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第10話

Author: 猫ちゃん
「遥には、ほんと参ったよ。俺が女にここまで折れるなんて初めてだぞ。光栄に思えよ。

俺の泉に対する我慢強さなんて、お前に対するそれの十分の一にも満たないんだからな……」

隼人がまた得意げに話し続けようとするのを、私はさえぎった。

「勘違いしないで」

私はそばにあった書類を取り出し、カメラの前に突き出した。「私、移住した。もう二度と帰らない」

……

電話を切ったとき、向こう側の隼人はまだ状況を理解できていないようだった。

彼は呆然と立ち尽くし、手の中の指輪ケースが床に落ちる音がした。

でも、わかってる。

隼人はすぐに状況を理解するだろう。

そして、すぐに立ち直る。

彼が泉をかばって、私にあれこれ意地悪をしていた時から、いつかこうなることはわかっていたはずだ。

隼人の一件は、もう私の心に影響しなかった。私はその電話のことを忘れ、研究に全身全霊を注いだ。

私が本気で別れる気だとわかったのか、隼人はもう私を取り戻そうとはしなかった。

彼は気兼ねなく泉とあちこち旅行に行き、ラブラブな様子をSNSで自慢しはじめた。

私たちはそれぞれの道を歩んでいた。

彼らがプロジェク
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  • この花が咲く頃、君はもういない   第12話

    その言葉を聞いて、隼人は固まった。「私たちがやり直したら、会社は私たちのものになる。正当な権利を守るのに、ためらう必要なんてないよ」私は彼の手にスマホを押しつけた。隼人は、なかなか通話ボタンを押さなかった。「遥、泉はまだ若いんだ。会社に貢献したとは言えなくても、それなりに頑張ってはくれた」「じゃあ、私は?」私はあざけるように彼を見つめた。「私が受けた屈辱や損害は、このままうやむやにするの?それに、彼女が今も自由にしているのに、あなたたちはもう何もないなんて保証できるの?でも、彼女を刑務所に入れれば、私も何の心配もなく、あなたと一緒にいられる」私は隼人の耳元でささやいた。まるで悪魔のささやきのように。隼人は私を見つめた。その言葉が、彼に勇気を与えたようだった。隼人は深く息を吸い込んで、歯を食いしばり、通話ボタンを押した。「もしもし……」でも、電話がつながった瞬間、110番のオペレーターが言葉を終えるのも構わず、隼人は突然通話を切り、スマホを投げ捨てた。「だめだ、遥。他のことなら何でも聞く。でも、これだけはだめだ。泉の一生に関わることなんだ。もし本当に刑務所に入ったら、彼女の人生はめちゃくちゃになってしまう!」私は笑った。彼の選択は、とっくにわかっていた。ゆっくりと歩み寄り、腰をかがめてスマホを拾った。「まだわからないの?結局、二股状態は変わらないんだよ。窮屈じゃない?隼人、あなたの愛は、なんか気持ち悪いんだよ。純粋じゃない。彼女を選ぶと決めたなら、もう二度と来ないで。あなたのためでもあるし、私のためでもある」隼人はまだ何か言いたそうだった。でもその時、一本の電話が鳴り、彼はそれに出ると目を見開き、「ごめん」と一言残して走り去っていった。彼の背中を見送りながら、不思議な気持ちになった。それは、今まで感じたことのないような、すっきりとした気分。胸につっかえてたものが、全部なくなったみたいな感じだった。次の日、あるメッセージを受け取って、ようやくその理由に気がついた。……翌朝早く、前の同僚から連絡があった。彼女の話によると、隼人がひどい交通事故に遭ったらしい。もう少しで命を落とすところだったけど、通行人がすぐに病院に運んでくれて、一命をとりとめたそうだ。驚

