Home / ファンタジー / 灯火の番 / Chapter 1 - Chapter 9

All Chapters of 灯火の番: Chapter 1 - Chapter 9

9 Chapters

第零話 夜の帳は暁紅がはらえ

 雨の降っている夜だった。  ざぁざぁと身体を打つ冷たい雨に混じって、男の身体から血が流れ出していく。  かろうじて吐き出される息は白く染まり、その身が冷え切っているのがわかった。  雨除けの外套は、すっかり油が落ちて少しも水を弾かない。 嗚呼自分はこのまま死ぬのかと、男はぼんやりと、刀を握ったままの己の手を見つめて、思う。  ようやく死ぬことができる。  死を赦されなかったこの身にも、ようやく。 男が細めた目は、虹彩がないかのように真っ白だった。  生まれつきの、色のない瞳。  明るい日差しの中ではものを見る事も困難なこの目が、男は大嫌いだった。    瞳だけではない。  髪もまた老人のように白く、男が生まれると同時に、母は命を落としたと聞く。  自分を育ててくれた名家の主の言葉を聞いて、男はただただ、己の存在を呪った。 だからだろう。刀を持つ事になんの違和感も、疑問も抱きはしなかった。  夜の闇に住まう怪異なら、この陽の光に弱い身体でも殺すことが出来る。  呪われた自分でも、明るい日の本で暮らす人々を守る事が出来るのだ。 ──このまま、夜闇に溶けてしまえたら。    真逆の色である己が夜に溶けるなんてことは出来そうにもないが、それでもそんな事を思う。  誰も自分を知らないうちに。  誰にも心を傾けぬうちに。  そうやって死にたいと、思ったのだ。  「だいじょうぶ?」   そのままどのくらいジッとしていただろう。  失血と寒さで目蓋を開く事すら覚束ず、しかし閉じた目蓋の上からも明るくなり始めた事がわかる。  そこに一筋かかる、影。「ねぇ、いきてる?」     目を開くのにも相当な時間を必要としたが、男はなんとか目を開けた。  途端に入り込む朝焼けに、目と頭に酷い痛みが走る。  血を失いすぎたのだろうか。それとも、やはり陽光がいけないのか。  男には、それを判別するだけの体力すら、もう残っていなかった。「……こんな時間に、お外にいては、いけない、よ……」 「もうあかるくなってきたから……」 「夜住の残りが、影にいるかも、しれない、からね……」 「よすみ……?」 それでも、何とか肺から息を絞り出して影に声をかける。  肺は凍ったように寒くて、痛くて。  それでも
last updateLast Updated : 2025-11-30
Read more

第一話 灯と刃

 夜住、という存在が居る。    夜住はその名の通り、日が沈んだ後に現れ、己の闇の中へ生者を飲み込んでしまう。  全身が煤けたように真っ黒な存在である夜住は、夜闇の中に隠れて移動した。  夜闇は世界を黒に溶け込ませ、家々の間や軒下の影──やがては、寝静まった部屋の中にまで入り込んでくる。  そうして夜住に取り憑かれた人間は、夜住と同じように真っ黒になってしまうという。  そうなってしまえば、どこへ消えたのかもう誰にも分からない。 大正帝都──  文明開化のこの時代、行方不明になる人間の大半は夜住のせいだろうと、人々は噂した。  夜住によって食われるか、夜住に取り憑かれて徐々に黒く染まっていくか……  帝都の人々は、夜が闇に染まらぬよう家の軒下に提灯や角灯を下げた。  夜住よ去れと。  夜住よ入り込むなと、行灯を絶やさず蝋燭や油は必須の品になっていった。 人々が灯すその灯りは、絶えることなく、夜の街を照らし続けた。  3日に一度自ら灯りを貰いに行くのが、帝都の人々の習慣だ。  帝都の中に巨大な居を構える4つの火族。 明神家  御神苗家  深神家  神風家 華族と同じ読みで違う字を与えられた特権階級的な四家。  その名の象徴たる帝都を照らす灯りは、神の字を頂く四家によって守られ、人々に分け与えられている。  火族から帝都を照らす灯り。  その源は──大きな大きな、何百年と継承され続ける聖なる火種だ。  火族四家に仕える灯守という役職の者が守る火種。      その火種を初めて見た時の衝撃を──俺は、未だに忘れられずにいる。  「ソウくん、触ってみる?」 まだ幼かった俺に向かって、師匠はそんな事を言いながら火種を指差した。  彼の身長と同じくらいの大きな火は、「火種」という名にも関わらず煌々と周囲を照らしている。  だというのに、近付いても少しも熱くはない。  顔に近付くとほのかにあたたかいのに、囲炉裏のように近付くだけで焼かれるような痛みは少しもなかった。 師匠は、「ソウくんだから熱くないんだよ」なんて言ったが、当時の俺にその言葉の意味はわからなくって。  だから俺は、師匠の言葉を疑うことなく、真
last updateLast Updated : 2025-11-30
Read more

