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All Chapters of 灯火の番: Chapter 41 - Chapter 50

54 Chapters

第十話 幕間にて

「お疲れではないですか」 ぼんやりと外を眺めていた帳は、ふと声をかけられて視線を室内に戻した。 鼻をくすぐるのは、質のいい抹茶だろうか。 あたたかな湯気を感じるそれは、帳のすぐ近くに置かれたようだった。「直紹くんこそ、疲れてるんじゃない?」「もう、慣れております」「そっかぁ」 最近は働き詰めだろうねぇ。 いつもより少しばかりのったりとそう言って、帳は自分の近くに置かれた茶碗にそっと触れた。 これもまた高そうな、手触りの良い茶碗だ。 指先にサリサリとかかる感触は、神風家らしい目利きを感じさせる。  一口いただけば、冷えていた身体に仄かな甘味のある抹茶がスッと滑って落ちていった。 いい香りだ。 帳はほぅ、と吐息を吐き出して、喉から胃に落ちていく熱をさする。 そういえば、昨夜この屋敷に来てからろくなものを口に入れていなかった。 ぬるくなってしまった緑茶や、口に押し込んだだけの羊羹。 どちらも、最低限身体を動かそうとするためだけに詰め込んだものだ。 それは、直紹も同じだろう。 ずっと和穗に巻き付けた呪符に術力を流し続けていた彼なんかは、水を飲む暇もなかったかもしれない。 抹茶を元の位置に戻せば、指先にほんのり冷たい丸いものが触れた。 ツンツンとつつけば、それがまんじゅうであることがわかって無言で手に取る。 包装もなにもついていないのは、このまんじゅうが神風家で作られたものである証左だ。「神守さん」 パクリと、まんじゅうを一口いただくと、ふわっとした黒糖の香りと上質な小豆の甘さに舌鼓をうった。 直紹の声には、チラリと視線だけを向ける。 帳の視線の先には、正座をしてこちらを見ている直紹の術力が、ふわふわと宙に浮いていた。「明神を、領地へ連れてゆくおつもりですか」「うん」「……大丈夫ですか」「出来れば君と日向子ちゃんに
last updateLast Updated : 2026-02-10
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第十話 ②

 視界には入らない、意識の外で感じ取れる動作。 ──帳にはもうほとんど、視界がない。 宗一郎はまだ気付いていないだろうが、真っ白な目が何かを映しているなんてことは、そうありはしないのだ。 まだ帳が刀を持って夜を駆けていた時、この目は色を失った。 元々赤にも染まらなかった瞳だ、惜しくもない。 だが、色を失った日に見つけた少年が段々と成長していく姿を見守れなかったのは、今でも少しだけ悔しかった。「段々と、目が冷えてるのが分かる。アイツが起きようとしているんだね」「帳さん」「大丈夫。すぐには脳までは凍らないよ。そのためにずっと灯楼に住んでるんだし──でも、明神のお館様には気付かれてたんだなぁ」「だからこそ、あんな試練を明神に与えたのでしょう」「うん、わかってる」 本当は、隠しておけるなら隠しておきたかった。 色を食われた眼球から徐々に身体が凍りついていくにしても、その前に死ねば宗一郎にはバレやしないと思っていたのだ。 だが帳は案外しぶとくて、生き残ってしまっていて──宗一郎も、どんどん強くなった。「でも多分、この試練はそれだけじゃなくなってきてる」 宗一郎が明神の当主になるための試練。 しかしこれは、この帝都に住む四家が探し求めている謎の答えを究明するのと同じ意味を持っていた。 寒冷の原因を究明し、夜住の大量発生の謎を追うこと。 言葉で言えば簡単だが、この地に住む刀持ちたちが、その謎を追うためだけに何人死んでいったことか。「敵が大蛇だけなら、話は簡単だったんだけどね」 ふぅ、とため息を吐きつつもう一口抹茶を頂いていると、パタパタと軽い足音が近付いてきていることに気が付いた。 帳に一拍遅れて、直紹も気付いて顔を上げる。 日向子に頼んで連れてきて貰った宗一郎とハルだろう。 本当は和穗にも話をしたい所だが、彼女はまだ眠っているから無理だ。 それに、彼女には──自分がいなくなった後の事を頼みたい。 帳は、いつも宗一郎
last updateLast Updated : 2026-02-12
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第十一話 師の隠し事、弟子の確信

