All Chapters of サムシング・フォー ~花嫁に贈る四つの宝物~: Chapter 31 - Chapter 40

45 Chapters

砂時計と虹 #2

 城を出る前にやるべきこと――砂時計を自動で回転させるからくり作り――を終えたハリスは充足感も味わうことなく城を出た。  泉ができたと聞いてからゆうに一か月は過ぎてしまった。伝令を受けた直後はすぐにでも出向かねばならぬと感じていたのに、砂時計の管理をおざなりにするわけにもいかず、結局この体たらくだ。  ハリスは自らを叱咤しながら、それでも可能な限り早く馬を飛ばし、従者をはるかかなたへ置き去りにしてまで泉へ向かった。  二百年ぶりの城の外。景色は変わっていない。住む人々の顔ぶれが変わらないのだから当たり前といえば当たり前だ。家の配置も店の種類も、そこに根付く人々が入れ替わるから変遷するのであって、永遠に生きる人々にそのような変化は生まれない。変わらない暮らしこそ安定と平穏の象徴だ。  そんな中、ハリスは国唯一の森の入り口で馬を止めた。森は二百年前に比べていくらか成長と伐採の繰り返しによって少しばかり形を変えていたが、ハリスが気になったのはそんなささいなことではない。  彼の目に飛び込んできたのは森の入り口にかけられた多くの見慣れぬ飾りだった。  薄青のタープが幾重にも張り巡らされ、木々の爽やかな緑に涼やかな印象を加えている。枝葉に吊り下げられているのは青色ジルコニアの結晶だ。サンキャッチャーさながらに日光を浴びてきらめいている。目的地までの景色を楽しむための小道が整備されており、足元には砂時計を模したランタンが点々と並んでいる。夜にはライトアップされ、幻想的な風景を見せるのだろう。 「なんで、こんなことに……」  一体誰が。ハリスが立ち尽くしていると後ろから追いついた従者が答えをくれた。 「美しいでしょう。街のみなが妖精の誕生を祝い、喜んで、今ではすっかりこのように」  従者の言っていることは間違ってはいない。美しいことは
last updateLast Updated : 2025-12-22
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砂時計と虹 #3

 アルとの逢瀬は少しずつ増えていった。単純にアルを恋しく思ったハリスの出かける頻度が増えたこともあるが、背景にあるのはハリスが編みだした命の砂時計を回転させるからくりがうまくいって管理のために毎日砂時計の前へ立つ必要がなくなったという事実だ。心配性で疑り深いハリスにとって手放しでからくりを信用することはできないが、半日程度であれば放っておいてもよいだろうと思えるほどのできだった。  城の外に出れば自然と人との接触は増える。接触が増えれば次第に仲も深まる。最初こそ国の王を前に遠慮がちだった国民たちもハリスを受け入れ、ハリスにもますますこの国の人々を想う心が芽生えた。  アルに対しても同じく会えば会うほど愛おしさが募った。ハリスだけでなく国民たちもアルを愛していたし、アルもこの国を愛していることがうかがえた。  ある日、アルへ会いに泉へ行くと少年や少女がたくさんの花を泉に添えていた。砂に囲まれた国で花を見ることは少ないが、森の中をみなで探し回ったという。アルが花を見たことがないからと少年少女は笑い、街から帰ってきたアルを喜ばせた。  別の日はアルが街の人々に虹を見せていた。アルが自身の力を使い、太陽に向かって雨滴をまき散らす。と、七色のアーチが空にかかる。人々はそれを見て大層喜んだ。  それ以外にも、アルのおかげで水に困ることがなくなった。民たちの生活はさらに豊かに発展し、その年は稀にみる豊作だった。  人々とすっかり打ち解け家族のように過ごしているアルの姿を見れば、ハリスの胸はあたたかくなり。民を想って笑みを浮かべるアルの姿を見れば、ハリスの胸は締め付けられた。ハリスは彼女の純真な愛に心を打たれ続けた。  アルはハリスに対してもへりくだることなく素直な感情表現を見せた。感情の変化が乏しいハリスも天真爛漫な少女の笑みを見ると自然に頬が緩む。ハリスが落ち込んでいればアルは彼を励まし、ハリスの知らない食べ物があればアルはそれをどこからか手に入れてきて彼に分け与えた。ハリスもアルの
last updateLast Updated : 2025-12-23
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砂時計と虹 #4

