Masuk実験というものには、どうしても受け止めきれない結果がつきまとう。この何年も、どれだけ慎重を重ねても、多くの人が命や身体を落としていった。生き残れた者の多くも、どこかしらを失ったままだ。だからこそ、私は文句を言う資格なんてないのだと思っている。失敗することや、途中で命を落とすことに比べれば、私はずっと恵まれている。まだ生きている。この世界をこの目で見て、この結末を確かめることができている。「かしこまりました。しっかり務めてまいります」表彰の日はあっという間にやって来て、その日まで私は何度も何度もスピーチの原稿を読み返しながら、自分の知らない新しい世界を少しでも受け入れようとしていた。十二年も世間から離れていたせいで、ついていけないことだらけで、意味の分からないものも多い。それでも、新しい技術が国の力になるという事実だけは、素直にうれしかった。そう思えるだけで、自分が差し出してきたものも、少しは報われた気がした。「周防霞さん、どうぞ壇上へ」感慨にふけっていたところを職員に支えられ、私はゆっくりと壇上へと上がった。これは紛れもない栄誉の瞬間で、私は興奮のあまり何度も涙をぬぐっているうちに、用意した言葉をすっかり頭から飛ばしてしまった。けれど、飾り立てた言葉を並べるよりも、この場でどうしても伝えたい相手がいると気づく。この瞬間、私が心から口にしたかったのは、犠牲になった一人ひとりへの感謝だった。彼らがいなければ、今日の成功はあり得なかった。彼らがいなければ、この栄誉の時間も訪れなかった。「だから、どうか彼ら一人ひとりのことを忘れないでください。歩んできた歴史を刻み、名も顔も残らなかった英雄たちの努力に、正面から向き合ってほしい。次の世代が強く賢く育てば、この国もきっと強くなれる。私たちの役目はここで一区切りですが、皆さんの時代は、いま始まったばかりです。思いきり追いかけてください。受け継いでください。新しいものを生み出してください。そして一緒に、この愛すべき土地を守っていきましょう」台本も何もない、ただ胸の内からあふれた言葉だったのに、その瞬間、会場から一番大きな拍手が沸き起こった。それが若い世代からの応えなのだと、私はすぐに分かった。私ももう退かない。あの子たちもきっと退かない。それこそが、受け継
失敗したことを悟った颯真の目から、静かに涙がこぼれ落ちた。そのとき、誰かが私の名前に気づき、そっと隣の人に耳打ちする。五分ほどして、研究所の責任者が姿を見せ、颯真をじろりと見定めた。ここで働く研究員たちの家族のことは大体頭に入っている。だから、颯真の顔にもすぐに見覚えがあった。ただ、どうにも腑に落ちない点があった。霞がここを離れてから、もう一週間は経っている。夫であるはずの男が、それを知らないとは考えにくい。「こんにちは。ここの責任者です。何か事情があるなら聞きましょう」せめて責任者としてできることはしようと、彼は颯真を応接室に通し、一通り話を聞いた。耳に入ってきたのは、どこにでもある家庭のもつれだった。とりわけ「自分が離婚を切り出した」という一言で、責任者の中ではおおよその答えが固まってしまう。「周防さん、これはあくまでご家庭の問題です。こちらから霞さんの居場所をお伝えすることはできません。それに、彼女が離婚を決めた以上、研究所としてもその選択を尊重するしかありません。どうか分かってください。そろそろお帰りください。娘さんのことを、どうか一番に考えてあげてください」それが遠回しな「お引き取りください」だということくらい、颯真にも分かっていた。それでも納得がいかない。胸の奥では、叫んで問い詰めたい衝動が渦巻いていた。だが、背後では何人もの警備員が一斉に彼を見張っている。迂闊に動けば、すぐにつまみ出されるだろう。颯真は何も言えないまま、肩を落として家路につくしかなかった。唯一の救いは、沙羅が花奈を連れて家に戻ってきていたことだった。二人は彼を避ける素振りも見せず、以前と変わらない調子で接してくれる。その光景だけ見れば、まるでどこにでもいる幸せな家族のようだった。沙羅はわざわざ花奈の手を引き、颯真の前まで連れてきて一緒に頭を下げさせた。声はとろけるように優しく、その目には隠そうともしない気持ちがにじんでいる。その意味くらい、颯真には痛いほど分かっている。だからこそ、胸の底からいきなり怒りがこみ上げ、思わずテーブルをひっくり返した。「全部お前のせいだ。あのとき、可哀そうだと思って家庭教師にしただけだろうが。見ろよ、花奈をどんな子にしたと思ってる。……それから花奈、お前の母親は霞だ。命がけでお前を産んで、ここまで育
