結奈の妊娠により、予定していた新婚旅行は当然のようにキャンセルとなった。奏人は、なぜかほっと胸を撫で下ろしていた。しかしすぐに、結奈の両親が末っ子の翔太を連れて新居に転がり込んできた。妊娠した娘の世話をするという名目だった。奏人はもともと異論はなかった。どうせオフィスに泊まり込みで、ほとんど家に帰らないからだ。ただ、結奈の六歳になる弟、黒木翔太(くろき しょうた)は、陸と折り合いが悪いようだった。ある日、奏人が仕事を終えて帰宅すると、玄関を開けた途端に陸の泣き声が聞こえてきた。事情を聞くと、陸が丸三日かけて作ったレゴの城を、翔太がわざと壊したのだという。「陸がちゃんと片付けておかなかったからよ」結奈は翔太を背にかばい、身内を必死に守ろうとする口調で言った。「翔太はうっかりぶつかっちゃっただけなの」陸は全身を震わせて泣きじゃくり、ブロックの破片を握りしめて叫んだ。「触らないでって言ったのに!わざとやったんだ、僕のこと叩いたし……パパ、信じてよ!」結奈は眉をひそめた。「どうして嘘をつくの?それに翔太はあなたより二つも年下なのよ、少し譲ってあげたらどう?」奏人の視線が二人の子供を行き来した。陸は涙をまつげに溜めたまま、しゃがみこんで破片を拾っている。一方の翔太は結奈の背後に隠れ、陸に向かって舌を出し、おどけた顔をしてみせた。彼の表情が凍りついた。「確かに陸は翔太より二つ年上だが、続柄で言えば翔太は陸の叔父にあたる。甥が叔父に譲歩すべきなどという理屈、どこにある?」「おじさんなんかじゃないもん!僕……」翔太は不満げにわめいたが、すぐに結奈に口を塞がれた。彼女は引きつった笑みを浮かべ、まだ目立たないお腹を撫でた。「奏人、子供の喧嘩なんてよくあることよ。そんなに怒らないで、赤ちゃんが驚いちゃうわ」奏人は、似たような衝突がこれで何度目か思い出せなかった。自分の見ていないところで、陸がもっと辛い思いをしているに違いないことは分かっていた。「つわりが酷いんだろう。家の中が騒がしすぎる」彼は陸の手を引いた。「陸は母親のところに何日か預けてくる」結奈が口を開くのも待たず、彼はしゃくりあげる陸を抱き上げ、そのまま家を出た。遥の家へ向かう四十分の道中、奏人は彼女に会ったら何を言うべきか何度も自問した。
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