Todos los capítulos de 冷めゆく愛、涼やかな決別〜七年目の自由〜: Capítulo 11 - Capítulo 20

23 Capítulos

第11話

修司は頭を殴られたような衝撃を受けた。「医者が少し疲れてるだけだって。休めば大丈夫だって……」涼子が行ったのは産婦人科病院だった。どうして涼子が妊娠している可能性を疑わなかったのか。ただ疲れているだけだと信じてしまった。あの日、自分は舞衣の面子を保つことばかり気にしていた。彼女の初めての仕事だから、きちんとサポートしなければと。だが忘れていた――本来は涼子に付き添って病院に来たはずだったのに。道理で涼子が一人で去ったわけだ。彼女は見ていたのだ。今までは自分が約束を破る側だった。涼子はいつだって待っていてくれた。分からない。あれほど自分を愛していた涼子が、どうしてこんなに言うことを聞かなくなったのか。十分後、修司は宮本邸に戻った。「ご主人様、奥様がお帰りになりました」川又が修司のためにドアを開けた。その言葉を聞いて、修司の表情に、安堵の色が浮かんだ。やはりそうだ。涼子は自分を捨てられない。離婚だなんて、全部小娘の気まぐれだったんだ。テーブルには料理が並んでいた。修司は深く息を吸い込み、気分が良くなった。後で涼子に何かプレゼントを選ばせよう。自分から折れる形で。結局のところ、涼子が悪かったのだ。舞衣は医者で、手は命。涼子がどうあれ、彼女を押して手に怪我をさせるべきではなかった。彼は箸で料理を口に運び、ぺっと吐き出した。違う。まったく違う。これは涼子の味じゃない。修司は振り返って川又に尋ねた。「奥様が帰ったと言っただろう。これは奥様が作ったのか?」川又は淡々とエプロンを外した。「涼子様のことなら、二度とお戻りになりません」「何を……?」「ご満足されていた食事は、すべて奥様が午後をかけて丁寧に準備されたものです。食材も自ら選び、自ら調理なさる。たとえほんの一口しか召し上がらなくても、奥様は長く喜んでいらっしゃいました。酔われたときも、いつも奥様がお世話をされました。でもご主人様が呼ぶのは佐々木様のお名前。ご主人様が他の女性の名を呼ぶたび、奥様がどんな顔をなさっていたか……一度でもご覧になったことがございますか?ですから、本日をもって正式に辞職いたします。佐々木様に解雇していただく必要もございません」修司の箸がガツンとテーブルに置かれた。その音が、がらんとした屋敷に大きく響いた。「修司くん、どうしたの?」
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第12話

C国、セント・ランド。「シンディ、久しぶり!ますます綺麗になったね」涼子が飛行機を降りると、ジェフが大きなハグで迎えてくれた。「セント・ランドへようこそ、未来のトップデザイナー」「そんな、ジェフ。私、まだ一から勉強しなきゃ」「シンディ、謙遜しないで。あのときのライリー新人コンテストのグランプリ、今も誰も受け取りに来ていない。あれが君の作品だって誰も知らないんだ。君の才能は誰の目にも明らかだった。ただあのときは……」「ジェフ」「ははは、もう言わない。おめでとう、シンディ。ここからが君の新しい未来だ」宮本邸。「何度言ったら分かるんだ。この味じゃない。涼子はどこだ。まだ見つからないのか。お前ら何の役にも立たない!」涼子がいなくなって三日。修司は食事もろくに喉を通らなくなっていた。涼子が料理に何の魔法をかけたのか分からない。自分の胃が四六時中、彼女を求めている。今はさらにひどい。「修司くん、そんなに自分を責めないで。涼子さんはもういないの。忘れてあげて!」言葉が終わるか終わらないかのうちに、舞衣は自分が失言したと気づいた。でも我慢できない。涼子はもう去ったのに、修司の関心はむしろ自分から離れた。毎日考えているのは涼子の死因の調査ばかりだ。「修司くん、私……」「出て行け。涼子の死について、俺の前で口にするなと言っただろう。彼女が死んだなんて信じない。俺が見つけるまで、誰も彼女が死んだなんて言うな」「修司くん」舞衣はまた修司に縋りつこうとしたが、修司は嫌悪感をあらわに避けた。その目は、何か汚いものでも見るような目だった。舞衣は信じられない思いで彼を見つめた。「出て行け。今後、宮本家に来るな」舞衣は床にへたり込み、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。「修司くん、私……妊娠したの」「えっ……妊娠だと!?」修司がまだ舞衣の言葉を消化しきれないうちに、使用人が報告に来た。「若様、奥方様がお見えです」二人が声のする方を見ると、修司の母・宮本祐美子(みやもと ゆみこ)が入ってきた。「ちっ、みっともないわね。また宮本家に入ってどうするつもり?涼子は?」祐美子は舞衣のことを知っていた。当時、修司は涼子との結婚を本心では望んでいなかった。自分に一途な「妹」にうんざりしていて、佐々木家に引き取られた
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第13話

