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灯火の番 のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

32 チャプター

第二話 ⑥

 ご当主様は「そろそろ引退時だと思っていた」「宗一郎ならばもう大丈夫じゃろう」と、なんでもない事のように仰った。 隣りに座る帳先生の視線には気付いていたようだったが、手をひらひらさせて黙らせるばかり。 ご当主様からの評価は有難いが──俺はまだ二十になったばかりの若輩だ。 明神に来て10年。 次期当主としての教育も欠かさず受けてきたが、だからといって「俺ならば大丈夫」なんて言えるわけもない。  そもそも、ご当主様は本来燈老議会に居るべき存在だ。 ここで「当主」という地位を譲渡したならば、今度こそご当主様は議会へと行ってしまうだろう。 燈老議会に入る「元当主」たちは、安全性の高い結界が張られた屋敷に住むことになるのだ。 となれば、明神の決定は全て、俺が下す事になる。 当主がおかしな決定を下さぬように、帳先生の存在が居るのはわかっている。 わかっているが、やはり俺にはまだ荷が重いのではないかと思わずにはいられない。 神風さんのように賢ければ。 霧子さんのように強ければ。 きっと今すぐにでも了承が出来るのかもしれない、けれど。「何も今すぐという訳では無い。宗一郎よ、今帝都に夜住が増えてきているのは知っとるだろう?」「は、はい」「恐らくはデカい本体がどこぞに潜んでおる。帳と共にそれを討祓せい。他の三家は助力は構わんが、手を出しすぎるでないぞ」 思わずすぐ後ろに居る神風さんを見ると、彼は少しばかり困惑の表情をしたが軽く顎を引いて頷いた。 和穗と霧子さんの表情には困惑も何もないので、こういう時女性というのは強いなと思ってしまう。 俺と神風さんが考えすぎなのかもしれないが、この責任は重大だと言うのに。「ねぇお館様。僕はどこまで手を貸して良いの」 何も言わずに骨壺を撫でていた帳先生が、手を貸すように声を挟んだ。 ご当主様は指先で顎髭を撫でてから、帳先生の喉元に手をやってゆっくりと、白い顎を掴む。
last update最終更新日 : 2025-12-12
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第三話 刀主と灯守

 今現在帝都に出没している夜住は、2日以上を空けることはない。  毎日出没することも多く、刀持ちたちの中にも怪我人が増えているのが現状だ。  そうなると困るのは、治癒の術を持っている灯守や刀主の手が、彼らを守ることに使われてしまうということ。  現状で言えば、夜住に因る怪我を癒やすことが出来るのは、灯守では帳先生と沙夜さん。  刀主では神風さんだけだ。    この3人ともが戦力としても大きいだけに、彼らが後方に下がってしまうことは、大幅な戦力の低下を招くことにもなる。  俺はそれを頭に入れた上で──各刀主たちが納得して動くような作戦を練り、動いて貰わなくてはいけない。  当主任命のための儀式に、他の家の者の手を借りてはならない、なんていう決まりはない。  特に今回はご当主様直々に「他の三家の助力は構わない」と言付けられている。 手を出しすぎるな、というのは、俺と共に刀を学んできた御神苗家の2人に対する牽制だろう。  あくまでもこれは「明神の試練」であり、他の家の者は関与しすぎてはいけないのだ。  かと言って、「帝都に巣食う夜住の親玉を討祓せよ」なんていう大きすぎる目標に対して「何もするな」というのは無理がある。  帝都、という言葉の中には、明神の領地以外も含まれているのだから。「どうするの? お兄ちゃん」 「頭痛がする……」 「それは結構だが、我々としては最低限の方針は貰っておきたい所だね」 「あら意外ね。神風のお坊ちゃまが積極的に手を貸すなんて」 「最近の帝都の夜住出現率は異常と言えます。怪我人にも増え続けて……このままでいいとは、私とて思ってはいません」 「そうよね、ごめんなさい。みんなで頑張りましょ」 ご当主様の部屋から辞した我々刀主4人は、灯守たちと共に客室で休憩をすることにした。  俺も相談事があるし、相談もなしに彼らの切っ先を借りるわけにはいかない。  ただ気になるのは、帳先生がまだご当主様の部屋に居ることだ。    元々帳先生は俺が明神家に入る前から明神家で刀を握っていたと言うし、ご当主様も随分と可愛がっているように見える。
last update最終更新日 : 2025-12-13
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第三話 ②