「霞……」私が家を出て七日目、颯真は花奈を探しにも行かず、代わりに私が以前勤めていた研究所へ足を運んだ。そこは研究員だけでなく、その成果までも厳重に守られている特別区域で、そのせいで颯真は門の前で止められてしまった。彼はすっかり変わっていて、無精ひげを伸ばしたやつれた顔は、ほとんど浮浪者みたいだった。門番の警備員は何度も彼を追い払おうとし、そのうち本気で浮浪者扱いし始めた。「ここはあんたみたいなのが来る場所じゃないよ。金がほしいなら、よそへ行きな」その突き刺さるような言葉を浴びせられて、颯真は痛みに顔をゆがめた。ここ数日、彼は自分が私にしてきた態度を何度も思い返しては、そのときの私は、今の自分と同じくらい苦しかったのだろうかと考え続けていた。「聞こえないのか?さっさと行けって言ってるんだ」ぼんやり立ち尽くす颯真にいら立った警備員は、スタン警棒を取り出してスイッチを入れた。そこでようやく我に返った颯真は、ぼそっと私の名前を口にした。「俺は浮浪者じゃありません。妻を探しに来たんです。名前は霞って言って、ここで働いています。ご存じありませんか。中に入って、呼んできてもらえませんか。ただ、彼女に会いたいだけなんです」警備員は一日中いろいろな人間と顔を合わせるが、目の前の男の言うことを鵜呑みにする気はさらさらない。まして私のことなど知らないし、たとえ知っていたとしても呼ぶつもりはなかった。それがここを守るためでもある。「もう帰ってくれ。妻だって言うなら電話すればいいだろう。なんでわざわざ門まで来るんだ」隠そうともしない疑いの視線を浴びて、颯真はうなだれながらスマホを取り出した。画面には、霞にブロックされた事実がはっきりと示されていた。「俺たちは喧嘩して、あいつはもう何日も家に戻ってきてないんです。でも、ここで働いてるっていう証拠ならあります。周防霞って言います。見せます、見せますから」焦りで手が震えて、颯真はしばらく画面をうまくスクロールできずにいたが、警備員がとうとう苛立ち始めた頃になって、ようやく一枚の写真を表示させた。それは、私が研究所の制服を着て彼に送った写真で、今となっては私の身元を示せる唯一のものだった。警備員は鼻で笑った。「それで分かるのは、その人が職員だってことだけですよ。お前さんとどうい
こぼれた数滴の涙には、たしかに少しだけ本気の想いも混じっていた。颯真はどうしていいか分からず、「沙羅、これはお前のせいじゃない。霞がちょっと拗ねてるだけだ。あいつは孤児院で育ったから、昔から好き勝手にする癖があってさ。しばらく放っておけば、何日かすれば戻ってくるよ」と、彼女をなだめる。出会ったばかりのころ、颯真は私が孤児院育ちだと知って、本気で涙をこぼしていたのに。飽きてしまった今は、「孤児院で育ったやつは、どうしてもだらしなくなる」なんて平気で口にする。「じゃあ、ご飯食べよっか」沙羅はうれしそうにぱちぱちと瞬きをした。颯真が自分を慰めてくれる、それだけで十分に「大事にされている」と感じられた。ここ数日、もうひと押し頑張れば、この家の「女主人」の座も夢じゃない――沙羅の胸はそんな期待でふくらんでいた。もう一人、胸を躍らせていたのが花奈だ。自分の部屋に大事にとっておいたジュースを持ち出し、テレビで見た大人たちの真似をしてコップを掲げ、「お祝い」を始めた。「パパ、ずっとこのままだったらいいのに」花奈にとっては、パパと沙羅さんがそろっている今が、何よりの幸せだった。「花奈、その言い方はなんだ」ここ最近の出来事は、颯真の心を強く揺さぶっていた。あの人は、かつて本気で私を愛していた――だからこそ、あんな言葉を耳にした瞬間、反射的に花奈をきつく叱りつけてしまったのだ。どうあれ、彼女は私の娘だ。こんなふうに考えるようになってほしくはなかった。「パパ……」花奈はびくっと身体を固くした。それでも、花奈からすれば、沙羅のことを好きでいること自体は、何一つ悪くないと思っていた。そんなことがあったせいで、私が家を出て三日目、花奈と颯真はとうとう激しくぶつかり合った。どちらも一歩も引かない。中でも花奈は、今にも目が飛び出しそうなほど見開いていた。「間違ってないもん。私、沙羅さんが好き。ママになってほしいの。ずっと前から、ずっと沙羅さんが私のこと見てくれてたじゃない。どこがいけないの?悪いのはパパでしょ。前は沙羅さんに優しかったのに、どうしてママがいなくなった途端、急に悪いことしたみたいな顔するの?」「花奈!」颯真の怒鳴り声と同時に、平手打ちの音が部屋に響いた。叩いてしまったあと、颯真の指先が一瞬震えた。その光景に