 ふぅ、とため息をひとつつくと、昼間だというのに呼気は白く染まって消えていった。 寒い。 さっきまで身体を動かしてポカポカしていたのに、今ではもう汗がひいて寒かった。 ただ廊下を歩いているだけなのに、だ。 日向子を先頭にして、神風さんと帳先生の居る部屋に向かっている。 それだけの距離の間に、汗が冷えて身体が震えた。 ハルも同じだったのか、てのひらを合わせて擦ると、ふぅ、と吐息をかける。 神風家の屋敷の廊下は、何か術式でも込めてあるのか明神の屋敷の廊下よりもあたたかい。 術式が得意な家系なだけあるな、と思うが、流石に外が近い廊下の寒さまではどうにもならないようだ。 つまりは、それだけ帝都の気温が下がってきている、ということでもある。 このままじゃあ、あたたかい季節になっても長袖と羽織が必要になるのではと思うと、憂鬱だ。 そうなれば、敵は夜住どころじゃない。 太陽が落ちた瞬間から人々は寒さという敵と戦い、そして勝てずに死んでいくかもしれないのだ。 俺たちが戦っていても、寒さの根源を叩かなければそれは変わらない。 グッと拳を握り込むと、やはりじわりと痛かった。「こちらです」 先を進んでいた日向子が、治療室よりも手前の部屋で立ち止まった。 治療室は神風家の中でも一番奥にある部屋で、応急処置部屋は一番外側にある。 俺たちはてっきり、和穗もまだ奥の治療室に居るものだとばかり思っていたのでつい、顔を見合わせた。 しかしジッと見ていると、日向子に案内された部屋に強い結界が張られているのに気が付く。 帳先生が作る結界に似てる。 それに気付くと、俺は躊躇なく戸に手をかけた。「やっほー、ソウちゃん、ハルくん。朝から元気だね~」「先生、神風さん。休んでなくていいんですか」「大丈夫だよ。御神苗はまだぐっすり眠っているけれどね」「……そうですか」 ハルが、安堵にほっと息を吐く。 神風さんが言うには、和穗はこの部屋のひとつ奥に移されたらしい。 廊下に面していない、静かな部屋だ。 そこでまだ眠っているということは、和穗も体力回復中なのだろう。 あの子は、怪我をするとよく眠る。 そんな和穗を見て「動物と同じだよ」とハルがよく笑っていたものだった。 しかし俺は、先生が話しかけてきた時にわずかに、何か小
last updateLast Updated : 2026-02-14
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第十一話 ②

「3人に話しとかなきゃいけないことがあるから、聞いてもらおうと思ってさー」「和穗はいいんですか」「いいんだよ。ハルくんはこのあと少し神風屋敷を守ってて欲しいし、日向子ちゃんとソウちゃんには僕たちと一緒に行って欲しい所があるんだ」 先生は、質の良い座布団に座りながらも足をダラッとのばして座っていた。 俺たちも座布団を頂いて正座をしたが、それを見ても足を正そうとしない。 珍しいな。 俺とハルは、また顔を見合わせてしまった。 先生は確かに少し奔放なところはあるけれど、基本的な礼儀はしっかりした人だ。 やはり、身体が疲れているんだろうか。 俺は戦闘時にしか術式を使わないからわからないが、治癒や結界の術式というものはかなり消耗すると聞く。 先生と神風さんは昨夜からずっと和穗についていたから、疲労が蓄積していっているのかもしれない。 先生は、そもそも俺やハルたちと一緒に警邏にも出ていたんだ。 疲れていても、無理はない、けど……「行くって、これからすぐにですか?」「そうだけど」「……先生、疲れているんじゃないですか」「はは、みんなそれ言う~」 ケラケラと笑っている先生は、一見すれば少しも疲れていなさそうにも見える。 でも、顔色がいつもよりさらに、少しだけ、白い気がする。 視線は時折うろついて俺を見ることがないし、口元に残っているのはあんこだろうか。 ひやりと、背筋に冷たいものが走る。  普段の先生なら、疲れていても足を正す。 口元に汚れなんか残さないし──俺が近くに居たら、必ず俺を見て、俺に触れようとするはずだ。 何かあった。 まだ、俺には言いにくい何かが。 思わず顔をしかめると、神風さんが小さくひとつ、ため息を吐いた。「先生」 中腰になって、畳を擦るように先生に近付く。 俺の声に気付いた帳先生は顔を上げたが、やっぱり少しだけ視線が合
last updateLast Updated : 2026-02-16
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第十一話 ③

