《偽物クズ夫に別れを告げ、スパダリと政略結婚します》全部章節:第 211 章 - 第 220 章

485 章節

第211話

柊馬は真っ黒な瞳で修治を直視していた。その言葉の威圧感ときたら、修治をさらに上回っていた。「何を言っている?」修治は少し驚き、すぐに不機嫌そうに怒りを表した。柊馬は小さい頃から父親である修治と仲は良いほうではなかったが、それでも柊馬は親や年配者に対する敬意を忘れたことはなかった。彼が修治と二人の意見や見方の相違があった時でさえ、誰かの前では父親の面子を潰すような真似はしなかったのだ。しかも、今息子の嫁の目の前でだ。「柊馬さん、そんなふうに言わないで……」一花は柊馬と父親が衝突するのは望まなかったが、柊馬は納得がいかないようで眉間に皺を寄せ自分を見つめるのを見て、心の中から感動する気持ちがさらに上回った。「俺は自分のことは自分でどうにかするから、父さんは余計な心配はしなくていい。もうこんな時間だから俺たちは失礼するよ」柊馬はそう言うと、もう修治のほうへ顔を向けることはなく、一花の手を引いて去ろうとした。「柊馬!」大声で怒鳴られても、柊馬は立ち止まることはなかった。一花は後ろを振り返ろうとしたが、柊馬が無理やり彼女を懐に抱き寄せた。敬子はこの状況に、急いで美穂に目配せをした。美穂はすぐに修治の腕に手を絡めた。「もう、修治さん、子供たちの事には口を挟む程度でいいのよ。そんなに本気にならないで」「あまりに身勝手すぎるぞ。本当に結婚して親の言うことを聞かなくなってしまった。西園寺一花は災いのもとだ!」修治は柊馬の態度にあまりに腹が立ち、その怒りを一花にぶつけていた。彼は美穂の手を振りほどき、先にさっさと書斎に戻ってしまった。一花は柊馬に無理やり連れられて、伊集院家の邸宅から出てきてしまい、とても心配だった。「柊馬さん、お父様もあなたのことを心配しているんです。こんな形で出てきてしまっては、失礼じゃないですか?」「あの男は俺の心配なんてこれっぽっちもしてない。彼は俺の思いなんて一切無視して、自分が認めたことしか受け入れられないんだ。君も彼の考えなんて気にする必要はないよ。どうせ、伊集院家で一花さんは俺の祖父母と仲良くしていればいいんだ」柊馬は冷たく淡々とした口調でそう言ったが、一花には彼が物寂しげに落ち込んでいるのを感じ取った。それでも、優しく彼の肩を撫でることしかできなかった。家に帰る途中、一花は敬子
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第212話

夜も更けて外は真っ暗になり、屋内の明りも消えている。全面ガラスに取り付けられたカーテンの隙間から星の見えない街の明りが注いでいた。一花はベッドに横になってもまだ眠気はなかった。後ろから柊馬に抱きしめられ背中が重たくなるのを感じ、柊馬の冷たい呼吸が伝わってきた。「眠れませんか?」一花は後ろを向くことなく、小声で尋ねた。彼女がお風呂に行っている間、柊馬はゲストルームに戻っていた。さっき、一花はその部屋の電気が消えているのを見て、彼はてっきりもう寝てしまったかと思っていた。「うん、君を抱きしめて寝たいんだ」柊馬は低く、少し気だるげな声を出した。普段と同じく感情の起伏のない声ではあったが、一花には彼が甘えているのが分かった。一花は口角を上げた。「柊馬さん、今日は私をかばってくれてありがとう。それにお父様にまで私のためにあんなふうに言ってくれて……あなたにとっては簡単なことじゃないって分かっていますよ」柊馬は少しの間黙っていて、彼女に回した腕に力を込め、さらに強くぎゅっと抱きしめた。「俺にお礼なんて必要ないよ」柊馬は相手に気づかれないくらい悲しそうに言った。「だけど、俺は今日……本当に嫌な気持ちだった」「私のせいで?」その言葉に、一花は少し気持ちが沈んだ。やはり彼は自分の過去のことを気にしているのだろうかと思った。「君が誰かのせいで嫌な思いをしてきたのに、俺が傍にいなかったから、だから……」彼は適当な言葉が見つからないかのように、言葉を詰まらせながら言った。「……つらいんだ。君のつらかった過去を切り取って消し去ってしまいたい。それか、もっと早く君に出会っていれば」「もう過ぎたことですから」一花は柊馬のその言葉に心が温かくなるのを感じた。彼女が振り向くと、ちょうど鼻先が彼の下あごの部分につき、呼吸がさらに軽く優しくなった。「今はもうあなたがいるじゃないですか?」「過ぎたことだとしても、なかったことにはならない」柊馬の声はさらに沈み、感情を必死に抑えているように聞こえた。「君のことを思うと苦しいんだよ」彼はとてもゆっくり、はっきりとそう言った。すると一花は胸がきゅっとし、心の中に何か熱いものが込み上げてくるのを感じた。柊馬が自分の過去を知ってから、ここまで心を痛めてくれるとは今まで思ってもいなかった。そうでは
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第213話