「宮本社長、奥様の消息は依然として不明です。恐らく、もう……」乾いた音が響いた。修司は通話を切ると、スマホを壁に向かって投げつけたのだ。あっという間に半月が過ぎた。それでも修司は、涼子がこの世から去ったという現実を受け入れられずにいた。自分でさえ何の手がかりも見つけられない現状に、深く考えることさえ恐ろしくなっていた。彼は頻繁に宮本邸に帰るようになったが、それは舞衣のためではない。涼子との思い出を一つ一つ拾い集めようとして、彼は初めて気づいたのだ。結婚して七年、いや、出会ってからの十五年だ。孤児院から引き取られ、やがて妻となるまで、涼子はすでに自分の人生そのものに溶け込んでいたのだと。夜ごと涼子のベッドに座り込み、呆然と過ごす時間の中で、「待つ」ということが、これほどまでに孤独で寂しいものだということを、彼はようやく理解した。果たしてこの七年間、涼子はどんな思いで、空っぽの部屋で自分を待ち続けていたのだろうか。「宮本社長、病院で確認が取れました。佐々木様も確かに妊娠されています。まだ初期ですが、数値から見て妊娠して間もないようです」「ご苦労」舞衣が帰国してからというもの、月に数日を除いて、彼は舞衣のマンションで夜を過ごしていた。だが、一線を越えることはなかった。それなのに、舞衣が妊娠した。思い当たる節は、峰雄の家族宴会から帰ったあの夜しかない。あの晩、舞衣はいつになく情熱的で、修司も理性を失っていた。特に、稔が涼子を抱き上げたあの光景が脳裏に焼き付いて離れず、その嫉妬と怒りをぶつけるように、彼は舞衣を激しく抱いた。稔なんかに、何ができるものか。涼子は自分のものだ。あいつに涼子に触れる権利など、あるはずがない……!一方その頃、舞衣は同僚からの電話を受け、ようやく胸をなでおろしていた。修司がやはり疑い始めたのだ。帰国してからも、修司は表面上は優しかった。舞衣の味方をし、高価なジュエリーやバッグを買い与えてくれた。けれど、自分には指一本触れようとしなかった。ただ一度、涼子が宴会で村上家の長男に抱き上げられた、あの夜を除いて。傍目には、修司が自分を求めているように見えただろう。だが舞衣だけは知っていた。あの夜の修司は、ただ虫の居所が悪かっただけ。修司自身も気づいていないだろうが、あれは紛れもなく男の嫉妬
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第14話

