Semua Bab ムラサキの闇と月華迷宮: Bab 21 - Bab 30

45 Bab

二十の蝶〜空の瞳〜

 「あたし、一緒に行かないよ。水鏡さま」 鬼と果てた彼女に、あたしはキッパリと想いを告げた。 すると水鏡さまは、不思議そうに首をかしげたの。 「どうして? わらわと一緒に暮らしたいのではなくって?」 「ここで一緒に暮らしたいんだよ。夕月夜はいらないのっ!」 そうよ、この屋敷がいいんだ。 藤の花が咲き乱れる里で、夕月夜も含めていっしょに暮らしたいんじゃないもの。 その言葉をうけて、夕月夜が滑るように中庭へと降りてきた。あたしの背後で冬牡丹が、さやさやと揺れている。蘇芳色の大輪の花が、目の端に映った。そこに銀の髪をひるがえし、紫の着物を召した夕月夜が、スルリと風のようにあたしの眼前に迫る。 そして、あたしの腕をギュッと掴んだの。 「君も連れていってあげるよ、冬に咲く藤の都に」 「はなしてっ!」 片手なのに、なんて強い力なんだろう……っ! ふりほどきたい え、ちょっ、全然ほどけないよ! 夕月夜は、星の瞬く月の下で あたしを冷たく見下ろしたままだ。 「はなせ! 彼女は渡さねーぞ」 千年さまが割って入ってくれた。 血の滲む腹を押さえながら、かすかに震える足で来てくれた……! 痛いんじゃないかな。その姿に、胸の奥が……きゅっと疼いた。 「俺が守る! これより彼女は、俺の式神になるんだ!」 「ほう。たいした度胸だ」 「オン・アビラウンケン!」 晴明様の印を切る声 同時に、鬼童丸が夕月夜の眼前まで疾走する。 抜刀せずに鞘のままの火神剣で、足元を横なぎにシュンと切った! 夕月夜は上に跳躍し、松の木に登ってしまった。鬼童丸は勢いをつけると片手側転をする。 そのまま晴明さまの前に立ち、守るように火神剣をかまえ直した。 一連の動きを見ていた夕月夜は、松の木から華麗に飛び降りる。そうして松の下に立つ、水鏡さまの肩を抱いたの。 「気が変わった。また来るよ、水鏡といっしょにね」  「秋華、今度はともに帰りましょうよ」 懐かしい笑み あたしも、ずっと一緒にいたかったよ……! その言葉を伝えられないままに、彼女は夕月夜が抱き上げて、屋根へと飛んでいってしまった。そうして屋根から屋根へ跳躍し、あっという間に二人は…… 夜の闇に紛れてしまったの──── 「水鏡さま……また逢えるのかな……」 「逢えるさ。心配すんなって!」 見上げると、
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-12-11
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二十一の蝶〜おいしい朝ごはんと十二天将〜

 「仕方ないから。なってあげるよ。……あなたの式神にさ」 素直じゃないあたしは、顔をまともに見て言葉を紡げない。 目を背けると、ふいに背中から思いっきり抱きしめられた。 「ちょっ……!」 「いやったあああーーーーーーー!! 秋華、今宵よりお願いしまっ……いっ……!」 そのまま廊下に崩れ落ちる。 千年さまは、お腹を押さえ「いってえーー!」と、傷を抱え込んだ姿勢でもがいていた。なのに何故か、顔はめちゃくちゃに笑っているのだ。 「ぷっ、あはははははははははっ」 その姿がおかしくて…… あんまりおかしくて、笑ってしまった。 だってちょっと可愛かったから。 「痛いんだぞ、笑うなよ〜」 「だって、そんな傷なのにはしゃぐから、おっかしくて」 「さっき蛍火に、癒しの術かけてもらったんだよっ! だから、いけると思ったんだってっ」 「もーーあはははははははははっっ」 こんな風に声をあげて笑ったのは、いつ以来だろう。ずっと笑ってなかった。 ……うれしかった。 こんなあたしでも、誰かに大切だと想われることが。 千年さまは傷を押さえて立ち上がる。彼があたしに向かい、真顔で肩に手をポンと置いたの。あたしは、くすぐったかったけど。背をシャンと伸ばして、彼を見つめることにした。 千年さまが、緊張した面持ちで息を吸う。 「初めての式神として、よろしくお願いします!」 大きな掌が、まっすぐに差しだされる。 その掌をあたしはギュッと、握りかえした。 「……よろしく!」 手を繋ぐと、温もりがつたわる。 ……ああ、こんなに人の掌ってあったかいんだ。顔をあげると、めちゃくちゃ嬉しそうに、目を細めて微笑む彼がいた。その唇に、すこし触れてみたくなるよ。 あたしは、式神になるのも 悪くないか……と、思っていた────  ◇ 朝、目が醒めると泣いていた。 どうして涙が頬を伝うのだろう。あたしの頬を、ひとすじの雫が零れおちる。幻想の中で、なつかしい声が、あたしの名を呼んだ気がした。 その声を思い出そうとすると 切なくて……優しい気持ちになる。 どうして止まらないのだろう。 昨日、あの人の式神になったのに 昨日、お姫様になった気がした 夢のような気持ちになったのにね。 「……ねえ早く、間に合わなくなるよ……」 それは誰の聲だったの
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-12-12
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二十二の蝶〜秋華、魂を契る〜

