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めかし込んだのは、あなたとさよならするために

めかし込んだのは、あなたとさよならするために

Par:  苺大福Complété
Langue: Japanese
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瀬戸遥(せと はるか)は、神崎奏人(かんざき かなと)のSNSの投稿写真を見つめていた。そこには、別の女性の指に輝くダイヤモンドの指輪が写っている。 彼女の指先は、画面の上を彷徨うように行き来する。 「遥、サインしてくれ。これからは俺と結奈の邪魔をしないでほしい」 奏人は離婚協議書を彼女の前に滑らせた。その瞳は、骨の髄まで凍りつくほど冷たかった。 彼女は冷ややかな笑みを浮かべ、ペンを走らせて署名した。「神崎さん、あなたとの十年、結局は無駄だったわね」 八歳になる息子の、「結奈さんがママならいいのに」という一言が、ナイフのように心を抉る。 アシスタントの策略、愛する人の裏切り……彼女は覚悟を決め、足の不自由の億万長者、桐山蒼真(きりやま そうま)のもとへ嫁ぐ道を選んだ。 「少なくとも、あの人は私に『妻』という立場をくれるから」 鏡に向かって化粧を直すが、目尻から溢れる涙はどうしても隠せない。 結婚式当日、目を赤くした奏人が、教会の外で彼女を引き留めた。「遥、俺が間違っていた。一緒に帰ろう!」 蒼真は車椅子から立ち上がり、彼女を背に庇う。「神崎さん。遥は今、僕の妻だ」

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commentaires

橘ありす
橘ありす
どんな理由つけても浮気するのはクズのやる事だよね しかも誘拐犯が主人公を傷付けるのわかってて主人公の名前を出すとか、ほんと最低 なのでクズ男の一人寂しい最後は自業自得 主人公を助けた事だけが唯一の善行だね
2025-12-29 22:07:52
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ノンスケ
ノンスケ
子どもがそんだけ大きくなってるのに、結婚してないってなぜ?妊娠中のトラブルだって、調べればわかることだっただろうに…結局頑張って生きている人が最後には幸せをつかめるってことだね。
2025-12-13 16:39:48
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松坂 美枝
松坂 美枝
極悪人が当たり前のように蔓延ってる世界で生きるのは大変だなあと思った クソ坊主は何とか更生したっぽいがクズ男は虚しく散っていったな 子供まで産ませても結婚しないし浮気するししょうもなかったもんな
2025-12-13 12:00:25
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第1話
瀬戸遥(せと はるか)は神崎奏人(かんざき かなと)の投稿を見つめ、指先を画面の上で長く彷徨わせた。画面に並ぶ言葉は、猛毒を塗った針のようだ――【運命の愛、君にすべてを捧ぐ】写真の中で、彼の節くれだった手が別の女性の手首を掴んでいる。本来なら遥のものであるはずのダイヤモンドの指輪が、相手の指で誇らしげに輝いている。事情など露知らず、友人からLINEが届いた。【神崎先生の投稿、超ラブラブじゃん!奥さん、披露宴はいつ?】遥は唇を噛み締め涙を拭うと、震える指で文字を打った。【確かに結婚するわ。でも、相手は彼じゃない】午前二時、奏人のアシスタントから電話がかかってきた。「神崎先生が飲みすぎちゃって。迎えに来ていただけませんか?」遥は冷ややかな笑みを浮かべた。