃に向かって放たれた。危ない!!!! 夏妃は……まるで子供から身をかわすような気軽さで、しなやかに避ける。すぐに鬼の背後へと回ると、空振りしてうずくまった鬼の頭を、そっ……と撫でた。「君、泣いてるの?」
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十一の蝶〜夏妃の章3〜

「夏妃……?」「最期の声を聞く。千年はそこで見ていて?」 涼やかに笑みを浮かべると、大剣を俺の手のひらから、滑るように奪う。そうして鬼の肩に刃を添えると、一気に横一閃に斬った──── ザシュッッッッッ!「茜殿っっ!!」 鬼の首が、ゴロン……と転がる。 純白の大地に咲いた、大輪の花みたいに。「うわああああああああ、茜殿! 茜殿っ!」 鬼の生首を抱えて、狩衣の君は泣きじゃくっている。 血の滴りもいとわずに、恋人のように抱きしめていた。 その浅葱色の狩衣が、鬼の血に染まっていく。しゃくりあげるように涙して、血なのか涙なのかもう境目がわからない。だ、大丈夫だろうか。 この人のこと……好きだったんかな。 だってそこにあるのは、鬼の首なのに……?「玉響の時、ここに顕現せり。夢と現のあわいに、最期の聲を今、聞きたもう。時の流れよ流転し、刹那の奇跡、ここに満たせ!」 夏妃が突然、歌うように何かを唱えた! 右手に巻いた漆黒の数珠を、スルリと解いて天へとかざす。何やってんだろう? 詠唱の響きを受けたのか鬼の首から突然、白き煙がふわりと立ちのぼった その煙が風に揺らめいて────  まるで幻想のように、半透明の女性が 首の横に立っていたんだ……!「やっと会えたね……茜さま」「こ、この姿は……私、人に戻れたんですの?」 半分、雪に透けている女性がしゃべったーーーーー!!!!  え、ひょっとして「茜さん」なのかな。この隣にある鬼の首の本体は、こんなに華奢で色白の、大人しそうな女性だったのか……。透けているけれど、うっすら白い着物を着ているような感覚がある。髪はあわい茶色で、肩の下ほどの長さだ。「戻れたんだよ、茜さま。だって私、死化粧師だから」「死化粧師?」「この世で最期の声を聞く者さ。茜さん、あなたの想いを聞かせて」 そう告げると、夏妃は花のような笑みを浮かべた。「最期。それって……私の命がもう、散り際だということかしら」「そう。そうだよ」 夏妃は、すべて受け止める覚悟の表情だ。隣で泣きじゃくっていた狩衣の君は、幽体となった彼女を見て呆然としている。やがて、最期の意味がわかったのか、ゆっくりゆっくりと立ち上がった。「茜殿はもう、あの世に召されてしまうのですか?」「ああ、真澄さま! そこにいらしたのね……全然わからなか
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十二の蝶〜夏妃の章4〜

 「私、この世も地獄だと思っておりましたの」 茜殿が、まっすぐ言い放つ。 その声は澄んでいて、水底まで見渡せる湖みたいだと思った。 「真澄さまと玄夜さまに会うまでは。私、村の忌み子だったから」 彼女の体が少しずつ、煙に溶けてゆく── 白く淡いモヤのようなものが、輪郭を揺らしていた。ひょっとして最終的に、彼女は煙になっちまうのかな? 「なあ、夏妃。彼女って、最期の言葉を伝えおわったらさ、その、白い煙に……?」 「そうだよ」 「そう、なの……か」 その声が耳に届いたのか、茜殿と視線が合った。なにかを覚悟したように、口の端を上げる。 その瞳は向こう側が見えるほど、透けていた。 けれど俺は、キレイだと思っていた……。 「真澄さま、私……そんなに凄い事を、願っていたんじゃないの」 淡い瞳から、雫がこぼれ落ちる。 「玄夜さまには、おめでたい話でしたのよ。