第一話 ②

 火族四家の当主と灯守は、番契約を結ぶ。  俺たちにとって番とは、婚姻だの伴侶だのを示す言葉ではない。  当主と灯守は二人で一つの存在であるという意味であり、俺たちは常に行動を共にしなければならない。    ──当主となる者は灯守の力を宿す刀を持つ事を許された者であり、灯守はその刀に力を灯せる唯一の者である。    俺が明神家に入る時に、当時の当主だった爺さんはそう言って俺に刀を与えた。  当時まだ木刀でしか訓練をしていなかった俺に、その刀はやたらと重かった。  今は腰にないと落ち着かないくらいなのに、そんな時期も俺にはあったのだ。《此処に在りしは、焔の御子──》 夜道を駆ける俺の前方で、角灯を持っていた先生が唱い始める。  灯守が刀に火を灯す祝詞。  彼の持つ火種の角灯の火が、色のない先生の髪をほのかに赤く、炎のように照らす。  唯一この瞬間だけが、人外じみた彼に色が乗るのを、俺だけが知っていた。《灯籠の火よ、夜を裂き、住処を照らし、我が灯を以て穢れを断て》 強く踏み込み一気に先生を飛び越して、跳ぶ。  同時に刀を抜き、〝なにもない〟空間を赤く輝く刀身で薙ぎ払った。  ──〝なにもない〟。  眼の前にあるのは、真っ暗な闇であり、色で言えばただの黒い壁だ。  しかし俺たちは、その色が何を意味するもので、何がその色を生み出しているのかを、知っている。 甲高く、しかし濁った声のような音が夜闇を劈く。  帝都の闇は、真っ暗ではない。  配備され始めた街灯は夜にも大通りを照らし、その灯りは裏通りもほんのり照らす。    家の軒先だって、人々が貰いに来る火種の欠片が入った角灯で輝き、家と家の隙間すらもがうっすら明るい。  そんな中で、真っ黒い闇。  それは明らかに異質なものでしかなく、人々には本能的な恐怖を与える。 俺たち刀主は──刀主と灯守は、その闇を祓う役目を負っている。  刀主たちの家に仕える刀持ちたちもまた、日々命をかけて帝都の警護についているのだ。「ソウくん、向こうに大型のが居る
last updateLast Updated : 2025-11-30
Read more