――行ってやる。ちょうどいい、十年間の青春について、けじめをつけてやろうじゃないか。現場に到着すると、遠目にも奏人の黒いSUVが見えた。近づくと、車が暗闇の中でリズミカルに揺れているのに気づいた。窓ガラスは曇り、中からは女性の甘い声が漏れ聞こえてくる。昨日のSNSに写っていた黒木結奈(くろき ゆいな)だ。不意に、結奈が隙間から視線を上げた。その純真そうな顔に驚きの色はなく、むしろ挑発的な笑みをこちらに向けてくる。その笑みはナイフのように、遥の胸を鋭く抉った。遥はようやく悟った。奏人の周りの人間は、アシスタントを含め全員が結奈の味方であり、結託して自分を嵌め、わざとこの光景を見せつけたのだと。彼女は背を向けて走り出した。ヒールの音が地面を叩き、慌ただしいリズムを刻む。タクシーの中、窓を流れるネオンの光が目に痛い。十年前、彼女は瀬戸家の令嬢、彼は神崎家の御曹司として、大学法学部のディベート大会で出会った。肯定側の主弁士だった遥と、否定側のリーダーだった奏人……試合では激しく対立した二人が、プライベートでは恋に落ち、誰もが羨むキャンパス公認のカップルとなった。卒業後、奏人は家業を継ぐことを拒み、自力で道を切り拓くことを選んだ。その代償として、実家とは絶縁状態になった。遥も家族の反対を押し切り、彼のために専業主婦になりながら、共に法律事務所を立ち上げた。やがて事務所は軌道に乗り、互いの実家との関係も修復された。息子の神崎陸(か
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第2話
翌日、奏人から母校のカフェに呼び出された。遥は三十分も早く到着し、窓際のいつもの席をとった。テーブルの上の青いキキョウは少し萎れている。遥は初デートのことを思い出した。あの時、彼女が不意打ちでキスをすると、彼は耳まで真っ赤にして平静を装おうとし、立ち上がった拍子に花瓶を倒してテーブルを水浸しにしたのだ。ドアベルの軽快な音が、遥の思考を断ち切った。顔を上げると、奏人が入ってくるところだった。その後ろには結奈が続いている。遥は掌に爪を食い込ませた。別れ話にまでその女を連れてくるとは、奏人は本当に情け容赦がない。結奈は気を利かせて隣のテーブルに座るが、二人の会話は丸聞こえの距離だ。「これが協議書だ。目を通してくれ」奏人は鞄から書類を取り出し、差し出した。「事務所の君の持ち株は現金化して買い取る。それから、俺名義の不動産の半分を慰謝料として譲渡するし、陸の養育費も一括で支払う。署名したら、もう俺と結奈には関わらないでくれ」遥は中身も見ずに最後のページを開き、さらさらと署名した。そのあまりにあっさりした態度に、奏人は少し意外そうに眉を寄せる。「遥、変な策略はするなよ」「署名したのに、どんな策略ができるって言うの?」遥は鼻で笑い、隣の結奈を一瞥してから問いかけた。「あの女のどこがそんなにいいわけ?」奏人は眉をひそめた。「大事なことか?」遥は頑なに彼を見つめる。「私にとっては大事よ」自分がどこで負けたのか、どうしても知りたい。「半年前、母校で講演をした時、結奈が学生代表として花束をくれたんだ」普段は無口な奏人だが、愛する人のこととなると饒舌になる。「若くて、綺麗で、純粋だ。とても気に入った。彼女をひと目見た瞬間、絶対に妻にしたいと思ったんだ」遥の胸が鈍く痛んだ。十年の青春も、子供を産み育てた日々も、他人の一目惚れには敵わない。彼女は立ち上がった。「私の家にまだあなたの荷物があるわ。なるべく早く取りに来て。ついでに陸とも話して」午後六時、学校から帰ってきた陸を、奏人と遥がリビングで待ち受けていた。奏人は単刀直入に切り出した。「陸、パパとママは別れることにした。でも、お前を愛していることに変わりはない」それを聞いた陸は、悲しむどころか目を輝かせた。「パパ、結奈さんと結婚する
