Tous les chapitres de : Chapitre 801 - Chapitre 810

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第801話

「さあ、もう料理は揃ったし、食事にしましょう」陽菜はキュッと唇を閉じ、誰も予想していないことを口にした。「私もさっき料理を運ぶのを手伝おうと思ったんだけど、もう全部運び終わってたのよ」「如月さん、そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ」湊が最後にスープの入った大きな鍋をテーブルの中央に置いて、クスッと笑った。陽菜は少し驚いた。彼の自分に対する態度が突然かなり優しくなったような気がしたのだ。以前は毎回湊が彼女に会うと、すぐに警戒心むき出しで、ピリピリと張りつめた空気を出していた。今のように、気を使わなくていいなどと、彼のほうから好意的な言葉を吐くことなど、一切なかった。「みんなこそ私に対して気を使いすぎよ。今の私たちは……友達でしょ?」陽菜は首を傾げ、少し気まずそうにそう言った。声も少し小さくなった。実際、陽菜は以前も別に一花のことを嫌っていたわけではない。ただ好きな人をとられてしまったのだから、誰だって嫉妬や恨みを持ってしまうものだろう?過去のことは絶対に変えることなどできない。たとえ後悔してもだ。陽菜と柊馬の赤い糸は昔切れてから、二度と繋がることはなかった。陽菜は柊馬への執念が、その感情を上回っていることはよく分かっていた。しかし、彼への愛は本物だった。しかし、その点を全ての人はそうじゃないと否定していた。柊馬ですらもだ。ただ一花だけが、陽菜の言った言葉を信じてくれた。一花が自分と協力したいと申し出てくれた時に、陽菜はまるで全てのしがらみから解放されたかのように気持ちが楽になるのを感じた。過去の執念と鎖から、完全に自由になったのだ。陽菜のさっきの発言の後、数秒ほどその場がしんと静まり、彼女は顔を真っ赤にさせた。「つまり、私たちは協力するパートナーだと……」「……もちろん、私たちは友達よ」一花は目をぱちぱちと瞬かせ、笑った。夏海も恐る恐る口を開いた。「如月さん、あの……さっきあなたが言った『私たち』って一花さんだけですか?それとも、来栖さんや、鳥宮さん、あと私も入ってます?」夏海のその言葉が、瞬時にその場の空気を和ませた。陽菜は口を開いた。「もちろんよ、一緒に食事をするくらいだもの、みんな友達だわ」誠は別に自分も仲間入りしたいとは思っていないが、なぜだか
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第802話

「え?」湊は一瞬、陽菜の言葉の意味に反応できなかった。陽菜は不機嫌そうに言った。 「もういいわ」そう言い残すと、彼女はドアを開けて車を降りようとした。「如月さん!」湊は意を決して彼女を呼びとめた。「もちろん、あなたにお話したいことはあります!」「え、なに?」陽菜は振り返って、期待の眼差しで彼を見つめた。湊は真剣な顔で言った。「以前、如月さんのことを誤解していました。それに勝手に良くない憶測までして……だから、今、謝りたいんです。その、許してくれませんか」陽菜は眉をピクリと動かし、その言葉を聞いた瞬間、悶々とした。「謝りたいだけ?」「はい」湊は如何なる感情の起伏もなかった。「……私だって別にあなたと争う気なんてないわよ」陽菜は少し腹を立てている様子で、そう言い終わると、それ以上彼に構うことなく、さっさと去っていった。家に戻ると、母親が出迎えに来た。娘が一日苦労してきたのを思うと、少し心が痛んだ。「だいたい終わらせてきた?」「うん」陽菜はさっきの湊の表情を思い返して、心ここにあらず状態だった。夕実は娘の手を引いて、寝室に戻るとドアを閉めた。そして微笑んで陽菜の隣に腰かけた。「陽菜。あなたに聞きたいことがあるの。正直に答えてくれない?お母さんはね、あなたがもう大人になったんだから、あなたの選択を尊重したいと思ってるわ」母親がここまでかしこまって慎重に話すのは珍しいので、陽菜は何事かと気になった。陽菜は頷いた。「うん、話して」「今西園寺さんとの関係も良好みたいだし、今はライブ事業も国内で積極的に行っているでしょ。今後はF国に戻らなくてもいいんじゃない?」つまり夕実が言いたいのは、陽菜の心の傷はもう過去のものになったのではないか、ということだ。それなら、もうあんなに遠い場所にわざわざ行く必要などないはずだ。夕実と正秀は、陽菜はもういい年になり、そろそろ家柄の合う名家の男性を探してもいいのではないかと、かなり前から考えていた。しかし、以前の陽菜は一心に柊馬に思いを寄せていた。だから、二人も陽菜に言い出せずにいたのだ。陽菜は少し考えて返事した。「分かったわ」彼女自身、自分が外国には慣れないと思っていた。長期でF国にいたのは、ただ、傷ついた心を
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第803話