きっと私、喜べば良かったの。出世のために、婚姻が決まったのですもの。捨て子として拾われて、同じ屋敷で育って……そうよ、きっと私ね。喜べば良かったんだわ……!」 ふるふると指先が虚空を指す もう、そこには誰もいないのに。 「おめでとうって、言えなかった。屋敷で毎日、すれ違っても……どうしても告げられなかった」 「なあ、無理して言葉を紡がなくていいんだぜ」 俺は、ムリしてる気がして、思わず言葉をはさんだ。夏妃がふいに、俺の肩をつかむ。 「ねえ、邪魔しないであげて」 「だって、あれ辛くねえかな?」 「この世の最期の言葉だよ。今しか言えないんだ。私はぜんぶ受け止めてあげたい……!」 俺の肩に乗せた手が、熱を帯びる。 「そうだよな。わかった……!」 そう頷いた。 その時、わかってくれたって顔の夏妃が……たまらなく優しく映った。ちょっと可愛いなって思ったんだ。本人には、言わねーけどさ。 「見て、夕暮れだ千年。もう少し待っていてあげよう」 「ああ」 花びらみたいな細雪が、茜殿の体をすり抜けて 真っ白な大地が、橙色の輪郭に縁取られていく。 茜殿の姿が、夕映えの色に染まって美しかった。白い煙は風にたなびいて、俺はこの光景を……心に刻みつけようって思ったんだ。 「私、気付かなかったの。己が鬼になっていた事に」 両手を顔で覆うと、そのまま膝からガクン……! と、崩れ
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十三の蝶〜あなたの式神に〜

 それは驚きの告白だった。 「もしも、このまま水鏡さまが戻らなかったら、俺の式神になってくれないかな」 え、ちょ、式神に!? 式神って、どうやってなるんだろう。「晴明さまが、式神として契約する方法を知ってるんだ。俺もまだその儀式をやった事ねーんだけどさ。きっと一生懸命おぼえるから!!」 なぜか今、肩をわしづかみされてグワングワン揺らされている。 うーーーん微妙に痛い。 熱っぽい視線で懇願されてるんですけど。もーこれ、どうしたらいいんだろう。ちょっと恥ずかしいし……っ。頬が熱を帯びてきて、ポヤポヤしていると。鬼童丸がすごい速度で、廊下から中庭まで疾走してきたの。「千年さま、大変にございますぞ!」「鬼童丸。何かあったのか?」 鬼童丸が伝令を告げに来た。 この妖怪さん、細身なのに筋肉ムッキムキだわ。 短い漆黒の髪に、紅蓮の炎のような着物を纏っているわ。帯は緋色で袴は漆黒。両袖はなくて、腕がむき出しになっていた。清涼で美しい顔に、均整の取れた筋肉をそなえた、むっちゃ美丈夫な式神だったの。 その鬼童丸の顔に、暗く沈んだ影がある。 何かあったのかな?「実は……夕月夜なる藤のあやかしが、また水鏡殿の屋敷にあらわれたのです!」 うそ……!「夕月夜あやつ……、すぐに舞い戻ってきたのかっ!」 千年さまが驚きと怒りに、身を震わせてる……! 胸に燻る篝火が見えるようだった。鬼童丸はその様子を見て、キリリとした表情を浮かべる。「はい、すぐに屋敷に向かった方が良いかと」「あたしも行きます!」 そう、あたしは行く。誰が止めても。 次も水鏡さまを、守ってみせるんだから! 子猫の時から、いっしょに暮らしてたんだもん。もしも夕月夜に誘拐されたら、あたしが哀しいよ。今の言葉を受けて、千年さまの表情が柔らかくなったの。「そっか。水鏡殿のこと、心配だもんな」「そう! あの藤のあやかし、今宵こそ蹴散らしてやるんだから!!」 「頼もしいな。よっしゃ行こうぜ!」 その時、鬼童丸が呼び止めたの。「俺も参りましょう!」「鬼童丸、いっしょに行ってくれるの?」「はい! 夕月夜から底知れぬ強さを感じると、安倍晴明さまが話しておりましたから」「そうなんだ、わかる気がするよ……」 傾国の美少年と噂されるほどの、甘美な麗しさ。 その華やかさの奥に感じる