第一話 ③

 火族四家の当主となる者は、年齢性別問わずに刀に選ばれた者が指名される。  勿論、刀に選ばれるのは火族四家の血縁者のみだ。  しかし、もし当主として選ばれても、灯守に選ばれなければ夜住に対抗する力は得られない。    灯守の〝灯〟は、代々受け継がれていく刀にしか受け入れられないという。  実際に確認した事はないが、少なくとも灯守が力を与えるのは、当主の刀にだけだ。  当主は刀の主として選ばれる事で灯守の力を与えられ、夜住を討祓できる力を得る。 ただの怪異であれば普通の刀でも討祓出来るが、夜住に対抗出来るのは灯守の力を得た刀主の刀だけ。  つまりは、実質当主を選ぶのは灯守であり、当主は刀と灯守に選ばれてようやく戦える力を得るのだ。  ゆえに、当主は刀主と呼ばれる事もあり、各家の家門のはいった鍔と鞘がその証明となる。 今、俺の少し前を走っている少女の羽織にも、御神苗家の家門が仰々しく刻まれていた。  御神苗和穗は、まだ17の数え年にも関わらず次期当主として選ばれた少女だ。  刀は彼女の身の丈ほどもあるのに、和穗はそれを難なく振るって見せる。  彼女を前にしていると、普段ならば重いと感じる刀も恥ずかしく感じる程だ。《此処に在りしは、土の御子──》 どこからともなく聞こえてきた祝詞を受けるように、和穗が刀を振り上げる。  俺も、聞き慣れた声には今更視線を向けず、空を舞う先生の|角灯《ランタン》の先だけを追っていた。《礎の灯よ、夜を塞ぎ、道を築き、我が灯を以て穢れを鎮めよっ》 和穗の刀身が赤く光り、周囲を照らし出す。  それでも払えぬ闇は、即座にひるがえった和穗の刀が薙ぎ払った。  先生が示す先は、もう少し向こうだ。  俺は、和穗が祓った闇を飛び越えて、更に前へ前へ、進む。 夜住──この帝都に住まう、夜の闇の体現者。  その姿はただの真っ黒な塊であると言われているが、俺たち刀主は知っている。  本当の夜住の姿は、決してただ黒いだけではないという事を。『あ"ぁ……コロスコロス……コロス……』 先を封じる垣根を越えて、更にその先の真っ黒い壁へ跳ぶ。  真っ黒い壁は、先生の角灯の灯を受けても黒いままで、よくよく見れば蠢いても見え
last updateLast Updated : 2025-12-01
Read more

第一話 ④

 夜住に、決まった形状というものはない。  一般人にはただの黒いモヤにしか見えないその存在は、刀主の中でもハッキリ視認出来る者が居るかどうか。  俺だって、先生の角灯の光が届いてやっと、夜住の正しい姿が見えてくる程度だ。 斬り伏せた塗壁が、ザラザラと煤になっていくのを見守りながら、先程の夜住の姿を思い返す。  夜住は、人間の怨念や悔い、呪詛なんかが固まってしまった「呪いの怪異」のようなものだ。  同じ怨念が集まれば集まるだけ呪いは強まり、呪いが怪異へと進化してしまえば、厄介この上ない。    だから、流行り病が起きた時や、災害があった後なんかはただの刀持ちですらも忙しくなる。  刀持ちたちは、発生した怪異がどの程度の存在であるのかを判断する役目があった。  「怪異」であれば、まだいい。  刀持ちだけでも対処出来るから、怪我人や人死にが少なくて済む。    だがその怪異が夜住にまで進化してしまえば、対処出来るのは刀主だけだ。  俺は、夜住を斬った刀の煤を振り払って鞘に戻した。    さっきの夜住の──疱瘡のようにデコボコと貼り付いていた、小さな人間の顔面。  あれは恐らく、同じ病で死んだ者の呪詛が固まってしまったものだろう。  この路地の先には、過去に疱瘡患者を受け入れていた療養所の跡地がある。  療養所自体に呪いが湧いたせいで今は放棄されてしまっているが、夜住が湧くのは時間の問題だったのだろう。    可哀想に、とは思わない。  確かに病死した人間の感情なんてものは、夜住の大好物と言ってもいいだろう。  何故自分が。  どうして今なのか。  自分よりもアイツの方が悪いことをしているのに──等々。  この世界には様々な呪詛が存在するが、病からの死や、災害から病に転じてしまった者の呪詛は、思いの外強い。      死ぬまでに猶予があるのもよくないだろう。  苦しみの中で、健康な誰かを呪い、これから生きられたはずの人生を想い──そういう感情が、怪異の根源になってしまうんだ。「お兄ちゃーん、あっちの夜住も祓っておいたよー」 「ご苦労。そっちは、なんだった?」 「戸の怪異みたいなのだったよ。表面にいっぱい手の平の痕があるの」 大きな刀を振る小さな手をこちらに向けて、和穗は言
last updateLast Updated : 2025-12-04
Read more