  • この花が咲く頃、君はもういない   第11話

    「それで、ここに何しに来たの?」私は隼人を、まるで知らない人を見るように、静かに見つめた。隼人もそれに気づいたようだ。彼は唇をきつく結び、しばらくして口を開いた。「俺、泉と別れたんだ。もう一度考え直した。すべてを捨てて、お前と一緒に海外に来るよ。お前がまだ俺に怒ってるのはわかってる。でも、もう俺は間違ってたって気づいたんだ。国内の会社はなんとか処分する。そして、全部忘れて、俺たち、やり直そう」隼人の固い決意の眼差しを見て、なんだかおかしくなった。「なんとか処分する?それとも、会社はもう倒産寸前ってこと?」隼人のことはもう気にしていなかったけど、昔の同僚が時々連絡をくれて、近況を教えてくれていた。彼女が言うには、私が辞めてからすぐ、泉が担当したプロジェクトで大きな問題が起きて、多額の賠償金が必要になったらしい。隼人と泉はそのために、取引先に頭を下げて回っていたそうだ。最終的に、しつこさに負けた取引先が、もう一度だけチャンスをくれることになった。プロジェクトをやり直す、という条件で。それがちょうど、隼人が私にビデオ通話をしてきた頃だった。まあ、私がそのことを知ったのは、もっと後のことだけど。あの時の隼人が、心から私に謝っていたのか、それとも仲直りを口実にもう一度私を利用しようとしていただけなのかはわからない。でも、もうどうでもいいことだ。その後、泉は以前の失敗を取り返そうと、もう一度自ら手を挙げた。隼人もそれに応えてチャンスを与えたのだが、プロジェクトが終わる頃には、取り返しのつかない事態になってしまった。何百万人ものユーザー情報が流出してしまったんだ。隼人は取引先の損害だけでなく、ユーザーへの賠償もしなければならなくなった。合計すると、少なくとも数億円の負債を抱えることになる。つまり、彼の長年の努力が水の泡になるということだ。まさか私がこの話を知っているとは思わなかったのだろう。隼人は呆然と私を見つめ、唇は震え、大粒の涙が真っ青な顔を伝って落ちた。「ごめん、遥。俺が間違ってた。あの時、お前の言うことを聞いておくべきだった。もう俺を突き放さないでくれ。俺のそばに戻ってきて、もう一度やり直そう。お願いだ」そう言うと、隼人はどさっと私の目の前でひざまずいた。昔の私なら、きっと胸を痛め

  • この花が咲く頃、君はもういない   第10話

    「遥には、ほんと参ったよ。俺が女にここまで折れるなんて初めてだぞ。光栄に思えよ。俺の泉に対する我慢強さなんて、お前に対するそれの十分の一にも満たないんだからな……」隼人がまた得意げに話し続けようとするのを、私はさえぎった。「勘違いしないで」私はそばにあった書類を取り出し、カメラの前に突き出した。「私、移住した。もう二度と帰らない」……電話を切ったとき、向こう側の隼人はまだ状況を理解できていないようだった。彼は呆然と立ち尽くし、手の中の指輪ケースが床に落ちる音がした。でも、わかってる。隼人はすぐに状況を理解するだろう。そして、すぐに立ち直る。彼が泉をかばって、私にあれこれ意地悪をしていた時から、いつかこうなることはわかっていたはずだ。隼人の一件は、もう私の心に影響しなかった。私はその電話のことを忘れ、研究に全身全霊を注いだ。私が本気で別れる気だとわかったのか、隼人はもう私を取り戻そうとはしなかった。彼は気兼ねなく泉とあちこち旅行に行き、ラブラブな様子をSNSで自慢しはじめた。私たちはそれぞれの道を歩んでいた。彼らがプロジェクトの成功を祝い、キャンドルディナーをしている時、私は研究室でプログラムのテストをしていた。彼らがショッピングや人気のレストラン巡りをしている時、私は頭を抱えながら故障の対応に追われていた。彼らが飲み会で酔っぱらって、SNSで交際宣言してみんなから祝福されている時、私はふと研究について新しいアイデアを思いついた。1ヶ月後、努力は報われた。私たちはついに、長年の課題だった「動的な環境変化に対応してロボットが自律的に立つ」という問題を解決したんだ。まだ高額なコストが大きな問題だけど、科学技術の進歩はゆっくりと、でも着実に進むものだ。未来がどうなるかなんて、誰にもわからない。でも、みんなこの日の成功を、心から喜んでお祝いした。その夜、藤田先生はとても上機嫌で、この大きな進展を祝うために5つ星ホテルを予約してくれた。お酒も進み、彼は顔を赤らめて私の手を握りながら、昔のことを何度も語った。私が途中で研究を辞めたことを本当に残念がって、もし私がいたら2年も前にこの課題は解決できていたかもしれないと。そして藤田先生は、後輩たちの前で、私のことを一番優秀な学生だと紹介