 神風さんの灯守が殺されたのは、神風さんが当主になってすぐのことだった。 今まで戦闘の中で命を落とした灯守は数あれど、人間の謀略で殺された灯守なんか一人も居なくって。 だからこそ、その一報を受けた他家の衝撃は物凄かった。 和穗はまだ幼いと言っていい年齢だったし、俺とハルも信じられないものを聞かされたという心地で。 俺が「番を喪った片割れ」を見たのも、神風さんが初めてだった。 番が帳先生だったからか、俺は戦いの中で死んだ灯守というものも見たことがなかったんだ。 だからその時まで、番を失うということがどういうことなのかも、理解していなかったと思う。 いつもはシャンと背筋を伸ばして着物の裾も、指先までもピシッと整っていた神風さん。 そんな彼が、立ち上がることも出来ずに呆然と喪主の座に座り込んだまま顔を上げることも出来ないでいる姿なんて。 見てはいけないものを見てしまったと、その時の俺は、強く思わされた。 神風さんの灯守が殺されたのは、神風家との番を輩出する家の権力争いだったと聞く。 当時の神風さんの灯守はそういう特別な家の出ではなく、神風さんと灯守が互いに認め合って番の契約を結んだ相手だったという。 それが正しい刀主と灯守の番の姿だ、と、先生なら言うだろう。 けれど神風家にとって彼らの契約は「想定外」のものであり、本来彼の灯守になる予定だった候補者とその家は大層怒り狂ったらしい。 灯守は、「灯守の家系」なんてものがあるわけではなく、刀主と灯守が「そう」と理解して番になるものだ。 特別な条件なんかはない。ただ本能的に、直感的に、互いを選ぶ。 けれど中には「灯守を数多く輩出すること」にこだわる家があり、歴史を大事にする保守派の神風家はそ
last update最終更新日 : 2025-12-15
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第三話 ③

「宗一郎様、こちらは深神の資料でございます」「ありがとうございます、沙弥さん」「どうしたものかしらねぇ~。夜住大発生の原因を探るって言っても、何か策とかはある?」「そうですね……」 沙弥さんが深神家の刀持ちと《煤祓い》の人数を書いた書付を渡してくれて、それを眺めながら思案する。 ご当主様の出してきた試練の条件は、あまりにも漠然としていて曖昧だ。 他の三家の協力を得られるとはいえ、範囲としてもあまりに広すぎる。 それに、これからは夜も寒くなってくるだろうから、あまり遅くまでの活動は出来ない。 帝都の冬は、寒い。 火種で守られている土地だというのに、何故こんなにも冷え込むのかと思ってしまうくらいには、冬になると一気に霜が降りる。 俺は、その冬があまり好きではないが……もしかしてご当主様は、俺のそんな性質も見越してこの時期に試練を出したのだろうか?「とりあえず、刀持ちたちに確認して、今までの発生場所を確認しようと思います」「今までの発生場所?」「発生場所に何か法則性があるかないかでも、違いますから」「なるほどねぇ。いいんじゃないかしら」「では、深神の者たちにも通達してまいりますね」「わ、わたしも! わたしもやる!」 深神の2人が協力的に頷いてくれることにホッとする。 この帝都には火族四家の領地が存在しているから、明神での情報だけではどうしようもないのだ。 かといって発生場所の情報を集めた所で、意味はないかもしれない。  夜住は、帝都にはいつだってどこだって発生するものだ。 そんな生物に、法則性があるかどうかもわからない。 しかし夜住という存在を調べるにおいて、どこから始めればいいのかもわからないのが現状だ。「じゃあハル、御神苗家の書付は頼むな」「わかってる」「なんで!? わたしがやるって言ったのにぃっ」 
last update最終更新日 : 2025-12-17
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第三話 ④