「柊馬さん……」一花は自分が完全に彼に、はまってしまったのを感じた。どのように反応すればいいか分からず、ただ彼の頬にすり寄って、目を閉じることしかできなかった。一花はあの過去のせいで、もう感情を揺さぶられなかったが、柊馬の自分に対する態度がそれを諦めさせてしまいそうだった。彼が自分を大切にしてくれる態度が、感情をもうコントロールできなくさせてしまった。将来いくら傷つこうとも、ためらわずに真心を彼に差し出したいと思わせた。……翌日、空が少し明るくなった頃、一花は柊馬のキスで目を覚ました。彼女が目を開けると、彼はすでに服を着替えてベッドの端に座り、彼女の手を握っていた。「起きて、今日は君を連れて行きたい場所があるんだ」「どこに行くんですか?」一花はベッドヘッドに置いていた時計を見た。今はまだ朝の六時半になったばかりだった。彼女は興味ありげに彼の顔を見上げた。朝日が彼のがっちりとしたボディラインをかなり柔らかい印象に変えていた。柊馬は小さな声で言った。「母さんのところだ」一花は微かに驚いた。彼女は柊馬の母親はすでに他界していて、彼の心にある深い傷となっていることを知っていた。そんな彼が突然連れて行くと言うのだから、それは言うまでもなく明らかだ。一花はすぐに頷き、一切迷うことなく返事をした。「分かりました」出かける前に一花は花束を注文しておいた。彼女は柊馬の母親の好みを尋ね、他にも何か用意して行きたかったが、柊馬はただ彼女の手を強く握りしめた。「何も持って行く必要はないよ。君に会えるだけで、母さんは喜ぶから」一時間後、柊馬の車は郊外にある墓地に到着した。車の中で柊馬は一言もしゃべらず、始終一花の手を握っていた。目的地に近づくほど、彼のあの冷たい雰囲気はだんだん消えていき、珍しく寂し気な様子をしていることに一花は気づいていた。一花はただ何も言わずに、彼と一緒にいることしかできなかった。柊馬は一花が持ってきた花を墓碑の前に置き、跪いて、手で墓にうっすらと積もった土埃を払った。墓地はとても静かで、朝の霧がまだ微かにかかっていた。柊馬の後ろ姿は緊張していて、どんな動きも長い眠りについた母親を起こしてしまわないようにするかのごとく、慎重で丁寧だった。一花は静かに彼のすぐ後ろに立っていて、胸がつかえて少
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第214話