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    その後、時間が経つにつれて、彼の興味は次から次へと変わっていった。でも、私は日々の研究の中で、どんどんその世界にのめり込んでいった。この数年、ずっと隼人の会社でロボットとはまったく関係ない仕事をしていた。それでも、暇な時間にはこの分野の進歩を追いかけていた。だから、研究を再開しても、それほど大変だとは感じなかった。その間、隼人から何度かメッセージが来た。私が本当に彼のもとを去るとは思っていないようで、まだやり直すチャンスを匂わせていた。私は返信しなかった。すると隼人は、写真を何枚か送ってきた。泉の人事異動の通知だった。【調べがついた。お前の退職届を承認したのは俺じゃなくて、泉が操作ミスで承認してしまった。でも、彼女は申請したのがお前だとは知らなかったんだ】【もう彼女を裏方の部署に異動させた。二度と会社の業務には触れさせない。お前の機嫌ももう直っただろう】すぐに、泉からも謝罪のメッセージが届いた。長文で、一見するととても丁寧な文章だった。でも、すぐにわかった。それは私を嘲笑う、皮肉なメッセージだったんだと。よく見れば、文面に私をバカにするような意味が隠されている。言うまでもなく、そのメッセージは隼人に言われて書いたものだろう。彼は内容を確認もせず、泉に送らせたんだ。昔は私が何をしても、泉への当てつけじゃないかと疑われた。なのに今、彼女が堂々と私の悪口を言っているのに、隼人は見て見ぬふりをする。私はふんと鼻で笑った。もう慣れっこだし、彼らのために貴重な時間を無駄にするのもバカバカしい。連絡先をすぐに削除した。これで終わりだと思っていた。でも、ある日の深夜、突然隼人からビデオ通話がかかってきた。画面に映る彼は、以前のような自信にあふれた姿ではなかった。顔つきは少しやつれていた。声にも疲れがにじんでいた。「遥、もう意地を張るのはやめてくれないか?もうずいぶん時間が経った。俺たち、仲直りしよう。な?」彼の、まるでへりくだるような口調に、少し戸惑ったと同時に、おかしくなってきた。今になっても、私がただ意地を張って怒っているだけだと思っているんだろうか。「お前を引き留めなかったのは、どうでもいいからじゃない。お前が旅行に出かけてるって知ってたから、少し頭を冷やす時間が必要だと思ったんだ