「……怪我人が?」 軽く顎を引いて頷く神風さんが率いる神風家は、刀持ちたちの医療を全て担っている。 神風家が帝都のほぼ中央に位置しているというのもあるが、神風さんが強力な治癒術の使い手であるというのも、大きな理由だ。 本来刀主は、灯守によって力を与えられるか、代々の術式や刀術でもって夜住を倒す。 神風家は、唯一攻撃的な術式ではなく内側を守る術式を引き継いでいる家柄なのだ。「こ、こちらです」「……これは」「偉いですね、日向子さん。よくこんな資料を持ってらっしゃいました」「い、いえっ。直紹様がお持ちしろと! 仰ったのでっ」 神風さんに促されて風呂敷の中に入れていたのであろう紙束を差し出してきた日向子に、沙弥さんが眼鏡を軽く上げて唸る。 紙束は、そこそこ重そうな分量だ。 簡単な書付もあるのか色の違う紙も混ざっている紙束は、増えてもいいようにか紐で括られていて──死者と負傷者の、二種類のものがあった。 神風さんは、全ての刀持ちの名前と立場、そして負傷の情報を書きつけてきたのだろうか。 几帳面な細い文字で書かれた書類は、今どきまだ墨と筆で書かれているようだった。 それを一枚一枚、沙弥さんが確認する。 俺も、死者の方の紙束を手にとってめくった。 この紙束は、神風さんが言うようにこの三ヶ月の間のものだけのようだ。 それだけでこの厚みなのだから、相当数犠牲者が出ていることがわかる。 だがその死に方のほとんどは──凍死だ。 夜住の吐き出す煤に取り憑かれた者は、内側から臓器が凍って死ぬことが多い。 内側から浸食し、まだ生きていられると思っているうちに体温を失い、眠るように死ぬ。 それを知っている《煤祓い》たちはことさらに恐れて白い服を毎夜確認するし、刀持ちたちは少し寒さを覚えれば灯楼にやってきて火種にあたる。 夜住に憑かれた者を助けることは、帳先生や神風さんでも困難
last update最終更新日 : 2025-12-21
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第三話 ⑤

 別に先生に反発したいわけじゃない。  勿論、先生が嫌いなわけでもないし、先生の顔がムカついたとかでもない。  ただ、先生が近くに居る、と思っただけでどこかに消えた頭痛だとかイライラだとかがスッと消えたことをまだどうにも受け入れきれないだけだ。  刀主と灯守はそういうもの。  わかっていても、神風さんと日向子を見ていたからか、なかなか思考が切り替わらない。 そんな俺を見てちょっと拗ねた顔をした先生は、俺よりも一回り以上年上とは思えない表情をする。  実際この人、いま何歳なんだろうか。  俺が彼を見つけた時にはすでに刀持ちとして「刀主よりも強き者」とまで言われていた人だ。  相当の実績は詰んでいるはずだが、その素の顔には未だに分からない所がたくさんある。 俺の番なのに。  そう思うと焦りが浮かぶが、幼い頃からこの白い手で頭を撫でられると、どうにも押し黙ってしまう。  その手がまた、幼い子供を宥めるような手なものだから、もう。  なんなんだ、くそ。悔しい。「なんか拗ねちゃってんの?」 「先生がご当主様のトコで愚図愚図してるからじゃないですか」 「あれ、ハルくん手厳しいね」 「こういう大事な時に、灯守が刀主についてなくてどうするんですか」 いや別に、拗ねてるわけじゃない。  反論はしたいけれど、ここで反論するとなんだか余計に拗ねているように見えるかもしれないと思って、俺は黙っておくことにした。  先生はハルの言葉にきょとんとしていたけれど、少しして納得したような表情で俺の隣にストンと座った。  その表情はなんだか嬉しそうなニヤニヤ感があって、また少しイラッとする。 刀主は灯守がそばに居ることで安定するが、灯守は刀主に必要とされることで悦びを得る。  と言われている。  今の先生はその状態なんだろうか。  その心情までは本人しか分からぬ所だが、俺はニヤニヤする先生に無言で手を差し出した。  先生は少し首を傾げながらも、それを黙って受け入れる。
last update最終更新日 : 2025-12-22
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第四話 朱色の印

