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第5話

Author: 猫ちゃん
私が問い詰めると、隼人はすぐに仕事のためだったという証拠を突きつけてきた。そして、ここぞとばかりに私を嫉妬深い、心が狭いと責め立て、私への当てつけのように、堂々と泉を家に連れてくるようになった。

私に対する泉の挑発的な態度と敵意は、うすうす感じていた。

でも二人の関係は普通で、一線を越えているようには見えなかった。

時間が経つにつれて、私は自分を疑うようになった。

毎日、自分が間違っているんじゃないかって反省していた。でも今思えば、そんなことを考える時間があったら、何をやったって成功できたはず。

翌朝、隼人は泉の昇進と、私の降格を正式に発表した。

発表するとき、隼人は少し警戒していた。でも私が終始何事もなかったかのようにしているのを見て、ようやく私が本当に受け入れたんだと信じたようだった。

彼は上機嫌だったし、私の気分も悪くなかった。

その後の数日間、隼人が泉のためにお祝いパーティーを開いている間、私はビザの申請をしていた。

あの二人が遊園地で息抜きをしている間、私は荷物の整理をしていた。持っていくものは、スーツケース一つにも満たなかった。

二人が接待の席で、はやし立てられている間、私はすべての仕事の引き継ぎを終わらせた。

……

2日後、会社での最後の日。私は人事部で最後の手続きを終えた。

「帰る前に社長室へ寄ってください。社長がお呼びです」

人事部長の小川玲奈(おがわ れな)は、顔も上げずにそう言った。

断ろうかと思った。でもよく考えたら、私は今夜ここを離れるのだ。もし隼人がいつものように泉と出かけて帰ってこなければ、これが最後に顔を合わせる機会になる。

5年間も一緒にいたんだから。お別れには、それなりのけじめが必要でしょ。

そう思い、私は階段を上がって社長室へ向かった。

ドアを開けようとしたとき、ガラス張りの壁の向こうに、ソファに座っている隼人の姿が見えた。その膝の上には、ロングドレスを身にまとった泉が、頭を乗せていた。とても親密な様子だった。

隼人が何かを言うと、泉は口元を押さえて、笑いが止まらないようだった。

私は足を止めた。

入るのをやめようか考えていると、先に泉が私に気づき、「きゃっ」と声を上げて慌てて起き上がった。

「遥さん、どうしてここに来たんですか?」

隼人の顔にも緊張が走った。彼は乱れたスーツを慌てて直し、私に向かって怒鳴った。「遥、誰が入っていいと言った?!

俺の許可なく、上の階に来て邪魔をするなと言ったはずだ!」

そのルールは、前に隼人が言っていた。

でも、もともとのルールは、「木村さん以外は、誰も許可なく上の階に来てはいけない」というものだった。

以前は、泉だけ特別扱いしてくれているんだと思っていた。でも、こういうことのためだったんだと、今やっとわかった。

まあ、どうせ辞めるのだから、今さら驚きもしない。

私は静かな声で言った。「小川さんに、用があるからと、呼ばれた」

隼人は冷たく鼻を鳴らし、大股で机まで歩いていくと、内線電話のボタンを叩きつけた。2分もしないうちに、玲奈が上がってきた。

「こいつに俺が用事があるって言ったの、君か?」と、隼人が冷たく問い詰めた。

玲奈はただならぬ雰囲気を察した。隼人の冷たい顔と、その横で悔しそうにしている泉を見て、緊張のあまり言葉も出ないようだった。そして、やっとのことで「覚えていません」と言った。

「ふん」

その言葉を聞くと、隼人は「ほらな」と言わんばかりの顔で、私を冷たい目でにらみつけ、皮肉たっぷりに言った。

「遥、面白いか?

やっと聞き分けがよくなったかと思えば、結局こんなに腹黒いとはな。そんなに俺が信用できないなら、いっそ上の階に引っ越してきて、四六時中俺を監視したらどうだ?

それか、俺の体にカメラでもつけて、お前の好奇心を満たしてやろうか」
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