Todos los capítulos de リターン・ラブ--(return love;): Capítulo 21 - Capítulo 30

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第六章 崩壊──見てはいけない光景

 二度目の食事は、一度目よりも穏やかだった。 颯が選んだ店は、駅から少し離れた場所にある小さなイタリアンだった。隠れ家のような雰囲気で、照明は暖かく、壁には古いワインのラベルが飾られている。春海は店に入った瞬間、「いい店だな」と呟いた。その一言を聞いただけで、颯は報われた気がした。 ワインを飲みながら、二人はさまざまなことを話した。仕事のこと、AIの未来のこと、学生時代の思い出。春海は相変わらず多くを語らなかったが、時折見せる笑顔が、颯の心を温めた。 帰り道、駅まで並んで歩いた。「また、行こう」 春海がそう言ってくれた。 颯は頷いた。声が出なかった。嬉しすぎて、言葉にならなかった。 そうして、三度目の食事があり、四度目があった。 週末ごとに会うようになっていた。仕事の話から始まり、少しずつプライベートな話も増えていった。春海の好きな本、好きな音楽、休日の過ごし方。そんな些細なことを、一つずつ知っていった。 パズルのピースを集めるように、春海という人間の輪郭が、少しずつ見えてきた。 壁は確実に低くなっていた。 でも、まだ越えられない。 春海は心を開きかけては、すっと引いてしまう。近づいたと思った瞬間に、距離を取られる。まるで、自分の中の何かを守るように。 それでも、颯は焦らなかった。 ゆっくりでいい。少しずつでいい。この人のペースに合わせて、待っていよう。 そう思っていた。 あの夜までは。   *  金曜日の夕方、颯はオフィスで残業をしていた。 週末に向けてのタスクを片づけておきたかった。明日は春海と会う約束がある。今度は颯が見つけた和食の店に行く予定だ。口コミで評判の店で、予約を取るのに苦労した。 春海は喜んでくれるだろうか。 そんなことを考えながら、コードを書いていた。指がキーボードの上を滑る。タイピングの音が、静かなオフィスに響いている。 ふと、視線を感じた。
last updateÚltima actualización : 2025-12-20
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6-2

 家に帰ると、すぐにシャワーを浴びた。 熱いお湯を全身に浴びながら、颯は壁に手をついていた。 体が温まっても、心は冷たいままだった。 胸の奥に、ぽっかりと穴が開いているような感覚。何かが欠けている。何か大切なものが、失われてしまった。 希望。 そうだ、希望が失われたのだ。 春海との未来を夢見ていた。いつか、想いを伝えられる日が来ると信じていた。少しずつ距離を縮めて、いつかは壁を越えられると思っていた。 でも、それらはすべて幻想だった。 春海には、春海の世界がある。颯の知らない人間関係があり、颯の入り込めない領域がある。 そこに、颯の居場所はなかった。 シャワーを止めて、タオルで体を拭いた。 鏡に映る自分の顔は、まだひどかった。目が赤く、頬がこけて見える。一晩で、こんなにやつれるものなのか。 髪を乾かし、パジャマに着替えて、ベッドに横になった。 眠れるとは思わなかった。でも、横にならなければ、体がもたなかった。 天井を見つめながら、颯は考えていた。 明日、どうしよう。 春海と食事に行く約束がある。店の予約もしてある。キャンセルするべきだろうか。でも、どんな理由をつければいいのだろう。「実は昨日、あなたが他の男とホテルに入るところを見ました」なんて、言えるわけがない。 それに、見ていたことを知られたくなかった。 こんなみっともない自分を、見せたくなかった。 一方的に好きになって、一方的に傷ついている自分を、知られたくなかった。 だから、何事もなかったように振る舞うしかない。 いつものように笑って、いつものように話して、いつものように食事をして。 そうやって、嘘をつき続けるしかない。 自分の心に、嘘をつき続けるしかない。 できるだろうか。 できるかどうかじゃない。やるしかない。 颯は目を閉じた。 今度は、何も浮かんでこなかった。
last updateÚltima actualización : 2025-12-21
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6-3