 先生が取り出した紙は、等高線も描かれている帝都の地図だった。 しかし記されている建物や地形が今と少しばかり異なっているので、少し前のものなのだろう。 先生がそれを俺に見せてから、他の刀主灯守たちに見えるように畳の上に広げて見せる。 どれどれと首を伸ばした一同は、しかしその紙の意味が分からないようで俺を見た。 そんな顔をされても、俺だってこの地図の意味はわからない。 先生は手がかりと言うが、一箇所しか印がつけられていないこれが一体何の役に立つと言うのだろうか。 全員でじぃっと地図を見つめてみても、まるで分からない。「これは……この印の場所は、四家の領域に微妙にかぶって、いない?」「あ」 そんな中で何分経過したのか。 神風さんの一言で突き合わせた頭の距離がまた縮まる。 確かに、神風さんの言う通り印がついている場所は今の火族四家の領域からは少し外れた場所にあった。 火族四家の担当地域は、領地だとか領域とかいう仰々しさで呼ばれる。 言い方はなんでも良くって、ただ「この範囲内に出没した夜住は担当の家が優先的に退治する」という取り決めのようなものだ。 勿論、近くの領域の応援に行くのはどの家も自由。 だが、その領域内に出没した夜住の煤は領域を担当している家の火種に焚べられることになっている。 そうでもしないと、煤の押し付け合いになる可能性があると、何代か前の当主が決めたのだそうだ。 けれど、先生が見せてきた地図に描かれている印は、どの家の領域とも被っていない微妙な位置だ。 これでは、どの家の者が行くにしてもおかしなピリつきがあるだろう。 かといって、ここに夜住が出没しないなんて確証はない。 今はこの帝都のどこにだって夜住が出没するのだ。  そこまで考えて、俺はふと顔を上げた。 俺たち火族四家は、帝都の守護を任されてここに居る。 でも……「なぁ先生。帝都以外の夜住
last update最終更新日 : 2025-12-24
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第四話 ②

 気になることは多かったが、この日の会議はこれで終了となった。 全員が夜住の出没地域に意識が奪われてしまったというのもあるが、何より陽が落ち始めていたからだ。 陽が落ちれば夜住が出る。 それまでに当主及び次期当主は、刀持ちたちに警邏の指示を出して自らも見回りにでなければいけない。 勿論、俺もだ。 稽古は出来なかったが、疲労は稽古の比ではない。「……ひとまず、各家何人かずつ連絡係を作りましょう。ウチに寄越してくれれば、こちらからも送ります」「わかったわ。明日には刀持ちを送るわね。よろしくね、沙弥」「かしこまりました、霧子様」「日向子。選出を頼んでもいいかな」「お、おまかせください!!」  ひとつだけお願いをして、俺は神風さんと霧子さんを見送った。 俺は他の当主たちを見送ってから、自分の部屋に戻って対の刀を取る。 二刀一対の太刀と脇差し。 脇差しの方は、俺が明神家に来た時に用意されたものだと、帳先生が言っていた。 だからだろうか。俺はどうしても、こっちの刀は防御用にしか使えない。「ソーウくん。和穗ちゃんとハルは、今日中に刀持ちを寄越してくれるって」「そうですか」「悩んでる?」「……どうでしょう」「んー?」「どこに悩んでいるのか、悩んでいます」 なぁにそれ。帳先生は不思議そうな顔をするが、俺は俺でうまいこと言葉が出てこない。 珍しくトトト、と足音を立てて横に並んだ先生が見上げてくるが、なんとなくざわざわした気持ちが落ち着かなかった。 さっきの地図の印を見た時から、なんだか目が疼く。 あそこには何かがあるぞと、何も見落とすんじゃないぞと、無意識下でそう思っているような、妙な疼きだ。 先生は、何も言わなかった。 ただ、先生の帯に結ばれている鈴だけが、俺達の間で音をたてていた。
last update最終更新日 : 2025-12-26
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第四話 ③

