All Chapters of ムラサキの闇と月華迷宮: Chapter 41 - Chapter 50

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四十の蝶〜桜の龍、疾風に吠える〜

 「ああ、陰陽師だ……!」 凛とした印の切り方 桜の龍を模した術 そう、あなたは立派な陰陽師だ もう、「死化粧師のなりそこない」じゃない 満開の桜の下 蒼天に花びらが舞い踊る 真紅の狩衣に漆黒の袴、金色の髪をはためかせ 愛しい横顔に花弁がすり抜けていく 彼の術は疾風 華やかに渦となる さながら桜の龍のごとく、河童の瞳を襲った──── 「すごい……っ」 術を放ったのは、まだ無名の陰陽師だ 千年さまは死化粧師より、才能があったのであろう。花びらが、龍のカタチとなり。音を響かせて桜の竜巻を起こす。シュルルルルルルルル──── 「ぎゃあああああああああああああああ」 河童の目が、花びらで目隠しされる! 竜巻の中でフワッと浮き上がると、上空からヒュンと落ちてきた。 ゴッ──── 「邪を祓い、調伏せよ。オンアビラウンケン!」 地面に落ちた河童から、漆黒の煙がブワッと立ち昇る。黒い霧が一瞬、あたりを包むと風にスウッ……とかき消えた。あるのは桜とあやかしと、私たちだけ。静かになった庭園に、しんしんと花びらが降り積もる。 「千年さま、河童は……浄化されたの?」 「ああ、邪のみを祓った。おそらく悪いのは此奴じゃねーからさ」 「そう、だよね。元は穏やかな河童だったって、話してたもんね」 気を失った河童の元へ、お坊さんたちが駆け寄ってくる。 「霜花、大丈夫か霜花ーー!」 「え、河童ってメスだったの!?」 勝手にオスだと思ってたわ! お坊さんたちは、濡れた布で顔を拭いてやったり、名前を呼んだりしている。先刻も思ったけれど、この子……妖怪だけど愛されてたんだな。てっきり「悪しき河童を退治する仕事」だと勘違いしてた。 この人たちは、元の優しい河童に戻ってほしかったんだ。 今の今まで、気付かなかった。 まだまだ鈍感だなあ、あたしも。 そんな想いに駆られていると、千年さまが河童の目が覚めるようにと、印を切り、気を放った。 ドクン──── 脈打ち、大きくのけぞる。水かきのついた手の平が、ピクリと動いた。「じき、正気に戻ると思うぜ。邪気、祓ったからさ」 千年さまの言葉には、優しさが滲んでいた。 紫の袈裟を纏いしお坊さんは、どうにも腑に落ちないといった顔で問いかける。 「感謝いたします。……ですが、いまだに
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四十一の蝶〜白き蝶の戯れ〜

 「この武器、おもしろいでしょー? 峨嵋刺《がびし》っていうの。藤の花の里で流行ってるんだよー」 「あたし、その武器知ってるわ」  藤の花の里の武器? どうして私は知ってるんだろう。 確かに稀有な武器のはずなのに。 この武器は中指を通し、手のひらの中でクルクルと回転させて使う。使う……はずだ。白き少女の右手には、鋼であつらえた峨嵋刺が、今も風車のようにクルンと旋回していた。 右手より大きい小枝のような鋼は、先端が矢尻のように尖っている。ちいさな武器だといっても、侮ってはならない。そんな気がしたの。 「人の身で、この武器を知ってるの?」 「どこで見たのか、覚えてないんだけど。知ってるわ!」 「ふうん」 「何よ」 「お姉ちゃん、変わってるね。あはは」 白き少女は一見儚げなのに、強い眼力がある。 白椿のように愛らしい笑みをこぼすと、タン……! と弾みをつけて跳躍した。身長は低いけれど、身軽だ! あたしの眼前ギリギリまで、一瞬にして迫った。 「この武器、心臓くらいは刺せるよ」 そう呟くと同時に、瞳を貫こうとする。 シュン────── あたしは咄嗟に背後へ、飛びずさった。あっぶな! もう少しで右目が裂ける所だったわ……! 避けられた白き少女は、にっこりと花のように振り返る。 「ふふっ。この河童さんにね、あたしお願いをしたんだー」 「お願い?」 「青龍の結界に入って欲しいって」 「そんなこと、頼んだの……?」 白き儚き少女は、満面の笑みを浮かべる。 いちめんの桜を背に、軽やかにタンと跳ねた。 「うん! あの紅の札を〜、剥がしてきてって」 なんて、無邪気な声。 「だって結界の中になんて、入れないでしょう?」 「あの河童さんは、ここで徳を積んでたんだって。あと、数珠を身に付けてるでしょ?」 数珠────── 倒れている河童の右腕には、たしかに数珠があった。黒曜石のようだわ……! 漆黒の球の中に、かすかに梵字が描かれてる。ああ、この数珠は……! 「秋華、この数珠は呪詛をはね返す力があるみてーだぞ」 「だよね、梵字が記されている……!」 白き髪の少女は愉快そうにタンタン、と跳ねている。 峨嵋刺をクルクルと回転させながら、右手を振って華麗にひらひらと舞った。雪の如き髪と着物が、ふわりと風を纏う。それはまるで、白き蝶の|
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四十二の蝶〜幻の都と雪椿〜

