サムシング・フォー ~花嫁に贈る四つの宝物~ のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 30

45 チャプター

サムシング・フォー #2-2

「なぜ、お前の話はっ……、そんなに、悲しいものばかり……、っ、う……」  マリックの情けない嗚咽によってミアの語りが中断された。マリックはまたしてもミアに見られまいと顔を背けたが、ミアがどんな顔で自身を見ているかは想像に容易かった。  想像している通りの鈴のようなコロコロとした心地よい笑い声が背後から聞こえる。 「まだお話は終わっていませんが……」 「なに?」  続きがあったのかとマリックは涙をひっこめ、即座にミアのほうへ向き直る。てっきりここで話が終わってしまうのかと思った。それほどまでにミアの語り口は美しく切ないものであったし、開けられた間が長かったから。 「続きがあるなら早く言え!」  泣いた自分が馬鹿みたいではないか。マリックがミアを急かすと、ミアは再び控えめな笑声をあげ「では」とソファに座りなおす。 「アンリはその後、セシルの胸元のネックレスに気がつきます」 「ああ、満月のペンダントだな。色が変わるとかいう」 「ええ。そして、気づくのです。それが、セシルの命そのものであることに」 「命?」  なぜそうなるとマリックは話の飛躍についていけず、ミアの様子を窺う。そもそも彼女はヒューマノイドではなかったか。機械に命など存在しない。  ミアはマリックの言いたいことが手に取るようにわかるのか、情緒を壊すようなことを言わないでほしいと呆れたように首を振った。 「マリック王子にもわかるように言えば、その満月のネックレスがバッテリーだったんです。彼女を駆動させるための電池の役割を
last update最終更新日 : 2025-12-12
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サムシング・フォー #2-3

 ミアの要求から一か月。  サラハの国は夏の盛りを過ぎてなお、まだ残暑の厳しい時期を迎えていた。 「王子、施設内に立ち入る許可が取れました」  ダムは近隣諸国の重要なライフラインである。どこかひとつの国が占有しては争いのもとになるという考えのもと、ダムを利用している国々からそれぞれ同じ数だけ人を集め、自治区を組織し管理していた。  この自治区というのが厄介で、人の命を握っているだけに中々の権力を持っている。今回、直接関係がないサラハとはいえ一国の王子が突然ダムの中に入りたい、しかもそこにいるかもわからぬヒューマノイドに会いたいなどと奇怪な依頼をしたことに難色を示すものが多いのも無理はなかった。  前回のように国を丸ごとひとつ買い取って解決するはずもなく、正式な手続きを踏み、各諸国との交易条件の見直しをすること、ダムの管理にサラハも協力をすること、当日の案内にはダムの管理組織団体の人間がつくこと等、その他諸々の細かい条件を承諾してようやく理解を得られたのだった。  許可を得るまでの一か月、みっちりと政治ごとに巻き込まれマリックは疲弊していた。脳の中でもこれまでに使ったことのない部分ばかりを酷使したせいか、誰かに悪態をついたり、理不尽に怒ったりする元気すらなくなっている。今まで自分はなんと無駄なことにエネルギーを割いてきたのだろうかと過去の自分を嘆くほど。もっと早くやるべきこと、やらなければならないことがサラハにはあふれていた。  こうして、ようやくダムに訪れたマリックは眼前の光景に唖然とした。  サラハにも水はある。もともとオアシスを中心にできた国であるし、時折降る雨を貯水しておく池も整備している。それらを利用して国中に循環式水路も構築している。  しかし、ダムは比べ物にならないほどの水量を誇っていた。都市ひとつ水没したと言われても納得の大きさである。 
last update最終更新日 : 2025-12-13
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サムシング・フォー #2-4

