ご当主様は「そろそろ引退時だと思っていた」「宗一郎ならばもう大丈夫じゃろう」と、なんでもない事のように仰った。 隣りに座る帳先生の視線には気付いていたようだったが、手をひらひらさせて黙らせるばかり。 ご当主様からの評価は有難いが──俺はまだ二十になったばかりの若輩だ。 明神に来て10年。 次期当主としての教育も欠かさず受けてきたが、だからといって「俺ならば大丈夫」なんて言えるわけもない。 そもそも、ご当主様は本来燈老議会に居るべき存在だ。 ここで「当主」という地位を譲渡したならば、今度こそご当主様は議会へと行ってしまうだろう。 燈老議会に入る「元当主」たちは、安全性の高い結界が張られた屋敷に住むことになるのだ。 となれば、明神の決定は全て、俺が下す事になる。 当主がおかしな決定を下さぬように、帳先生の存在が居るのはわかっている。 わかっているが、やはり俺にはまだ荷が重いのではないかと思わずにはいられない。 神風さんのように賢ければ。 霧子さんのように強ければ。 きっと今すぐにでも了承が出来るのかもしれない、けれど。「何も今すぐという訳では無い。宗一郎よ、今帝都に夜住が増えてきているのは知っとるだろう?」「は、はい」「恐らくはデカい本体がどこぞに潜んでおる。帳と共にそれを討祓せい。他の三家は助力は構わんが、手を出しすぎるでないぞ」 思わずすぐ後ろに居る神風さんを見ると、彼は少しばかり困惑の表情をしたが軽く顎を引いて頷いた。 和穗と霧子さんの表情には困惑も何もないので、こういう時女性というのは強いなと思ってしまう。 俺と神風さんが考えすぎなのかもしれないが、この責任は重大だと言うのに。「ねぇお館様。僕はどこまで手を貸して良いの」 何も言わずに骨壺を撫でていた帳先生が、手を貸すように声を挟んだ。 ご当主様は指先で顎髭を撫でてから、帳先生の喉元に手をやってゆっくりと、白い顎を掴む。
最終更新日 : 2025-12-12 続きを読む