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第3話
遥は怒りを通り越して笑い出しそうになった。「まだ私があなたに未練があると思ってるの?」彼女の手首を握る奏人の手に、さらに力がこもった。「違うのか?カップルだらけのこの場に一人で来るなんて、結奈に恥をかかせるつもりだろう」「婚約者に会いに来たのよ」と言いかけたが、視界の端に、結奈に手を引かれてデザートを食べる陸の姿が映った。口元にクリームをつけた子供の笑顔には、奏人と瓜二つのえくぼが浮かんでいる。それを見た瞬間、言葉が喉に詰まった。こんな場所で、母親が再婚することを知られたくない。「私には私の用事があるの。あなたには関係ないわ」彼女は奏人の手を振りほどいた。シャンパングラスを握る指先が白くなるほど力がこもる。人のいない隅のソファへ逃れる背中に、ダンスフロアから奏人が結奈に向ける優しい笑い声が聞こえてきた。かつては自分に向けられていたその優しさが、今は鼓膜を刺す痛みとなる。「あれが神崎先生の新しい彼女?確かに瀬戸さんより若いな」「瀬戸は十年も追いかけ回して、子供までダシに使ったのに、結局神崎家には入れなかったんだろ?」……周囲のひそひそ話が止むことはなく、彼女の肌をちくちくと刺した。遥はシャンパンを煽り続けた。やがて父から「桐山の若様は体調不良で欠席だ」という連絡が入った。テーブルに手をついて立ち上がり、帰ろうとしたその時、腰に汗ばんだ手が絡みついた。顔を上げると、松村浩司(まつむら こうじ)がニヤニヤと笑っていた。八年前のあの夜の酒の臭いが、不意に蘇る。当時、奏人は事業を始めたばかりで、松村グループの顧問弁護士の座は、どの事務所も喉から手が出るほど欲しい案件だった。奏人を助けるため、妊娠五ヶ月だった彼女は、彼に隠れて松村グループの会長・松村浩司に会いに行った。浩司の屋敷のソファに押し倒され、酒臭い息が迫ってきた時も、彼女の頭にあったのは「神崎のために契約を取る」ことだけだった。「彼女を放せ!」爪が掌に食い込む中、奏人の怒号が聞こえた。浩司は手を離し、ゆっくりと袖のボタンを外した。「おやおや……神崎先生じゃないか。新しい女を抱いてるくせに、俺が使い古した女の心配をする余裕があるのか?」その言葉が奏人の逆鱗に触れた。あの年、血まみれで屋敷から運び出された遥。救急救命室の前で見た
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第4話
「汚い」と言われた瞬間、遥は悟った。奏人はあの時のことを、何一つ許してはいなかったのだ。だが事実、彼女と浩司の間には何もなかった。あの日、浩司が強引に迫ってきた時、彼女は涙目でボイスレコーダーの再生ボタンを押したのだ。「松村社長、この録音がマスコミや奥様に渡ったら、どうなると思いますか?」浩司は逆上し、彼女の手首を掴んでソファの隙間に押し付けた。彼女は死に物狂いで抵抗し、流産しかけた。浩司は大事になるのを恐れて妥協したのだ。一週間後、奏人の事務所は松村グループの法務代理権を獲得し、危機を脱した。八年もの間、奏人はこの件に触れようとしなかったが、彼女を信じたことも一度もなかったのだ。だが、もうどうでもいいことだ。今、奏人と結奈は愛し合っており、遥もまた桐山家に嫁ぐ身だ。本来ならもう赤の他人であるはずなのに、遥がワインを手に取った時、奏人が口を開いた。「誤解するなよ。殴ったのはあいつに反吐が出るからだ。それに、お前は陸の母親だからな……」「分かってるわ」遥はグラスを揺らしながら微笑んだ。「黒木さんに説明してあげて。私には必要ないから」男の喉仏が動いた。しばらくして彼は言った。「来週、陸の学校で親子運動会がある。忘れずに来い」言い終えると、奏人と結奈は陸を連れて立ち去った。親子運動会の日、朝日小学校のトラックには万国旗がはためいていた。