雨の降っている夜だった。 ざぁざぁと身体を打つ冷たい雨に混じって、男の身体から血が流れ出していく。 かろうじて吐き出される息は白く染まり、その身が冷え切っているのがわかった。 雨除けの外套は、すっかり油が落ちて少しも水を弾かない。 嗚呼自分はこのまま死ぬのかと、男はぼんやりと、刀を握ったままの己の手を見つめて、思う。 ようやく死ぬことができる。 死を赦されなかったこの身にも、ようやく。 男が細めた目は、虹彩がないかのように真っ白だった。 生まれつきの、色のない瞳。 明るい日差しの中ではものを見る事も困難なこの目が、男は大嫌いだった。 瞳だけではない。 髪もまた老人のように白く、男が生まれると同時に、母は命を落としたと聞く。 自分を育ててくれた名家の主の言葉を聞いて、男はただただ、己の存在を呪った。 だからだろう。刀を持つ事になんの違和感も、疑問も抱きはしなかった。 夜の闇に住まう怪異なら、この陽の光に弱い身体でも殺すことが出来る。 呪われた自分でも、明るい日の本で暮らす人々を守る事が出来るのだ。 ──このまま、夜闇に溶けてしまえたら。 真逆の色である己が夜に溶けるなんてことは出来そうにもないが、それでもそんな事を思う。 誰も自分を知らないうちに。 誰にも心を傾けぬうちに。 そうやって死にたいと、思ったのだ。 「だいじょうぶ?」 そのままどのくらいジッとしていただろう。 失血と寒さで目蓋を開く事すら覚束ず、しかし閉じた目蓋の上からも明るくなり始めた事がわかる。 そこに一筋かかる、影。「ねぇ、いきてる?」 目を開くのにも相当な時間を必要としたが、男はなんとか目を開けた。 途端に入り込む朝焼けに、目と頭に酷い痛みが走る。 血を失いすぎたのだろうか。それとも、やはり陽光がいけないのか。 男には、それを判別するだけの体力すら、もう残っていなかった。「……こんな時間に、お外にいては、いけない、よ……」 「もうあかるくなってきたから……」 「夜住の残りが、影にいるかも、しれない、からね……」 「よすみ……?」 それでも、何とか肺から息を絞り出して影に声をかける。 肺は凍ったように寒くて、痛くて。 それでも
Last Updated : 2025-11-30 Read more