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第3話

Auteur: 匿名
その日も、私は研究所にいた。

実験に没頭しているうちに、気がつけば夜の九時を過ぎていた。

同僚がまだいる私を見て、驚いたように声をかけてきた。

「霞、まだ帰ってないの?今日は娘さんと一緒じゃなくていいの?」

花奈と沙羅が一緒にいる光景が頭に浮かぶ。

私は首を横に振った。

「ううん、もういいの。これからは、わざわざ帰らなくていいから」

ここ二日、実験室で徹夜続きで、ようやく欲しかったデータを手に入れた。

胸の奥が満たされていくのを感じた。

大事な実験を途中で切り上げてまで、わざわざ時間だけは必ずつくって家に飛んで帰らなくてもいいのだと思うと、ふいにそのことがたまらなく気楽に感じられた。

外に出ると夕日が沈みかけていて、私は鼻歌まじりに家へ向かった。

だが、玄関のドアを開けた途端、そこには暗い顔をした颯真がいて、腕の中には花奈を抱えていた。

私の姿を見るなり、いきなり噛みついてきた。

「霞、お前いい加減にしろよ。ろくに家にも帰らないで、自分が妻で母親だって自覚まだあるのか?

俺が外で死ぬほど働いてるのは、お前に好き勝手させるためじゃないんだぞ!」

颯真の言葉は耳を疑うほどひどくて、私はすぐ言い返した。

「颯真、私だって仕事があるの。それに花奈の父親はあなただよ。面倒を見るのはあなただって同じでしょ? それに、小田切さんもいるじゃない」

私は思わず眉をひそめた。

「それに、あなたが死ぬほど働いて稼いだお金、私がどれだけ使ってるっていうの?私の給料だけで、自分のことくらいどうにでもなるから」

そのとき、背後で玄関のドアの開く音がした。

続いて、沙羅の柔らかい声が聞こえてくる。

「颯真さん、霞さんとケンカしないでって言ったのに。また怒ってるの?」

沙羅の姿を見るなり、花奈は待ちきれないとばかりに駆け寄って、その足にしがみつき、甘えた声を出した。

「沙羅さん、やっと来てくれたね。花奈、おなかペコペコなの。一緒にご飯食べに連れてってくれる?」

沙羅はその頭を優しく撫でながら、柔らかい声で言った。

「もちろん花奈のこと連れてってあげたいけどね。でも……」

そう言ってから、私の方を何度か見上げて、困ったように続ける。

「でも、ママが怒っちゃうでしょ。外でご飯食べるの、あんまり好きじゃないみたいだし」

その一言で花奈は怒りを爆発させ、私の方へ駆け寄ると腕を思いきり叩いてきた。

「意地悪! 花奈のこと、邪魔しないで!」

花奈に突然叩かれた腕のあたりが、じんと痛んだ。

あまりのことに、思わず乾いた笑いが漏れた。

私が花奈に外でああいうものを食べさせないのは、あの子が小さい頃から体が弱くて、お腹も丈夫じゃないからだ。

フライドチキンやハンバーガーみたいな油っこいものを食べれば、すぐお腹を壊してしまう。

だから私はあの子の体のことを考えて、医者にもらった食事のメニューどおりに気をつけながら、ずっと世話をしてきたのだ。

なのに、その思いはあっさり踏みにじられた。

急にすべてがばかばかしく思えて、私は一言だけ吐き捨てた。

「好きにすれば」

そう言って背を向け、自分の部屋へ戻った。

ほどなくして、部屋の外から花奈のはしゃいだ声が響いてきた。

「やったー!パパが花奈と沙羅さんを、ご飯に連れてってくれるんだって!」

私は部屋の中でじっとしたまま、外の騒ぎに耳を澄ませるだけだった。

前は、颯真の気持ちが変わってしまったことに、何度も傷ついてきた。

七年も一緒にいて、恋人だった人が変わってしまうなんて、簡単に受け入れられるはずがない。

それでも少しずつ、私は一つのことを悟っていった。

誰かに出ていかれるのを怖がっていると、その弱さを見透かしたみたいに、相手はどんどんつけ上がっていく。

だから、誰かを必死に愛するより、自分を大事にした方がいい。

その日の午後、私はソファに座って、花奈が育てている観葉植物に水をやっていると、颯真が突然帰ってきた。

彼はひどく焦った様子で、私の姿を見るなり、行き場のない苛立ちをぶつける相手をやっと見つけたような顔になった。

「霞、お前、花奈のことをどう見てたんだよ。風邪ひいてたのに、なんで気づかなかったんだ?出かける前に、どうしてひと言も言わなかったんだ。あの子が倒れるまで放っておく気だったのか?いいから、早く一緒に病院行くぞ」

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