 月曜日の朝、颯は重い足取りで出社した。 週末、ほとんど眠れなかった。食欲もなかった。でも、仕事を休むわけにはいかなかった。休んだら、余計なことを考えてしまうからだ。それに、プロジェクトは大詰めを迎えていて、自分の担当部分を放り出すわけにはいかない。 オフィスに入ると、いつもの風景が広がっていた。蛍光灯の白い光。整然と並んだデスク。キーボードを叩く音、電話の呼び出し音、誰かの笑い声。 日常だ。 何も変わらない、いつもの日常。 でも、颯の中では、すべてが変わっていた。 自分のデスクに座り、パソコンを起動した。メールをチェックする。週末の間に溜まったメールを、一つずつ処理していく。 機械的な作業だった。頭を使わなくていいし、感情を挟まなくていい。ただ、手を動かしていればいい。 そのほうが、楽だった。 十時頃、春海が出社してきた。 颯は気づかないふりをした。パソコンの画面を見つめたまま、視線を上げなかった。 でも、気配で分かった。春海がオフィスに入ってきて、自分のデスクに向かう。椅子を引く音。パソコンを起動する音。 いつもと同じ。 何も変わらない。 春海は、何事もなかったように仕事を始めた。 颯は思った。 この人にとって、俺は何なんだろう。 週末にキャンセルした食事のことを、気にしているだろうか。自分が「また今度」と返信したことを、春海はどう受け止めたのだろうか。 たぶん、何も気にしていないのだろう。 仕事が忙しいから、約束をキャンセルした。それだけのことだ。颯がどう思おうと、春海には関係ない。 昼前、田村が颯のデスクにやってきた。「高橋くん、顔色悪くない? 大丈夫?」 颯は作り笑いを浮かべた。「ちょっと寝不足で。週末、夜更かししちゃって」「そっか。無理しないでね。プロジェクト大詰めだけど、体壊したら元も子もないから」「はい、ありがとうございます」 田村は心
last updateÚltima actualización : 2025-12-22
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6-4

 火曜日も水曜日も、颯は仕事に行った。いつもと同じように出社し、いつもと同じように作業をし、いつもと同じように帰宅した。春海と目が合うことは、ほとんどなかった。颯が避けているのか、春海が避けているのか。それとも、お互いに何も考えていないだけなのか分からなかった。 でも、それでよかった。 今は、春海と向き合う気力がなかった。 木曜日の夕方、颯はシステムのテストをしていた。ARIAプロジェクトの最終段階で、バグがないか一つずつ確認していく作業だ。地道で、根気のいる作業だった。でも、こういう作業は好きだった。頭を使わなくていいし、感情を挟まなくていい。ただ、手を動かしていればいい。 そのとき、エラーが出た。 画面に赤い文字が表示される。「予期せぬエラーが発生しました」 颯は眉をひそめた。 このモジュールは、自分が担当した部分だ。何度もテストして、問題ないことを確認したはずなのに。 エラーログを確認する。原因を探る。 しばらく調べて、原因が分かった。 颯のミスだった。 先週修正したコードに、小さなバグがあった。通常の動作では問題にならないが、特定の条件が重なるとエラーを引き起こす。 信じられなかった。 こんな初歩的なミスを、自分がするなんて。 普段なら、絶対に気づくはずのミスだ。テストの段階で、必ず見つけるはずのミスだ。 でも、見落とした。 心ここにあらずだったからだ。春海のことばかり考えていたからだ。仕事に集中できていなかったからだ。 颯は頭を抱えた。 最悪だ。 プロジェクトの大詰めの時期に、こんなミスを犯すなんて。自分の担当部分で、バグを出すなんて。 修正しなければ。すぐに。 颯はキーボードに向かった。コードを書き直す。テストを走らせる。エラーが消えたことを確認する。 終わったとき、時計を見ると、九時を過ぎていた。 オフィスには、もうほとんど人がいなかった。 颯は椅子の背もたれに体を預け
last updateÚltima actualización : 2025-12-23
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第七章 遮断――凍りついた心