「シンディ、この店の新作を試してみて。君のためにネギを倍にしてもらったよ」涼子は向かいに座るジェフを見つめ、一瞬、過去と現在が交錯したかのような感覚に襲われた一ヶ月前、まだ公園のベンチでジェフに助けを求めていた自分が、今はこうしてA市を離れ、C国で新しい生活を始めている。「正直なところ、修司さんが君の不在に気づいたときの反応、全然気にならない?」涼子の手が止まった。「気にならないわ」「それは嘘だね。ちょっとした噂を耳にしたんだ」涼子は視線を落としたまま食事を続けた。本当に、修司の反応などどうでもよかった。せいぜい少し腹を立てて、涼子の分別のなさを責め、それから大手を振って舞衣を家に迎え入れる。それだけのことに決まっている。「舞衣は、もう宮本邸に住み込んでるよ」涼子は心の中で自嘲した。ほら、やっぱり思った通りだ。「でも、住むというよりは、祐美子さんに軟禁されてるって感じに近いかな」「え?」涼子は顔を上げた。修司の母まで関わってきたのか。祐美子は一筋縄ではいかない。表向きは涼子に早く子供を産めと急かし、産めないならさっさと宮本家から出て行けと迫っていた。太郎の手前がなければ、涼子は彼女の手で何度も心を殺されていただろう。祐美子は、森山家が修司を養子にした恩義など微塵も感じていないどころか、それどころか森山家の支援が不十分だったと責めるような人だった。没落する前、森山家は宮本家には及ばないものの、A市では名の通った名家だったというのに。「君が興味を持つと思ってたよ。舞衣が妊娠したんだ」涼子は黙々と食事を口に運んだ。顔は上げない。宮本夫人の座を盤石にするため、舞衣は動きが素早い。「でも、その子供は修司さんの子じゃないらしい」「えっ?」涼子は驚いて口を開けた。ありえない話ではないが、あの宮本家でそれがまかり通るとは思えなかった。修司はおろか、あの祐美子がいる限り、舞衣が他人の子を宿して敷居を跨ぐなど不可能に近い。「でも舞衣がもう住み込んでるってことは、修司たちはまだそれを知らないってこと?」「ご名答。さすがシンディ。俺、そのうち特別なプレゼントでも贈ろうかと思ってね」ジェフは悪戯っぽく、意味深な視線を涼子に向けた。涼子は手を振った。「やめておきなさい。巻き込まれたら厄介よ」「そ
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第15話

ここ数日、また一晩中眠れなくなった。十数年前の悪夢が再び彼を襲うようになったのだ。孤児院の夢だ。夢の中で弁当箱を開けると、そこには死んだネズミが入っていた。叫ぼうとしても声が出ない。お前は一生口がきけないんだと、周りの子供たちは指をさして嘲笑う。だが今回は、涼子が優しく背中を撫でてくれることも、「怖くないよ」と囁いてくれることもない。ただ一面の底なしの闇が、自分を飲み込んでいくだけだ。彼は冷や汗をかいて目を覚まし、そっと口を開けて声を出してみた。孤児院に来たばかりの頃、彼は過度のストレスで失語症になっていた。その「異質さ」ゆえに、孤児院の子供たちから標的にされ、徹底的に孤立させられた。修司は力なくスマホを放り出し、涼子と初めて出会ったあの日の光景を、擦り切れるほど反芻した。あれは富裕層主催の慈善パーティーだった。子供たちはこぞって着飾り、金持ちの大人たちの周りに群がっていた。愛想よく振る舞い、どこかの紳士淑女に気に入られて、この孤児院から抜け出し裕福な暮らしを手に入れようと必死だった。余計な真似をするな、外に出るな、そうすれば自分たちが選ばれる確率が上がるからと、前日には彼に警告までしてきた。涼子の姿を思い出そうとすると、修司の頭がずきずきと痛み出した。あの日、外は雨だった。富裕層の子供たちは固まって遊んでいた。彼らは本物の「選ばれし子供たち」であり、養子候補ではなかった。綺麗めな服や靴を身につけ、高価なおもちゃを持っていた。孤児院の子供たちと遊ぶことなど軽蔑していたし、貧乏人の臭いが移るとでも思っていたのだろう。ただ一人、小さな女の子だけが、こっそりと物陰から自分を見ていた。あの着飾った子供たちとは違う目――純粋で、澄み切っていて、敵意のない、好奇心に満ちた瞳。雨は突然激しくなった。彼女は慣れないエナメルの靴を履いて走り、泥の中に派手に転んでしまった。周りの金持ちの子供たちは誰も助けようとしなかった。泥で服が汚れるのを嫌がったのだ。修司は小さくため息をついた。なぜか分からないが、雨の中へ踏み出し、彼女を抱き上げた。あのとき、涼子が、先に引き取られていった舞衣にどこか似ていると思っただけだった。だから無意識に守りたくなったのだ。涼子は、自分が言葉を話せないと知ったとき、その目に深い悲しみと痛ましさを浮かべた。そ
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第16話