 「長岡京」それはもう、この世には存在しない 忘れじの都──── 「長岡京って、完成からわずか十年で無くなった都でしょう?」 「そうよ、そこがあたしの理想郷だもんっ」 白の少女は顔を真っ赤にして、憤っている。そんな風に叫んでも、もうこの世にはない都なのに。 長岡京は「不運の都」だった。 世の平安を望まれて都を移したにもかかわらず、藤原種継さまの暗殺事件。飢饉や流行り病。桓武天皇が流刑して、恨みのままに憤死した「早良親王」(さわらしんのう)の事件が起こった。 果ては桓武天皇の親族が次々と亡くなったり、重い病にかかったのだ。 世は荒れた。 「祟りだ! 早良親王が怨霊となり、長岡京は祟られたのだ!」と人々は噂した。その上、川の氾濫など天災も加わって、人々も桓武天皇も、すっかり怯えてしまったのだと聞く。 結果……桓武天皇は長岡京を捨てた。 都を移し「平安京」を新たに作ったのだ。 だから、長岡京はもうこの世には存在しない。 だって、祟りのあった都だから。 世の人々は誰しもが忘れたい。忘れてしまった都だと思っていた。だから、とても意外だわ。あたしは白き少女に目線をあわせ、説得を試みることにしたの。 「あのね、今の都は『平安京』よ。もう、長岡京はここには無いの」 「あたし達の都は、長岡京なの!」 「あたし達って……」 「夕月夜とあたしの都だった! 雪椿はね、あそこに帰るんだからーーっ!」 彼女はあたしをドン……っと突き飛ばす。その紫紺の瞳には雫が滲んでいた。はずみで背面にクラっと倒れそうになったあたしを、千年さまが抱き止める。 「危ねえ!」 「千年さま……っ」 彼の腕の中、だ。……吐息がかかる。 えっと、顔が近いんですけど……っ。 「大丈夫か?」 「はい、あの……っ、だいじょぶっです……っ」 としか言えないぃぃぃ。 めっっっちゃ顔、近い。 今、唇に触れそうだった……。 頬がほんわり熱をもち、火照っているのがわかる。心臓がトクンと弾んだ。金色の前髪が、あたしの頬にかかりそうになる。思わずうつむいて、そっと……彼の腕から離れる。 「ありがと……」 「おう」 白き少女がなぜか仁王立ちして、こちらをギラーンと凝視していた。 「ちょっと、そこの二人! 今、雪椿のこと忘れてたでしょ!」 「あ、はい」 忘れて
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四十三の蝶〜秋華の篝火〜