 どのように話を切り出すべきだろうか。迷うマリックに対し、セシルが先に口を開いた。 「お飲み物は何になさいますか?」  アンリに尋ねたように、彼女は突然現れたマリックに対しても淡々とカフェアンドバーの店員としての役割をこなす。そこには驚きも疑念もないようだった。想い人を待っているとはいえ、このような場所に一生閉じ込められていても涼しい顔をしていられるのだから、やはり彼女はヒューマノイドなのだろう。人間ならとっくに発狂しておかしくなっている。  マリックは差し出されたメニューからリンゴジュースを選ぶ。物語の中ではリンゴを切って一から加工していたとされる。それを聞いて、きっとうまいだろうなと思ったのだ。  セシルは物語が真実であることを裏付けるように、リンゴを取り出してナイフで細かくみじん切りにし、特殊な機械にそれを放り込んだ。作中には登場しなかった装置だ。 「それはなんだ?」  マリックが機械を指さすと、セシルは端的に教えてくれた。彼女の話によると、圧力をかけて果肉から果汁を搾るらしい。フードプロセッサーと違って静音なうえ細かな果肉が残らず口当たりのよいジュースが作れるそうだ。  言っている間にジュースが完成したらしく、たっぷりの氷で冷やされたリンゴジュースがマリックの前に置かれる。  黄金の果汁を一口。濃厚な甘みと酸味が一気に口内に広がり、マリックはアンリと同じ気持ちを味わう。  一気に飲み干してしまいたくなる衝動を抑え込み、マリックは意識をセシルに向けた。  本題はここからだ。  今回、マリックはダムの管理組織にセシルとの面会を希望した。面会だけだ。彼女のネックレスが欲しいなどと正直に言えば、おそらくダムに立ち入ることすら許されないだろうと予測したためである。  
last update最終更新日 : 2025-12-14
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サムシング・フォー #2-5

 あっけなく差し出された満月にマリックのほうが呆然とした。  だって、そんなのはおかしい。満月のネックレスはセシルにとっての命そのものなのではなかったか。それを外すということはすなわち自身の命を絶つことと同義。 「お前……、何をして……」 「これが欲しいのでしょう? 差し上げます」  先ほどリンゴジュースを差し出した時とまったく同じ動作で、セシルはマリックの前にずいとネックレスを突き出す。  マリックの目の前で満月が揺れる。セシルから離れたからなのか、青い月はだんだんとその色を薄くさせていく。  それがまるで命の終わりのように思えて、マリックはついセシルの手を押し戻した。 「やめろ!」  よこせと言ったのは自分なのに。マリックは自分のしたことが恐ろしくなった。  一方のセシルは、よこせと言われたから差し出したのになぜ拒むのかと不思議そうにマリックを見つめている。  マリックはその視線に耐えられず、 「……早く、ネックレスをつけ直せ」  とふてぶてしいまでの態度でセシルから顔を背け、祈るように目をきつく閉じた。  彼女がバッテリー切れで倒れるところなど見たくはなかった。  しばらくすると、チャリと金属のぶつかるような音が聞こえ、マリックはそれを合図におそるおそる視線を戻した。  彼女の胸元に青い月が輝いている。 「外せと言ったり、つけろと言ったり、あなたは変わった人ですね」  セ
last update最終更新日 : 2025-12-15
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サムシング・フォー #2-6

 気づけば口を開いていた。 「お前にも待ち人がいると聞いた。想い人を待っている、と」  なぜ自分でもそのような話をしたかはわからない。しかし、セシルの気持ちを知りたい、セシルを理解したいという思いがマリックの口から質問の形になって飛び出た。 「辛くはないか?」  セシルを案じる気持ち。それは、今までのマリックにはなかった他人への気遣い。 「ずっと、現れない人を待ち続けるというのは辛くないのか?」  マリックだったらきっと心が折れている。現に、先ほどまでミアとの約束を果たせそうにない自分が情けなかった。ミアと一緒にいられなくなってしまうかもしれないという未来を想像して泣いてしまいそうだった。満月を持って帰ることができなかったと告げた際のミアの落胆した顔を思い浮かべるだけで胸が張り裂けそうになった。  ミアが生きていてもそうなのだ。これでミアがいなくなったらと思うと……。  マリックはゾッとしてセシルからもらったばかりの満月のネックレスをぎゅっと握りしめる。  大丈夫だと言い聞かせ、セシルに目をやった。  想像しただけで身震いしているマリックに対し、セシルは穏やかなまなざしでひたすら想い人を待っている。永遠に。もういなくなってしまった人の帰りを待っている。いつか会えると信じて。  マリックには到底真似できない。 「わたくしには辛いという感情がわかりません」  セシルは静かに答え「しかし」とマリックを見つめる。  ふたりの間にカランと氷の解ける音が響く。 「そのようにおっしゃってくださったのはあなたが初めてです。そして、
last update最終更新日 : 2025-12-16
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サムシング・フォー #2-7

