言ってしまったあとで、部屋の空気が音を立てて形を変えるのを、翔希はほとんど物理的な痛みとして感じていた。「俺たち、こういうの、やめませんか」ベッドの上、まだシーツには体温が残り、シャワーの湿った匂いと、うっすらと汗と体液の気配が混ざっている。その真ん中に落とした一行が、じわじわと広がっていく。スタンドライトの淡いオレンジ色が、天井近くでぼんやりと滲んでいる。その下で、隣にいる男の呼吸が、微かに変わった。沈黙が長く伸びる。エアコンの送風音と、遠くの道路を走る車の音だけが、やけに耳についた。翔希は横になったまま、視界の端で遥人の横顔を窺う。薄い汗の光る喉、乱れた前髪、枕に押しつぶされた片耳。いつもなら、そのどれを見ても、ただ満たされた気分になるはずだった。今は、胸の奥に冷たいものがじわっと広がっていく。さすがにまずかったか、と頭の片隅が囁く。やめるって、言った。言えたはずの続きが、喉の奥で固まったまま動かない。「こういうの」を、どういうふうに指したかったのか。体だけの関係、アプリ、ホテル。言葉にする前に、沈黙だけが先に落ちた。しばらくして、ようやく遥人が口を開いた。「…そう」それだけ言って、また少し間が空く。天井を眺めていた視線が、ゆっくりと閉じたり開いたりする。それから、息を小さく吐いて、低い声が続いた。「高橋くんが、そうしたいなら。そうだね」「……」当たり前の返事だ。相手にやめようと言われたら、普通、止めない。頭では分かっているのに、その「そうだね」が、思った以上にずしんと落ちてきた。翔希は、思わず横を向いた。「俺が、そうしたいなら…ですか」照明の加減で、遥人の表情ははっきりと見えない。けれど、口元だけは分かる。笑ってはいなかった。かといって、怒っているというより、色が抜けたような無表情だった。「うん。嫌なのに続けるの、変でしょ」「嫌、って&h
最終更新日 : 2025-12-26 続きを読む