部屋の明かりを一段落として、間接照明だけにしたのは、いつもの習慣だった。高橋翔希は、ベッドのヘッドボードに背中を預け、膝を軽く立てた姿勢で、スマホを両手に挟んでいた。シャワーを浴びたあとの湿った髪が首筋に触れるたび、ひやりとした感覚がする。Tシャツ一枚の肌に、エアコンの風がゆっくりとまとわりついていた。時刻は、日付が変わる少し前。壁掛けの時計は無音で、耳に届くのはエアコンの送風音と、マンションのどこか別の部屋から微かに漏れてくるテレビの音、それから、自分の呼吸だけだった。スマホの画面には、「マッチしました」の表示はもう消え、「メッセージを入力してください」とだけ書かれた白い空欄が広がっている。それを見つめて、十分以上が経っていた。親指を画面に近づける。文字入力の欄をタップすると、フリック入力のキーボードが立ち上がる。ひらがなの列が、青白い光の中に整列している。「…」胸の奥で、呼吸がひとつ引っかかる。とりあえず、何か打ってみる。「は」ひらがなの「は」が入力欄に現れる。「はじめまして」頭の中で、続く言葉の形だけはすぐに浮かんだ。けれど、指はそこで止まる。「…いや、違うな」小さく呟いて、バックスペースを押す。入力欄から「は」が消え、再び真っ白な空欄に戻る。「何が違うんだよ」自分で自分に突っ込む。別に、「はじめまして」で何の問題もないはずだ。マッチした相手に送る最初の一文として、十分に無難で、安全で、当たり障りがない。なのに、指はどうしても、その先に進もうとしない。再び、キーボードに視線を落とす。「い」指が滑る。「い」入力欄に一文字現れたあと、「いいねありがとうございます」と続けるつもりで、頭の中の文が先に走る。「いいねありがとうございます」礼儀正しくて、無難で、やっぱり当たり障りがない。相手が誰であれ、読んで嫌な気
最終更新日 : 2025-12-06 続きを読む