 セシルを連れ帰った時のミアの反応は、マリックの想像以上だった。  マリックは彼女のアメジストの瞳がキラリと光った瞬間をこの先一生忘れないだろう。  涙ぐみ、嬉しそうにセシルの手を握ったミアは「ずっとあなたに会いたかったの」と彼女を歓迎し、セシルを連れ帰ったマリックに対しては一層深い笑みを浮かべてこれまでで最上級の感謝を述べた。 「本当に、マリック王子に頼んでよかったです」  ミアは、まさにマリックの予想した通り、セシル自身を研究所から解放してほしかったのだと言った。続けて、マリックに「試すようなことをしてごめんなさい」と心から謝罪した。  ミアの泣きそうな顔を見ているとマリックも彼女を咎める気になどなれず、むしろ自分は信用されていなかったのだなと過去の己を恥じるほどであった。  次いで、自分がセシルを連れ帰らなかったらどうするつもりだったのだろうと考え――、その時こそミアは王宮を去っていたかもしれないと想像して恐ろしくなった。確かめるのが怖くて、マリックはミアに問いかけることを辞める。  それに、気になることは他にもあった。  なぜミアはここまでセシルに執着したのか。  この理由はすぐにわかった。 「これをお渡ししたかったのです」  ミアが取り出したのは一枚の写真。とても古いもので色あせてしまっている。  セシルは写真を手にし、にわかに信じられないと口を開けたまま数秒ほどフリーズしていた。思考回路が停止してしまったかのように。  マリックは写真を覗き込む。  写っていたのは今と変わらぬセシルとひとりの男性だった。 「これは?」
last update最終更新日 : 2025-12-17
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サムシング・フォー 幕間

 久方ぶりの休暇を得たマリックはミアに王宮内を案内していた。  セシルとのことを思い返し、ミアをいつまでも部屋に閉じ込めていてはいけないような気がしたのだ。とはいえ街に連れ出して逃げられてもかなわない。悩んだ末、城内であれば問題ないだろうとマリックはミアを部屋から出し、宮殿内を散策させることにしたのである。  果たして、マリックは思わぬ収穫を得た。ミアの反応を通じて、やはりミアは外に出たがっていたらしいと知れたこと。王宮内が広いおかげで、街へ出さずともミアの気が紛れること。ミアの好きなもの――特に、王宮内の書物庫の数々に目を輝かせていた――を知れたこと。何より、ミアが珍しく笑みを絶やさず、美しい紫の瞳に好奇心や興味を宿しはしゃいでいる姿が見れたことはマリックにとって最高の思い出となった。  夕暮れ時、さすがに一日歩きまわって疲れ始めたマリックはここを最後にしようと庭園を訪れた。温室付きの広い中庭だ。開放感があり、たくさんの花々や緑に囲まれていて自然と心が安らぐ場所である。  きっとミアも気に入ってくれるに違いないとマリックは中庭へ足を向ける。  庭園にはちょうど西日が柔らかに差し込んでいた。どこか幻想的でありながら牧歌的な穏やかさを感じる光景にマリックの隣から息を呑むようなかすかな音が聞こえた。  見れば、ミアの横顔には感動がありありと浮かんでいる。 「素敵……」  ミアの声は完全に惚けていた。相当お気に召したようだ。 「中には休めるところもある。見ていくか?」 「はい、ぜひ!」  ミアにしては珍しく食い気味な返事にマリックの胸がキュンと鳴る。普段の聡明で大人びている彼女からは想像もつかない子供っぽさがギャップとなり、親しみと愛おしさを増幅させた。 
last update最終更新日 : 2025-12-18
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サムシング・フォー #3-1

 長い夏――乾季が終わり、サラハには雨季が訪れていた。  雨季といっても雨が降り続くわけではない。乾季に比べて明け方もしくは夕暮れ時のスコールが増えるくらいだ。気温もほとんど変わらず、むしろ雨のせいで湿気があるぶん蒸し暑さを感じることも多い。  マリックは群青色の髪から滴る雨粒と肌にべたりとまとわりつくような湿気をまとめて拭い曇天を仰いだ。ミアの待つ王宮に一秒でも早く帰りたい。気持ちとは裏腹に大雨が彼の足を止める。ここ最近はミアの顔すら見れていないのに。周囲の喧騒がマリックの急く心を一層苛立たせる。  彼は今、従者たちとともにバザールに駆け込み、買い物客とともに雨が通り過ぎるのを待っていた。  ここ数週間、マリックはさまざまな仕事に追われていた。まったく政治に参加してこなかったマリックだが、一国を買い取り、ダムの管理について協力を申し出た手前、さすがに何もしないわけにはいかなくなった。自らが撒いた種とはいえこれまで散々遊び呆けてきたマリックにはストレスのたまる日々。  今も蒼鋼の採掘所、すなわち洞窟の視察から帰ってきたところである。人を石へと変えてしまう洞窟は蒼鋼が他の材料にとって代わられているうえ、立ち入る人もいなくなった以上、悲劇を繰り返さぬために埋めてしまったほうがよいという結論になった。そのため、父である国王から直々にマリックが埋め立てにあたっての視察を任されたのである。  ミアと出会ってマリックは変わった。誰が見てもそう口をそろえる。マリックの変化は周囲の人々にも影響を与えた。幼少期からとことん甘かった両親もマリックを本格的に国王として推挙しようと遅すぎる教育に力を入れ始め、あらゆる仕事を叩きこもうとしている。マリックはマリックでなまじ素直に育ってきたものだから、結局両親の言うことには逆らえない。どれほど面倒な仕事だろうとわがままや不満を募らせようとも必死に食らいついて奔走した。  そんなわけで、マリックは一週間近くミアと顔を合わせていない。&n
last update最終更新日 : 2025-12-19
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サムシング・フォー #3-2