 あの夜から、ちょうど二週間が過ぎていた。雨の中で立ち尽くし、声も出せずに泣いたあの金曜日から、季節が少しだけ進んだように感じられた。空気の冷たさが増し、朝晩には吐く息が白くなる日も出てきた。けれど、颯の心の中には、あの夜の冷たい雨がまだ降り続けているようだった。 今日もまた金曜日だった。本来なら春海と食事に行く約束があった日だ。先々週はキャンセルされ、先週は颯のほうから体調不良を理由に断り、そしてようやく今日という日が来た。朝からそのことばかりが頭の片隅にあり、颯は自分の心を観察し続けていた。まるでバグの原因を探るプログラマーのように、どこが壊れているのか、どこを修正すれば正常に動くようになるのかを、何度も何度も点検していた。 答えは出なかった。壊れているのは、システムの一部などではなかった。根本から、すべてが狂っていた。恋という名のプログラムが暴走し、理性という名のファイアウォールを突き破り、感情という名のデータがあふれ出して止まらない。そんな状態が、もう二週間も続いている。 それでも颯は出社した。いつもと同じ時間に目覚まし時計に起こされ、いつもと同じように身支度を整え、いつもと同じ電車に乗った。車窓を流れていく景色をぼんやりと眺めながら、日常という名のプログラムを機械的に実行していく。考えることをやめてしまえば、体は勝手に動いてくれる。それだけが、今の颯にとっての救いだった。 オフィスに着くと、すでに春海の姿があった。いつもと同じ席で、いつもと同じようにモニターに向かっている。眼鏡をかけ、キーボードを叩くその姿は完璧に整えられていて、まるで精密機械のように淀みがない。銀縁の眼鏡が蛍光灯の光を反射し、その奥にある瞳の色を読み取ることはできなかった。 何も変わらない。あの夜のことなど、なかったかのように。 颯は足音を殺すようにして自分のデスクに向かい、静かに椅子に座った。パソコンを起動すると、画面がゆっくりと明るくなっていく。メールの通知音が小さく鳴り、日常がまた始まったことを告げた。視界の端に春海の姿が映り込んでいたが、颯は意識してそちらを見ないようにした。見たら、自分が壊れてしまいそうだったから。春海の横顔を見るたびに、あの夜の光景が蘇ってくる。知らない男と並
last updateÚltima actualización : 2025-12-24
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7-2

 一時間が経った。原因は、まだ特定できていなかった。 データベースサーバーの設定を確認し、ネットワーク構成を調べ、ログを一行一行読み解いていく。地道な作業だった。答えはどこかにあるはずなのに、なかなか見つからない。焦燥感が募る。時計の針は容赦なく進んでいく。 サーバールームには、春海と颯の二人だけがいた。他のメンバーはオフィスに残り、別の作業を進めている。システムの復旧と並行して、影響範囲の調査やクライアントへの報告準備を行う必要があった。その役割分担として、原因究明は春海と颯が担当することになっていた。 二人きり。冷たい空気の中で、キーボードを叩く音だけが響いている。時折、春海が何かを呟く。「違う」とか「ここでもない」とか、独り言のような声が聞こえる。 颯は意識して春海を見ないようにしていた。けれど、気配は常に感じていた。隣で作業する春海の息遣い。キーボードを叩くリズム。時折考え込むように動きを止める瞬間。そのすべてが、遮断しようとしても意識に入り込んでくる。「高橋」 不意に、春海の声が響いた。颯は反射的に顔を上げた。 春海がこちらを見ていた。青白いLEDの光が、その顔を照らしている。眼鏡の奥の目が、じっと颯を見つめていた。「今夜の食事、どうする」 その言葉に、颯の心臓が跳ねた。食事。今夜の食事。システム障害の対応に追われて、すっかり忘れていた。いや、忘れたふりをしていた。意識の隅に追いやって、見ないようにしていた。「この状況だと、長引きそうだ。キャンセルしたほうがいいかもしれない」 春海の声は、いつもと同じだった。冷静で、事務的で、感情を排した声。仕事の話をしているのと何も変わらない口調だった。 けれど、その言葉を聞いた瞬間、颯の中で何かが揺れた。 キャンセル。また、キャンセル。先々週もキャンセルされた。「急な用事」と言われて。その「急な用事」が何だったのか、颯は知っている。あの夜、春海がホテルに入っていく姿を見たからだ。知らない男と並んで、笑いながら。 頭を振った。考えるな。今は考えるな。「……わかりました」 颯は答えた。それ以上、言葉が出なかった。 春海は一瞬、何かを言いかけた。口が開きかけて、すぐに閉じられた。その仕草を、颯は見ていた。何を言おうとしたのだろう。何か大切なことだったのだろうか。 けれど、春海は結局何も言
last updateÚltima actualización : 2025-12-25
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7-3