 「昔、夏妃が俺にくれたんだ。持っていてくれねーかな」 「これ、お守り……かな?」 「そうだと思う。石神さんっていう神社でお迎えしたって話してたっけ。御祭神は『玉依姫』。きっとお前を守ってくれるって……言ってたから!」 それって 夏妃って人、千年のこと…… ちょっと好きだったんじゃないのかな? なんとなく、女の勘だけどさ。 お守りの小さな袋の中には、小さな紙が入っていた なんだろう、ちょっと気になる── でも夏妃って人が、千年さまに贈ったものならば、勝手に見るのも良くないよね。あたしは気になったけれど袋の口を閉じた。夏妃さんはもう、この世にはいない人だって聞いたもの。 これは遺品だ 普通なら、誰かにあげたりしない。 だから特別に、あたしを信頼してくれたのかもしれないよね。 「このお守り、大切にするね……!」 そう、千年さまに告げたの。 「ああ。夏妃もきっと喜ぶよ。持っていてくれ」 「うん!」 「じゃあ今から、式神として『契りの儀式』をはじめようと思うんだけど。いーかな」 「契りの儀式?」 そんなのあるんだ 何もかも初めてで、ドキドキしちゃうな。 あたしは、晴明神社の本殿へと案内された。広い部屋に通されると、白檀の雅な香りに癒される。木造の落ち着いた部屋に、ひとすじの光が差し込んでいた。 わ……なんだか神々しい。 奥に鏡や御神体が祀ってあって、その前に誰かがひとり佇んでいた。 漆黒の狩衣姿── 安倍晴明さまだ。 榊の枝を手にたずさえて、いつもの人懐こい表情で迎えてくれたの。 「お〜秋華どの、新緑の榊の枝だ。榊は神聖な力を宿すといわれている。今からの契りに使うから、持っていてくれんか」 「榊ですね、わかりました!」 スゥッと息を吸い込んで、背筋を正す。 すると、背後からたくさんの式神たちが登場した。みな榊を手にしている。ひょっとして式神の皆、あたしの為に、一丸となって儀式の準備をしてくれたのかな? なんだか胸がアツくなった……。 水鏡さまのことで、胸を痛めていたからこそ、余計に。 「さ、この純白の着物に着替えて。私たちは皆、外で待ってますから」 「蛍火、わかりました」 あたしは、蛍火が用意してくれた真っ白な袴と着物に着がえた。そうして部屋を出て、神社の境内に足を運ぶ。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-12-13
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二十三の蝶〜風の狼〜

