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第2話

Author: 匿名
それは、花奈がやっと授かった大切な子だからだ。

花奈は小さい頃から、私と颯真に目に入れても痛くないくらいに可愛がられてきた。

まさか、その幼かった子が、数年後には実の母親である私をここまであからさまにうとましく思うようになるなんて、想像もしなかった。

翌日になってようやく、颯真と花奈が沙羅と一緒に帰ってきた。

SNSの投稿で、三人が一緒に旅行に出かけていたことを私は知った。

いつの間にか、家庭教師の沙羅の方が、周防家の「奥さん」みたいな立場になっていた。

どうせ颯真も花奈も、私より沙羅の方が好きなんだろう。

でも、最初から私と花奈の関係がこんなにぎくしゃくしていたわけじゃない。

あの子は小さな手で私の手をぎゅっと握って、「ママ」と呼んでくれていた。

ほっぺに甘えるみたいなキスをして、そのまま私の腕の中で眠ってしまうこともよくあった。

それなのに、いつからあの子と私はこんなにも遠くなってしまったのだろう。

海外にいた沙羅が戻ってきて、颯真が家庭教師として家に呼び寄せた頃からだろうか。

それとも、私のしつけが厳しすぎて、花奈の中に反抗心が生まれたせいなのか。

その本当の理由は、私にも分からない。

思い返せば、沙羅という名前を初めて聞いたのは、花奈が宿題に向かっていたときだ。

いい加減な字で済ませようとしていたので、私は全部書き直すようにと言った。

するとそのことで一気に怒り出した花奈が、そこで初めて沙羅の名前を口にした。

「ママはどうして沙羅さんみたいにしてくれないの!

沙羅さんは、フライドチキンもコーラもいいよって言ってくれるし、パパに頼んで遊園地にも連れて行ってくれるの。それに沙羅さん、すっごく可愛いんだよ。ママも少しはオシャレしてみたら?

ママは朝から晩まで私のことばっかり怒るし、パパが『ママって最近おばさんくさいよな』って言ってたのも当然だよ!」

花奈がそう言ったとき、小さな顔には、あからさまな嫌悪の色が広がっていた。

その瞬間、私は颯真の顔を思い浮かべた。結婚して何年もたつのに、最近の彼の目にも同じ色が宿っていたではないか。

でも付き合い始めた頃の颯真は、私が何をしても決して苛立ちを見せることはなかった。

結婚して、出産のあと、血で汚れた私の身体を見ても、彼は一度も嫌そうな顔をしなかった。

今は何不自由ない生活を手に入れた代わりに、仕事と子育てに追われて自分のことをかまわなくなった私の顔や体を、颯真はどこか冷めた目で見るようになった。

私はしばらくぼうっとしてしまった。

遊園地は、かつて颯真が一番よくデートに連れて行ってくれた場所だった。

今、その場所に沙羅を連れて行っている。

三人が笑いながらリビングに入ってくるのを見て、私は唇をきゅっと結び、胸の中のざらついた感情を押し込めて、朝食後の食器を洗い、食器乾燥機にしまった。

「ママ、今日の午後は宿題しないからね。沙羅さんが遊びに連れて行ってくれるんだって」

玄関のところで、花奈が腰に手を当ててそう言い放った。

私はちらりとあの子に目を向けた。

以前の私なら、まずやるべきことを終わらせてからにしなさいと、当たり前のように言い聞かせていただろう。

でもそのときは、急にすべてがどうでもよく思えた。

だから私は小さく返事をしただけで、花奈の横を通り過ぎ、カバンを取って研究室へ向かうつもりでいた。

するとその様子を見た花奈は、裸足のままドタドタと颯真のところへ駆け寄り、胸に飛び込んで半べそをかきながら言った。

「パパ、ママがまた怖い顔した」

颯真はスーツのジャケットを脱ぎ、腰をかがめて娘を抱き上げた。その腕に力がこもるたび、白いシャツ越しに筋肉の線がうっすらと浮かび上がる。

すべてを見ていたはずなのに、彼は冷たい顔のまま私の前まで来て、責めるような口調で言った。

「花奈はまだ子どもなんだぞ。宿題をやっていなかったくらいで、どうしてそんな怖い顔をして怒るんだ」

私は顔を上げて颯真を見たが、目の前の男が急に知らない人のように思えた。

付き合い始めてからもう七年。あのころ眩しいほど真っ直ぐだった少年の面影は、どこにも残っていなかった。

娘は父親の首にしがみついたまま、私が叱られるのを聞いて、得意げにあっかんべーをしてきた。

以前の私なら、颯真に言い返し、花奈の勉強のことでも一歩も引かずに言い合いになっていただろう。

けれどこのときの私は、不思議なほど落ち着いていた。ただ背を向け、ドアを開けて家を出た。

もうこの二人と言い争ったところで、何一つ変わらないと分かってしまったからだ。

背中の方から、沙羅と颯真の会話が聞こえてくる。

「颯真さん、霞さん怒ってたよね。絶対、私のせいだよ。もし私のこと嫌いなら、仕事辞めるから」

「あいつのことは放っておけよ。一日中あの仏頂面でさ、いったい誰に見せてるつもりなんだか……」
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