 「あれ……ココは?」 「河童しゃべった──────!!」 しゃべると思わなかったんですけどっ! あたしと千年さまは驚きのあまり、ザザッと後ずさる。 一方、河童はお坊さまに抱かれたまま、瞳をぱちぱちと瞬いた。辺りをぼんやりと見回すと、何かを探しているような仕草をした。しかし河童ってさ……改めて見るとほんっと全身、めっちゃ翠だわ〜。 頭にお皿を乗せ、髪はパツンと肩より上で切り揃えられていた。 手には立派な水かきもある。 お伽話に登場するような、由緒正しい河童の姿よね。 「霜花、覚えておるか? もう、枯山水を荒らしては、ならんぞ!」 「か、枯山水?」 高僧のお坊さまが、河童を叱る。 だが、当の本人は記憶にないようだ。キョトンとして、周囲に視線をめぐらせた。しだれ桜は典雅なまでに美しく咲き誇り、もうあの少女の気配はどこにもなかった。 「わからない。あの子、ドコ?」 「あの子って?」 「白キ少女」 「ああ、やっぱりあの子と話したのね……!」 雪椿の告白と、合致した! ……やはり、誠だったのね。 青龍の結界に侵入し、紅き札を破り、あの少女に利用されていたって事……? あたしはメスの河童「霜花」の前にしゃがむ。息を吸い、真実を語ることにした。 「あの子ね、雪椿(ゆきつばき)って言うんだって」 「雪椿……お腹イタイイタイって。だから札破った!」 「それね、本当は違うんだって」 「チガウ?」 河童は不思議そうに首をかしげる。 この子の言葉はカタコトで、流暢には話せないみたいだ。でも人の言葉を話せない妖怪だって、この世にはたくさん存在する。きっとこの寺の誰かが、丁寧に教えたのだろう。 河童は人でいう、5、6歳程度の知能が宿っているように思えた。ここまで育てるには相当、大変だったろうな。だからこそ、キチンと伝えねばならない。 「お腹イタイイタイして、泣いてた」 「うん、聞いたわ。紅い札を破ったのね」 「霜花、破った! あの子の痛み、キエル!」 あまりにも、まっすぐな瞳の河童に心臓がギュッと痛んだ。あたしは思わず、河童の霜花をやさしく抱き寄せる。 「聞いて、大変なことがあったんだよ……。あれは悪しきあやかし。お腹痛いのも全部、ウソだったんだって」 「ぜんぶ、ウソ?」
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四十四の章〜爛漫のサクラと地獄〜

 「消えた青龍、探しに行こうぜ!」 「千年さま」 あたしの肩をポンと優しくこづくと、千年さまが春のような笑みを零した。 「運命はともに。だろ、相棒!」 「相棒、あたしが……」 かつてそれは、夏妃さんがいた場所。あたしまだ半人前だけど……自信もって、いいのかな。 「今は秋華に、俺の背中を預けた!」 「その……背中を?」 「ああ! だから、一緒に探しに行こうぜ。俺の……秋華」 ────え ────俺の秋華って言った……? あまりの言葉に心臓がトクンと跳ねる。もう一度聞きたい。この瞬間を、反芻していたいよ。頬が熱をもって、ぽかぽかしてる。なんだろう、この……例えられない想いは。 千年さまは突然、あたしの前髪をクシャクシャして撫でた。 「にゃっ前髪、乱れます〜っ!」  「わりい、つい」 「もう……っ」 は……恥ずかしくて火照る。 千年さまは、河童さんとお坊さん達に向き直り、スッと一礼をした。 「きっと俺の相棒と、青龍を探して見つけてみせます!」 「あたしも、力になります!」 二人並んで誓いを告げる。肩を並べるのが、ほんのり恥ずしかった。一人で探すのは大変だろうけど、千年さまがいるなら心強い。胸にあたたかな想いがせり上がってきたの。紫の袈裟を召したお坊さまは、土をパンパンとはらうと河童といっしょに立ちあがる。 「よろしくお願いしますじゃ」  お坊さまの背後で、しだれ桜が華やかに咲き誇る。 ああ……キレイだな。 願わくば、次にこの寺を訪れる時は、青龍の結界を張り終えて、千年さまとまた此処で……肩を並べていたい。降りそそぐ花びらが頬を撫でていく。春爛漫の景色のなかで、ポツンと不安げな河童さんの視線が、あたしをじっと捉えていた。 「お願いしまス。結界を……戻シテ」 「約束する。きっと、あたし……いいえ」 深呼吸する。その言葉を、紡ぐために。 「あたし達が……!」 春のゆるやかな風が吹く。 あたし、千年さまの相棒になったよ……! この人の隣で、笑って走っていけるように。もっともっと己を研磨して、強くなっていきたいって願ったんだ! パンッ──── 破裂音がして、ビックリしていると。自分の変化が解けていた。 「あ、紅い髪に戻ってるっ!」 先程まで真っ青な海色の髪だったのに。 自分の髪に触れてみると、もうす
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四十五の蝶〜神の獣と安倍晴明〜