 千年さまが、後ろから あたしを大きな腕でくるむ。 体ごと、思いきり抱きしめられてない? これ。 ……あったかい……。 子犬みたいに嬉しそうな顔で、あたしを抱きしめるから、その腕を払いのけられない。不覚にも恥ずかしくなってしまう。頬がじんわりアツくなって、心臓が早鐘のようにトクトクトクトク響いていた。 晴明さまが困ったように眉を下げて 千年さまの肩を叩く姿がみえた。 「あんまり、はしゃぐな。皆が見ておるぞ」 「あ」 まわりを見渡すと、篝火の隣で腕を組み、あきれたように仁王立ちする鬼童丸の姿が目にはいった。 冷たっ! なんか目が冷たっっ! めっちゃ恥ずかしいんですけどっ。 あたしは頬を染め、あわてて千年さまを突きとばす。彼は、大きくよろめいて後ろにズダーン!と倒れてしまった。 「あ、ごめんなさっ……」 「いって〜! いきなりヒドいな、俺の式神は」 気がつくと神社にいる皆が、声をあげて笑っていた。鬼童丸なんか指をさして笑い転げている。まったく、失礼な態度だわ。 あたしは尻もちをつき、背中をさすっている千年さまに「はい!」と手を差しだした。「あんがとなっ」  千年さまが、あたしの掌をにぎる  あったかい手のひら──── 繋いだ手のぬくもりに、なぜだろう胸があつくなる。 式神になったんだね、あたし…… この人の式神に。 「めでたいね〜餅まきだ!」 額にゴンゴン、餅が降ってくる。 ちょっ……いたい! 見上げると、天空に餅がヒュンヒュン舞っていた。 額をさするあたし等に目もくれず、大きな籠いっぱいに餅をいれ、たくさんの式神たちが餅をまいている。いつの間にか近所の人たちもやってきて、晴明神社の境内はお祭さわぎだ! 「秋華が新しい式神になったよ〜!」 「さー宴じゃ〜! みんな餅を拾っとくれー!」 「俺の式神のお披露目だー! みんな楽しくいこうぜ!」 いつの間にか、千年さまも率先して餅をまいていた 餅を拾ったり、酒を酌みかわしたり、篝火であったまって談笑したりしている。 人もあやかしも境目なく、乾杯してる。いっしょに笑顔で宴を楽しんでいた。なんか凄いな……ここには、妖怪差別とかないんだ……。 水鏡さまはよく「外は怖いのよ。あなたが化け猫だってバレたら、きっと命を狙われますわ。誰にも自分の正体を言ってはダメよ」っ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-12-14
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二十四の蝶〜銀狼の瑕〜

 目の前に、紫水晶の瞳を宿した人狼が 風をうけて立っていた。 本物の狼よりも大きな背中 長く伸びた四肢、黒く濡れた鼻。 その様子を見ていた晴明さまが近づいて、彼女の艶やかな銀の毛並みをフワリと撫でる。背後の竹林の葉がサヤサヤと揺れて、心地いい風が髪を揺らす。晴明さまはいつかの時を想うように、目を細めてつぶやいた。 「花蓮が式神として契りの儀式を結んだときは、本当に大変だったのじゃぞ〜」 「そうですね、あの時は……あたし血に塗れていたし」 「わしの首根っこを捕まえて、お主はこういったな」 「安倍晴明! あたしを、あんたの式神にしろーーー! でしょ?」 ふたり懐かしい時を語り、爆笑する。 ああ……本当に仲がいいんだなあ、花蓮と晴明さまは。 「なんか、いろいろあったんですね」 ここまで仲良くなるまでに、きっと想像を絶するほど、いろんな想い出を重ねてきたんだろうな。 花蓮さんはあたしの隣に座った。 そうして、浅葱の空を仰いだ。 「そうね。あたし、惚れた男を守りたくてさ。あの時は必死だったな……」 「惚れた男? え、相手は妖?」 「いいえ、人よ。あたしは人を愛したの」 愛した事、あるんだ。 永遠の命を持つ獣と、百年も生きられないヒトとでは、ただ愛し合うだけでも大変そうだわ。あたしは言い淀みながらも、心に浮かんだ疑問を投げかけてみる事にした。  「人って……その人は、守れたの?」 「守れなかった」 人狼姿の彼女が空を見上げ、瞳を馳せる。 その目には、誰を映しているのだろう。 「その昔、人に惚れてさ。一緒に暮らしたことがあってね。妖怪絵師だったんだ」 「妖怪絵師」 「ああ。あの人は人狼のあたしを……この世で一等キレイだといってくれた」 獣姿であるというのに、彼女は本当に美しかった。 月の光など浴びたら、どんなにか絵になるだろう。会った事もない絵師であるその人の、気持ちがわかるような気がした。あたしに絵心があるのなら、描いてみたいと思うもの。 紫の瞳を宿した、銀色の狼を。 「短い命でも、一緒にいたいって……あの人が言ってくれたんだ。その誓いが、どんなにか嬉しかった。他に何にもいらなかったな……」 「それは、素敵な恋だね」 あたしも、そんな恋がいい。 特別な事なんてなくても、その人がただ笑っていて 幸せ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-12-15
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二十五の蝶〜幻想ホタルと糺の森〜