 今度はちゃんと、視線で俺の顔を見ている。「なぁに、どうしたの」 「饅頭でも食べましたか。口元が汚れてます」 「うっそ。気付かなかった」 「急いで口に詰め込みすぎたのでは?」 「美味しかったよ」 「いや、そうじゃなくて」 そのまま、刻印から指を滑らせて唇から少し離れた、頬に近い位置にくっついている茶色い饅頭の皮をとってやる。  濃い茶色の薄皮は、先生の真っ白な肌の上ではやけに目立っていて。  甘い物好きな先生が饅頭を食べるのには違和感を持たないが、頬についていたカスに気付かないのはやはり、違和感だった。 けれど、隣に座っていつものように刻印に触れていると、段々と先生の身体から力が抜けていくのが分かる。  今度こそ身体を支えていられなくなったのか背中を壁に預けて、けれど足はスルスルとたたまれた。  俺は、冷たい壁に預けられた背中を己の方に引き寄せて、支えてやる。  やはり疲れが出ていたんじゃないか。  さっきまでのは、強がりだったのだろう。「……帳さん、やはり今日は休んだ方がいいのでは」 「だめー。早めに行かないと、これ以上後手には回れない」 「なんの話です」 「これから行く先の話~」 「先生めっちゃ疲れてんじゃないの?」 「んー、なんか、ソウちゃんが来たら元気出てきたかも」 ぽかぽかだよねー、なんて言いながら身体を預けてくる先生に、また違和感を覚える。  そうだ、ソウちゃん。  俺が二十歳を越えた頃からは「ソウくん」と呼んでいたのに、さっきから先生は俺のことを「ソウちゃん」と呼んでいる。  子供の頃の、呼び方。  気まぐれな先生なら好き勝手呼んでいても不思議ではないのに、何故かそこがひっかかる。「ど、どこに行かれるおつもりですかっ。わ、わたしも行くん、ですよね?」 「そうだよ~。日向子ちゃんも行くの」 ふら、と、先生が指先を日向子に向けた。  空中でふわふわ動く指先は、やがて胸元にしまわれていた紙に触れ、広げられる。  何か
last updateLast Updated : 2026-02-18
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第十一話 ④

「……は?」 ニコニコと笑いながら驚くべきことを言い放った先生に、俺は先生に触れていた手をピタリと止めた。 日向子とハルも目を見張っていて、どちらも口をぱくりと開けたまま、何も言えないでいる。 僕の実家。 実家、とは、自分の生まれた家を意味する言葉だ。 俺なら、帝都から電車で十銭ばかり離れた山に近い町の、薬屋。  すー、と息を吸い込んで、長く長く、時間をかけて吐き出す。 落ち着け、と、小声で言うと、声が届く範囲に居た先生がケラケラと笑った。 笑い事じゃない。 いや、先生にとっては笑い事──なのか?「先生は昔……この帝都には火族が五家ある、って、教えてくれましたよね」「言ったねー」「その五家目は夜住との戦いで滅んだ、と」「嘘は言ってないよ。もうあそこには簡単にはいけないし、火種も消えてる」「……どどどういうこと、ですか?」 混乱して瞬きの多くなった日向子が、神風さんに助けを求める。 神風さんはさっきから冷静で、先生の突然の告白にも驚いていないようだった。 つまり神風さんは多分、なんらかの答えを、持ってる、はずじゃないか、と。 俺とハルも、神風さんを見た。 神風さんは、ぎゅーと寄せた眉間に指先を押し付けると、さっきの俺みたいに長くため息を吐く。 「火族の原則は、火種を維持し続けることだよ。けれど、帳さんのお家は、火種を消されてしまったんだ」 火族四家は、自分の家の火種を守り、火種を灯守に委ねることで術式を使い夜住を倒す。 だが先生の家はその火種を失い、領地を守ることが出来なくなったのだと、神風さんは言う。 だから残りの四家で空いた穴を埋めるように領地を拡大したり動かしたりしたが、どうしても隙間は残ってしまったのだ、と。 それがこの地図の、隙間だ。「この隙間にね、ウチの封庫があんの。そこに、八岐之大蛇に関する資料が残ってるはずなんだよね」
last updateLast Updated : 2026-02-20
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第十二話 過去、岐路、疑問