 アルを泉に置いて、ハリスは何も言わずに立ち去った。  何も、言えなかった。  アルがいなくなるなんて。死ぬなんて。信じられなかった。信じたくもなかった。ハリスはアルを愛している。国民たちだって。アルとの別れを知ったらみなが悲しむ。そんなことは許せない。  ハリスはがむしゃらに馬を走らせて城に戻り、いつぶりか命の砂時計が並ぶ部屋へと駆けこんだ。  ハリスが半年前に作ったからくりは休むことなくくるりくるりと民たちの砂時計を回し続けている。美しい青色ジルコニアの輝きは星屑のようにきらめき、生きることの素晴らしさを教えてくれているようだ。  ハリスは救いを乞うように砂時計にすがりつく。からくりを止め、自らの手で確かめるようにひとつひとつ砂時計を回していく。こうしていれば生きていられる。この国では誰も彼もが永遠に生き続ける。別れを惜しむ必要はなく、会えない悲しみを抱える必要もない。ずっとみんなで幸せに暮らすのだ。  ハリスはハタと気づいた。 ――そうだ。アルには砂時計がない。  何千もの砂時計をすべて確認したが、アルの名前が刻まれたものはひとつも見当たらなかった。通常、国内で新たな命が誕生すると同時に命の砂時計はハリスの管理している棚に追加される。主を失い空になってしまった砂時計にジルコニアが湧いている時もあれば、砂時計ごと増えていることもある。その子供に名が与えられると砂時計にもその名が自然と浮かびあがる。それこそ神の御業であり、ハリスが関与できるところではない。ハリスは与えられたものを正しく管理するだけだ。  だから、アルの砂時計がないことに今の今まで気づかなかった。 「どうして」  やはり妖精だからだろうか。神の力の届かぬ領域にあるのかもしれない。  ハリスは慌てて空
last updateLast Updated : 2025-12-24
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砂時計と虹 #5

「アル……」  こぼれた声は震えた。  アルは弱々しい笑みを見せる。  ハリスはふらふらとアルに近づいた。泉の周りに生い茂っていた草木も枯れはじめていて、足から伝わる感触に生はない。  ハリスはアルの前に膝をつき、彼女の存在を確かめるように手を取る。自ら離れたくせにアルの手をとるとやはり愛おしさが溢れて胸を締め付ける。ずっと一緒にいたいと強欲な思いが湧き上がる。  アルは目が見えていないらしい。虚ろな目はハリスを捕えることなく空を見つめている。 「……ハリスね」  囁かれた声はかすれて今にも消えそうだ。彼女は永遠の命を手にしたはずなのに。ハリスが彼女に命を与えたというのに。 「どうして」  どうしてこんなにも生気を失ってしまっているのだろう。  ハリスの疑問に対する答えを持ち合わせていないのか、アルは静かに首を振った。 「わたしにもわからない。急に足が縫い留められたみたいに動かなくなっちゃって。ハリスに会いに行きたかったけど、行けなかったの。ううん、ハリスにだけじゃなくて、みんなにも、街にも。どこにも行けなくなっちゃった」  アルは眉を下げて苦笑する。 「困ったね」  無邪気なままのアルは本当に自分にはどうすることもできず、何が起きているのかもわからないから他人事のように言うしかないようだった。純真な彼女はハリスを疑うことも責めることも知らない。  ハリスが命の砂時計を作り、彼女を無理に延命した結果がこうなのだとハリスですら気づいたのに。 「でも
last updateLast Updated : 2025-12-25
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砂時計と虹 #6

 ハリスは従者に連れられて城に戻り、砂時計の棚を見つめた。  アルの名が彫られた砂時計は他と変わらず動いている。反転させれば、山になって輝く青色ジルコニアがサラサラとまた流れ始め、時を刻み続ける。命は終わっていない。 「なのに……」  ハリスはそれがアルの喜びには何ひとつとして寄与しないことに苛立ちを覚えた。  自分のせいで彼女は死ぬよりも辛い永遠の闇をさまようことになってしまった。  砂時計を引き抜いて床にたたきつけてやりたい。アルを時間の呪縛から解放するにはそれしかない。だが、そうしてしまえば彼女は今度こそ本当に死んでしまうだろう。命が終わり、もう二度と彼女の姿を見ることも、彼女の声を聴くこともできない。  ハリスは怖くてどうすることもできなかった。 「くそっ!」  砂時計を壊せない自分に腹が立った。いっそ自分の命が尽きてしまったほうがいいかもしれない。そう思うものの、アルからかけられた最後の言葉が鎖のようにハリスを現世に繋ぎ止める。 ――生きて、また会おうね。  そう約束した。してしまった。一方的な約束を取り付けるなんて最後までアルらしい。その優しさがどれほどハリスを苦しめるかもしらないで。  ハリスはやるせなさをどこにもぶつけることができず、砂時計を睨み続けるしかなかった。心を殺し、人々の砂時計を機械的に回転させる。祈りとも呪いともつかぬ気持ちが心をむしばみ、砂時計を回す指先に力を与える。永遠を司る砂時計を無心で回し続ける。むしろ、そうやってアルのことを忘れようかとすら思った。こうして永遠を生きていれば、そのうちに忘れられる日が来るのかもしれないと。  しかし、当然そんなわけもなく、一日と経たずしてハリスはアルの砂時計を何度も何度
last updateLast Updated : 2025-12-26
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サムシング・フォー #3-3