陸は彼女を見ると、表情を強張らせた。「なんで来たの?」子供の視線を追うと、奏人が結奈のヘアバンドを直してやっているところだった。二人は同系色のスポーツウェアを着ており、実にお似合いだった。遥はこんな状況になるとは想像もしていなかった。奏人があの日わざわざ来るように言ったのは、彼ら「親子三人」の幸せな姿を見せつけるためだったのか?遥は奏人のそばに行き、声を潜めて言った。「彼女が来るなんて聞いてないけど」奏人は眉をひそめた。「結奈は今日講義がないから、陸と一緒にいたいと言ってついて来たんだ」競技前のウォーミングアップ中、陸が急に地面に寝転がって駄々をこね始めた。「結奈さんがいい!ママより足が速いもん!ママはいやだ!ビリになるのは嫌だ!」遥は心が引き裂かれるような思いだった。以前、奏人と三人で走った時は、息子は手が熱くなるほど強く握ってきたものだ。今、彼は結奈
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第5話
頭から冷水を浴びせられ、遥は激しく咳き込みながら意識を取り戻した。辛うじて顔を上げると、向かい側では結奈もずぶ濡れになって目を覚まし、震えながら部屋の隅に縮こまっている。鉄の鎖が床を擦り、不快な音を立てた。「起きたか?」闇の中から男が現れ、ブーツで水たまりを踏みつけた。遥は息を呑んだ。大岩剛(おおいわ つよし)だ。かつて傍聴席で、凶悪な視線を投げていたあの男。彼の恋人がルームメイトを毒殺した事件で、奏人が徹底的に追い詰め、死刑判決を勝ち取ったのだ。「神崎のせいで俺の女は人生を奪われた」剛は鉄パイプを振り上げ、そばの鉄枠に叩きつけた。轟音が反響する。「今度はあいつに、自分の女が目の前でなぶり殺される様を見せてやるんだ」そう言って彼は獰猛に笑い、ビデオカメラを設置した。録画中の赤いランプが不気味に点滅する。「全て記録してやる。あいつにたっぷりと鑑賞させるためにな」結奈が急に発狂したように暴れ出し、鎖が鉄枠に当たってガシャンと鳴った。「殺すならこいつを殺して!神崎は私なんて愛してない!」彼女の声は耳をつんざくほど甲高い。「こいつは神崎との間に息子がいるのよ!私はただの遊び相手!早くこいつを殺して!」遥は結奈を睨みつけ、爪が掌に食い込むほど強く拳を握った。剛は腹を抱えて大笑いし、カメラをポンポンと叩いた。「焦るな。誰を愛するか、しないかはどうでもいいか、あいつ自身に選ばせてやる」そう言って彼はスマホを取り出し、ビデオ通話をかけた。画面が点灯した瞬間、奏人の顔は血の気が引いて蒼白だった。レンズ越しに惨めな姿の遥と結奈を見て、その切れ長の瞳は氷のように冷え切っている。「二人を放せ。さもないとただじゃおかないぞ!」「おや、神崎先生ともあろうお方が、随分と取り乱していらっしゃる」剛はナイフの切っ先を二人の喉元に交互に突きつけた。「子供の母親と婚約者、選べるのは一人だけだ。生きて連れ帰るか、死体にしてドブネズミの餌にするか」「遥だ」奏人は絞り出すように言った。喉仏が激しく動く。「俺は彼女を愛している。彼女を生かしてくれ!」その声は枯れていたが、一言一句が重く、遥の胸に激震を走らせた。奏人は自分を憎んでいると思っていた。息子の親子行事に結奈を連れてきて当てつけにするほどに。しかし今、男の目に浮か
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第6話