「本当はもうちょっと様子見をしようと思ってたんだけど、昨日の爆発事件といい、擬態する夜住といい、ちょっとおかしいでしょ。火種に守られてる刀主が乗っ取られるなんて、普通はありえない」「それが、八岐之大蛇に関係あるって?」「まー元々残り時間は短いと思ってたし、いつかは行かなきゃいけない場所だしね。懸念事項を1つでも消していくのは、今のソウちゃんにも悪くないんじゃないかなって」「……残り時間?」 黙って話を聞いていたけれど、聞き捨てならない言葉につい、声が漏れる。 先生に色々と聞いていたハルも、ぎゅっと唇を噛み締めて黙った。 残り時間。 嫌な言葉だ。 先生は、俺とハルがじっと自分を見ていることに気付いていないのか、頭を少しフラフラとさせてから首を傾げて、不思議そうに俺を見た。 一度、二度。先生が瞬くたびに、目の色が揺らいでいる気がする。 真っ白なはずなのに、俺を見る目の色に──本来は光がさしているはずの瞳孔が、おかしい。 また、背筋がひやりとした。 頭の奥は熱を持ってドクドクと血が流れている音さえ聞こえそうなのに、先生の体温が触れているはずの場所ばかり、冷たい。「あ、帝都が滅ぶとかそういうんじゃないよ?」「じゃあ、なんだというんです、か」「うーん、そうだなぁ……」 先生が、グッと俺に体重をかけてくる。 背筋を延ばして、凝り固まった身体をほぐすかのように、身じろいだ。「まっ、今すぐどうこうなるようなモンじゃないよ。とにかく今は、大蛇の資料を──」「先生」 先生はそのまま、俺に体重を預けたままだ。 重くはない。先生一人の体重で揺らぐような、身体の作り方はしていない。 でも、俺は自分の腕が少しだけ震えていることに気付いた。 その手に、先生がそっと手を乗せてくる。 何も言うなとでも言いたげなその手に、俺はグッと呼吸を飲み込んだ。 聞いたらもう、知らなかった頃には戻れない。 遠回りにそれ
last updateLast Updated : 2026-02-22
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第十二話 ②

 十年と、少し前のことだ。 雨が降り、舞い上がった雪が霧のようにけぶる日に、そこだけ花が咲いているかのように真っ赤な男が倒れていた。 一瞬俺は、その赤さに驚いて怖気づいて、どうせもう死んでると決めつけて、逃げようとした。 けれど、その人が持っていた白銀の刀を見て──その刀がてのひらの皮膚に凍りついているのを見て、どうしてか「あの人に触れなければいけない」と思った。  流れ出る血液の湯気が不気味で、呼吸をしているのかも分からない血まみれの男。 その赤い血もざぁざぁと降る雨に流されて、土に混じって泥になろうとしていた。 雨除けの外套はすっかり油が落ちているのか少しも水を弾かず、身体に張り付いている。 嗚呼あの人は、このままでは死んでしまう。 そう思って、俺はドキドキとしながらその人に近付いた。 意識があるのかは、よくわからない。 わずかに吐き出す呼気がほんの少しだけ白く濁ったのを見て、生きているのだと理解する。 けれどその表情が──髪も肌も、着物も真っ白なその男が薄く開いた瞳が、やけに嬉しそうに見えて。 まるで、やっと死ねると思っているかのようで、俺は思わず、刀の貼り付いた手に手を重ねていた。 「だいじょうぶ?」 話しかけた瞬間に、冷たくなっていた指先がピクリと動く。 聞こえている。 どうしてか泣きそうになりながら安堵の息を吐いて、俺はぎゅっと、割れた篭手をつけたままの手を握った。「ねぇ、いきてる?」  薄く開いたままだった目が、どこか青みがかっている白い瞳が、ゆっくり動いて俺を見た。 血が紅をひいているように見える唇が少しだけ動いて、何も言わずに閉じられる。 青っぽい白い瞳は、俺を見ようと細められて、そのまま空を見た。 冷たい雨の落ちてくる空。 けれどもう朝になろうとしているのか、黒い雲の上が赤みがかっているように見えた。「……このへんの、子、かい……?」「うん」「&
last updateLast Updated : 2026-02-24
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第十二話 ③

