娘の周防花奈(すおう かな)が「ママを替えたい」と言い出したのも、これで十回目だった。そのとき私・周防霞(すおう かすみ)は怒りもせず、静かに自分の部屋へ戻った。クローゼットの奥に隠してあった極秘の契約書を取り出した。私は政府の研究所で働く研究員で、真面目さと責任感には自信があり、能力もそれなりに評価されている。だから、極秘プロジェクトの話が持ち上がったとき、真っ先に上層部から声をかけられ、この計画への参加を打診された。けれど、花奈はまだ小さくて、夫の周防颯真(すおう そうま)も仕事で手一杯で、花奈の世話をする人がいなくなるのが怖かった。それに、一度行ってしまえば十年以上は戻れない。花奈の成長を、ほとんど見届けられなくなる。だから私は、その話をいったん断った。でも、リーダーは何度も考え直すようにと言い、せめて目を通してほしいと、その契約書を私に持ち帰らせた。まさか花奈が、私のことなんて少しも気にしていなかったなんて思いもしなかった。あの子の心の中には、家庭教師の小田切沙羅(おだぎり さら)しかいなかったのだ。誕生日パーティーの席でさえ、花奈はみんなの前で堂々と沙羅にお礼を言い、「ママみたいにずっとそばにいてくれるの」と言い、ママを替えたいとまで口にした。会場にいた全員の視線が、一斉に私へ突き刺さった。それでも私は怒りを飲み込み、静かに花奈に、誰を新しいママにしたいのか尋ねた。「沙羅さん」花奈は、ためらいもなくそう答えた。私はくるりと背を向け、その場を後にした。その晩、私は颯真と激しく言い争った。彼は、子どもの何気ない一言なんていちいち気にするなと、私を理不尽だと言った。私は淡々と彼を見つめ返した。「じゃあ、私は何を気にしていればよかったの。あなたと小田切さんの関係?」颯真は、私が彼のことを深く愛していると思っているのだろう。沙羅が、彼の初恋の相手だとしても、私は気にしないはずだと高をくくっている。私と颯真は大学で出会い、恋人になり、そこから二人でここまで歩いてきた。今では車も家も、それなりの貯金もある。七年も一緒にいて、私たちは世界でいちばん幸せなものを手に入れたつもりでいた。少なくとも、あの隠された写真を見つけるまでは。そこに写っていた沙羅は、まだ十代の少女で、ポニーテールを揺
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