瀬戸遥(せと はるか)は神崎奏人(かんざき かなと)の投稿を見つめ、指先を画面の上で長く彷徨わせた。画面に並ぶ言葉は、猛毒を塗った針のようだ――【運命の愛、君にすべてを捧ぐ】写真の中で、彼の節くれだった手が別の女性の手首を掴んでいる。本来なら遥のものであるはずのダイヤモンドの指輪が、相手の指で誇らしげに輝いている。事情など露知らず、友人からLINEが届いた。【神崎先生の投稿、超ラブラブじゃん!奥さん、披露宴はいつ?】遥は唇を噛み締め涙を拭うと、震える指で文字を打った。【確かに結婚するわ。でも、相手は彼じゃない】午前二時、奏人のアシスタントから電話がかかってきた。「神崎先生が飲みすぎちゃって。迎えに来ていただけませんか?」遥は冷ややかな笑みを浮かべた。――行ってやる。ちょうどいい、十年間の青春について、けじめをつけてやろうじゃないか。現場に到着すると、遠目にも奏人の黒いSUVが見えた。近づくと、車が暗闇の中でリズミカルに揺れているのに気づいた。窓ガラスは曇り、中からは女性の甘い声が漏れ聞こえてくる。昨日のSNSに写っていた黒木結奈(くろき ゆいな)だ。不意に、結奈が隙間から視線を上げた。その純真そうな顔に驚きの色はなく、むしろ挑発的な笑みをこちらに向けてくる。その笑みはナイフのように、遥の胸を鋭く抉った。遥はようやく悟った。奏人の周りの人間は、アシスタントを含め全員が結奈の味方であり、結託して自分を嵌め、わざとこの光景を見せつけたのだと。彼女は背を向けて走り出した。ヒールの音が地面を叩き、慌ただしいリズムを刻む。タクシーの中、窓を流れるネオンの光が目に痛い。十年前、彼女は瀬戸家の令嬢、彼は神崎家の御曹司として、大学法学部のディベート大会で出会った。肯定側の主弁士だった遥と、否定側のリーダーだった奏人……試合では激しく対立した二人が、プライベートでは恋に落ち、誰もが羨むキャンパス公認のカップルとなった。卒業後、奏人は家業を継ぐことを拒み、自力で道を切り拓くことを選んだ。その代償として、実家とは絶縁状態になった。遥も家族の反対を押し切り、彼のために専業主婦になりながら、共に法律事務所を立ち上げた。やがて事務所は軌道に乗り、互いの実家との関係も修復された。息子の神崎陸(か
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