「遥さん、この企画案、社長がお急ぎなんです。悪いんですけど、必ず退社前までに終わらせてくださいね」丸山隼人(まるやま はやと)の秘書、木村泉(きむら いずみ)がにこにこしながら、分厚い書類の束を私の机に放り投げた。私はもう慣れたので、「わかりました」とそれを受け取る。でも泉はまだ満足していない様子で、笑いながら言った。「この後、私は社長と接待があるので、それが終わったら彼の机に置いてください。あ、そう、帰る前に社長室の掃除もお願いしますね」そう言って、彼女はハイヒールを鳴らしながら、とても機嫌がよさそうに背を向けて去っていった。同僚たちは、哀れむような目で私を見ている。どんな言葉をかければいいのか、わからないといった顔だった。社長の隼人が私の婚約者なのに、秘書の泉をものすごくひいきしていることは、誰もが知っている。隼人は以前、泉を他の会社から特別に引き抜いてきて、いきなり営業部の部長にした。それだけじゃなく、私が1か月かけて契約を取り付け、さらに1か月以上徹夜して完成間近だった数億円の大きなプロジェクトまで、彼女に渡してしまった。私が納得できずにいると、隼人はみんなの前で投票をして、プロジェクトの担当を決める、と言い出した。隼人はみんなが自分に従うと思っていた。でも結果は違った。皆がこぞって私に投票してくれた。泉の手に握られていたのは、彼が入れた哀れな一票しかなかった。すると隼人はすぐに激怒して、私が会社で派閥を作っている、となじった。プロジェクトが私に戻ってくることはなく、それどころか、彼はみんなの前で私の役職を解き、私を支持してくれた同僚全員の給料まで下げた。みんな怒りを感じていたが、何も言えなかった。後になって隼人は私に謝ってきて、泉が社内で孤立しないように、わざとやったんだと説明した。最初のころはそれを信じていたが、今では、ただ笑えてくるだけ。泉の仕事ぶりは、新人のインターンにも劣るくらいだから。彼女を守るためなのか、ただのえこひいきなのか。同僚はみんな気づいている。認めていないのは、隼人自身だけだった。上の階で物音がして顔を上げると、階段のところに隼人のすらりとした姿が見えた。彼はちらっと私の方に視線を向けただけで、すぐに背を向けて出ていった。カジュアルなスーツに着替えていて、シダーウ
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