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第3話

Penulis: 浪川
翔太はその大胆な言葉に笑い声を上げ、先ほどまでの苛立ちはどこへやら、すっかり機嫌を良くしたようだ。

彼は甘く低い声で応えた。

「ああ。あいつは面白みがないからな、君には敵わないよ……いい子にしてろ。今夜、そっちに行く」

それを聞いた瞬間。

私はもう、限界だった。

踵を返し、洗面所へ駆け込むと、胃の中身が裏返るような激しい吐き気に襲われ、何度も嘔吐いた。

部屋を出ようとした時、足がもつれて激しく転倒してしまった。「きゃっ!」という悲鳴が漏れる。

磨りガラスの向こうで、翔太の影がピクリと動いたのが見えた。

だが、すぐに莉乃の影が彼を引き止める。

私は必死に力を込めたが、起き上がることができない。

冷たい床に這いつくばり、無力感に打ちひしがれて涙を流すしかなかった。

しばらくして、ドアの向こうから人影が消えた。

スマホがメッセージの着信音を鳴らした。

這うようにしてスマホを手に取り、画面を確認する。翔太からだ。

【美月、会社で急なトラブルがあった。ちょっと行ってくる。なるべく早く帰るから】

【愛してるよ。帰りに君の好きなケーキを買って帰るね】

スマホを握りしめる指が、怒りと悲しみで止まらない。

彼は、ほんの一時も待てなかったのか。

妻が倒れているかもしれないのに、そのまま私を置いて出て行ったのだ。

私は床の上で呼吸を整え、残った力を振り絞ってナースコールを押した。

駆けつけた看護師は私の姿を見て悲鳴を上げ、慌てて抱き起こしてくれた。

しかし、傷口が開いてしまっていた。

大量出血だ。

私は再び手術室へと運ばれた。

手術が終わり、次に目を覚ましたのは、翌日の午後だった。

翔太はまだ来ていない。

届いていたのは、またしても翔太からのメッセージだけだ。

【美月、今夜は必ず顔を出すよ。本当に忙しくて、ごめん】

私はSNSを開いた。

そこには、一分前に莉乃が投稿した写真があった。

ホテルの大きなベッドの上で、キャミソール姿の彼女が自撮りをしている。

コメント欄には、翔太からの返信があった。

翔太:【消せ】

莉乃:【なによー、ヤキモチ?私の隣で寝てたくせに構ってくれないからいけないのよ】

心臓をナイフでえぐられるようだ。私が翔太のコメントを見つめていると、突然その投稿が削除された。

今、向こうで二人が何をしているのか、想像したくもない。

翔太の言う「忙しい」が、具体的に何を意味するのかも考えたくなかった。

莉乃との情事に忙しいと言うのか。

私は目を閉じ、腕の中の赤ちゃんの頬にそっとキスをした。

「陽太……もしママがあなたを連れてパパから離れたら、あたたかい家庭をあげられなかったこと、恨むかな?」

結局、翔太は私が退院するまで、一度も姿を見せなかった。

スマホには謝罪と弁解のメッセージが次々と届く。私はスマホを投げ出し、ズキズキと痛むこめかみを揉んだ。

西園寺陽太(さいおんじ ようた)を連れて、タクシーで自宅へ戻った。

けれど、玄関のドアを開けた瞬間、寝室から男女の声が漏れ聞こえてきた。

「ねえ翔太さん、今のうちに私といっぱい寝ておかないと、またあの所帯じみたおばさんの相手をしなきゃいけなくなりますよ……えー、あんな悪露まみれの体、気持ち悪くないんですか?」

私はその場に凍りついた。

憤怒と羞恥が、頭からつま先までを飲み込んでいく。

翔太が咎めるような声を上げた。

「美月をそう言う資格は、君にはない!」

だが次の瞬間、莉乃の嬌声が一段と高く響いた。

いつの間にか、涙が頬を伝い落ちていた。

もう気にしないと心に決めたはずなのに、体は正直だ。涙が止まらない。

私の腕の中で、眠っていた陽太が目を覚まし、大きな声で泣き出した。

途端に、寝室の中がパニックに陥る気配がした。

慌ただしく服を着たらしい翔太が、ボタンを掛け違えたまま飛び出してきた。私を見た瞬間、彼の顔色が土気色に変わる。

「美月……」

私はあえて、不思議そうな顔を作ってみせた。

「あら?あなた、会社にいるんじゃなかったの?」

その言葉に、翔太は逆に安堵したようで、引きつった笑みを浮かべた。

「いや、資料を取りに一度戻ったんだよ。ほら、忙しすぎて……君の退院日をうっかり忘れててさ」

忘れていたわけじゃない。

最初から気にも留めていなかっただけだ。

私は胸の奥に広がる酸っぱい感情を押し殺し、泣き止まない陽太をあやした。

翔太が「俺がやるよ」と陽太を受け取り、不器用ながらも根気強くあやし始める。

私は、彼の首筋に残るキスマークをじっと見つめ、不意に口を開いた。

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