A市、ライリーオークションが予定通り開催された。「舞衣、母さんが人前に出るなと言っただろう」「だって、今回最後の作品はライリーでも数年に一度の、新人のデザインだって聞いたの。どうしても欲しいの。それにこの子も行きたがってる。今回だけ、お願い」子供のため、修司は折れた。彼は舞衣を連れてオークション会場へ向かった。「それでは、本日のオークション最後の作品をご紹介いたします。シンディ先生の作品です。この先生については、最近ご存知の方も多いでしょう。セント・ランド・ジュエリーデザイン学院の逸材です。それでは作品をご覧ください。『フリーダム』です」司会者が作品を覆う赤い布を取り除いた瞬間、修司はガタッと音を立てて立ち上がった。賞賛の声が飛び交う中、その動きはひときわ目立った。「修司くん、どうしたの?」舞衣が修司の服の裾を引っ張り座らせようとしたが、修司は微動だにしなかった。修司はゆっくりとポケットから、修理したブレスレットを取り出し、『フリーダム』と見比べた。全く同じだ――涼子の作品だ。ブレスレットを修復したとき、修司は初めて知った。あの年、涼子がこのブレスレットを再デザインしていたことを。ビーズの形状、ビーズの並び順まで……ただ「フリーダム」では、ビーズの形がタンポポになっていた。まるで涼子が自分のもとを離れ、風に乗って遠くへ去っていくように。「この作品のデザイナーは誰だ?教えてくれ。涼子なのか!」「修司くん!」舞衣の制止を振り切り、修司はもう司会者の前に駆け寄っていた。普段の紳士的な態度はどこへやら、司会者の胸倉を強く掴み上げた。「早く言え。涼子なのか!」会場では、もう多くの人がひそひそと囁き始めていた。このトップレベルのオークションでは、宮本家といえどもせいぜい中堅クラスだ。上には上がいる。宮本家より力のある者はいくらでもいる。舞衣は顔を青ざめさせ、前に出て修司を引き下ろそうとしたが、修司は彼女の手を荒々しく振り払い、問い詰め続けた。司会者は驚いて、たどたどしく答えた。「その『涼子』かどうかは分かりかねます。ただ噂では、シンディさんは既婚だと伺っておりますが」修司の手が緩んだ。「結婚……シンディが結婚……」彼は口の中で呟いた。それなら涼子のはずがない。でもどうして、全く同じなのか。舞
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第17話

ジェフは修司が自分を探しているのを知っているかのように、最前列の席に座ったまま、立ち上がらなかった。「こんにちは、ジェフ先生。お尋ねしたいことがあります」「おや、これはずっと一途な愛を演じ続けてきた宮本家の御曹司じゃないですか。我らがシンディにもご興味が?あいにく今日、彼女について問い合わせてきた八人目ですよ。シンディにこんなにファンがいるとは思いませんでした。そうでしょう、修司さん」「いえ、ただシンディさんの作品が、俺の知っていた故人に似ていると思いまして」「故人?フン。目の前の人を大切にするべきですよ!」ジェフは舞衣の方に顎をしゃくった。「違うんです。さっき皆さんがシンディさんは最近セント・ランドに来たと言っていましたが、具体的にいつか教えていただけますか?それから年齢も」なぜか、シンディは涼子だと、修司には直感があった。「シンディさんは本来三年前に我々のセント・ランドに来るはずでした。ただ何らかの理由で遅れまして、計算すると二ヶ月ほど前に来たことになりますね」修司の目が輝いた。三年前――自分が涼子のC国行きを止めた。C国はセント・ランド・ジュエリーデザイン学院のある場所ではないか。そして涼子の事故も二ヶ月前のこと。ということは、シンディは間違いなく涼子だ。修司の全身の血が沸き立った。頭全体が沸騰するような感覚だ。この何日もの間の虚脱感が、この瞬間に報われた気がした。彼は期待に満ちた目でジェフを見つめた。「ただ、シンディはすでに海外でご結婚されています。ご主人と幸せに暮らしています。どうか邪魔をしないでください」ジェフの言葉に、修司は冷水を浴びせられたように、彼の燃え上がらせた希望を完全に消し去った。彼は修司が再び虚脱した様子で立ち去るのを見つめた。シンディは涼子ではない。ましてや、「自分の涼子」ではないのだ……「クズ野郎には天罰が下ると、シンディに見せてあげたいね」ジェフは修司の遠ざかる後ろ姿を見つめ、嘲笑を浮かべた。……「涼子じゃない。彼女はもう、死んだ……ありえない。涼子は死んでない。彼女が死んだなんて、信じるもんか!」修司はハンドルを強く握りしめ、さっき競り落とした「フリーダム」を何度も目の前に掲げた。キィー――急ブレーキを踏んだ。「運転できんのか!前に人がいるのも見えん
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第18話