すぐに玄関先の棚の上に、夏海の携帯があるのを発見した。一花が携帯を手渡した時、夏海はまだ呆然とした状態のまま受け取って、一花に尋ねた。「一花さん、あの女は明らかにあなたを騙しているのに、どうして彼女の言いなりになるんですか?」一花は深く息を吸い、夏海の肩をぽんと叩いた。「心配しないで、柊馬のために、私は彼女と必ず決着をつけないといけないの」「鳥宮さんが、伊集院社長は絶対にあいつらのところにはいないって断言していたのに?」夏海は目を赤くするほど焦っていた。あの女は危険すぎる。彼女はM国で人を雇って殺人を企てるほどに凶悪なのだ。そんな相手と一花が単独で交渉しているのだから、一花の身の安全すらも保障できるものではない……「鳥宮さんの話も百パーセントというわけではないわ。私も、餌をまいて、真実を暴くしかないのよ」「でも……」「でもも何もないの。私はこれ以上待っていられない。柊馬とはどうしても今すぐ会わないといけないんだから」一花は夏海の言葉を無理やりに遮った。夏海は眉間に皺を寄せて、思わず顔を横に振っていた。自分では一花の決断を変えることはできないと分かり、その瞬間、ひどく胸を締め付けられた。「伊集院社長だって、一花さんがこんなふうにするのは望んでいないはずです……」「安心して、この南関では彼女は何もできっこないから」一花は夏海の頬を両手で包み、穏やかな声で慰めていた。そしてちょうどこの時、湊が報告に戻ってきた。すると一花はすぐに夏海を家まで送るように任せた。その途中、夏海は本当に一花のことが心配で、湊に尋ねた。湊は一花の件をすでに知っているのかどうか分からないが、夏海の言葉を遮り、一花のことを信じ、心配するなとしか言わなかった。夏海にとって、一花は最も大切な友人でもあり、彼女に力を与えてくれる存在でもある。だから一花に何かあることだけは耐えられない。夏海はこの時突然、陸斗のことを思い出した。誠の話だと、陸斗はすでに和香の手によって、釈放されているらしい。夏海は家に帰るとすぐに陸斗に電話をかけた。この時すでに遅い時間だったが、一花のことを思うと、他のことに構っていられなかった。一度目の電話では陸斗は出なかった。二度目は相手に切られてしまった。夏海は我慢できなくなり、シ
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第804話