  • この花が咲く頃、君はもういない   第8話

    今回、私は彼に呆れるのではなく、スマホを取り出した。「そのセリフは、警察に言って」隼人ともめるつもりはなかった。でも、もし彼がごねるなら、徹底的にやる覚悟はできていた。私が本当に警察に電話をかけたのを見て、隼人は顔色を変えた。彼はすごい勢いで私のスマホを奪い、通話を切った。「遥、気でも狂ったのか?」「​狂ってないよ。ただ、あなたの言うことが法律的に認められるのか、聞いてみたいだけ」私が本気で一歩も引かない姿は初めてだったんだろう。隼人は慌てだした。彼は唇をきゅっと結んだ。「わかった、遥。もうやめよう。お前が泉のことを気にしてるのはわかってる。明日から、彼女とは二人きりで会わないようにする。それでいいだろ。それから、結婚式だ。今すぐ予約する」隼人はスマホを取り出した。「このブライダルプロデュース会社、ずっと前から見てたんだ。今回の出張から帰ったら、お前と結婚式のことを話そうと思ってた。ほら……」そう言って、彼はスマホを私の前に突き出し、担当者とのチャット履歴を見せてきた。私はちらっと目をやった。確かに、隼人が担当者と結婚式についてやり取りしている記録だった。でも、途中に一つ、彼が担当者に青色系のウェディングドレスと衣装があるか尋ねる一文があった。確か、青は泉の一番好きな色だったはず。そして私は前に、青が一番嫌いな色だと隼人に伝えていた。じゃあ、この結婚式はいったい誰のためのものなんだろう?考えるまでもなく、答えはわかっていた。私は鼻で笑って、静かに言った。「もういい。夜の便に乗るので、用がないならこれで失礼する。家の鍵は郵便受けに入れておいた。これからは、よほどのことがなければ連絡しないで。できれば、用があっても連絡しないでほしい」そう言うと、彼を無視して、私はまっすぐ部屋を出ようとした。ドアを開けたとたん、ドアの前で盗み聞きしていた泉が前のめりに倒れ込んできた。「ごめんなさい、社長、遥さん。お二人が私のせいで喧嘩してるんじゃないかって心配で、それで私……」彼女はうろたえた様子で、悔しそうな顔をした。「遥さん、さっき、私のせいでここを出ていくって聞きました。そんなことしないでください。社長はあなたをすごく愛してるし、あなたなしではいられないんです。私から謝ります。今日、

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    隼人は、かすかに体をこわばらせた。そして、泉の目はきらりと光った。口の端には、してやったりっていう笑みが浮かぶ。すぐに元に戻ったけど、私にははっきりと見えた。「遥さん、その言い方はちょっとひどいですよ。二人は、その……」「もういい、泉。君は先に外してくれ」泉が言い終わる前に、隼人が冷静な声でさえぎった。泉は言いたいことを飲みこんだ。そして、隼人に怒らないでって殊勝なことを言って、満足そうに階下へおりていった。彼女がいなくなると、隼人は冷たい目つきで私をにらみつけた。「遥、いい加減にしろよ。結婚してやるって言ってるのに、これ以上何を騒ぐんだ?別れるなんて言葉は撤回しろ。それから、退職届にサインはしない。今すぐそれを破り捨てろ。そうしたら、何も見なかったことにしてやる」隼人の自信満々な様子を見て、私はおかしくなった。そして、なんだか悲しくもなった。彼がこうなったのは、これまでの私が甘やかしてきたせいだって、わかってる。今までもこういうことは何度もあった。でも、いつも隼人が折れてくれるから、私も素直にそれを受け入れて、仲良しのフリを続けてきたんだ。穏便にすませることで私たちの関係を保とうとしてた。でも、いつまでも私が怒らないでいると、彼をどんどん図に乗せるだけだって気づかなかった。隼人は泉の行動を気にかけるくせに、私のことは全部無視。今になっても、彼が私の退職届にサインしたことすらわかっていない。私はふっと笑って、退職届を隼人の目の前に突きつけた。「でも、もうサインしたよ。手続きも引き継ぎも全部終わらせてあるので、今日で辞められる」最初、隼人は気にもとめていなかった。でも、退職届にある自分のサインを見て、顔色が変わった。「遥、お前は俺のサインを偽造したのか?」彼の言葉に、思わず笑ってしまった。「あなたが自分でサインしたのよ」「ありえない!こんなものにサインした覚えはないぞ!遥、わかってるのか?サインの偽造は法律違反だぞ。俺が本気になれば、警察を呼ぶことだってできるんだ」隼人はスマホを取り出して、警察に電話をかけるフリをした。これが彼の切り札だった。前は泉のことでも他のことでも、会社で大もめになると、いつも警察を呼ぶって言って私を脅してきた。隼人は私が警察を怖がると思

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