この世界に転生してきたとき、システムは朝月詩乃(あさづき しの)に一つの能力を授けた。それは、自分以外の誰かの願いを叶える力だった。そして、九年にわたる夫婦生活を共にした夫、一ノ瀬慎也(いちのせ しんや)の誕生日パーティーで、詩乃はこの能力で慎也の願いを叶えて、誕生日プレゼントとして贈ることにした。詩乃は何度も心を込めて慎也に、三十歳の願いはきっと叶うから、よく考えてから願いを言うよう伝えた。慎也は笑ってうなずき、両手を合わせて、敬虔に願いを込めた。そのあと、システムが詩乃に慎也の願いを聞かせてきた。「詩乃の命と、栞の命を交換できますように」……その願いを聞いた瞬間、詩乃は思わず目を見開いた。彼が言った栞とは、彼の幼なじみで、いま癌で死の淵にいる女性のことだった。慎也がロウソクの火を吹き消すと、会場には盛大な拍手が響いた。慎也は詩乃の手を取って、集まった人々に感謝の言葉を述べる。詩乃の口から無理やり絞り出されるように言葉が漏れた。「慎也、どんな願いごとをしたの?」彼はにこやかに微笑んで、詩乃の頬にそっとキスを落とした。「もちろん、君に関係することだよ。誕生日の願いってさ、口にしたら叶わなくなるって言うじゃないか?」あまりにも自然なその表情に、詩乃はなんとか立っているのがやっとだった。「じゃあ……その願い、本当に叶ってほしいと思ってるの?」慎也は彼女の手を取り、軽く口づけした。「もちろん。毎日、その日が来るのを楽しみにしてる」九年連れ添った夫が、妻の命を差し出すことを願っていた。そのとき、無機質なシステムの音声が静かに告げる。【願いが叶いました】詩乃は、よく知っているはずの夫の顔が、今ではまるで他人のように見えた。突然、胃の奥から込み上げる強烈な吐き気がし、詩乃は軽く手を挙げて合図を送り、そのまま洗面所へ駆け込んだ。洗面台に広がる赤い痕を見て、詩乃は悟った。これは、自分の身体が変調をきたし始めたサインだ。水で血を洗い流しても、吐き気は止まらず、頭がぐらりと揺れた。壁に手をつきながら会場へ戻った瞬間、慎也の視線がすぐに詩乃を捉えた。彼はすぐさま駆け寄ってきて、眉を寄せながら声をかけた。「大丈夫? 気分が悪いのか?」そのとき、周囲からささやき声が聞こ
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