年々、彼の懐に飛び込んでくる少女の重みは増していった。それでも修司は、変わることなく彼女をしっかりと受け止められた。やがて涼子が異性を意識し、恥じらいを覚えて飛び込んでこなくなるまで。それからは、修司が涼子の手を引き、二人で階段を上って宮本家へ入った。あのときの彼女の、太陽のように明るい笑顔を今でも鮮明に覚えている。だがその後は?涼子は自分の前で、あんなふうに無邪気に笑わなくなった。ドアが開いた。現れたのは実里だった。「……修司くん?」彼を見て、実里の目に一瞬の動揺が走ったが、すぐに表情を戻した。修司がどさりとその場に跪いた姿に、実里は目を見開いた。「何をしているの。立ちなさい」実里は慌てて彼を起こそうとしたが、修司は床に根が生えたように動かない。彼は顔を上げ、すがるように実里を見つめた。「お義母さん、涼子に……本当に申し訳ないことをしました。でも分かってます。涼子はまだ生きていますよね。だから居場所を教えてください。本当に、お願いします」実里は彼を見つめ返したが、口を閉ざしたままだ。涼子に約束したのだ――C国へ行くことは、誰にも言わないと。実里が答えないのを見て、修司は絶望に駆られ、額を床に擦り付けるように頭を下げた。実里は慌てて彼を引き起こした。「……とりあえず入りなさい」実里はドアを開け、彼を招き入れた。修司も後に続く。森山家の内装は七年前と何一つ変わっていない。ただリビングに飾られていた家族写真の代わりに、修司と涼子のウェディング写真が飾られていた。七年前、もし宮本家がタイミングよく彼を引き取らなければ、この森山家の屋敷も人手に渡っていたかもしれない。そう思うと、修司の心に微かな安堵が広がった。実里はキッチンへ向かい、修司は二階へ足を向けた。森山家を出て何年も経つが、彼の部屋は当時のまま保存されていた。壁の木製棚には、修司と涼子の写真が隙間なく貼られている。涼子がどうしても作りたいと言った「思い出の壁」だ。修司は歩み寄り、写真を一枚一枚指でなぞった。記憶の糸を手繰り寄せるように、過去十数年の日々を鮮やかに蘇らせる。写真には一粒の埃もない。毎日、誰かが丁寧に掃除している証拠だ。彼は振り返り、隣にある涼子の部屋のドアを開けた。涼子の寝室は自分の部屋のすぐ隣だ。中に
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第19話