「それから、こんなに素敵で優秀な息子さんを生んでくれて、ありがとうございます」その言葉が、柊馬の心の奥底に響いた。すると彼はすぐに手の関節から血の色が引いてしまうほど、彼女の手を力を込めて握りしめた。彼の記憶には、誰もが母親のことを可哀想で不幸だったと言う言葉ばかりだった。柊馬の存在が母親の人生を奪い、父親の幸せも奪っていった。だから、柊馬はこの世に自分は生まれてくるべきではなかったと絶望しかしてこなかった。そのような考えが長い月日をかけて彼の心の奥までどんどん浸食し、心を蝕んでいったのだ……しかし、この時、一花は感謝の言葉を口にした。悔しいでも、残念でもなく、感謝の言葉を述べたのだ。伊集院柊馬という人間に命を与えてくれたことに、彼の存在自体に感謝している。その言葉が突然の光となって、彼の心の奥底にある一度も温かさが届かなかった荒れ地に降り注いできた。あの、自分に深くしみついていた自己嫌悪が激しく動揺し始めた。柊馬は目を赤くさせて下を向いた。一花は彼の全身が微かに震えるのを感じ取った。握られた手からも泣くのを必死に抑えているような振動が伝わってきた。彼は心が押しつぶされてしまいそうなほどの苦しみに耐えてきたのだと、一花は分かった。そして手を繋いでいないほうの手を彼の肩に回し、下を向いている彼の額を自分の首のほうへ傾けさせた。暫くして、太陽が完全に顔を出し、暖かい光が幾重にも重なった雲を消し去り、二人に降り注いできた。この瞬間、心まで温かくなるのを感じた。「母さんは……俺を生んだことを後悔しているだろうか?」その質問には答えがないが、一花には分かっていた。「絶対に後悔なんてしていません」一花は締め付けられる思いを呑み込み、はっきりと力強くそう答えた。「お母様のあなたに対する愛は他のなにものにも代えがたいものですよ。だから、彼女はあなたを生むことに決めた。彼女が一番望んでいることは、絶対にあなたが幸せに健康で楽しく生きて、とってもとっても良い人になることです。あなたは彼女の人生で一番誇れる存在なんだから」その言葉に柊馬はまた肩を微かに震わせた。彼は今まで一度もこのような言葉を誰かから聞いたことはなかった。父親の態度、そして周囲が母親を惜しむ声。それが彼の中で「罪」となって、深く打ち込
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第215話

「偶然だな」陸斗を見ると、一花は無意識に夏海を自分の後ろに隠した。「副社長、今日はどうしてこんなに遅い出勤なんです?」普段の陸斗はいつもやたらとやる気満々で、他の社員がまだ出勤してくる前に、すでにオフィスに来ているのだ。一花も仕事中心の人間だが、彼には及ばない。「しょうがないだろ、ヒーローってのは美人のピンチを助けるもんなんだから」陸斗は意味不明な言葉を口にし、にやにやと笑っていた。視線を一花から後ろにいる夏海の顔に移動させたが、夏海は彼を見ようとせず顔を一花の後ろに隠した。すると陸斗は視線をすぐに外した。「どうやら副社長は昨晩ロマンチックな出会いでもあったようですね」一花はもちろん陸斗が何を言っているのか分かっていない。しかし、陸斗のプライベートはとても乱れていると勇から聞いていた。彼はどんなタイプの女性も拒まず、とっかえひっかえしているのだそうだ。それに、この時の陸斗はシャツが乱れていて、ただ前開きのシャツを着ているだけで、ネクタイもスーツのジャケットも羽織っていなかった。まるで夜の店で一晩中遊んでから出てきたかのようだ。「ロマンチックな出会いか、それなら、妹からいろいろと教わらないといけないだろうな」すると陸斗はまた何気なく夏海のほうへ視線をやった。陸斗は何か意味深な言葉を吐いたので、一花は訝しく思い眉をひそめた。「私から教わる?」「一花さん、今からお昼ごはんに行くところなんですよね?」夏海はどこか焦ったように、急いで一花の腕を掴んだ。この時、一花はようやく夏海の顔色が真っ青になっていることに気づいた。「夏海さん、顔色が悪いけど、どこか具合でも悪いの?」陸斗は鼻を鳴らし、夏海が取り乱す前に先に口を開いた。「俺は用がある、ここで失礼するよ。ああ、そうだ」数歩進み、陸斗は突然振り返った。ちょうど夏海と目が合い、彼女はすぐに視線を逸らした。陸斗は全く気にせず遠慮なく笑った。「如月家とのプロジェクトは契約を結んだ。今期最も重要なプロジェクトだ。夜、相手と高層部同士の会食があるから、一花君も出席してくれよ」そう言い終わると、陸斗は一花の返事を待たずにまた背を向けて去っていった。陽菜との関係もあるので、一花は本来如月家とのプロジェクトに参加する気はなかった。しかし、確かにこのプロジ
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第216話