「それは素敵なお話ですね。なんだか水の精のお話みたい」  王宮へと戻り、早々ミアにバザールでのできごとを話したマリックに、ミアは興味津々といった様子で食いついた。 「水の精?」 「ええ、水を操る妖精たちのことです。水に命が宿ったもの、と言い換えてもよいかもしれません」 「そんなものがいるのか? この世に?」 「いるともいないとも言われていますが、いると思ったほうが楽しく生きられます」  ミアは意味ありげな妖しい笑みを浮かべる。まるで世界の秘密をひっそりと共有するような、心を許し合った者同士が内緒話をするような、心をくすぐる笑みだ。  マリックは降参を表すように両手をひらりとあげる。 「しかし、水の精など初めて聞いたな」 「そうなのですか? おとぎ話に出てきてもよさそうですが」 「サラハにも妖精信仰の類がないわけではないが、多くもないからな」  マリックがあまりそうしたものに興味を示してこなかっただけかもしれない。  思えば、おとぎ話や物語に触れて面白いと感じたのはミアの話が初めてだった。  ミアはマリックの話に関心を寄せつつも何を思い出したか「そういえば」と切り出した。 「砂漠のスコールもそうした妖精の仕業だと聞いたことがあります」 「そうなのか? 初耳だ」  砂漠の民にとってスコールは慣れ親しんだ自然現象だが、そうでない者たちにとっては特別なものに思えるのだろうか。  噂や伝承は事実の中に奇跡や運命、ロマンを見出したものが作り上げるもの。&n
last update最終更新日 : 2025-12-20
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砂時計と虹 #1

 大陸の西、どこまでも広がる砂漠の中にその国はあった。  西の海へ出るにはまだ距離があり、南北を走る交易路からも外れている。砂に隠された地だ。訪れるものは決して多くない。むしろ、その国を知らずに死んでいく者のほうが圧倒的に多いと断言できる。そんな場所に存在している国だ。  この国にはみっつの特徴がある。  ひとつは大きく高い砂壁に国全体が取り囲まれているということ。砂漠の中に国ひとつが丸ごと溶け込む作りになっている。国の外へ一歩でも出れば、国民たちですら砂色に紛れた自国を見失ってしまいそうになるという。  ふたつ目は国の特産品だ。一秒の狂いもない正確な砂時計。機能面だけでなく、見た目も美しい。どこから見ても均整のとれたガラスのボディは当然ながら、中に入っている青いジルコニアの輝きが人を時間に縛り付ける。キラキラと輝く人工ダイヤが上から下へ、ガラスの中を伝って落ちていく様は永遠にこの時が続けばいいのにと思わせる魅力がある。砂時計は西の海を越えた先の国々へ輸出され、国に安定した収入をもたらしていた。  みっつ目は――これこそがこの国の最大の特徴であろう――その国の人間がみな不老不死だということ。  もっとも、正確には少し違う。  その国に住む人々はみな、自らの死に時を選ぶことができるのである。  心も体も時間の流れに合わせて老いるが、その老いは決して死をもたらすものではない。病や怪我すら人を殺めることはない。いつか治癒するか、もしくは治癒こそせずとも生きながらえる。  代わりに、死にたいと願えばいつでも死ぬことができる。若かろうが元気だろうが関係ない。眠りにつくように命を終わらせることが可能だ。  こちらも、正確にはかなり面倒な手順を踏む。  まずは死にたいと願っている本人が周囲の人間にその思いを打ち明ける。そ
last update最終更新日 : 2025-12-21
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