 「見せたい景色って?」 「下鴨神社の糺の森を、見せてあげてーんだ」 「糺の森?」 下鴨神社なら知ってるわ。 私は行ったことないけれど、確か水鏡さまもお気に入りの神社だったもの。千年さまは、なおも言葉をつづけた。 「あの神社は玉依姫を祀ってるからさ」 「玉依姫って。ああ、夏妃さんのお守り、御祭神がそうだったよね」 「そうなんだ、だから一緒に行きたくて」 そうなんだ。 ちょっと分かる気がする。 かつての相棒である夏妃さんが、早くに亡くなってしまったものね。きっとあたしには……長生きして欲しいのかもしれない。 「今から行ってみねーか? 少し遠いけど」 「いいよ」 「よっしゃーーー!」 いうが早いか、千年さまが猛烈に走りだした! ちょっ、一応あたしも女子なんですけどーーーっ! そりゃ化け猫だから足の健脚さには、わずかに自信があるけどさ。なんで式神になってすぐ、こんな汗ダックダクで走らなきゃなのーーーーっ!? 式神、思ってたんと違う。 そんな言葉を胸に刻みながら、気を抜くと走るの早すぎて、遠く、豆粒みたいになってる千年さまの背中を想った。……ふ。負けんけどなっっっ!!  「うおっ、秋華も速っ!!」 「ムカついたんで、本気だしますわ」 「うおおおおおおおおおおおっっっ!!」 何これ、競技? そんな疑問が脳裏に浮かぶ中、速度をマシマシにしたの。 もうなんか負けず嫌いに火がついちゃって、千年さまと争うように本気走りした。不覚にも、ちょっと楽しかったな。夢中で地面を蹴るうちにいつの間にか、下鴨神社に辿りついたの。 「はーーーーっ、はーーーっ、ここの、景色をっ、見せたっ、くてっ!」 「はーーーーっ、はーーーっ、なかなか! やるじゃ、ないっ!」 謎の高揚感と達成感だわ〜 二人でゼイゼイ呼吸しながら、地面にヘタリこむ。千年さまの手の平が、眼前に差しだされた。 「ほい、立てるか?」 「うん」 あたたかい手のひら、彼の温度。 立ち上がり上を向くと、若草色の木々が空いっぱいに広がってるのが見えた。小さな川が流れていて、せせらぎの音色が響いている。水辺には2匹の鴨が仲睦まじく泳いでいて。ここだけ時が止まったように、美しかった。 「ここ空気が澄んでるね、気持ちいい」 「ああ、いいよな此処。蛍の時期とか、特にいいんだぜ」
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-12-16
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二十六の蝶〜忘れじの都〜

 「秋華も式神になった事だしのう〜藤の花の里に、行ってみんか?」  式神になった翌日、朝餉を式神たちと囲んでいると 安倍晴明さまが汁物をすすりながら、こう告げたの。 「藤の花の里って、夕月夜の隠れ里ですか?」 「そうじゃ」 「え、行けるものなら行ってみたいです!」 「そうか〜」 晴明さまは、かぶの漬物をボリボリと噛みながら答えてくれた。御簾から陽光がななめに差し込んで、美しい影をつくる。式神たちは、皆にぎやかにご飯を愉しんでいて、平和な光景だわ。 座敷の真ん中に鎮座する晴明さまは、ニコニコの笑みで湯漬けをかきこんだ。 そして、ふう〜と一息ついたの。 「もう少し強くあらねば、命に関わるかもしれんがの」 「あたし、頑張って修行します! 夕月夜の隠れ里って、いつでも行けるものなんでしょうか?」 「まあ、ある程度の霊力があればいつでも行けるかのー。今は冬じゃから、満開の藤の花が、里を彩っておるじゃろうな」 そういえば夕月夜は水鏡さまに「冬に咲く藤の花を、見せてあげたい」って囁いてたっけ。 今頃、水鏡さまはどうしてるだろう。 貴族育ちのお姫さまだもの、妖怪の里が合うのか心配なんだよね。寒いって震えてないかな? ペラペラのお布団で凍えてなど、いないだろうか。無論、自分で選んだ道だろうけど、ツラくはないかが気になっていた。 そんな事を思案していると、持っていたお椀をスッと置いて 千年さまが手を挙げた。 「俺も行きます!」 「千年さま……!」 「夕月夜は夏妃の仇。だから、俺は……行かなくちゃいけないんで」 「そうじゃな。まだ不安は残るが、今回は花蓮を連れて行ってみるか。藤の花の隠れ里へ」 花蓮も行くんだ それは頼もしいかも。 「行きます! 鬼童丸は晴明神社を守らなきゃいけないから、ここにいて」 「わかった!」 鬼童丸がここの守備を務めるなら、安心ね。 あたし達は身支度を整えると、藤の花の隠れ里を訪れることにしたの。 ◇ 「藤の花の隠れ里は、なぜか長岡京に入り口があるらしいんじゃ」  長岡京──── 平安時代に入る直前に、たった十年だけ存在したという 忘れじの都。 「どうして長岡京に、夕月夜の隠れ里があるんでしょう」 「さあ、なんでじゃろうな。かつての都ゆえ、まだ大いなる力が残っておるのかもしれん。何か歪みが生
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-12-18
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二十七の蝶〜死者の声なんか聞こえなくても〜