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十四の蝶〜剣は鳳凰のごとし〜

「夕月夜、気を引き締めてかからねばならぬな。鬼童丸! あの剣を持っていった方が良いぞ〜」「はっ! 火神剣ですね。持参いたしましょう!」 鬼童丸はそう頷くと、中庭から屋敷に向かって疾走した。 はやっ……! あたしはその剣が気になって、訪ねてみることにしたの。「あの、晴明さま。火神剣ってどんな剣ですか?」  すると、晴明さまは愉快そうに笑って答えてくれた。「興味があるんじゃなー。火神剣は中国剣じゃ、剣に鳳凰を宿す」「鬼童丸は、晴明さまの式神『十二神将』の中でも、騰蛇と呼ばれし、最強の式神なんだぜ!」 千年さまが説明してくれた。 そうなんだ、あんな優しい面持ちなのに。 でも……筋肉隆々だったもんなー。人、いや妖怪は見かけによらない。内に秘めた「気」みたいなモノや、体幹の整った姿勢、凛とした瞳を見ればなんとなくなっとくがいったの。「火神剣は禁忌の剣だったんじゃ。あの鬼童丸にしか扱えん」 遠く、どこかに思いを馳せるように、晴明さまは空を仰いだ。 もう夜の帳はおりて、星の海が夜空に瞬いていた。晴明さまがいて、その隣に立つ千年さまのなんと美しい事だろう。 夜の青に染まる、椿の大樹の前で あたしは禁忌の剣について、聞いてみる事にした。「禁忌って、使うとなんか危ない事が起こるんですか?」「そうさな〜鬼童丸であれば問題ないかの。あの剣は、使った後に毎回、封印しないといけなくての〜」「封印!?」 毎回毎回、封印って……。 それってかなり、ヤバめな霊剣じゃないのかな。「まあ、今回も大丈夫であろう。私が使役する式神の中では、最強の力を持つのでな」「封印に失敗すると、どうなるのですか?」 あたしは晴明さまに、素朴な疑問を投げかけてみた。「京の都が吹き飛ぶ」「ええええええええええええええええええ! めちゃくちゃヤバイじゃないですかっ!!」 危なすぎ案件だった!!!「そ、そんな危険な霊剣、気軽に使っちゃっていいんですか!?」「気軽でもないが、それしか方法がないんじゃ。あの夕月夜には、火神剣でもなければ立ち向かえんぞ。秘めた魔性の奥が読めんのでな」 おっふ……そんなに強いのね。 でもその火神剣って、使ったらどうやって封印するんだろう。「一度失敗したこと、あったんですよね。封印に」
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十五の蝶〜紅蓮の炎と白銀の少年〜

「さあ、では参りましょうか! 藤原水鏡殿の屋敷へ!」 鬼童丸の声に呼応するように 火神剣がドクン! と脈打った。 本当に……生き物なんだわ、この剣……!「ああ、参ろうかの。ちと苦戦するやもしれんな、急ごうぞ」「はい!」 晴明さまの「苦戦するやも」の言葉が気になったけれど、今は夕月夜を倒し、水鏡さまの心を取りもどす! ただ、それだけに集中しようと思ったの。 牛車では遅いので、水鏡さまの屋敷まで走ることとなった。 ていうか安倍晴明さま、足めっちゃ速っっ! 化け猫のあたしも駆け足だわ。 祈るような気持ちを抱いて、あの家に辿りつく。 玄関を抜け、ながい廊下を走り、紅い牡丹が夢のように咲く、中庭を越えて────「これは美しい姫君だ。猫の瞳を集めるのも悪くない」「ゆ、夕月夜……!」 水鏡さまの部屋から、堂々と出てきたんだけどっ! 音もなく幻想のように、あたしの隣に回り込む。 は、速い……っ!「水鏡とともに待っていたよ。悪戯子猫ちゃん」「は、放しなさいよ────っ!!」 