第二話 刀主の役目

 翌日、たっぷりと睡眠をとってから俺は灯楼へ向かった。  灯守の持つ角灯の中で揺らめく灯し火の火種。  その火種が常に輝いている場所こそが、灯楼だ。 文字通り塔のような高い櫓の一番上には、一際大きな篝火が敷地内を照らしている。  火族四家の屋敷の中にあるこの灯楼が照っている間は、帝都に問題は起きていない。  灯楼の篝火がいつから輝いているのかは知らないが、その言葉は耳にタコができるほど聞かされた。    俺がこの明神家に迎えられた時、初めて見せられた大きな篝火。  この火が消えるのは、火族として選ばれた家の当主が絶えた時だと聞いた。  昔は、この篝火を焚いているのは五家あったのだ、とも。  けれどその五家目は夜住との戦いで滅び、今では過去の存在になっているのだと、先生は言っていた。 いつか、この明神家の篝火も潰えるときが来るのだろうか。  下から灯楼を見上げつつ、そんな事を思う。  今は俺が次代当主として選ばれてはいるが、俺の子や、さらにその子が明神の灯を絶やさないとも限らない。 それに俺は、そもそも明神の血統ではないのだから──もしかしたら、俺が継いだ途端に火は消えてしまうのかも。「何ぼけーっとしてるの? ここじゃ稽古はしないよ」 「先生を迎えに来たんですよ」 「それにしちゃあ、ぼんやりと見上げてたじゃない」 灯楼の一部が割れるようにズレて、中から寝巻きのままの先生がのそのそと出てきた。  まだ眠そうに欠伸をしているところを見ると、起き抜けのようだ。  大方、俺の気配が近付いてくるのに気付いて起きてきたんだろう。「煤は?」 「昨日のうちに《煤祓い》たちが火種に追加したよ。おかげ様で篝火も元気元気」 「そうですか」 「なぁに。考え事?」 こつん、と戸に頭を預けながら、先生は何でもないような表情で聞いてきた。  なんでわかるんだ。  いつも思うが、この人の色のない目は、何を見ているんだろう。 俺は、考えることが苦手だ。  いつだって刀を振る事しか考えていないし、思考するとしたら夜住の倒し方くらいのもの。  それでもひとつだけ、いつだって考え込んでしまうものがある。「あの篝火は、俺でいいんでしょうか」 「なーん……またそれ
last updateLast Updated : 2025-12-05
Read more

第二話 ②

 真っ直ぐに俺を射抜いてくるその瞳に、背筋にヒヤッとしたものが走る。 こういう目をしている時の先生は、少なからず怒っている事が多い。 俺が未だに同じ事でウジウジとしているから、呆れられているの、かも。 「……見ましたけど」「もしお前に資格がなかったら、あの偽後継者候補みたいに消し炭になってた。でもあの時、お前はなんて言った?」 俺が初めて火種と対面した時── あの時は、俺は何が起きているのかも、これから何が起きるのかもサッパリわかっていなくって。 けれど、眼の前で燃え盛る火に触れようとした女が突然燃え上がって叫びながら焦げていった光景は、今でも忘れようもなく脳裏に焼き付いている。「……あったかいって、言いました」「だよねー? 篝火に選ばれた人間はみんなそういう反応をするんだよ」 あ、でも他の家の篝火に触ったら燃えちゃうから試しちゃ駄目だよ! さっきまでの真剣な目を緩めて、先生が茶化す。  あの女は──先代明神家当主の落胤だと名乗る女だった。 先代の刀主は子供を遺さずに若くして亡くなったから、財産目当てのそういう輩は初めての事ではないと。 先生に連れられた俺はそんな事情もよく分からず、困惑しながら先生を見ていただけで。 でも、あの時先生が「下らない。本当に先代の子かどうかなんて、篝火に聞けばいいんだよ」 と言い捨てた時の冷たい目は、今では想像も出来ないくらいの鋭さだった。 俺が火に手を伸ばし、「あったかい」と呟いたその時には、それはそれは優しく笑ってくれたっていうのに。 本当に、なんというか……俺の灯守は、得体が知れない。 異人の多いこの帝都でも見ることのない、白髪とは違う真っ白な髪。 目は見えているはずなのに、色がないように見えるくらいに薄く、虹彩がないかのような、真っ白な瞳。 抜けるように白く、時折青い血管が透けて見える肌。 それ故に日光に弱く
last updateLast Updated : 2025-12-06
Read more