  夏妃──── 「今、夏妃って言った。千年さま」 そんなの、おかしいよ。 だって夏妃って人は、もう亡くなってる筈だよね……? 「夏妃は、死んだ……はずだ」 うわ言のように、千年さまが呟く。 「だから、この世にはいない……はずだ」 彼の手が、ふるふると震えている。 大丈夫なのかな? 夏妃って人の背後で、藤の花の大樹から伸びた、紫のしだれが揺れている。まるで紫紺の壁みたいだわ。奥の奥までずーっと、この藤の群れは続いているみたい。 ここは幻想的な森だけど 眼前に立つ『夏妃』って人は、生きてると思う ちゃんと影もあるし。 翡翠色の髪をかきあげて、大きな剣を片手で持っている様は、どう見繕っても『生身の人間』にしか見えない。 とても幽霊には見えないよ……? 「あの、失礼しまーす」 あたしは思い切って、夏妃さんの腕に触れてみた。 「あったかい……。生きてるよ……っ!」 「な、なんだよ急に! 変わった人だなあ」 生きてる、ちゃんと息してる!  「幽霊じゃないよ、千年さま!」 「あ、ああ。夏妃……俺のこと、覚えてるか……?」 千年様は緊張した面持ちで、切り出した。 見ているあたしまで、ドキドキしてきちゃったよ。 死んだはずの人間が、ここで。夕月夜の隠れ里にいるなんて、どう考えてもおかしいもの。狸とか狐とか、夏妃さんに変化した妖怪かもしれないし、とにかく目が離せない切迫した雰囲気が、漂っていたんだ。 「夏妃って誰かな。あたしには、名前がないんだ」 「え……」 首を傾げて、きょとんとした表情を浮かべている。 それは演技ではないように思えた。 この顔……あたしに似てるけど、この人の方が瞳が大きいわ、目尻もたれてる。あたし、つり目だもん。でも全体の雰囲気が、ちょっとあたしに似てるんだよね。嘘ついてるようには見えないけど、まこと夏妃って人とは別人なんだろうか? 「名前も覚えてないけれど。この藤の花の隠れ里はね、理想郷なのさ!」 「理想郷……?」 夏妃って人が、朝顔みたいに清涼な笑みを浮かべる。 一点の曇りもない、真夏の空みたいなスッキリとした表情だった。 「この里に辿り着いた人は、みーーんな過去を覚えていないのさ。たまーに、強い記憶だけ残ってる人もいるけれど、そんな人は稀でね。どんな人も過去を抱えてないんだ! 自由なんだ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-12-19
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二十八の蝶〜とまどう黒猫と紫水晶〜