こめかみを押さえ、京子は煩わしそうに低く怒鳴った。この時、女性の使用人がやって来たが、京子が頼んだスープは持っていなかった。「奥様……キッチンには新しく作るよう伝えましたので、もう少しお待ちください」使用人は顔を青くしてビクビクしながらそう言った。京子は眉をひそめた。「どういうこと?私は昼寝をする前にあなたに指示を出していたでしょ?あなた、頭どうかしてるの?」「いえ、それが……」使用人は苦し気に答えた。「もちろん、作りましたが、綾芽様が飲んでしまって」「なんですって?あれは私のものよ。どうして彼女が飲めるわけ?」京子は信じられないといった様子で使用人を睨みつけた。この時彼女は頭に血がのぼり、返事を待たずに直接起き上がって、一階にいる綾芽に詰め寄りにいった。彼女はそもそも神経的にまいっていて、綾芽が家に来てからというもの、夜も寝つきが悪くなってしまっていた。しかし、綾芽はまったくそんなことなどお構いなしに、毎日家の中で子供を連れて騒ぐか、多くの目ざわりな事ばかりしていた。京子に対して礼儀正しく挨拶をすることさえしない。颯太は実の孫であるし、会社は今重要な時期なので、京子は耐えているのだ。しかし、まさか綾芽がここまで年配者に遠慮せず好き勝手やるのにはほとほと呆れてしまった。綾芽はこの時、ちょうどリビングで颯太と追いかけっこをして遊んでいた。京子が咳払いすると、綾芽は彼女が来たことに気づいて立ち止まった。しかし、颯太は興奮が冷めやらず、ドタバタと音を立てて綾芽の周りを走り回っていた。京子が使用人に目配せすると、すぐに颯太を止めに入った。「坊ちゃま、おばあ様がいらっしゃいましたよ、止まってください」颯太は京子をとても怖がっていて、すぐに綾芽の後ろに身を隠し、恐怖の眼差しで京子を見つめた。実の孫だというのに、二人がこのようにふざけた真似をしているのを見ると、京子はどうしても颯太を可愛いとは思えなかった。「お義母さん、昼寝から起きたのですね。何かご用ですか?」綾芽は淡々とした表情で京子を見ていた。その表情は優しそうな笑顔だったが、目は笑っておらず、まるで鋭いナイフを隠しているかのような目線だった。京子は冷たく鼻で笑った。「そんな呼び方しないでくれるかしら、私には受け入れられないから。どこの嫁に行った女が
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第217話

京子は一切綾芽のメンツなど考慮せず、颯太の目の前で彼女の頬をひどく叩いた。すると綾芽の頬は一気に熱くなり、五本指の跡がくっきりと残って腫れあがった。颯太は母親が打たれたのを見て、すぐにもがいて京子に向かって叫んだ。「この悪者!ママをよくもぶったな!」「ええい、どいつもこいつも!このガキを自分の部屋に閉じ込めてしっかり反省させな!この親あって、この子ありね。母親がまるで駄目な人間だから、子供まで教養のない馬鹿に育ってるわ!」京子はあまりの怒りで、完全に綾芽の顔色など気にすることのない言葉を吐いた。使用人は考えることもなくただ京子の命令に従い、急いで颯太の口を塞いで強制的に連れていこうとした。「私の息子に手を出すなんていい度胸ね!」思わず綾芽も大きな怒鳴り声をあげて、使用人に向かってきつい口調で言った。「私もこの家の主人であることに変わりないわ。この子にそのようなことをすれば、すぐに給料を取りあげてクビにしてやるわよ!」綾芽の叫び声は相当恐ろしく、使用人は一瞬で慌て、京子に助けを求めた。「はっ」京子は笑えてきた。「あんた、一体いつから黒崎家の主人になったというの?さっさとそのガキを連れて行きなさい」「それなら今すぐに慶とお義父さんに電話するからね!」綾芽のその言葉に京子は顔をひきつらせた。則孝は口を酸っぱくして、京子に家では綾芽にある程度譲歩しろと伝えていた。慶と綾芽の事が外にばれたらまずいからだ。しかし、このように自分を馬鹿にするような綾芽の態度に、京子も怒りをおさめることができなかった。「またどうしたというの?」この時、久子が騒ぎを聞きつけてやって来た。二人の使用人が久子の体を支え、ゆったりと颯太の傍に歩いてきた。颯太は真っ赤になった目を大きく見開いて京子を睨みつけ、怒りに体を震わせ、泣きそうになり嗚咽をもらした。「颯太ちゃん、これからは年配者に対して失礼なことをしてはいけないわよ。おばあちゃんに会ったら、きちんと「おばあちゃん」と、私に会ったら「ひいおばあちゃん」と呼ぶの。そんなにわがままでいたらいけないわ」久子は優しい声で颯太に教育し、使用人には彼を離すように合図を送った。しかし、颯太はすぐに顔を背けてまっすぐに綾芽の元に駆け寄った。歯向かってはこなかったが、久子のその優しさを受け取るこ
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第218話

