All Chapters of 妊娠中に追放された皇太子妃ですが、無骨な武将に溺愛されています: Chapter 31 - Chapter 32

32 Chapters

32. 呼び出し

昼過ぎの城門は静かだった。静かすぎた。往来はある。商人が通る。荷車が軋む。子供の声も聞こえる。だがどの顔もどこかうつむき、足は速く、目が合わない。水路の噂が広まってから、都はずっとこうだ。笑い声が消え、市の喧騒が薄れ、人々は何かに追われるように家へ帰っていく。楚凌は門の脇に立ち、その顔を一つ一つ見ていた。——お前たちは、何を恐れている。答えは分かっている。蘭珠が寝込んでいた。昨夜から熱が続いている。朝、出がけに顔を見た。青白い顔だった。腹に手を当てたまま、目を閉じていた。医者は「安静に」と言って帰った。周蘭が側についている。自分がいても何もできない。だから門に立っている。立ちながら、考えている。あの女が怖がっているのは熱のせいだけではない。噂のせいだ。かつての夫が何をしたか、それが都中に広まっている。腹の子の父が何をしたか——蘭珠はそれを、熱の中で一人抱えている。俺には何もできない。その事実が、立っているだけの自分の足元に、じわりと沈んでいく。「楚凌殿」声がした。振り返ると、宮城の紋を入れた装束の使者が立っていた。息が乱れている。走ってきたのだろう。その顔が妙に強張っている。「皇太子殿下が、お呼びです」一瞬、息が止まった。「……俺を、か」「はい。至急とのことです」理由は告げられない。使者も知らぬのか、言えぬのか。その目は泳いでいる。楚凌は隣の同僚を見た。同僚が小さく頷いた。その目に浮かぶのは、同情か、それとも覚悟か。「参る」---都の大路を、使者の背を追って歩いた。宮城まではしばらくかかる。なぜ呼ばれたのか。皇太子が門番を呼び出す理由など、まともなものは思い浮かばない。蘭珠を取り戻すつもりか。 あの子を、自分のものにしようとするのか。 それとも——奥歯を噛んだ。大路の両側に店が並んでいる。いつもなら活気に満ちた通りだ。だが今日は客の声が少ない。店の者が軒先に立ち、行き交う人を見ている。その目は暗い。路地の奥で、老婆が何かを囁き、隣の女が黙って頷く。街全体が、息を潜めている。かつて楚凌が守ろうとした街だ。北の戦場で血を流し、そのために剣を振るった。その街が今、こんな顔をしている。足が重い。宮城の外壁が見えてきた。近づくにつれ人影が減り、空気が変わる。使者が近衛に何かを告げ、楚凌は通された。
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33. 揺らぐ意志

扉が閉じられる音が、重く響いた。その余韻がいつまでも耳の奥に残り、楚凌は一歩進みながら、室内に満ちる空気を確かめるように静かに息を吸った。広い執務室だった。窓は開いている。だが風はほとんど入らない。夏の熱が淀み、動かない空気が、この場の緊張そのもののように張りついている。机の向こうに、景炎が立っていた。数日ぶりに見るその姿は、外見だけなら変わらない。だが楚凌の目には、どこか歪んで映った。顔色は悪く、目の下には影が落ちている。それでも背筋は崩れていない。その不自然な整い方が、むしろ無理をしていることを際立たせていた。「……来たか」低い声だった。楚凌は膝をつく。「お呼びと伺い、参上いたしました」言葉は整っている。だが、その奥にあるものまでは整えきれていない。沈黙が落ちた。景炎はゆっくりと、値踏みするように楚凌を見下ろす。「門番の仕事はどうだ」唐突だった。「……職務を果たしております」「そうか」わずかに口元が歪む。「後悔しているのではないか。将軍から門番に落とされるなど、そうそうあることではない。門番の仕事など、退屈で仕方がないだろう」軽い調子だった。だが、その軽さは刃のように薄い。楚凌は顔を上げない。「殿下の命に従うまでです」「随分と従順だな」景炎が一歩、歩み寄る。靴音が静かに響く。その一歩ごとに、かつての主従の距離が別の形に変わっていくようだった。「かつては、もう少し歯向かう男だったと思っていたが」「私は以前と変わらず、瑞華国に忠誠を誓っております」わずかに言葉を整える。「俺にではなく、国に忠誠を誓っているか」景炎の声が低く沈む。「ならば……俺がこの国に仇なす存在となれば、俺を殺すのか?」空気が止まった。楚凌は答えない。答えを持たぬわけではない。だが、その答えはここで口にすべきものではないと知っていた。沈黙が落ちる。景炎はその沈黙を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。「……都の様子はどうだ」楚凌は、ゆっくりと顔を上げる。視線が正面からぶつかる。「殿下は、ご自身が民にどう思われているとお考えですか」静かな声で返す。一瞬で空気が張り詰める。景炎の目が細くなる。「質問をしているのは俺だ」「承知しております」視線を逸らさない。「ですが、その問いの答えは、殿下ご自身がすでにご存じの
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