 千年さまの手が、夏妃さんの腕をキュッっと掴んだ。 彼女の肩まで切り揃えられた翡翠色の髪が、サラリと顔にかかる。今にも彼女を抱き寄せそうな、涙でいっぱいの千年さまを見ていると……なぜだか胸がジクジクと軋んだ。 「離してくれない。何にも覚えてないんだ……っ」 夏妃さんが、強く迫る千年さまの体を、グイッと押しのけた。 「あ、ごめん」 千年さまが、掴んでいた腕をパッと離す。 「あたしに過去はない。ねえ、夏妃っていうのが、あたしの名前だったのかな?」 「ああ、お前は夏妃だ。俺のたった一人の相棒だった」 二人の話に気をとられていたけれど、そういえば安倍晴明さまと花蓮も、この場にいたんだったわ。永遠のような鳥居を抜けた花蓮が、いつの間にかあたしの隣に佇んでいた。  「取り込んでるところ、すまん。夏妃って人に聞きたい。ここに夕月夜っていう名のあやかしはいるかい?」 スッと前に出ると、花蓮が夏妃さんに尋ねていた。  そうだ、あたし達の目的は、夕月夜を探しだす事だったわ! 藤の花の隠れ里に、夏妃って人が存在したことで  肝心の使命が、朧に煙るところだったわ。あっぶな!  「夕月夜さま。ああ、いるよ。でも……」  夏妃さんはうつむくと、言の葉を止めた。それを制するように、白い少女が片手を広げる。雪のような白髪には、藤の花のかんざしが揺れていた。 「帰って。あの鳥居の向こうへ」  「あなたは?」 「あたしは、夕月夜の片割れだった者」 「片割れ……?」 「そうよ、貴方達は知らない。あの子の涙を」 白き少女の紅い瞳が、大きく見開かれた その細い腕が、ゆっくりゆっくりと上がっていく その手のひらから、目が眩むような、苛烈な光が放たれた カッ──── 「きゃああああああああああああああああああああああ」 紫色の花びらが、渦を巻いて押し寄せる……!  花弁の乱舞に、目を開けていられないんだけどっ!  突風の中、姿勢を低くして風が通りすぎるのを待つ。晴明さまが、印を切りながら結界を張ろうとしているわ。あれ、奥の藤の花の林から、誰かがすごい速度で走ってくるような……。 「誰かと思ったら、安倍晴明か」 藤の林をぬけ、滑るように走って来たのは夕月夜だった!  晴明さまは地面にサッと、清めの砂をまく。花蓮と千年さまは晴明さまを守護するべく、晴明さ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-12-22
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二十九の蝶〜隻腕の妖怪絵師〜

 「覚悟」 花蓮が、大きな真紅の扇をバサッと広げる。 そのまま地面を蹴って、夕月夜に向かい飛翔した!  「夕月夜。まずはあたしを倒してから、戯言を吐きな」 「笑止」 空中で夕月夜の刀と 真紅の扇がカッ! と重なる。 そのまま花蓮は横一閃に、夕月夜の頭上をシュンと斬った。 「ほう、知っている顔だ」 空中で体勢を変え、サッとかわす。そのまま夕月夜は地面にスタンと降りた。華麗に銀の髪をかきあげると、天上の調べのような、美しい声を奏でた。 「私はそなたを知っておる。遠い昔、掛け軸の中におったであろう?」 「な、掛け軸?」 腕を取られそうになり、花蓮は後ろへザッと勢いよく下がった。 掛け軸の中──── 「不思議そうな顔をしているね。私はかつてその顔を、絵画で見たことがある」 「絵画……?」 しばしの沈黙。 昨日、花蓮が話してくれた『告白』が胸をよぎる。あれ、なんか言ってたよね……? 彼女がたった一度、愛した人って確か…… 妖怪絵師──── 「京夜のことか……!?」 花蓮の手が、わななく。どういう事?  夕月夜が、花蓮の愛した人と……何か関係があるって事? 「そうだ、思いだした。『京夜』とか言ったかな。隻腕の妖怪絵師さ」 「それは、あたしの京夜だ!」 ふと隣を見ると、晴明さまも驚愕の表情を浮かべていた。そっか、晴明さまはまだ若い頃、その京夜って人に会った事があるんだ。昨日、そう語っていたもの。夕月夜は視線をめぐらせ、いつかの時を思い出しているようだった。 「ふーん。おかしいねえ? あれは、五十年も前に描かれた絵画なのに」 「五十年……」 「そなた、今のままの風貌をしておったぞ」 「そ、それは……っ!」 五十年も前の絵画。 花蓮は不死身の獣、ならば年を取らない筈。はるか昔、その京夜って人が花蓮を描き、その絵を見た……という事だろうか? でも、どうして夕月夜がそれを知ってるんだろう。 「教えてくれないかな、なにゆえ君は……年を取らないの?」 「お前に話す、理由などない!」 花蓮が吠えた 同時に真紅の扇を、袈裟懸けにふりおろす。夕月夜はスルリ、軽快にかわした。 代わりにその扇を──── ────夏妃が大きな剣で、受けた。 「夕月夜さまは、あたしが守る」 
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-12-23
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