 陽が落ちる。 青から朱へ移り変わり紫になり藍色から黒に落ち着いていく時の流れ──それは帝都が「人」から「夜住」へと、その支配権を明け渡す合図だ。 人々は、空が紫色になってくると慌てて商店街を駆け回り、その夜に必要な物を買い込んで家に戻る。 同じ頃、街中の灯楼にも火種が灯る。 白服たちが忙しなく祈りを捧げる中、俺と帳先生は明神の領域へと繰り出した。 帝都の中はいつものように街灯でぼんやりと明るくて、けれど、何かがいつもと違った。 今夜の空気は、おかしい。 いつもなら火種に焼かれた煤の匂いが微かに漂うはずなのに、今夜はただ、鼻の奥が痛くなるような無味無臭の冷気だけが支配している。 鼻呼吸をするだけでツンと痛む鼻を擦って、俺は一歩後ろに居る帳先生を振り返る。「静かですね」「そうだね。静かすぎて、自分の心臓の音が聞こえちゃいそう」 帳先生はいつものように飄々とした足取りで隣を歩いている。 けれど、さっきから一度も、彼の帯に結ばれた「鈴」が鳴っていない。 トトト、と軽い足音を立てて歩いているのに、あの大事な鈴が、死んだように沈黙しているのだ。 音がするのは、時折先生が鈴に触れた時。 響く音はさせず、カラコロと転がるだけの音だけが、俺の目の疼きをさらに加速させていた。「た、助けて……っ」 不意に、暗い路地の奥から、聞き覚えのある「音」がした。 それは鋼が石畳を削る音と、荒い吐息。 冷え切った空気で肺に空気が上手く入らないのか、ヒッヒッとおかしな呼吸音になるのは、夜住と戦っている者によくある音だった。 俺が反射的に太刀に手をかけ、路地の奥へと駆け込むと、そこには一人の男が倒れ込んでいた。「……御神苗の、刀持ちか?」 見覚えがある家紋の羽織に、足を止める。 顔にも、見覚えがある。確か、今回の警邏で先遣隊として出したはずの男だ。 男は右腕を不自然な角度で曲げ、黒い着物を鮮血でさらに濃く染
last update最終更新日 : 2025-12-28
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第四話 ④

 俺が守ろうとしたのは夜住で、俺が敵だと思っていた夜住も、また夜住だった。  二体の化け物に挟まれ、退路を断たれる。  しかも今夜の冷気は、これまで出会ったどの夜住よりも重く、肺を凍らせるほどに鋭い。「ソーウくん、駄目でしょ~」 そんな中に割り込んできた──帳先生のいつも通りの声。  けれど彼が懐から取り出したのは、いつもの護符ではない。  見たこともない、鈍い銀色に光る一振りの刀、だった。  何故先生が刀を? なんて、考えている暇はない。  先生は無言で刀を振るうと、銀色のままのそれで夜住を叩き潰した。 斬ったんじゃない。潰したんだ。  先生の一撃を受けた夜住は醜い断末魔をあげながら、手足をジタバタと藻掻かせる。  勢いよく動く筋肉の跳ね返りのようなその動きは、腕の骨を折り、関節を逆方向に捻じ曲げる。  服装は変わらず、御神苗の刀持ちの着物のままだ。  俺はその姿に嫌なものを感じてしまって、ただ棒立ちするしかない。  先生に肩を掴まれてやっと、後方に一歩、二歩と下がるだけの、情けない状態。「ぼんやりするのはいいけど、煤は当たってない?」 そんな俺に、先生は本当にいつも通りに──優しい声で、夜住の手足を切り落としながら聞いてきた。  音もしない、ただ刀を振るっただけに見える動作の隙間。  僅かな「隙間」としか言いようのない動作に重なって夜住の嗚咽のような声と、手足が地面に落ちる音がする。  さっきまでのように煤が周囲に舞う事はなく、先生が斬った切り口だけが焼けたように固まっていた。  こんな斬り方、火力特化の明神流を習う俺でも知らない。「……大丈夫です。すみません」 「御神苗の装束だもんねぇ。僕も驚いた、和穗ちゃんが送ってきた連絡係かと思ったもん」 「俺もです。そうじゃなきゃ、なんでこんな時間に明神の領域に……」 動揺する心臓を抑えながら、普通の会話を心がける。  先生は──元刀持ちだ。  雨の日に俺の生家の近くで倒れていた所を、俺が拾って
last update最終更新日 : 2025-12-30
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