左胸が切り裂かれ、肉がめくれ上がり、血の雫が肋骨を伝って滑り落ちた。遥は痛みに息を呑んだ。剛のナイフが右の鎖骨に狙いを定めた瞬間、鉄の扉が鈍い音を立てた。何かが激突したような、狭い空間が揺らぐほどの衝撃が走る。「もう来たのか?さすが神崎先生、やるな」男は血の混じった唾を吐き捨て、ナイフを振り上げ、遥の心臓を突き刺そうとした。間一髪のところで、鉄の扉が轟音と共に倒れ込んだ。警官隊がなだれ込み、その中の一人が素早く剛の手首を撃ち抜く。鋭利な刃物が金属音を立てて落下した。剛は瞬く間に制圧され、危機は去った。遥は瞼が重くなるのを感じた。視線を落とすと、上半身が血で赤く染まっている。女性警官が直ちに傷口を押さえて止血し、上着を脱いで彼女の肩にかけた。警官隊の後ろから駆け込んできた奏人は、血を流す遥に見向きもせず、真っ直ぐに結奈を抱きしめた。結奈は無傷だったが、彼の首筋に顔を埋めて震えながら泣いていた。「来るのが遅いよ……もう二度と会えないかと思った……」「ごめん、遅くなった!」奏人の声はとろけるように甘く、先ほど画面越しに「遥を愛している」と叫んだ時とは別人のようだった。結奈は何かを思い出したように彼を突き飛ばし、すすり泣きながら言った。「一番愛してるのは遥なんでしょ?どうして私を抱きしめるの?」「何を馬鹿なことを」奏人は彼女の顎を指先で持ち上げ、あやすように軽く振った。「あいつを選ばなきゃ、犯人はお前を先に刺していただろう。お前が傷つくのをただ黙って見ているわけがない」――そういうことか、そういうことだったのか……遥は血を吐き出し、目尻から涙が止めどなく溢れた。彼は結奈を愛している。だからあの男の前で芝居をしただけなのだ。自分は危険を引き寄せるための盾であり、奏人の計算の中で最も価値のない捨て駒に過ぎなかった。激痛が全身を襲い意識が遠のく中、遥は奏人が警察に指示する声を聞いた。「先に黒木さんを病院へ。彼女は強い精神的ショックを受けている」入院して半月、奏人の姿は結奈の病室の前で見かけるだけだった。看護師たちが噂している。神崎先生は婚約者に三人の専属看護人を雇い、自分も二十四時間付き添っている、羨ましい限りだと。一方で、遥を気にかけてくれるのは、両親を除けば、まだ会ったことのな
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第7話
退院後、遥は急ピッチで結婚式の準備に取り掛かった。わずか三日で、双方の両親が式場から招待状のデザインまで、すべてを取り決めてしまった。遥は指輪を選び、ウェディングドレスを数着試着するだけで、花嫁としての務めを終えたことになった。桐山家の御曹司は体が不自由で外出できないため、彼女は一人でドレスショップへ試着に向かった。そこで思いがけず、見覚えのある二人の姿に出くわした。「瀬戸さん?」先に口を開いたのは結奈だった。彼女はこれ見よがしに奏人の腕に指を絡ませ、目尻を上げて値踏みするような視線を向けた。「奇遇ですね、あなたもドレスを見にいらしたんですか?」奏人は、彼女の純白のカシミヤコートに視線を走らせ、眉をひそめて冷ややかに言った。「どうしてどこにでも顔を出すんだ?」「奏人、そんな言い方しないで……」結奈は彼の耳元に唇を寄せたが、その声はわざとらしく周囲に響いた。「瀬戸さんは一人でドレス選びなんて、ただでさえ可哀想なんだから……」その言葉は波紋のように広がり、周りでドレスを試着していたカップルたちが次々と好奇の視線を向け、ひそひそ話がそこかしこで始まった。遥は口元に薄い笑みを浮かべ、ディスプレイされたレースの裾を指先でなぞった。「神崎さん、この店を買い取りでもしたの?私がドレスを試着するのに、いちいち許可が必要なのかしら?」結奈は言葉に詰まった。奏人は冷ややかな視線で彼女を睨みつけ、棘のある口調で言った。「そんなに結婚を焦っているのか?俺に捨てられたからって、手当たり次第に男を見繕ったのか?」「誰が……」遥が怒りを露わにしようとしたその時、店長がタイミングよく歩み寄ってきた。「瀬戸さん、試着室の準備が整いました」特別試着室には、サテンのウェディングドレスが静かに掛けられていた。腰回りのラインストーンは夜空に散りばめられた星のように、照明の下で柔らかな輝きを放っている。遥がそのドレスを身に纏って試着室から出てくると、周りの人々は思わず息を呑んだ。少し離れた場所に立っていた奏人は何気なく視線を向けた瞬間、手に持っていた経済誌を取り落とした。彼の視線は遥に釘付けになり、無意識に喉仏が動いた。「奏人?」結奈の声が静寂を破った。奏人の視線を追った彼女の顔から、瞬く間に笑みが消えた。彼女
