サラハは砂漠に湧き出た泉を中心としてできた国である。 砂漠の中心にありながら東西南北の大きな国々の交易路として栄えてきた。 その昔、サラハは国々を渡り歩く旅商人たちが休むためのオアシスであったが、そこに定住するものが現れ始め発展したのである。 今、そのサラハを統べるのはサーラの一族だ。交易や観光で得た金銀財宝を肥やしに成り上がり、国家の繁栄とともに王権は十三代にわたって続いている。 周囲に国がないため侵略に怯えることも争いが起こることもない。周囲を砂に囲われ行く当てのない民たちは当然反逆を企てることもない。オアシスに湧く水を国中に引いたことでサラハ全土にはいつだって最低限の食べ物や飲み物があり、緑も育つ。となれば、誰しも刺激はないが穏やかな暮らしを送ることが可能だ。砂漠という厳しい環境の中でもみな平穏を当たり前に享受して生きている。 それは次期国王と名高い王子、マリック・ル・サーラも同じであった。 生まれながらにして選ばれしもの。サラハの民であることを示す褐色の肌に、王家を象徴する群青の髪。見るものを虜にする碧い瞳は、サラハでは決して見ることのできない海を思わせる。整った目鼻立ちに均整のとれた体つき。甘い声色を兼ねそろえたマリックは、王や王女はもちろんのこと、周囲の大人たちから甘やかされて育ってきた。兄弟もおらず、親戚に年の近い子供も生まれなかったため、年々その状況に拍車がかかった。外の世界を知らず、すべてを意のままにできた彼は傲慢で傍若無人。気に食わないことがあれば腹を立て、騒ぎ、時には殺さぬ程度に制裁を加えることもあった。 マリックは満たされた生活にどこか不満や退屈を感じていたのかもしれない。 そんな彼の人生を変えるできごとが起きたのは、サラハに長い長い夏が訪れた日のこと。 マリックの興味を引きつけたのは、とある旅商人の噂だった。
Huling Na-update : 2025-11-22 Magbasa pa