【達也さん、まだ来ないのか?春奈さんがもう待ちくたびれてるよ】【この前、ちゃんと満足させてやらなかったんじゃないのか?】高杉達也(たかすぎ たつや)のパソコンに開きっぱなしになっていたチャット画面が、私の視線を釘づけにした。野原飛雄(のはら とびお)のアイコンが、次々と点滅を続けていた。【春奈さんが会社に入ったこと、奥さんはまだ気づいてないよな?】【達也さんもよくやるよな、そんなことで春奈さんを何日も泣かせて】【覚えてるか?春奈さんが海外に行った年、達也さん、街中を探し回ってさ。春奈さんの好きなチョコレートをどうしても見つけたくて、あのとき、結局引き留められなくて、泥酔して泣きながら帰ってきたよな】【あの時、俺は思ったんだ。達也さんはもうあの人なしじゃ生きられないって】【でもよかったな、また戻ってきたんだから】【達也さん、二人が一緒にいる限り、俺はまだ愛を信じられるよ】私はその場に立ち尽くした。口の中で甘かったチョコレートが急に苦く変わった。私は甘いものが得意ではない。けれど、このブランドのチョコレートだけは別だった。三年前、達也がたった二粒のチョコで私を嫁に迎え入れてくれたのだ。あの頃、彼は何も持たず、実家から追い出されて、苦しい思いで起業していた。客に付き合って酒を飲まされ、泥酔して帰ってきたときにはもう立つのもやっとだった。それでもポケットの中をまさぐって、苦労して取り出したのは溶けかけたチョコレートが二つ。どこで買ったのかと尋ねても、まともに答えられず、ただひたすら口に入れようとばかりしてきた。「なあ、食べて!君の好きなやつだ!」チョコレートはもうべたついて、ひとかたまりに溶けていた。彼の顔は汗で濡れて、間の抜けた笑みを浮かべていた。それでも、胸の奥がふっと温かくなった。翌年、私たちは結婚し、彼の事業も成功した。そして最初にしたことが、倒産寸前のチョコレート工場を買い取ることだった。それから、私は好きなだけ甘いものを口にできるようになった。けれど今、その甘さはまるで毒のように喉に絡みつき、息ができないほど苦しかった。胸の奥がつまって、息をするのも痛かった。鼻の奥がつんと熱くなり、涙がこぼれそうになったそのとき――玄関のほうから、達也の声が聞こえてきた。
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