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第8話
奏人は招待状の赤い丸印を見つめた。――十五日。それは彼と結奈が予定していた結婚式の日でもあった。オフィスに戻っても、彼はまだ遥と蒼真が婚約したという事実から来る動揺を引きずっていた。デスクの上には、結奈がウェディングプランナーに届けさせたばかりのリストが広げられている。ディオールのオートクチュールドレス、ティファニーのダイヤのヘッドドレス、最高級の披露宴……どの項目にも、目の飛び出るような金額が並んでいた。「奏人、桐山家が発表した式の進行表、見た?」結奈がドアを開けて入ってくるなり、スマホの画面を彼の鼻先に突きつけた。「彩浜(さいはま)市で一番大きな教会を貸し切りにしたんですって!有名なオーケストラまで呼んで!」奏人は痛むこめかみを揉んだ。結婚式の日取りが重なっていると知って以来、結奈は尻尾を踏まれた猫のように過敏になり、何でも最高級のものを求めては、遥を打ち負かそうと躍起になっていた。大学を卒業したばかりの年、実家と絶縁してカードも止められ、極貧だった頃のことを思い出さずにはいられなかった。あの頃、彼と遥は狭いワンルームのアパートで、一杯のラーメンを分け合って食べていた。遥は肉が嫌いだと言って麺だけを啜り、肉はすべて彼に残してくれたものだ。「もっとシンプルでいいんじゃないか?」彼は長くなる一方のリストを脇へ追いやろうとした。「結婚式で見栄を張り合っても仕方ないだろう」「どうして?」結奈は片手でリストを押さえつけ、声を荒らげた。「私が、子供を産んだあんな中古品に負けてるとでも言うの?」「いい加減にしろ!」奏人は眉を吊り上げた。「汚い言葉を使うな。彼女は陸の母親なんだぞ」彼の冷たい表情を見て、結奈は失言に気づき、慌てて猫なで声で甘えた。「奏人、結婚式は一生に一度きりじゃない。私はただ完璧にしたいだけで……お願い、叶えてよ」奏人は無表情のまま、リストを脇へ押しやり、冷淡に告げた。「プランナーとの打ち合わせは自分でやってくれ。金はいくら使ってもいいが、仕事の邪魔だけはするな」仕事を終える頃にはすっかり日が暮れていた。車に乗り込んだ奏人は、何かに憑かれたようにハンドルを切り、かつて遥と暮らしていたマンションへと向かった。それは法律事務所の経営が軌道に乗り始めた頃、二人が初めて買っ
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第9話
リビングでは、結奈が真っ二つにちぎれたダイヤのネックレスを掲げていた。完璧なメイクを施した顔は恐ろしいほどに歪み、普段の猫を被ったような愛らしさは微塵もない。「これがいくらすると思ってるの?」彼女は陸の襟首を掴んで激しく揺さぶった。子供の華奢な肩が、なすがままに揺れる。「あんたの母親はどういうしつけをしてたのよ!まったく、育ちが悪いガキなんだから!」陸の頬には、くっきりと指の跡が残っていた。奏人は頭に血が上るのを感じ、大股で駆け寄って結奈を引き剥がすと、息子を背に庇った。その声には怒りが押し殺されていた。「何をしているんだ!」「結婚式で使うネックレスを壊されたのよ!」結奈は瞬時に被害者の表情を作り、目を赤くして奏人を見つめた。「奏人、これすごく高かったのに……本当に気に入ってたのに……」陸は息も絶え絶えに泣きじゃくり、小さな体を震わせていた。「ぼ、僕……わざとじゃないよ……っ!