夕月夜が、あたしの腕を掴んだ……! その華奢な白き腕に似つかわしくない、激しい強さで引き寄せる。あたしは抗えなくて、夕月夜の腕の中でもがく。ククク……と妖艶な微笑みを浮かべて、顔が近づいてくる……っ!「貴方が想う、一等美しいものを……教えて?」 魅惑的な聲。 その聲に絡めとられる……! そう思った刹那。「オン・アビラウンケン」 晴明さまが、印を切った!  その呪詛にはじかれて、鬼童丸が火神剣の脈打つ鞘を……抜いた……っ!「今、封印の鎖を解く時ぞ! 黄昏の時より、虚ろなる命の調べを響かせよ! 鳳凰を放て、火神剣!」 鞘が抜かれる……っ! その紅き刃にも、血脈が張りめぐらされていた。 ドクンと大きく脈打つと、刃から炎の華がブワッと咲いていく。 紅蓮の焔の中から、巨大な鳳凰が……っ! 顕現する────「ゴォォォォォォォォォォン」 鳳凰が、鳴いた────  鬼童丸が上空に剣を構えると、鳳凰が大きく羽を広げていく……! そのまま剣をまっすぐ下へ、ブン! と振りおろす  すると鳳凰は口から滝のような炎を 夕月夜に向かって放ったんだっ!「ゴォォォォォォォォォォン」 火柱が部屋を覆う! あたしは夕月夜を突き飛ばし、中庭へ回転しながら落ちていった
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十六の蝶〜剣は鳳凰、槍は龍、刀は虎のごとし〜

 「知っているか、夕月夜。『剣は鳳凰、槍は龍、刀は虎の如し』という言葉を」 突然、鬼童丸がズイッとあたしより前へ躍りでる。 その緋色の瞳には、殺気が宿っていた。 晴明神社を出るまでの、冷静で爽やかな表情とはずいぶん違う気がするわ。抜き身の火神剣は『中国剣』らしい。刃が鮮血のようにキラキラと、紅く煌めいていた。 なんか、この剣って両方に刃があるんだな。 日本刀とは、ずいぶん違う感じがする。夕月夜は剣の話を聞くと、口の端に冷たい笑みをこぼした。 「知りませんね、何の言葉でしょう」 「なに、中国の武器にまつわる諺みたいなモノですよ。中庭の空に、鳳凰が飛んでいるだろう。この剣は瑞獣を召喚する。ちょっと面白い剣であろう?」 「鳳凰か。遊ぶには少しばかり、大きすぎるかな」 中庭から吹き抜ける風が、白い几帳をゆらす 部屋にたちこめる白檀の香り 今、藤の花の精霊は几帳の横に。鬼童丸は廊下に立ち、ひりついた殺気をかわしている。 「手合わせ願おうか、藤のあやかしよ」 鬼童丸が持っていた火神剣をスッ……と夕月夜の眼前に差しだした。 「私は、美しい女子にしか興味がなくてね」 「言ってくれるっっ!」 夕月夜が中庭に向かい、瞬足で獣のように走る。 鬼童丸もすり抜けていく敵に向かい、部屋から廊下へ、そのまま中庭へ飛んだ! 二人は跳躍し、天空で戦っている。人外を越えた、まるで神々の戦いだわ……!  あたしは思わず叫んだ。 「鬼童丸!」 「決める! 紅蓮一閃」 空中で剣を、まるで華が舞うように背中でグルンと回す。 夕月夜に向きなおると、刺すように真っすぐ 貫く姿勢で、突撃する──── 同時に、背後で巨大な鳳凰が 大きく口をあけた──── 「笑止。寡黙の糸に絡めとられよ」 夕月夜は、サラリと髪をかきあげる。 そうして火神剣から、花火のように火炎が咲く瞬間。夕月夜の片手から、何千何万という白き糸がブワッと、放出される。そして──── 「ゴオオオオオオオオッ、シュウウウウウウウウ」 天空に、白い百合の華が咲く。 夕月夜の掌から咲いた、純白の糸は 炎をグングンと飲み込んでいったんだ……! 「な、紅蓮一閃を飲みこむとは……!」 夕月夜は滑空して、空に浮かぶ鬼童丸をあおぎ見る。その左手には、火神剣