夏海は陸斗の前までやって来た。彼女は怒りを我慢しているせいで、わずかに声がかすれていた。ここに来る前、夏海は少しの期待を抱いていた。陸斗が和香の傍にいるように強制されているのではないかと思っていたのだ。彼の和香に対する恨みと憎しみは本物だ。そうでなければ、一花の言うとおりに西園寺グループを去ることはなかったはずだ。しかし、今、この男が以前と同じような生活に戻っているのを見て、自分がこの男を買いかぶりすぎていたのだと分かった。それもそうか、一度贅沢を覚えた人間がそう簡単に地に落ちることなどできるわけもない。陸斗はもうずいぶんと昔に、和香にどうしようもない人間に育てあげられてしまっていたのだ。和香に対して恨みを持っていても、きっと権力や金への欲望に溺れてしまい抜け出せないのだろう。陸斗は顔を上げ、横目で彼女を一瞥した。「須藤、まさか、それがお前の人に頼む態度なのか?」「……」夏海は拳を握りしめ、暫く経ってからやっと口を開いた。その声と態度を見るからに、だいぶ低い姿勢になっている。「西園寺さん、お願いです。一花さんとあなたは敵同士になる必要なんてないはず。彼女だってあなたに何かしたことはないでしょう。もし、私に復讐をしたいのであれば、私にその矛先を向ければいいんです。言われたことはなんだってしますから……あなたが一花さんを助けてくれるのなら」夏海の言葉にようやく陸斗は怒りを和らげた。彼はワインを一口飲むと、彼女のほうへ手招きした。夏海が近づくと、陸斗はさっき飲んだワイングラスを彼女の前に差し出した。「これを飲め」「……」夏海は陸斗を一目見て、やむを得ず飲んだ。夏海がおとなしく言うことを聞く様子を見て、陸斗は笑いだした。「友人のためなら、おまえ、本当に義理堅いんだな」「西園寺さん、あの女が一体どんな人間なのか、あなたならよく分かっているでしょう。彼女はただあなたを利用しているだけですよ。今あなたが一花さんと対峙しても、将来的に彼女から狙われる可能性がまったくないと思いますか?彼女は一花さんがあなたを裏切らせたことがあるって知っているだろうし、きっとあなたに対して警戒心を持つはずです。あの女の性格を考えれば、絶対にあなたを許すとは思えない……え、ちょっと!」夏海はこの時なんとか陸斗
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第805話

「出てけ」陸斗は忍耐を失い、冷たくそう吐き捨てた。この時、夏海は確かに焦っていた。彼女は今、陸斗が自分をからかって遊んでいるだけなのか、判断がつかなかった。今のところ、主導権は陸斗のほうにあり、いくら夏海が説得しようとしても全く彼は耳を貸す気がない。夏海は去るか、賭けにでるか、二択だけだ。陸斗が少しでも人としての情けを持っているほうに賭ける。「分かりました、すぐに何か作ります」そう言うと、夏海は立ち上がって料理しに行った。もう遅い時間だったが、彼女は全く眠気がなかった。緊張で神経を尖らせていた。陸斗は以前ずっと彼女に対し、不埒な考えを持っていた。今夜もどうやらそう簡単に放してはくれなさそうだ。夏海は心理的な準備をしていた。それに切り札もだ。もし本気で陸斗が自分に手を出そうとしてきたら、彼女はその切り札で彼を脅すと決めた。一花のために、無理やりでも今はやるしかない。冷蔵庫の中にはさまざまな食材が入っていた。夏海はただ野菜と卵を加えただけの少し豪華になったインスタントラーメンを作った。陸斗は、手の込んだとも言えるインスタントラーメンを見つめ、うっすらと満足そうな顔をした。しかし、彼は箸で少しかき混ぜてから、食べようとしなかった。「お好きじゃないんですか?だけど、ここにはあまり食材がありませんよ。もし、他のものが食べたいなら言ってください。誰かに何か買ってきてもらって、作り直しますから」夏海のその言葉は聞いた感じでは誠実そうな響きだ。陸斗は微かに笑った。「俺は今腹が減ってないから、いらん」「じゃ……」「だけど、俺は食べ物を無駄にするのが嫌いだから、これ、お前が食べろよ」「……」夏海はこの時、全くお腹など減っていなかったが、陸斗にそう命令されると拒否することなく、箸を持って彼の隣で豪快に食べ始めた。彼女が焦って食べる様子を見て、陸斗は親切にもティッシュを渡して、ゆっくり食べるように言った。夏海が食べている様子を、何か面白いものでも見ているかのように、彼は隣でじっと彼女が食べ終わるまで見ていた。夏海がお椀と箸を置いて、ふうっと息をつこうとした瞬間、陸斗が突然尋ねた。「眠いか?」「……」夏海がまさか陸斗がこんなに事を急くとは思っておらず、一気に緊張が走った
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第806話