第二話 ③

「ハル。いい加減ソイツをちゃんと躾けろ。はしたない」 「もう諦めてんだ、こっちは」 「ちょっと、酷くない!?」 ハル。  先生に負けず劣らず、若い小麦のような髪色に土のような肌をしている、この帝都では異質の風貌の男。  彼は和穗の灯守であり、異国人との混血であるらしい。  喋る言葉は完全に日本人のそれであるのに、ハルもまた外見だけで損をしている者だ。 ──だけでなく、俺は未だにアイツの本名をきちんと発音出来ない。  ハルも「ハルでいい」と言うからそのままにしているが、そろそろ本名の方を忘れてしまいそうだ。  ハルとは俺が明神家に連れてこられてからの付き合いで、それももう10年になる。  それだけの年月を一緒に過ごしているというのに、正しく名前を発音出来ないというのも、恥だろう。「ハル……ふあ、はるは……うーん」 「どしたのお兄ちゃん」 「いや、やはり発音が難しい名だと改めて思って」 「今更じゃん?」 「なんかねー、ソウくん今日そういう日みたいよ」 廊下の影に入りながら、ちょっと意地悪げに先生が言う。  「そういう日」……確かにそうかもしれない。  なんとなく、本当になんとなくだが、胸がザワザワとしてつい、過去のことを考えてしまう。  自分がここに来た日のことや、先生との出会い、ハルの名前。  そんな些細とも言えることが、どうして今更気になるのだろう。「あたしは言えるよ! ひゃるなへす!」 「一文字も合ってないが」 「ファルナセス、だよ和穗ちゃん」 「なんで先生は言えるんです……」 「年季が違うんだな~年季が!」 「だからハルでいいって」 ファルナセス。  頭の中ではなんとなく文字に出来る名前が、こんなにも言葉にしにくいなんて。  異国の言葉はなんと難しいのだろうか。  もしかして、舌や口の作りからして我々とは違うとか、あるのかもしれない。  俺は先生の後ろをついていきながら、悩む。  
last updateLast Updated : 2025-12-07
Read more

第二話 ④

 ──神風直紹。  年齢は確か俺とハルよりもよっつかいつつくらい上で、それでもかなり若い方の当主だ。  伏せられているのか細められているのかも分かりにく狐目は鋭く、何かあると俺たちを叱りつけてくる。  言っていることは大体正論だから俺たちも黙るしかないのだが、正直鬱陶しいと思う時もある。  なんだろうか。  母親に叱られている時のような感覚、とでも言うべきだろうか。 こんな刀主では彼女も大変だろうな……  チラリと彼の背後に居る小さな灯守を見れば、灯守の証である角灯を腰に下げた少女は慌てて俺達に頭を下げた。  名前は確か、日向子と言っただろうか。  つい最近の刀主会で紹介された時には、まだ15だか16だかだと聞いた。 彼女が突如神風さんの灯守に抜擢されたのは──神風さんの灯守が死んだからだ。  元々はかなり大柄の、灯守とは思えない筋肉質な男だったのを覚えている。  神風さんが幼い頃に決まった灯守で、まるで家族のように育った男だったとか。  その灯守が不意に死んだことで、神風家は次に真逆の灯守を彼にあてがった。 本来、刀主を選ぶのは灯守で、灯守を見つけるのは刀主のはずだ。  しかし神風さんは自ら選ぶ余裕も時間もなく、先代当主の選んだ日向子と番を結んだ。  俺は、あの時の神風さんの憔悴ぶりを知っているから、少しばかり彼に苛ついたとしても口を引き結んでしまう。  家族同然だった灯守を喪うということはこういうことなのだ、と、想像するだけで恐ろしかったからだ。 俺だってきっと、帳先生やハルを喪えばあんな風になってしまうだろう。「日向子」 「は、はひ! 申し訳ありません! 神風の灯守、日向子と申します! 未熟者ですが神風の領域を守るために尽力して参りますので、何卒よろしくお願いいたします!!」 「あぁ、はい……」 俺の背後で、和穗が平和に「可愛い~」なんて言っているが、日向子の顔
last updateLast Updated : 2025-12-08
Read more
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status