 十一時を過ぎた頃、システムは安定していた。 エラーは一度も発生していない。サーバーのリソース使用率も正常範囲内。データベースへの接続も問題なし。もう大丈夫だろう。そう思ったとき、春海が立ち上がった。「今日はここまでにしよう」 その声が、静かなオフィスに響いた。 颯も立ち上がった。体が重かった。一日中、緊張し続けていたせいだろう。肩が凝り、首が痛い。けれど、それ以上に、心が重かった。 パソコンをシャットダウンし、鞄を手に取る。春海も同じように帰り支度をしていた。 二人で、オフィスを出た。 エレベーターに乗り、一階に降りる。狭い空間に、二人だけ。無言だった。エレベーターの中には、春海の気配が充満していた。息が詰まりそうだった。 エレベーターが一階に着き、扉が開いた。外に出ると、夜の空気が冷たかった。 空を見上げると、雲が切れて星が見えていた。久しぶりの星空だった。ここ数日、ずっと曇っていたから。小さな光の粒が、黒い空にちりばめられている。 けれど、その星空を見ても、心は晴れなかった。「高橋」 春海の声が、夜の空気を震わせた。 颯は足を止めた。振り向くと、春海が立っていた。街灯の光が、その顔を照らしている。いつもの冷静な表情。けれど、その目に何かが揺れているような気がした。「今日は、悪かった」 その言葉に、颯は眉をひそめた。「悪かった、って……」「食事、また延期になった。約束を破ってばかりだ」 春海の声は、いつもより低かった。普段の事務的な口調とは少し違う、何かを含んだ声だった。 颯は何と答えていいかわからなかった。先々週のキャンセル。今日のキャンセル。どちらも仕方のないことだ。先々週は「急な用事」で、今日はシステム障害が原因だった。 けれど、先々週の「急な用事」の正体を、颯は知っている。知っているから、素直に「大丈夫です」とは言えなかった。「……仕事ですから。仕方ないですよ」 颯は、できるだけ平坦な声で答えた。
last updateÚltima actualización : 2025-12-25
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第八章 告白――理性の崩壊点

 土曜日の午後、颯はオフィスに向かった。 外は曇り空のままだった。朝、窓から見上げたときと同じどんよりとした灰色の雲が、空を覆っている。風はなく、空気は湿っぽく重い。季節の変わり目特有の、どこか不安定な気配が街全体を包み込んでいた。 電車の中で、颯はぼんやりと窓の外を眺めていた。流れていく景色。灰色の空。無機質なビル群。その何もかもが、今の自分の心を映し出しているようだった。色を失い、温度を失い、感情を失った世界のように感じられた。そこに生きている実感さえ、希薄になっていく。 昨夜、泣いた。枕に顔を埋めて、声を殺して、子供のように泣いた。あれだけ涙を流したのに、心は少しも軽くなっていなかった。むしろ、泣いたことで自分の弱さを思い知らされ、余計に惨めになった気がする。 春海への想いは、涙と一緒に流れ出てはくれなかった。 駅に着き、改札を抜ける。土曜日の午後の街は、平日とは違う空気をまとっていた。買い物客や家族連れが行き交い、どこか緩やかな時間が流れている。けれど、颯にとって今日はただの仕事の日だった。緩やかさなど、どこにもない。心の中は、相変わらず灰色の雲に覆われたままだ。 オフィスビルのエントランスに入ると、いつもより静かだった。当然だ。休日出勤しているのは一部のメンバーだけ。エレベーターで開発部のフロアに上がり、ガラス扉を開ける。 広いオフィスに、人影はまばらだった。いくつかのデスクにパソコンの光が灯っているだけで、平日の賑わいは嘘のように消えている。空調の低い唸りだけが、やけに大きく響いていた。 春海の姿を探した。 いた。いつもの席に、いつものように座っている。モニターに向かい、キーボードを叩いている。その姿は、昨日と何も変わらなかった。完璧に整えられた姿勢。冷静な横顔。まるで機械のように淀みない指の動き。 胸が軋んだ。 あの人を見るたびに、心臓が痛む。好きだという感情と、諦めなければならないという理性が、絶えず綱引きをしている。その綱引きに、颯の心は少しずつすり減っていく。「……お疲れさまです」 颯は小さな声で挨拶をした。春海が顔を上げる。その目が、
last updateÚltima actualización : 2025-12-26
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8-2

