「明里!」克成は慌ただしい足取りで明里の前に回り込み、その行く手を塞いだ。彼は、明里が自分の言葉に揺れる瞬間を見たかった。だが、目の前の明里の表情は、ただ静かで、少しの動揺すら読み取れなかった。「上杉さん。あなたが豪放で、正々堂々とした人が好きなのは分かってる。でも、あなたの言う通り、私は小さい頃から甘やかされて育ったし、気性もそんなによくない。そんな押し付けがましい真っ直ぐさなんて、私には合わないの」明里は横をすり抜けるようにして去っていき、その一言だけを残した。それはかつて克成が明里に向けて放った言葉そのもので、今そっくりそのまま返された痛みは、想像以上に鋭かった。その夜。明里はダンスカンパニーから電話を受け、新しい役員の歓迎宴に出席してほしいと告げられた。新役員の苗字は、もしかすると「上杉」かもしれないという。本心では行きたくなかったが、同僚たちも参加するというので、散々迷った末に身支度をして家を出た。宴会は地元で最も格式高い料亭で行われ、誰もが「新役員はどの御曹司なのか」と噂しあっていた。明里はそっと横目で隣の安幸を見る。安幸は無邪気な顔で笑い、「先輩、僕だったら絶対先に言うよ。先輩に隠し事なんてしない」と囁いた。その言葉が終わらないうちに、入口から克成が現れた。ダンスカンパニーの幹部たちが酒杯を手に寄り、「上杉さん、ご支援ありがとうございます」と口々に挨拶する。こうした場は克成にとって日常の一部で、通り一遍の社交辞令で適当にあしらうと、そのまま明里のそばまで進んだ。そして手を開く。掌の隙間から落ちたのは、お守りのペンダントだった。「明里……俺は間違っていた。もう一度だけチャンスをくれないか。今度こそ、誰にも……俺たちの子を傷つけさせない」それは、克成が作り直したお守りだった。彼はずっと躊躇していた。明里の前でこれを差し出す勇気がなかったのだ。今夜の宴を利用し、自分の苗字を匂わせてまで彼女を誘ったのは、もし来てくれるなら関係修復の可能性があると信じたからだ。だが、「上杉」という苗字の人間は世の中に何人もいる。明里が去ると決めたなら、そんな示唆で心を動かされるはずがない。その単純な事に、克成は気づいていなかった。克成の告白に、周囲の幹部たちはにやりと笑い、騒ぎ立てた。だが明里の
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