二度目の食事は、一度目よりも穏やかだった。 颯が選んだ店は、駅から少し離れた場所にある小さなイタリアンだった。隠れ家のような雰囲気で、照明は暖かく、壁には古いワインのラベルが飾られている。春海は店に入った瞬間、「いい店だな」と呟いた。その一言を聞いただけで、颯は報われた気がした。 ワインを飲みながら、二人はさまざまなことを話した。仕事のこと、AIの未来のこと、学生時代の思い出。春海は相変わらず多くを語らなかったが、時折見せる笑顔が、颯の心を温めた。 帰り道、駅まで並んで歩いた。「また、行こう」 春海がそう言ってくれた。 颯は頷いた。声が出なかった。嬉しすぎて、言葉にならなかった。 そうして、三度目の食事があり、四度目があった。 週末ごとに会うようになっていた。仕事の話から始まり、少しずつプライベートな話も増えていった。春海の好きな本、好きな音楽、休日の過ごし方。そんな些細なことを、一つずつ知っていった。 パズルのピースを集めるように、春海という人間の輪郭が、少しずつ見えてきた。 壁は確実に低くなっていた。 でも、まだ越えられない。 春海は心を開きかけては、すっと引いてしまう。近づいたと思った瞬間に、距離を取られる。まるで、自分の中の何かを守るように。 それでも、颯は焦らなかった。 ゆっくりでいい。少しずつでいい。この人のペースに合わせて、待っていよう。 そう思っていた。 あの夜までは。 * 金曜日の夕方、颯はオフィスで残業をしていた。 週末に向けてのタスクを片づけておきたかった。明日は春海と会う約束がある。今度は颯が見つけた和食の店に行く予定だ。口コミで評判の店で、予約を取るのに苦労した。 春海は喜んでくれるだろうか。 そんなことを考えながら、コードを書いていた。指がキーボードの上を滑る。タイピングの音が、静かなオフィスに響いている。 ふと、視線を感じた。
Última actualización : 2025-12-20 Leer más