「しんじゃ、だめだよ」 俺は、ぽろぽろと泣きながら白い人の頬に手を当てた。 ぬるりと赤い血液が手に絡みついて、頬は冷たいのに血液はあたたかいのが、とても不思議だった。 男の人は何とかうっすら開いていた目を閉じて、すぅと深く、息を吸う。 あったかい。 唇からほんの少しの音を乗せて、男の人はそう言って、ちょっとだけ笑った。  それだけのことでなんであんなに泣けたのかは、わからない。 わからないけれど、幼い俺はその言葉が凄く悲しくて、ベソベソ泣いた。「ねぇ、しなないで」 溢れた涙とか鼻水が男の人に落ちてしまうとか、汚してしまうとか。 子どもだった俺には、そんなことを考える余裕もなくって。 ただ「しなないで」と言いながら、わぁわぁ泣いた。 最早、男の人の刀を掴む手には、力は入っていない。 しかし指先がほんの少し動いて、子どもの手をそっとつまむ。 まるで俺の体温を確かめるような動きに、俺はぎゅうと刀の柄ごと男の人の手を握った。  あぁそうだ、と思う。 あの時から、その人は──先生は、俺の身体のどこかをよくつまんだものだ。 指先に、頬に、袖。 目元や鼻先をつままれた時には、俺も仕返しに同じ場所をつまんでやったものだった。  結局あの後、俺の泣き声に気付いた両親に助けられて先生は命を拾った。 けれど、成長した今考えれば、おかしなことだらけだ。   なんで、刀持ちが一人であんな場所に居たのか。 先生が五家目の家の人間だとするなら、部下か灯守が近くに居てもおかしくはなかったはずだ。 なのに先生は一人で、全身を真っ赤に染めて、死にかけていた。 まるで何者かに体温を全て奪われたような、冷え切った身体。 でも俺の生家で保護された後、先生は高熱を発して数日間意識すら戻らなかった。「先生」  ノロノロと先を歩く先生の背に、声を掛ける。 夜間に降り積もった
last updateLast Updated : 2026-02-26
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第十二話 ④

「──神守先生」「神守はもうないよ」「だって、返事してくれなかったじゃないですか」「あれ、意地悪されてたかぁ」「意地悪じゃ、ないですよ」 俺は子どもだった。 幼かった。 目覚めた先生に言われた言葉の意味もわからず、連絡を受けて迎えに来た明神の遣いが両親に頭を下げているのも、ぼんやり見ているしかなかった。 でも、あぁ、ただ── ただあの時、「一緒に行けば、この人と離れなくてすむのかな」なんて、それだけを考えていて。 その何も考えなかった結果が、今だ。「先生、俺は」「いつもみたいに呼んでよ」「……帳先生」「はぁい」 先生は、やっと振り返ってにっこりと笑った。 その笑顔が嬉しくて、でもその瞳が俺を見ているようで見ていないのにも、気付いてしまって。「先生、俺は──俺は、あなたを助けられますか」  無意識に、右目をぎゅっと、おさえていた。 ──俺は、あなたを助けられますか。 その問いに、帳先生は答えてはくれなかった。 いつもの仮面みたいな笑顔を浮かべて、軽く口を開いてからまた閉じて。 そうして「早く帰ろ」とだけ、言った。 明神に戻っても用意するのは新しい防寒具と、先生に持っていけと言われた懐紙と飲み水くらいのもの。 先生は腰に下げた革鞄に簡単な食べ物をぎゅうぎゅうに押し込んで角灯の火種を新しくしていたが、それだけ。 他に何かを用意する前に神風さんと日向子が車で到着して、俺たちはそのままその車に乗って神守の領域に向かった。 刀主様に挨拶をする時間も、先生と2人きりで話す時間もない。 先生は助手席に座っているから、こちらからは横顔を伺うことしか出来なかった。  先生は、何か隠している。 いや、隠しているというよりも、俺に言わないんだ。 俺がまだ、先生の中で子どもだからなのか。 それと
last updateLast Updated : 2026-02-28
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