 「青龍は、元々わしの式神なんじゃ」 「え、青龍って、神獣じゃないんですか?」 驚く事ばかりだわ……! 式神って、陰陽師が使役する「鬼のこと」だと思い込んでいた。神獣って、使役できるんだ。新鮮な驚きを隠せないわ……! 獣のカタチを成した神様だって聞いたことがあるけれど。いかに稀代の陰陽師とはいえ、神様を配下にするなんて、あり得るんだろうか。 そんな疑問符が頭の中を飛び交う。 それを見透かしたように、晴明さまが言の葉を紡いだ。 「ああ、神獣じゃ。わしは神を眷属にしておるのでな」 「か、神を……眷属?」 あまりのことに呆然とする。 そんな中、晴明さまはテキパキと支度を整えていった。晴明神社の清めの砂を懐に入れると、にっこりと華やいだ笑みを浮かべる。 「さ、行こうかの〜。鬼童丸、千年、秋華。青龍が守りし結界へ、参ろうぞ」 「御意!」 ◇ 晴明神社から鴨川までの道のりは、けっこう長い。 春の小道を4人で歩むと、風がさやさやと耳元を吹き抜けていく。新緑が眩しくて、心地のいい道だわ。結界を封じにいくとかでなければ、お散歩気分で楽しめそうなのに。 そんな事を思案していると、晴明さまが口を開いた。 「この平安京はな、四方をわしの式神である神獣たちが守護しておるじゃろう」 「はい」 「中央にのう〜天地の大いなる『気』が集まるよう、考えて設計されたのじゃ」 「え〜中央に気が集まると、どうなるんですか?」 「都が繁栄する」 「ほわあ、凄い!」 気の流れまで考慮されて、この都は成り立ってるんだ。 今までのあたしは、水鏡さまのお屋敷だけが世界の全てだった。京の都の成り立ちなんて、考えた事もなかったわ。あたし、もっと学ばなければならない! ふいにそんな使命感に駆られたの。 桜の大樹の下は、花びらの大地だ。 美しい春景色に、晴明さまの漆黒の烏帽子が映えていた。 「青龍も、鬼童丸も、白虎も、玄武も、荘厳な神なのにのう。皆わしを信じて、式神となってくれたんじゃ」 「そうなんですね。神々から愛されるなんて……素敵です!」 そんな言の葉を告げると、晴明さまの頬は火が灯ったように、ぽっと赤くなった。 「ははは、みな戦友じゃからな。青龍も、取り戻さんといかん!」 「戦友……。式神って、配下の者じゃないんですか?」 「誠の戦友じゃ!
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四十六の蝶〜黒猫と夢見草〜

 「悠久の狭間、神の座す常世 眠りから醒めし龍の力を、彼の地へ 蒼き水の祈り 壮麗なる念珠、大樹となりて 京の都の御柱とならん 結界・蒼・樹────」 青龍不在の地だが 晴明さまが結界を成す! 守護の核たる神獣がいなくても、この地に四神の結界を張れるなんて……。さすが稀代の陰陽師だわ。 「オン・アビラウンケン」 晴明さまの声とともに、柳の周囲を五芒星の光が、瞬きながら競りあがる……! まっすぐに上空へと伸びると、巨大な光の柱となった。 「キレイ……瑠璃色の柱だよ……っ」 「あんな神々しいけどさ、普通の人の目には映らないらしいぜ」 「え、そうなの!?」 千年さまが結界の柱を指差しながら教えてくれた。 「あんな大きな結界が、見えないんだ」 「ああ、じき空間に馴染む。俺たちの瞳に映るのは、わずかな間だ」 そんな言葉を交わす間に みるみると光の柱が空間に溶けていく──── 「ふう、終焉じゃ」 鈍色の錫杖をシャラン……と鳴らし、晴明さまは睫毛を伏せた。不思議なことに、結界の御柱となった筈の「柳の木」は、カケラも見えなくなっていた。鴨川沿いの野原に、ただ柳の木だけが存在しない。 「すご……あの柳の木、空間から消えちゃったんですね」 「そうじゃ。青龍はおらんが、人もあやかしも、生きとし生ける者は「結界の御柱」が、目に見えぬはず」 「良かった、成功……ですか?」 「ああ」 晴明さまが汗を拭いながら、満足げに頷いた。 「や、やったあああああああああああああああああああああああ」 千年さまと鬼童丸は、叫びながら鴨川にザブンと飛び込んだ! 「え、なんで!?」 呆気にとられていると、服のままキャッキャウフフと泳いでいる。飛沫の向こうで、水を掛け合ったりしてるんんですけど。えー何これ、かわいい。陽光を浴びた濡れ髪の二人が、爆笑しながら川からあがってきた。 「も〜二人とも、風邪ひきますよー」 「わりい、すぐ戻りまっす!」 ポタポタと金色の髪から、雫が落ちていく。 なんか、こうしていると少年みたいだな。 あたし達は「無事に結界を張れた」と安堵して、帰路に着くこととなった。ずぶ濡れの二人は、子犬が戯れてるみたいで微笑ましい。鴨川沿いの道を歩きながら、
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四十七の蝶〜幻想の夕桜譚〜