「私は……」「綾芽さんに謝りなさい。みんな家族なんだから、今後は良い態度で話しなさいね」久子は京子の言葉を遮った。その声はかなり低く、交渉の余地はないという態度だった。京子が黒崎家に嫁いですでに数十年経つが、誰にも屈服しない強気な性格だ。そしてこの日は初めて彼女が苦しい思いをして涙を浮かべた日となった。使用人たちはみな下を向き、綾芽は得意げにあごを上げて義母を見つめていた。そしてこの瞬間、突然、長年辛い思いをしてきた心が解放された気がした。「お義母さん、おばあ様の言う通りです。私も別に謝罪してほしいわけではなくて、暴力をふるってきたでしょう。息子がそれに驚いてしまったんですよ。あなたの実の孫のためにも、お手本となるような行いをしないと……間違いはきちんと認めるべきだと思います」綾芽はちょうどいい速さの口調で、穏やかに話していたが、完全にその言葉が京子に恥をかかせてしまった。京子は悔しそうに歯ぎしりをしていたが、久子の注意するような咳払いを聞くと、おとなしくするしかなかった。「私が悪かったわ」京子は素早くその言葉を口にして、またすぐ鼻で笑った。「あんたの勝ちよ、よかったわね」「お義母さん、そんなふうに言わないでください。家族が仲良くないままなら、勝ち負けなんて関係ありますか?」京子が一歩引く姿勢を見せると、綾芽ももうこだわるつもりはなく、颯太の手を繋いで久子に軽く会釈し、堂々とその場を去っていった。この時、京子は胸に鈍い痛みが走り、綾芽が去ってからつらそうに久子に向かって言った。「お義母様、どうしてこんなひどい事をするんですか?」「はいはい、あなたも大変だってよく分かっているから」久子は綾芽のことも、京子のことも相手にしたくなく、淡々とした口調で言った。「もう少し我慢してちょうだい。数カ月後、会社が順調に上場したら、あの人にはここを出ていってもらうから」そう言い終わると、久子はもう京子を構わず、使用人を連れてさっさと去っていった。しかし、部屋に戻った久子は怒りをぶちまけるかのように、使用人が持ってきたお茶をひっくり返した。綾芽のあのような態度には、久子もイライラしていたのだ。一花が黒崎家にいなくても、今まで通り平穏に暮らせると思っていたのに、まさか綾芽という災いが降りかかってくるとは思ってもいなか
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第219話