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十七の蝶〜戦う女は美しい〜

 千年さまが、あたしを縁側の廊下からドン! と庭に向かって背中を押したの。 「きゃああ」 待って、千年さまが炎を浴びちゃうじゃない! ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ! 鳳凰の口から、大きな火柱が放たれた。危ないっ! 鬼童丸は確か 「あれは悪しき妖怪にしか効かぬ焔。鳳凰が狂わぬ限り、この屋敷が燃えることはありませんよ」 そう言ったのだ。 でも待って、もし「鳳凰が狂ったら」 そしたら、どうなっちゃうんだろう。 「うおおっ!」 千年さまに、滝のような火炎砲が、降りそそぐ! 「いや、千年さまーーーーーーー!!」 「……安心しろ」 炎を浴びながら、ゆっくりと千年さまが立ち上がる。 ああ、よかった……!  紅い焔はやっぱり熱くはなくて、柱や几帳も燃えてはいなかった。千年さまは、紅い夕景色の真ん中に立っているような風情だわ。篝火の色に染まり、疾風を浴びて金色の髪がたなびいている。 髪をかきあげる仕草は、ただただ美しかったの。 「まずいな、鳳凰を封印しなければ」 安倍晴明さまが、キッと空を睨む。 あの和やかな笑顔が一変して、今は狼のように険しい瞳を、鳳凰に向けていた。 「オオオオオオン! ゴオオオオオオン」 バサバサと空中で巨大な鳳凰が、もがき苦しんでいる。うう、可哀想だよ。 どうしよう、何したら助かるのっ? 「あははははは、見てごらん水鏡。瑞獣たる鳳凰が、闇色に染まっていくよ」 「まあ、誠ですこと。でも夕月夜さま。わらわはこの隙に、秋華を取り戻したいですわ」 水鏡さまが甘えるような仕草で、夕月夜に懇願をした。 ふふっと、涼やかな笑みを浮かべると、彼女の肩を抱き寄せた。 「そうか、そうだね」 「秋華にも見せてあげましょうよ」 「いいだろう、見せてあげよう。冬に咲く藤の華を……!」 なんか夕月夜って奴、勝手な事いってない? 水鏡さまは大好きだけど、あいつと一緒に暮らす気なんて、更々ないんだから! あたしは中庭の地面からすっくと立ち上がり、奥の部屋にたたずむ二人を見据える。 そのまま軽やかに跳躍すると、廊下にスタンと降り立った。そこに、千年さまがいた。瞬間、中庭から鬼童丸も飛び込んできたの。 「二人も、一刻を争う。どうか聞いてくれ、晴明さまが考えた案がある」 「どうするの?」  あたし、千年さ
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十八の蝶〜優しい瑕〜

 あたしは決意した 夕月夜を足止めして、鳳凰を封印してみせるって……! 夕月夜は白い几帳の前で  鞘のない片手を、茫然とみつめていた。 「莫迦な、かすめ取るなど」  夕月夜の銀の髪がサラサラと艶めく。そうして、あたしと千年さまに対し、キッと殺気を孕む視線を向けた。 「くっ、この上は……!」  千年さまが日本刀を構えなおす。  その手を、あたしは制した──── 「あたしが止めます、夕月夜を」 「それは危険すぎるだろっ」  「いいえ。ケガしてる千年さまが、一人で鬼童丸に挑むなんて、絶対ムリだわ」 鬼童丸が火神剣で牽制しながら、口をひらいた。 「私もそう思う。いつものような素早い動きはできないだろう。すまん。悪いができるか、秋華殿」 「できるわ」 「そうか、頼んだ! なんとか鳳凰を剣に封印するまで少しの間、時を稼いでほしい」 「無論よ。やってみせるわ」 千年さまが、その言葉を耳にして……不安そうに尋ねた。  「夕月夜は恐ろしいほどに強いぞ、大丈夫かな。なにか策はあるのか?」 「ない!」 