「それ以来、ハリス王は死を自然なものとして受け入れるようになり、不老不死の国は不老不死ではなくなってしまったとさ。めでたしめでたし」  ミアが話し終える。その結末にマリックはむすりとしかめ面を浮かべた。 「どこがめでたいんだ。悲しい話ではないか」 「そうでしょうか? 私にはとてもよい話に思えますが……」 「アルは死んだんだぞ! だいたい、ハリスはその後どうなったんだ。アルにはまた会えたのか?」 「それはどうでしょう。ハリス王はそれから五十年ほどで逝去されたと聞きます。その間にアルのような少女と会えたかは定かではありません」  ミアが淡々と告げるさまもマリックには面白くない。ミアは慈悲深く優しさに満ちているが、時折こうしたどうしようもないことを割り切ってしまえるだけの強さも持ち合わせていた。それが、マリックの手元から簡単にいつでも去って行けることを暗示しているような気がするのだ。  マリックはムッと顔をしかめたまま黙り込む。  本当はわかっている。いや、以前なら到底理解できなかったであろう。だが、今はハリスの気持ちがほんの少しだけ理解できるようになってしまった。だから、返す言葉がない。 「……愛とは、悲しいものだな」  マリックがやるせなく呟くと、ミアは意外そうな顔でマリックを覗き込む。 「マリック王子は随分と変わられましたね」  素直な尊敬や感慨を含んだ口調から、決して悪い変化ではなさそうだとわかる。 「そんなに俺は酷いやつだったか?」 「ええ。それはもう」  ミアは今度こそ冗談だと分か
last updateLast Updated : 2025-12-27
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サムシング・フォー #3-4

 マリックが西の砂漠へと旅立ってから早一週間が過ぎた。  今まで以上に長期間の遠征になるだろうと予想して準備を整えた。まだそれらの荷物や食料は大量に残った状態だ。だというのに、マリックの脳裏にはすでに帰国の文字が何度も通り過ぎている。何度目か数えるのもやめてしまった。 「……クソッ」  マリックは握りしめていた砂を思い切り砂漠に叩きつける。柔らかな砂はマリックの拳に合わせて形を変え、むしろその拳を抱きとめるように優しく寄り添った。当てもなく黄砂を手に握っては捨て、拾い集めてはまた戻す。そんなことを繰り返し、気が狂いそうになる。  かつて国があったとされる地点は国が滅亡したかはたまた何か別の事情ですでに砂地と化していて、手がかりは一向に見つからない。マリックとは別の部隊がさらに遠く西の果てを目指して旅立っていったが、そちらからもめぼしい報告はあがってきていなかった。  マリックの話を信じてロマンを感じていた従者たちも、三日ほど経つとミアに騙されたのではないかと言い始めた。三日目は否定していたマリックも、今はそうかもしれないと疑心暗鬼になる。ミアが嘘をつかない女性であることなど分かっているはずなのに、それでも今までと違って今回はまったくなんの証拠もないのだ。これまでの二回、どちらも金や権力に物を言わせなんとかなってきただけに、それを封印されて己の無力さが際立つこともストレスになった。  広大な自然を前にすると、人は自分がなんとちっぽけな存在かわかると言う。  マリックは今まさに自身の矮小さを嘆くしかなかった。 「マリック王子、一度休憩なさられては?」  従者が声をかける。マリックの焦燥と悲しみ、やるせなさが相当外に漏れ出ていたらしく、従者の顔は気遣いそのもので強張っていた。 「……悪い」
last updateLast Updated : 2025-12-28
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サムシング・フォー #3-5