 「お花見『桜狩り』って言葉の方が好きだわ」 「そっか。じゃあ、一緒に桜狩りをしよう、秋華」 千年さまが、優しい瞳をあたしに向けた。 「はい、一緒に……!」 あたしは、その想いに報いたい だって、もうすぐ百鬼夜行がやってくるもの……! 青龍の結界は、閉じたものの。肝心の「青龍」という強力な守護神がいない状態だ。もしも地獄の門が開き、幾百の妖怪を連れて、そこに夕月夜が現れたら……! 想像するだけで、ゾクゾクする。 肌が泡立つ思いがした。 あの晴明さまでさえ「命の保証はないかもしれぬ」と、言葉を濁すほどだ。 「きっと、大きな戦いになりますよね」 「ああ」 「あたし、千年さまの背中を守りますから!」 「何をいう! 俺が守るから!」 「あたしが!」 「いや、俺がっ!」 「あたしが守るんですっ!」 「ダーメーだ! 俺が守るってっ!!!」 誰かの声がして振りかえると、晴明さまと鬼童丸がお腹を抱えて、爆笑していた。 「な、なに笑ってるんですかっ」 晴明さまが我慢できなかったというように、肩をプルプル震わせている。ちょっと、ちょっと稀代の陰陽師。その態度はどうなんでしょうか。 「ふははは〜、ちょっと面白すぎたのう〜」 「もー晴明様が『今度の百鬼夜行は、五十年に一度の大きな宴になろうぞ!』って言ったんじゃないですか〜」 「そうじゃけどもっ」 晴明神社の桜が、夕景色に咲いている。 黄昏の色に染まって、千年さまの髪もサラサラと揺れていた。 「こういう日常だって、百鬼夜行で死んじゃったら、味わえないんですからねー」 「如何にも、その通りじゃ」 その言の葉に対しては、晴明さまの表情がスッと真顔に戻った。 「死なせねーからさ、俺が!」 千年さまが隣に並んで、夢のような桜を見上げた──── 「約束だ」 春の香りが、あたし達を包んだ。 「約束。しましたからね……!」 小指を差しだす千年さまと、キュッ……と指切りをしたの。 いつからだろう…… 「帰りたい場所が」貴方の隣になったのは。 指切りをした指を、そっともう片方の掌で包んだ。 「百鬼夜行の夜がきても、絶対に貴方を守るから」 あたしは胸を張ってみせる。 そうして自分が想う、いちばんの笑顔を浮かべたの。千年さまは照れたように、あたしの頭をクシャクシャとなぜる。 「さ、
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第二章 一の蝶〜秋華、恋の深淵を知る〜

