無事に出産を終えた、その直後のことだ。夫・西園寺翔太(さいおんじ しょうた)と、私・高嶺美月(たかみね みつき)が学費を支援している女子学生・春日莉乃(かすが りの)が、私の病室の外で抱き合い、キスをしていた。赤ん坊の火がついたような泣き声が響き、二人は弾かれたように体を離した。慌てて病室に飛び込んできた翔太。その首筋には、くっきりと生々しいキスマークが残っている。私はそれを見ても、あえて何も言わなかった。遅れて顔を見せた女子学生の唇は、赤く腫れている。彼女は私に向け、挑発的な笑みを浮かべてみせた。後日。私は彼女のSNSの投稿を目にした。動画の中で、彼女は笑顔で我が子をあやしながら、自分を「ママ」と呼ばせようとしている。「ほら〜、ママって呼んでごらん?ママだよ〜」翔太は苦笑しながら、彼女をたしなめる。「こら。俺の奥さんは一人だけだぞ。少しは弁えろよ」すると彼女は甘えた声を出し、彼に抱きつくと、そのまま唇を重ねた。私の指先が一瞬、止まる。……すぐに画面収録ボタンを押した。これらはすべて、証拠になる。離婚裁判で、私がより多くのものを勝ち取るための、決定的なカードとして。……昏睡状態から、ふと意識が浮上した。真っ先に視線を向けたのは、傍らのベビーベッドで眠る我が子だ。愛しさから口元に笑みを浮かべようとした、その時だった。病室の入り口から、何やら艶めかしい物音が聞こえてきたのは。その女の声には、嫌というほど聞き覚えがある。私が学費を支援している苦学生、莉乃だ。そして彼女が甘ったるい声で呼ぶ。「翔太さん」それは紛れもなく、私の夫の名だ。私は呆然とし、一瞬、幻聴ではないかと我が耳を疑った。だが、続く男の声が残酷な現実を突きつける。昨夜、私の耳元で優しく労わりの言葉を囁いた男が、今は下世話な笑い声を上げているのだ。「何ビビってんだよ。あいつはまだ麻酔が効いてるから、起きやしないって」ドンッ、と鈍い音が響く。莉乃が翔太に抱き上げられ、その背中がドアの透明なガラス部分に押し付けられたのだ。ガラス越しに、二つの人影が絡み合うのが見える。頭の中がぐちゃぐちゃにかき回されるようだった。潮が満ちるような息苦しさに溺れそうになる。夫と支援学生、二重の裏切りによ
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