 十時を過ぎた頃、ようやく原因の糸口が見えてきた。「ここだ」 春海の声が、静かなオフィスに響いた。颯は顔を上げ、春海のモニターを覗き込んだ。「データベースのクエリ最適化部分で想定外の動作をしている。負荷が一定値を超えると、キャッシュが破損する」 春海の説明を聞きながら、颯はコードを確認した。確かに、その箇所にロジックの欠陥があった。通常の負荷では問題ないが、特定の条件下では想定外の動作を引き起こす。見落としやすいバグだった。「修正します」 颯がいった。「いや、俺がやる。お前は別の箇所を確認しろ」 春海の声は、相変わらず冷静だった。指示を出す上司の声。けれど、その目がちらりと颯を見た。何かを確認するような、あるいは何かをいいたげな目。「……はい」 颯は自分のデスクに戻った。別のモジュールのテストを実行しながら、春海の背中を見つめていた。キーボードを叩く音が、規則正しく響いている。その音を聞きながら、颯は思った。 この人の隣にいられるのは、仕事のときだけだ。 仕事という名目があれば、こうして同じ空間にいられる。同じ目標に向かって作業できる。言葉を交わすことができる。けれど、それ以上には決してなれない。春海の心の中に、颯の居場所はない。それを知っているのに、こうして隣にいるだけで心が震える自分が悲しかった。 蛍光灯の白い光が、春海の横顔を照らしている。眼鏡のレンズに、モニターの青い光が反射している。真剣な表情。一心にコードを追う瞳。その姿を見つめながら、颯はふと思った。 この人のことを、ずっと見ていたい。 それが叶わない願いだと知っていても、そう思わずにはいられなかった。             *   十一時を過ぎた頃、修正が完了した。 テストを実行する。緊張の中、画面を見つめる。処理が走り、結果が表示される。 緑色の文字。成功。 颯は小さく息を吐
last updateÚltima actualización : 2025-12-26
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8-3

 長い沈黙が続いた。 どれくらいの時間が経ったのか、わからなかった。一分かもしれないし、十分かもしれない。蛍光灯の光だけが変わらず降り注ぎ、モニターのファンが低く唸っている。 春海は動かなかった。颯の言葉を聞いて、石のように固まったまま、微動だにしなかった。その沈黙が、颯の心を締め付ける。 言ってしまった。 ずっと隠していたことを、全部言ってしまった。もう後戻りはできない。 颯は涙を拭った。袖で乱暴に頬を擦る。みっともなかった。こんなところで泣いて、告白して、返事を求めて。何をしているんだ、自分は。これで、もう春海の傍にいることもできなくなる。「すみません」 颯が言った。声がかすれていた。「突然、こんなこと言って。困りますよね」 立ち上がろうとした。逃げ出したかった。これ以上、ここにいたくなかった。春海の沈黙に、これ以上耐えられなかった。「待て」 春海の声が、それを止めた。 颯は動きを止めた。椅子から半分腰を浮かせた状態で、固まった。 春海が、ゆっくりと立ち上がった。そして、颯の前に歩み寄った。 近い。すぐ目の前に、春海がいた。蛍光灯の光が、その顔を照らしている。いつもは完璧に整えられた表情が、今は揺れていた。何かを堪えているような、あるいは何かを決意しようとしているような、そんな表情。「……座れ」 春海の声が、低く響いた。 颯は言われるままに、椅子に座り直した。春海は自分の椅子を引き寄せ、颯の正面に座った。膝がぶつかりそうな距離。逃げ場のない距離。 春海の目が、真っすぐに颯を見つめていた。その目の奥に、今まで見たことのないものが揺れている。「先々週の金曜日、俺がホテルに入ったのは……従兄弟だ」 颯は、息を呑んだ。「……え?」「従兄弟が地方から出てきて、急に泊まる場所がなくて困っていると連絡してきた。部屋を予約してやって、一緒にチェックインした。それだけだ」 春海の声は、淡々としていた。けれど、その
last updateÚltima actualización : 2025-12-27
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