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第4話

Author: 浪川
「最近、まだ蚊がいるのかしら?」

そう聞くと、翔太は一瞬、表情を強張らせ、視線を泳がせた。

「あ……ああ、そうなんだよ。こんなに寒いのに、どこから湧いてくるんだかな」

彼は私に向き直り、真剣な眼差しを向けた。

「美月。仕事が落ち着いたら、久しぶりにデートしないか?」

数年前と同じ、屈託のない笑顔で彼は言う。

「妊娠中はどこにも行けなかったし、俺、寂しくて死にそうだったんだ。

数日後には両親が陽太の世話をしに来てくれるからさ。一日だけでいいから、俺とデートしてくれないかな?」

私は彼をじっと見つめ返した。

事ここに至って、どうしてここまで完璧な演技ができるのだろう。

私は小さく頷いた。

「ええ、いいわよ。ちょうど、私からもあなたに渡したいプレゼントがあるの」

それを聞くと、翔太は少年のように喜び、その場でくるりと回ってみせた。

その時、寝室からドンッ、と何かが蹴られたような音がした。

……わかってる。

誰かさんが、我慢の限界を迎えているのね。

デートの日はすぐにやってきた。

翔太は入念に身支度を整え、私を見るなり、ダイヤモンドのネックレスを差し出した。

「美月、これプレゼント」

箱を開けてみる。

大粒のダイヤモンドが、陽の光を受けて眩いばかりに輝いている。

残念ながら。

そこに挟まれていた一枚のメモが、その美しさを台無しにしていた。

メモには、はっきりとこう書かれていた。

【これ、私がいらないって言ったネックレス。あんたに恵んであげる】

一目で莉乃の字だとわかった。

私の表情が曇ったのを見て、翔太が不思議そうに覗き込む。

「どうした?気に入らなかった?」

私は首を横に振り、ネックレスをしまった。

私たちは母校のそばにあるプラタナス通りを並んで歩いた。肩と肩が触れ合う距離なのに、奇妙な沈黙が流れている。

翔太が私の腰に手を回し、顔を近づけてきた。

避けようとしたが、後頭部を押さえられてしまう。

その時だ。

けたたましい着信音が鳴り響いた。

専用の着信音だ。莉乃が吹き込んだ、甘ったるくも生意気な声が再生される。

「ねえ早く出てよ〜!出ないと……お仕置きしちゃうよ」

翔太の動きが止まり、彼は慌てて着信拒否ボタンを押した。

だが次の瞬間、またしても電話がかかってくる。

翔太の瞳に葛藤の色が浮かんだが、彼は再び電話を切った。

もう、キスの続きをする空気ではない。

私は彼を突き放した。

「何かあったんでしょ?行ってあげて」

翔太は私を見つめた。その目には罪悪感と、名残惜しさが混じっている。

結局、彼はため息をつき、私の頭をポンポンと撫でた。

「莉乃を甘やかしすぎたな……学校で何かトラブルでもあったのかもしれない。ちょっと様子を見てくるよ。すぐ戻るから」

私は頷いた。

彼が去った後、私は一人ベンチに座り、ぼんやりと空を眺めた。

頭の中を様々な思いが駆け巡る。かつて翔太が私にくれた優しさ、そして私たちの子供のこと。

あの子は生まれたばかりで、父親を失うことになるのだろうか。

間もなくして、私のスマホに莉乃からのメッセージが届いた。

【彼に捨てられたでしょ?美月さん、忠告してあげる。彼はもうあなたを愛してないの。いつまでも彼にしがみつかないで】

【彼は今、私と一緒にいるわ。私のタイムラインを見てみて。私たちの方がよっぽど家族らしいと思わない?】

私は一瞬躊躇したが、彼女の投稿を開いた。

最新の投稿は一分前。

彼氏目線で撮られた動画には、莉乃がベビーベッドにへばりつき、陽太に「ママ」と呼ばせようとしている姿が映っていた。

翔太が、呆れたように、しかし愛おしそうに笑っている。

「俺の奥さんは美月だけだって言ってるだろ。いい加減にしろよ」

次の瞬間。

莉乃が彼に飛びかかり、その唇を塞いだ。そして悪意たっぷりに言い放つ。

「関係ないもん。私だって翔太さんの子供産むんだから」

動画はそこで終わっていた。

私の息子の目の前で、彼らがそんな行為に及んでいると考えただけで、反吐が出そうだった。

私は迷わず、翔太に電話をかけた。

時刻はもうすぐ深夜の十二時だ。

私は明るい声を作って言った。

「翔太、明日が私の誕生日だってこと、忘れてるでしょ?あと数分で明日になるけど……今年の誕生日は、私からあなたにプレゼントを用意したの」

翔太の息遣いは荒く、背後から微かに女の声が漏れ聞こえてくる。

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