ミニカーで遊んでて……車がテーブルにぶつかっちゃったんだ!パパ、本当にわざとじゃないよ……」奏人は無残なネックレスを見つめ、ふと陸が五歳の時、家でボール遊びをしていて骨董品の花瓶を割った時のことを思い出した。あの時、遥は数千万円もする花瓶のことなど目もくれず、真っ先に子供に怪我がないかを確認した。そう思うと、彼は車のキーを引っ掴み、陸の手を引いて外へと歩き出した。「行くぞ」「どこへ行くの?」結奈が慌てて立ちふさがり、警戒した目を向けた。「本当の母親のところだ」奏人はすぐに遥の現在の住まいを突き止め、陸を連れて駆けつけた。すると、邸宅のバルコニーに明かりが灯っているのが見えた。遥はテーブルにつき、顔色は少し青白いが端整な顔立ちの男と向かい合って夕食をとっていた。あれが噂に聞く、病弱な桐山家の御曹司なのだろう。蒼真が何かを言ったのか、遥がふっと笑い、目を細めて優しく微笑んだ。奏人の胸に、疼くような痛みが走った。かつて、その笑顔は彼だけのものだったのに。「パパ、ママは僕たちがいらないの?」陸は彼の肩に顔を埋め、おどおどとした声でしゃくり上げた。「そんなことはない……」テラスの二人は夕食を終えて部屋に入り、やがて寝室の明かりも消えた。奏人は息子を抱き上げ、その小さな顔を自分の胸に押し付けて、その
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第10話
記憶が津波のように脳裏に押し寄せた。奏人は思い出した。大きなお腹を抱え、目の下に酷い隈を作って事務所の帳簿に目を通していた遥の横顔を。そして病室で、口もきけないほど衰弱していた彼女が、目を覚ますなり最初に「松村グループとの契約は?」と尋ねてきたことを。奏人が誇りに思っていた事業は、身重の遥がたった一人で海千山千の古狸のような連中と渡り合い、勝ち取ったものだったのだ。それなのに、遥は八年もの間、奏人からの疑いを背負い続けていた。八年だ。彼は遥に冷淡な態度を取り、結奈と曖昧な関係を続け、あまつさえ遥を「汚らわしい」と罵った……自分は一体、何をしてきたんだ?往来する車の流れが、視界の中で歪んだ色の塊となる。自責の念と罪悪感で、奏人は息ができなくなりそうだった。彼はネクタイを緩めるが、頭の中は遥の顔で支配されていた。浩司がまだ彼の足にしがみついて泣き叫んでいる。「神崎先生!どうか瀬戸さんに免じて……」奏人はジャケットのポケットから万年筆を取り出し、浩司の指を一本一本引き剥がした。その声は、氷のように冷徹だった。「お前は遥を破滅させ、俺をも破滅させたんだ……今さら怖気づいたのか?もう手遅れだ」彼は浩司を蹴り飛ばし、車に戻った。運転手が車を発進させホテルへと向かったが、彼の思考は混乱を極めていた。法廷では常に冷静沈着な彼だが、今はかつてないほどの迷いを感じていた。頭の中は、遥の結婚式のことで占められていた。彼女のブーケは、大好きなキキョウだろうか?結婚式の曲は、遥が一番好きな『ハート』だろうか?……もし今、自分が結婚式をぶち壊しに行ったら、遥はついて来てくれるだろうか?一度浮かんだその考えは抑えようもなく、狂ったように伸びる蔦のように彼の心臓に絡みついた。送迎車がホテルの入り口に停まっても、彼は車内に座ったまま動かなかった。三分後、彼は突如として運転手に告げた。「大聖堂へ行ってくれ」運転手は一瞬呆気にとられたが、彼の真剣な表情を見て、車をUターンさせた。しかし、車がそれほど走らないうちに、ウェディングドレス姿の結奈に行く手を阻まれた。彼女はドレスの裾を持ち上げて車の前に立ちはだかり、目に涙を浮かべていた。「奏人、もうすぐ式が始まるのよ。どこへ行くつもり?」さすがに彼女に対して申し訳な
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