「それは……」慶は眉をひそめ、黙ってしまった。「なに?嫌だって言うの?」京子はすぐに起き上がった。怒りの表情ではあったが、京子はこの時とても憔悴しきっていた。京子は慶の手を掴んだ。「もし、お母さんとあの女のどちらかを選べと言ったら、あなたはあの女のほうを選ぶのね?」「母さん、一体どうしたっていうんだ。どうしてそんな話をしなきゃならないんだよ」慶はすぐに母親に慰めの言葉をかけた。しかし、京子が気性の荒い性格をしているのを思い出し、また頭に血がのぼるのではないか心配になった。「俺だって、綾芽は母さんにちょっとわだかまりがあるって分かってるんだ。心配しないで、彼女にはしっかり言っておくから」「しっかり言っておくですって?あの女は私に毒でも盛ってやりたいほど私のことを憎んでいるでしょうね!私を怒らせて卒倒させたくてたまらないのよ!あの女がおとなしくあなたの言うことを聞くような人間なら、お母さんが怒りでこのような姿になっていると思う?あなた達二人の事を私たち家族に持ち込んできていたかしら?」京子の言葉は聞こえの良いものではなかった。しかし、その一言一句が胸を突き、慶の心の奥底に響いた。彼は今、綾芽と表面上は仲睦まじく、本物の一家三人家族になっているように見える。しかし、綾芽はわがままにも彼を裏切り、彼の行動に脅しをかけている。それが二人の信頼関係に大きな溝を作ってしまった。ここ数日、慶は残業で夜遅くなっていて、家で綾芽に付き添う時間はなくなっている。ほとんどが帰って夜ごはんを食べて、颯太の様子を見るくらいだ。今日、母親から呼び出されていなければ、慶も帰る予定ではなかった。綾芽と一緒にいた十年という長い時間の中で、慶は初めて疲れを感じ彼女を煩わしく思うようになっていた。できるだけ彼女から距離を置きたいと思ってしまう。しかし、彼女に対する責任と約束、そして当時の恩もあって、彼はやはりそう簡単に綾芽を見捨てることはできずにいた。もしかすると人の情というものは、このようにできているのかもしれない。人の気持ちというものは一定に安定し続けることはなく、いつか必ず谷間に落ちてしまい、その時期を耐えしのげばいいのだ。しかし、さっきの京子の言葉を聞いて、慶は瞬時に我を失った。もし、綾芽と離婚したら……つまりそれは、もし
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第220話

颯太は一花から教育されるようになって、ずっと反抗的な態度を貫いていた。最初は一花も辛抱強く説教していたが、颯太は頑なに言うことを聞こうとしなかった。ある時、慶は一花が無理やり颯太を罰しようとするのを見て、颯太のほうを庇った。彼は一花に颯太はまだ小さいからと言って……しかし、今こうやって見てみると、一花の言葉は正しかったようだ。子供の性格は遺伝する。颯太は慶と同じく頑固で、綾芽と同じようにルールに縛られるのを嫌う。さっき颯太が遊んでいたおもちゃのピストルも、慶は何度も周りに誰かがいる時に遊んでは駄目だと言い続けていたが、颯太は言うことを聞かなかった。慶は颯太の小さな手を引っ張り、厳しい態度で言った。「お父さんはお前に注意しただろう。部屋の中ではこれで遊んじゃいけないって。人に向かって撃ったらだめだって」「うん……」颯太は小声で返事をした。慶から伝わる冷たい雰囲気に、すぐに後ろへ退いて、逃げ出そうとしていた。しかし、慶が颯太を掴んだ。「自分でも変わるつもりがないんだな。おしおきが必要じゃないか?」「……」颯太は逃げる方法を考えながら、すぐに助けを求めるように綾芽のほうを見た。すると綾芽がすぐに近寄っていった。「はいはい、パパに今後は絶対にしないって約束して」綾芽はそう軽く言って、颯太を連れて行こうとした。「君がいつもそうやるからこの子は慣れてしまって、わがままに振舞っても問題ないと思ってるんだよ」慶は綾芽に颯太を連れて行く機会を与えず、そう言うとしっかりと颯太の腕を掴み、パシンと手を叩いた。颯太は今まで父親からこのように厳しい態度をとられたことがなかったので、怖くなった。それに慶は力を込めて叩いたから、颯太は痛みに泣き出してしまった。「ちょっと、なんで子供を叩くの!」息子が泣き出したのを見て、綾芽は胸を締め付けられすぐに慶から颯太を奪おうとした。しかし、慶は怒りを露わにして、颯太を横抱きにしてかかえ、大股でソファまで行くと、息子の体を押さえてきつくお尻を叩き始めた。「ママ!ママ!助けてよ!!!」颯太は大泣きして叫び、声をからして綾芽に助けを求めた。これには綾芽も相当焦り、後ろから慶を抱きしめて力を込めて彼を止めようとした。「慶!あなた今日は一体どうしたのよ。子供に怒りをぶちまけないで。小さな事でここ
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