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娘が十度目に母を拒んだ日

娘が十度目に母を拒んだ日

By:  匿名Completed
Language: Japanese
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娘の周防花奈(すおう かな)が十回目の「ママを替えたい」と口にしたとき。 私・周防霞(すおう かすみ)は怒らなかった。 ただ、妙に落ち着いた声で「じゃあ、誰にママになってほしいの」と聞いただけだった。 花奈は迷いもなく答えた。 「沙羅さん」 小田切沙羅(おだぎり さら)は、花奈の家庭教師だ。 そして、夫の周防颯真(すおう そうま)の初恋の相手でもある。 あの日の誕生日パーティーでも、花奈は皆の前で堂々と沙羅にお礼を言い、「ママみたいにずっとそばにいてくれるの」と言っていた。 その幼い顔を見ているうちに、この子は私のことが好きじゃないのだとはっきり分かってしまった。 それから私は、前みたいに花奈と颯真の世話を焼くのをきっぱりやめた。 代わりに、国の極秘プロジェクトに参加する道を選んだ。 あの二人にこれ以上時間を使うくらいなら、国の役に立つ方がずっといい。

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Chapter 1

第1話

娘の周防花奈(すおう かな)が「ママを替えたい」と言い出したのも、これで十回目だった。そのとき私・周防霞(すおう かすみ)は怒りもせず、静かに自分の部屋へ戻った。

クローゼットの奥に隠してあった極秘の契約書を取り出した。

私は政府の研究所で働く研究員で、真面目さと責任感には自信があり、能力もそれなりに評価されている。

だから、極秘プロジェクトの話が持ち上がったとき、真っ先に上層部から声をかけられ、この計画への参加を打診された。

けれど、花奈はまだ小さくて、夫の周防颯真(すおう そうま)も仕事で手一杯で、花奈の世話をする人がいなくなるのが怖かった。

それに、一度行ってしまえば十年以上は戻れない。花奈の成長を、ほとんど見届けられなくなる。

だから私は、その話をいったん断った。

でも、リーダーは何度も考え直すようにと言い、せめて目を通してほしいと、その契約書を私に持ち帰らせた。

まさか花奈が、私のことなんて少しも気にしていなかったなんて思いもしなかった。あの子の心の中には、家庭教師の小田切沙羅(おだぎり さら)しかいなかったのだ。

誕生日パーティーの席でさえ、花奈はみんなの前で堂々と沙羅にお礼を言い、「ママみたいにずっとそばにいてくれるの」と言い、ママを替えたいとまで口にした。

会場にいた全員の視線が、一斉に私へ突き刺さった。

それでも私は怒りを飲み込み、静かに花奈に、誰を新しいママにしたいのか尋ねた。

「沙羅さん」

花奈は、ためらいもなくそう答えた。

私はくるりと背を向け、その場を後にした。

その晩、私は颯真と激しく言い争った。彼は、子どもの何気ない一言なんていちいち気にするなと、私を理不尽だと言った。

私は淡々と彼を見つめ返した。

「じゃあ、私は何を気にしていればよかったの。あなたと小田切さんの関係?」

颯真は、私が彼のことを深く愛していると思っているのだろう。沙羅が、彼の初恋の相手だとしても、私は気にしないはずだと高をくくっている。

私と颯真は大学で出会い、恋人になり、そこから二人でここまで歩いてきた。

今では車も家も、それなりの貯金もある。

七年も一緒にいて、私たちは世界でいちばん幸せなものを手に入れたつもりでいた。

少なくとも、あの隠された写真を見つけるまでは。そこに写っていた沙羅は、まだ十代の少女で、ポニーテールを揺らして、場違いなほど無垢な笑顔を見せていた。

その写真を見たあとで、本当は颯真に問いただしたくてたまらなかった。けれど花奈の顔と、積み重ねてきた年月を思うと、結局私は何も言わず飲み込んだ。

きっと、もう過去のことなのだろう――そう自分に言い聞かせながら。

けれど今になってようやく、自分がどれほど見当違いだったのか思い知らされている。

私は小さくため息をつき、スマホを取り出して、親友の中谷雪乃(なかたに ゆきの)に電話をかけた。

「もしもし、雪乃。リーダーに伝えてくれる?今回のプロジェクト、私も参加するって」

そう告げると、私はペンのキャップを外し、書類に自分の名前を書き込んだ。

「え?参加しないって言ってなかった?」

雪乃と私は同じ研究所に所属し、毎日同じ実験室で顔を突き合わせている。

今回の実験計画のメンバーにも、彼女の名前は入っている。

メンバーリストが発表されたときも、真っ先に私のところへ来て、一緒に行くかどうか聞いてきた。

そのときの私は花奈のことを考えて、参加を断った。

なのに急に行くと言い出したものだから、雪乃はむしろ呆気にとられている。

私のことをよく知る人なら、私がどれほど家庭を大事にしてきたかぐらい分かっている。

私は毎日どんなに忙しくても、家族と過ごす時間だけは必ずつくってきた。

「うん、もう覚悟は決めたの」

そう言って電話を切った。

書類を封筒に戻した、その次の瞬間、理由もなくぽとりと涙が落ちて、封筒の上に丸いしみをつくった。

私は慌てて手の甲でそれを拭った。

それでも、涙は堰を切ったように止まらず、次々と頬を伝い落ちていった。

悲しくないはずがない。

花奈は、私が命がけで産んだ子だ。

妊娠初期、私は体質のせいで一日中つわりに苦しみ、何も口にできなかった。

ひどいときには気を失うことさえあった。

やっとの思いで十か月間身ごもってきたのに、いざ出産というときには逆子で、難産になった。

医師は、私の命が危ないと告げ、母体を助けるには赤ちゃんを諦めるしかないと言って、颯真に同意書を差し出した。

けれど私は、それを全部首を振って拒んだ。

幸い、最後には母子ともに無事だった。
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