「……っ、くしゅん!」涼子は立て続けにくしゃみをした。振り返ってジェフを睨む。「ねえ、誰か、私の噂をしてるわね?」「とんでもない!そんな度胸、俺にはあるわけないじゃないか」ジェフは大袈裟に驚いてみせた。風邪かな。涼子は襟元を合わせながらも、手を止めることはなかった。森山家へ向かう車中で、すでに助手にセント・ランド行きの最速便を手配させていた。「それから、舞衣は?」「佐々木様でしたら、朝早くにブルー・メゾン・タワーに出かけられました」「彼女のカードを全部止めろ」「えっ、しかし……」助手は言葉を詰まらせた。宮本家では公言こそされていないが、誰もが舞衣を未来の宮本夫人だと認識している。修司は彼女のために本妻である奥様を追い出したというのに、今になってカードを止めろとは一体どういうことだ?ただの痴話喧嘩か?「何だその反応。俺が上司なのか、彼女が上司なのか。さっさとやれ」「はい、ただちに!」ブルー・メゾン・タワー内では、舞衣が友人たちを引き連れて狂ったように買い物を楽しんでいた。お腹が目立ち始め、毎日家に閉じこもっているのが退屈で仕方なかったのだ。修司にせがんで外出禁止を解いてもらい、念願のブラックカードまで手に入れた。そろそろ友人たちの前で自慢する時だ。宮本夫人の座は揺るぎないものだと見せつけなければ。高級ブランド店に入ると、店員たちは舞衣一行が大量のブランドバッグを持っているのを見て、すぐに揉み手で出迎えた。「まあ、お客様。お入りいただいた途端、当店が輝いたようですわ」舞衣は満足げに鼻を鳴らした。中央に飾られたバッグを指差し、傲慢に言い放つ。「あれを下ろして」「お目が高いですわ。昨日入荷したばかりの新作です。本当によくお似合いですわ」「そうよね、舞衣が持つと本当に素敵。さすが未来の宮本夫人ね」「これにするわ」舞衣はブラックカードを無造作に差し出し、店員が恭しく両手で受け取った。舞衣は友人たちとお喋りに興じていたが、なかなか店員が戻ってこない。少し不機嫌になり声を張り上げた。「まだ?」店員は緊張した面持ちで、ブラックカードを持って小走りで戻ってきた。「お客様……あ、あの、このカードが使えません」「何言ってるの。このカードに限度額なんてないのよ。それにもうこんなに買った
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第20話

「さあ、誰かこの冬の詩を読んでくれる人はいるかな?」「シンディ先生、僕が、僕が!」修司は振り返ろうとした足を止め、全身が凍りついた。信じられない思いで、ゆっくりと中を覗き込んだ。「じゃあアンディ、あなたが読んで」今度は幻聴ではないと確信した。本当に、涼子の声だ。彼はよろめきながら中へ駆け込もうとしたが、入口の警備員に立ちはだかれた。彼は手を振り回し、口の中でたくさんの言葉を叫んだが、現地の警備員には一言も通じなかった。「NONONO!」修司は必死の形相で、警備員の腕を掴んだ。「入れてくれ……一目だけでいい、涼子なのか確かめさせてくれ!」「Cindy!Cindy!」「シンディ」という名前を聞いて、警備員は同僚に警察を呼ぶ必要はないと合図し、シンディ先生に知らせるよう指示した。修司は誰かが中へ走っていくのを見て、涼子が出てくるのを待つために、もがくのをやめた。二ヶ月ぶりだ。涼子が再び、生きて動いている姿で目の前に立っている。彼は手を伸ばして、その懐かしい顔に触れたかった。だが、体が言うことを聞かず、力なくその場に崩れ落ちた。薄れゆく意識の中で、涼子が緊張した様子で自分を呼んでいるのが見えた。涼子の顔がすぐ目の前に、こんなに近くにあるのに、もう何も聞こえない。それでも、運命の神は自分を見捨てなかった。涼子を見つけることができたのだ。次に目を覚ましたのは、セント・ランドの病院のベッドの上だった。「目が覚めたのね」涼子は彼が目覚めたのを見て、表情一つ変えずに手を伸ばし、ベッドサイドのナースコールを押そうとした。修司はその手を反射的に掴んだ。病人のくせに、力は強い。涼子は何度か手を引こうとしたが抜けず、諦めてため息をついた。「涼子、そんな他人行儀な目で見ないでくれ」「宮本さん、記憶が正しければ、私たちはもう離婚しています。わきまえてください」「同意してない。涼子、俺は同意してないぞ。離婚なんかしていない」「でも宮本さん、離婚届にははっきりと書いてあります。あなた自身がサインされたんですよ。もう提出済みです」「あれは……あれは俺じゃない。舞衣が……彼女が勝手に」修司は後悔に顔を覆った。「俺が悪かった。涼子、頼む、もう一度チャンスをくれないか?やり直せないか?」「あのね、シンディ
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