 十日も過ぎると従者たちの何名かが先に帰国した。より長期戦になることを見越して、食料や整備をさらに追加する必要が出てきたためだ。  国へと帰っていく者たちの背中はどこか晴ればれとしており、マリックはその背に羨望を抱いた。  二週間が過ぎると、さらにもう半分が帰国した。彼らにも仕事があり、さすがにこれ以上王宮を開けていてはまずいと思われる役職や官職の者たちから離脱した。入れ替わるように追加の食料や備品が届いたが、それらを持ってきた従者たちもまた一時帰国によってさらに家族が恋しくなったようで帰国を希望した。  以前までのマリックであれば自らのために働けと彼らを拘束しただろう。しかし、今のマリックにそのような横暴さはなく、愛する者を想う気持ちはよくわかると彼らを帰した。  西の果てを目指した一行も、西の果てには海があるだけで有力な情報は得られなかったと戻ってきた。彼らの中にも離脱を望むものがおり、結局三週間目に突入したころにはマリックとその側近の何名かが残っただけだった。  何十人もの従者が休める大きなテントはもはやほとんど空っぽで貴重な影を存分に余らせている。色鮮やかだった絨毯は砂にまみれて彩色を曇らせていた。手つかずの食料、飲み物、衣服。どれもこれも出番を待ちわびていて、しかし、中々その機会が訪れることはない。  マリックは諦めることなく、毎日砂を掘り起こしてはミアの望むものを探し続けた。  さて、何日が経っただろうか。マリックの側近である従者が、夕暮れの赤を背に受けて一心不乱にジルコニアを探すマリックに声をかけた。 「マリック王子、今日はもうお休みになられたほうがよいかと。日が暮れてきておりますので」  集中していたマリックはすっかり日が傾いていることにも気づかず、ようやく顔を上げた。目が眩むほどの真っ赤な夕日に我を取り戻す。 「…&
last updateLast Updated : 2025-12-29
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サムシング・フォー #3-6

 マリックは孤独な朝を迎えた。誰もマリックを起こさないので寝すぎたほどだ。朝食を頼もうと周囲を見回したところで、昨晩のうちに残っていた従者たちも全員帰ってしまったことを思い出した。 「ついにひとりか」  乾いた笑いが出た。恨みや憎しみは抱かなかった。  マリックはテントの中に置かれた食料袋を漁る。パンをかじり、その味気なさに顔をしかめた。これほどまでにわびしい朝食も初めてだった。 「……しかたない」  これも自ら選んだこと。ミアのために水や食料が尽きるまでやれることをやるだけだ。  マリックは残りのパンを一口に放り込むと、着替えを済ませテントを出た。向かうは西だ。最果てまでとはいかずとも、夕べ見た景色が幻でなければ砂に隠れた国があるような気がする。確証がなかろうと、今マリックがすがれるものはそれくらいしかない。 「行くか」  伸びをひとつしたマリックはポケットに昼食用のパンを突っ込む。水の入った容器を肩からかけて準備は完了だ。小さな砂粒を探す利点がひとつだけあるとすれば装備の身軽さであろう。時間さえあれば人手もマリックだけで充分だ。  太陽の方角を確認しながら西へ向かう。時折、足元の砂を観察する。確認を終えた場所を示すためにちぎった布を巻いた枝を砂山に埋める。突風が吹けば倒れてわからなくなってしまうかもしれないが、帰りに残っていればそれでいい。気休め程度だ。真に効率を求めているわけではない。  マリックはそれを何度か繰り返し、来た道を振り返って「おお」と感嘆の声をあげる。風にはためきながらも等間隔に並ぶ枝は色とりどりで意外にも美しく見えた。 「悪くないではないか」  自画自賛してまた足元の砂を拾い、枝を埋める。太陽がちょうど真上に昇ったこ
last updateLast Updated : 2025-12-30
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サムシング・フォー #3-7

 少女はニシシと子供っぽく笑うと、マリックを砂から立ち上がらせて「それにしても」とマリックの姿を上から下まで見つめる。 「お兄さん、どうしてこんなところに? 王子さまじゃなかったの?」 「俺は正真正銘サラハの第一王子、マリック・ル・サーラだ。お前こそ、俺に金を返すと言ったくせに一度も返しに来なかったではないか!」 「それは誤解だってば! わたし、ちゃんとあの後王城へ行ったのよ。でも、王子さまはいないって言われて……で? なんであなたはひとりでこんなところにいるの?」 「それは……っ……」  純粋な少女の問いに、マリックはどう応えようかと迷い口をつぐむ。  愛する女性のために青い砂を探しているなど、馬鹿げた話をどうして素直に言えようか。  逡巡していると少女のほうが先に口を開いた。 「あ、もしかして。砂漠の夢を探してるのってあなたのこと?」 「砂漠の夢?」 「うん。不老不死を司る砂時計、そこに使われていた青色ジルコニアのことよ」  少女はもう一度自らの首に提げていた砂時計を持ち上げる。彼女の手の動きに合わせてガラス瓶の中の青い砂がキラキラと揺れた。 「その話、知っているのか?」  砂漠の夢と呼ばれていることは知らなかったが、おそらくマリックが探しているものに違いない。興奮したマリックは思わず少女にすがるように飛びついていた。サラハに住む多くの女性ならばマリックの甘い顔が急に近づくだけで心臓を止めてしまうだろう。しかし、少女は彼の行動にも驚いた様子はなく、無垢な笑みを浮かべた。 「そりゃ、もちろん。妖精た
last updateLast Updated : 2025-12-31
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