夜明け前、遥はそっとベッドを抜け出した。身支度を整え、まだ熟睡している蒼真を振り返ると、静かにドアを閉めた。病院では、奏人がベッドに背を預けて座っていた。彼は笑って言った。「今日は随分早いな」遥は彼の視線を避けた。「話があるの」遥は無意識に首筋へ触れた。そこには蒼真が残したキスマークがあり、微かに熱を持っている気がした。思い出すだけで、頬が火照る。彼女は顔を上げ、奏人を真っ直ぐに見つめて真剣に告げた。「神崎さん、お見舞いに来るのはこれで最後にするわ。あなたは私を十年間裏切ったけれど、私の命を救ってくれた。これで貸し借りなし。これからは、互いに借りも貸しもない関係になりましょ」奏人は呆然とし、遥が何を言ったのか理解するのにしばらく時間を要した。「本気……なのか?」「本気よ。私、蒼真と……うまくいってるの。彼は……私のことが好きみたい。私も、彼と向き合ってみたいの」その言葉を聞いて、奏人はようやく理解した。心が砕ける音というのは、これほどまでに轟くものなのかと。まるで幾千もの時間が咆哮を上げて通り過ぎ、何一つ掴めないまま、自分だけが置き去りにされたかのように。心が砕ける音は、無音でもあった。知らぬ間に心が死に絶え、この世の喜びを何一つ感じられなくなってしまったかのようだ。全力を尽くしたが、それでも彼女を留めることはできなかった。遥は晴れやかに微笑み、新鮮な百合の花束を奏人の枕元に置いた。「神崎さん、私、今とても幸せなの。あなたも幸せになってね」遥の笑顔を見て、奏人は悟った。彼女は本当に、完全に過去を吹っ切ったのだと。自分だけがその場に取り残され、檻の中の獣のように同じ場所を回り続け、抜け出せずにいるのだ。遥は花の香りを残し、曲がり角へと消えていった。一度も振り返ることはなかった。遥が家に帰ると、蒼真が待っていた。彼はスーツを着込み、髪をきっちりと撫でつけ、遥が入ってくると座る姿勢を正した。まるで何か厳粛な儀式でも行うかのようだ。「何してるの?」遥は不審に思った。彼は無表情で離婚協議書をテーブルに置き、淡々と言った。「サインしてくれ」離婚という二文字を見て、遥は頭を殴られたような衝撃を受け、意識が白く飛んだ。「どう……いう意味?」「文字通りの意味さ。離婚しよう。僕たちの
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