そんなものは、無い! でもあたしは突撃する。誰が止めても。 決意したあたしは、そのままダン! と畳を蹴った。 そうして真っ直ぐに、夕月夜へと飛びかかる。 止める  止めてみせる……! 夕月夜の動きを止めて、時間をつくるんだ。 そして、水鏡さまの心を取り戻すの。あの頃みたいに……! 「鬼童丸、今だよっっ」  「恩にきる!」 鬼童丸が、縁側の廊下から天空の鳳凰めがけ、おおきく飛躍する。  今しかない……!  あたしは瞬時に爪をジャッキンと伸ばす。月のように弧を描き、長い爪を夕月夜に向かい、シュンと振りおろしたの。 「爪で遊ぶ趣味はなくてな」 夕月夜は刀を、横一閃で振りきる。 あぶな! 刃があたっちゃう!  とっさに後ろへ飛び去るけれど、勢いがついて、このままじゃ後ろの戸板に当たってしまう! どうしよう、加速を止められな──── ────トン 誰かが。あたしを抱き止めた。 「おっと。大丈夫だ」 ふり向くと、千年さまの腕の中だった。え、ちょっ……抱き止めてくれたの……? 「守るから。ここで待ってな」 千年さまは、フッ……と口の端をあげる。 「やだ、あたしも行きます!」 「まあ、見てなって
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十九の蝶〜闇の姫君〜

 「立てるか?」 「ん……はいっ」 涙をふいていると、千年さまがあたしに向かい、手を伸ばした。 立ち上がると、ふわり 白檀の香りが鼻をかすめる。 「おのれ、夕月夜さまの邪魔をするとは……口惜しや」 ぞくり── 水鏡様の声に、肌が泡立つ 炎のように燃えたつ、紅の十二単 瀧のように流れる漆黒の髪は、畳の上で波を打っていた。 その瞳には、憎悪の念がみなぎっている。そんな水鏡さまの肩を優しく抱きよせると、夕月夜は耳元でそ……っと、甘やかに言の葉を告げた。 「鳳凰が帰ってしまうとは、残念だ。ごめんね、水鏡。今宵は出直そうと思う」 「もう帰ってしまわれるのですか?」 「ああ、いちど里に戻って出直すさ」 「夕月夜様。わらわは、貴方の傍にいとうございます」 水鏡さまが、夕月夜に哀願する。 たぶん片時も離れたくないのだろう、あんな必死な顔の水鏡さまを初めて見るもの。  「貴方が人でなくてもいい。一緒にいられるのなら、そこが地獄でもかまいません。たとえ夢の果てだとしても……一緒にっ!」 彼女は夕月夜の着物の袖を、ぎゅっと掴んだ。そんな、そんな事いわないでよ、水鏡さまっ! その声を耳にして夕月夜の藤色の瞳が、あやしく煌めいた。 「それが君の願い?」 「ええ」 「気に入ったよ……!」  その言葉に、晴明さまがピクンと動いた。 真紅の牡丹が咲き乱れる中庭。 そこに晴明さま、あたし、千年さま、鬼童丸は立っていた。黒衣の狩衣に烏帽子姿の晴明さまは、ジャキンと錫杖を構えなおす。まるで、新たな戦いが始まるみたいに。 「夕月夜、何をするつもりじゃ」 「聞いていたのか、晴明。なあに、転生するのさ」 「転生……?」 夕月夜は、片手で刀をスルリと抜いた。 そうして掌を晴明さまの方に突き出すと、静かに呪を放ったのだ。 「寡黙の糸」 「なっ! また捕縛の術か!」 晴明さまをはじめ、私たちはまた視えない透明な糸に絡めとられた。くっ! 足掻いても、両手と両足が糸でグルグル巻きにされたようだわ。動けないんだけどっ。 もーー、なんで今よっ!! 水鏡さまが連れていかれそうな、こんな時にっっ! ふと見ると、夕月夜は水鏡さまを抱き寄せていた。え、ちょっと何するつもり。 蒼き月光を浴びて 彼の銀の髪と 銀の刃が艶やかに輝いている。 
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