それでいい。むしろ、その方がいい。これから先、彼は彼の人生を歩めばいい。私は、私の道をひとりで進んでいくだけだ。「教授、大丈夫ですか?」迎えに来てくれた人の方がぎょっとしていた。私は慌てて気持ちを立て直し、笑顔を作って「平気です。行きましょう」と答えた。市外行きの飛行機に乗り込んだ頃、颯真からメッセージが何通も届いた。どれもこれも、彼と花奈がいかに幸せかを見せつけるような写真ばかりだった。私は画面の中の小さな頬を、名残惜しむように指先でなぞり、「二人とも、どうか幸せに」と震える指で打ち込んだ。それが今の私に言える、ただ一つの願いだった。娘が無事でありますように。かつて愛した人が幸せでありますように。そして、私がいなくなったあとの世界でこそ、二人が本当に笑っていられますようにと。離陸のアナウンスが流れたとき、私は颯真の連絡先をすべてブロックし、スマホの電源を落とした。颯真はきっと頭に血が上ったはずだ。本当は、あの写真の山で私に焼きもちを焼かせ、家に引き戻すつもりだったのだろうに、返ってきたのは静かな祝福の言葉だけだったのだから。それがどうしても受け入れられず、颯真は花奈を言いくるめて、私にビデオ通話をかけさせた。けれど結果は同じで、私に繋がるはずの画面はすでに遮断されていて、呼び出し音すら鳴らなかった。「パパ、これどういうこと?ママは?」子供の花奈には、画面に表示された文字の意味は読み取れない。でも颯真は、昨夜の私がどれだけ焦っていたか、ケガまでしてしまったことを話して聞かせ、自分はママに謝らなきゃいけないのだと説明した。沙羅も同じように言って、素直な花奈はそれをそのまま信じて、こうして謝りに来たのだ。「なんでもないよ。花奈は沙羅さんのところに行っててくれるか」花奈の前では、颯真は必死に怒りを飲み込んでいた。あの子を怖がらせたくもないし、両親が揉めていると悟らせたくもない。「パパ、どうして歯をそんなにぎゅっとしてるの?」花奈には大人の感情は分からない。ただ、奥歯を噛みしめる音だけは聞き取ってしまって、何でも知りたがる年頃の彼女は、その場を離れたくなくなってしまう。「沙羅」追い詰められた颯真は、仕方なく大きな声で沙羅を呼んだ。あんな声を出すのは初めてで、沙羅はびくりと肩を震わせた。「颯真
医者は首を横に振いただけで、それ以上は何も言わなかった。私は黙って傷の処置が終わるのを待った。明け方、ふらふらになりながら花奈の病室に戻ったときには、もうベッドは空になっていた。若い看護師が気遣うように私の肩を軽く叩いて、「奥さん、さっきの男性から伝言がありました。お子さんがなかなか落ち着かなくて、先に帰られました」と教えてくれた。「分かりました」私は泣くよりみっともない笑顔を浮かべた。まさか傷の処置をしている間に、全員いなくなっているなんて思いもしなかった。夜の風が強く吹きつける中、私は家へ向かう道を歩きながら、自分でもうまく言葉にできない気持ちを抱えていた。若い頃、颯真はとにかく私を甘やかしていた。苦労させまい、つらい思いをさせまいとして、私がどこへ行っても迎えに来てくれた。今では、隣にいるのはもう別の女で、命がけで産んだはずの子どもにさえ、私はたいして気にかけてもらえない。ここまで来てしまうと、人生って本当に侘しいものだと思う。スマホの通知音が「お電話です。お電話です」と繰り返し告げている。車を走らせている途中で颯真から電話がかかってきた。向こうはやけに賑やかで、私は思わずスマホを耳に押し当て、眉間にしわを寄せた。「霞、俺、花奈を連れてちょっと夜食食べに来てる。お前のほうが片付いたらこっちに来いよ。場所送るから」すぐにスマホがピコンと鳴り、颯真から位置情報が届いた。病院のすぐそばの店だった。どう見ても、しばらく食べてから、ふと思い出したように連絡してきたのだろう。「いいよ。そっちで食べてて」私は平然としたふりで電話を切ったが、その瞬間ぽろぽろと涙が落ちてきて、胸の奥が張り裂けそうに痛んだ。「大丈夫」なんて言葉にするのは簡単だ。でも、自分に何度そう言い聞かせたって、本当のところ大丈夫なわけがない。あの子は私の子で、あの人は私の夫なのに。それでも、もうどうしようもない。私は行くしかなかった。朝日が窓ガラスに差し込む頃、私は自分のスーツケースをまとめて、離婚協議書を枕元にそっと置いた。颯真は帰ってこなかった。昨日の明け方に一通だけメッセージが来ていて、寒いし行き来が面倒だから、三人でホテルに泊まることにした、と書いてあった。余計なことを考えられたくなかったのか、部屋を取るときには、わ