 「お会いしとうございましたわ!」 桔梗と呼ばれし少女が、ふふっと花のような笑みを浮かべた。 全身が乙女! って感じの、歩いていたら振り向きたくなる美少女だ。 「桔梗、料理の修業はもう良いのか?」 「ええ、ひと通りは二条の叔母さまの家で学んできましたわ」 「それはよかった! では今宵より、一緒に暮らせるのだな」 え、一緒に暮らせるって この女の子、誰……!? 「そのために帰ってきましたのよ。たっくさんお土産話がありますの〜!」 ……えーと誰なの〜っ 幼馴染とか、かしら。 呆然としたままだけれど、きっと目つきが悪かったのであろう、夕餉の準備を手伝っていた花蓮が、あたしの表情をみるや「うわ!」と驚き、魚を落とす。 あたしの眼前で、きゅむきゅむと抱っこされている姫君は、年の頃十三、十四才くらい。栗色の髪に、薄桃色の簪を挿している。大きな黒目がちの瞳は、まっすぐに千年さまを映していた。 眼差しの先の千年さまは、さも嬉しそうな表情だ。 なんだろう……あたしの胸は 何故だかキリキリと痛んだ。 男の人って……こういう女子力満載な姫君が……やっぱり好きなのかな。「あの……千年さま、その方は…」「あっそうか、初めてだったよな! 紹介するよ。私の妹、安倍桔梗だ」 え、妹? 「でも名字が違いますよね? 千年さまって名字は『唐橋』じゃないですか」 「実は陰陽師になる時にさ、安倍家の養子になったんだ」 「養子!? 初耳です!」 そんな事、全然聞いてなかったよ。 千年さまは意外そうな表情で、話をつづけた。 「あれ、言ってなかったっけ? 死化粧師の才能はカケラもなかったんだけど。俺さ、陰陽師の才能はあるみたいなんだよな」 「それは、あたしも思います」 実際、転職して正解だったと納得しているもの。 けっこう難しい術式も、千年さまはスルスルと記憶してしまう。 死者の姿は見えないし、声も聞こえないんだけど、正確に術式をガツンと当てれば魔物は倒せるのだ。 つまりあたしが、彼の目となり耳となれば、彼にしっかりと場所を伝えることが出来る。二人なら、初心者とは思えぬ強大な陰陽師として、力を発揮できるんだ。 「あやかしの世界じゃ『盲目で耳も聞こえぬ陰陽師』な俺も、秋華がいれば、戦えるからな!」 「感謝してくださいね、あたしに〜」 「ああ、感謝して
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第二章 二の蝶〜下弦の月〜

 考えたこともなかった。 安倍晴明さまの養子になったら、妻を娶らなきゃいけないなんて──── あたしはずっと……この人の隣で、戦うつもりでいた。 千年さまが、他の誰かと結婚とか 頭をよぎった事もなかったよ。 「俺も、知らなかった」 千年さまが呆然とした表情のまま、重たい口をひらいた。 「千年さまも知らなかったんですか?」 「ああ、ただ優秀な陰陽師になりたいって思ってたからな。そっか、跡継ぎって……いるんだよな」 その時、小犬が戯れるような仕草で、桔梗さまが割ってはいった。 「桔梗にはもう一人お兄さまがいるから、安泰だとは思いますけど」 「そうだよな」 「でも、せっかく桔梗の兄さまになったんですもの。いつか、お兄さまが夫婦となる大切なひとと、桜の下で宴をしてみたいわ……!」 「桜の下で」 「そう! 式神の皆とたっくさんご飯をつくって、花のように笑うの。それが桔梗の夢……!」 琥珀色の十二単が、陽光をうけて煌めく。その時あたしは、どこにいるのだろう。 桜の下、千年さまが大切な誰かと笑うとき。 見えない花びらが、幻想の中で舞い散る。 桜の下、夢のような宴。 式神たちが踊り、飲んだり歌ったり。あたしの前で、あたしじゃない誰かが……千年さまと微笑むの。 ねえ、あたしはその時……どんな顔したらいい? 「少し、風を浴びてきます……っ!」 あたしは……心のやり場がなくて、台所をそっと離れる。気がづけば、ぽろぽろと涙が零れ落ちていた。誰にも涙を悟られないように一人になれる場所を探した。 とぼとぼと重い足取りで晴明神社の近くにある、竹林にたどり着く。ここは視界が新緑に染まる場所。ただただ長く天空に伸びた竹があるばかり、しんと静まり返っている。人の気配はない。 サヤサヤと笹の葉が風に揺れて、ほんのすこしの安堵を覚えた。 ここでなら、少しだけ泣いてもいいかな。 陽はもうだいぶ暮れていて、下弦の月が夜を彩る。 竹に額をこすりつけると、声を押し殺し……泣いた。そのまま崩れるように樹の幹に背を向けると、月を仰ぎみる形で、膝を抱く。 なんで…… いつから……? いつの間に、こんなに好きになっていたのかな。 自分でも気づかぬうちに、恋に堕ちていたの。 「あんたまさか……惚れたのか、千年に」 「花蓮……!」 声には
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