主人公とヒロインはドラマ開始直後からベッドでいちゃつき始める。それに、押しつけがましく一方的な愛し方をする俺様主人公のヒロイン溺愛物語だった。夏海はまだ一話も見終わる前に、すでに顔を真っ赤にさせてドキドキし、これ以上見ていられなかった。陸斗はいつの間にか彼女にどんどん近づいていっていたことに気づかなかった。夏海がわずかに顔を傾けた瞬間、陸斗もそれに合わせて彼女のほうへ傾いた。彼の鼻の頭が夏海の頬をかすめ、ほぼキスをしそうなほどの距離まで近づいた。夏海は無意識に眉をひそめ、顔を背けようとしたが、冷静さが彼女を抑え込んだ。二人の間に曖昧な雰囲気が漂った。陸斗は視線を下にずらし、思うままに夏海の肌、鎖骨あたりをじろじろと見つめた。しかし、理性を失う直前に陸斗はためらい、唇を結んでごくりと唾を飲み込んだ。「テレビを見てんのか、それとも俺を見てるのか?」夏海の顔が一気に熱くなった。ドラマから流れる過激なセリフが、この時陸斗の声と重なった。「うっかり俺の胸に飛び込んできやがって、まったくお前ときたら……積極的だな」その瞬間、夏海は血が滾った。今この時、どうにか自分を抑え込む力がなかったら、彼女は本気で陸斗を押しのけ、平手打ちでもくらわせていたところだ。どうしてこんな男と一緒に恋愛ドラマなど見る羽目に?これは汚点だ!夏海がそわそわと落ち着かない様子で、引き続きテレビ画面に視線を戻したのを見て、陸斗もからかうのをやめた。時間がどんどん過ぎていき、夏海もドラマを見ているうちに眠気に襲われて、舟を漕ぎだしたが、手をつねってどうにか持ち耐えていた。しかし、すぐに眠気に負けてしまった。その瞬間、彼女の体が横に倒れ、突然陸斗の肩に寄りかかった。陸斗は少し驚いて、静かに寝ている夏海の顔に視線を落とし、ふっと笑った。この女は言うことを聞いているときはとても可愛らしい。ただ残念なことに……彼女の目には、いくら彼が何をしようとも、全てが憎く感じられてしまうらしい。陸斗はリモコンを手にとってテレビを消し、ソファで暫くの間じっと座っていた。やがて夏海が熟睡してしまってから、横抱きにかかえ、寝室のベッドに横たわらせた。……翌日の昼になる直前に、夏海はハッと勢いよく目を覚ました。寝室にあるカーテンは全
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第807話

「須藤さん、落ち着いてください。奥様が出かけられる前に私のほうにこう伝えてきました。今夜帰ってこなくても、焦らなくていいと。明日まで待つようにとのことです」「明日まで?ちょっと、来栖さん、あんたどうしちゃったのよ!今一花さんがどれだけ危険なのか分かってんの!?」夏海は興奮し、居ても経っても居られなくなり、湊を押しのけて言った。「あなたが行かないのなら、私一人で行くわ」湊は夏海を止めることができず、好きなようにさせておくしかなかった。しかし、夏海は和香に会うことなどできなかった。西園寺家は来客を拒んでいるし、それにこの日は和香はここにいなかった。夏海は引き返すしかなく、ようやく冷静になってきた。彼女一人の力では、一花が今危険な目に遭っていようとも、何もできない。それに、一花は和香と取引きをしている。南関市にいる限り、和香も本気で自ら命を投げ捨てるような行動に出ることはないだろう。もしかすると、湊の言うように、一花は事前に全て準備を整えていたのかもしれない。夏海は一花を信じて待つのが正しいのだろう。帰り道、夏海は誠に偶然出会った。彼は夏海の家からそう遠くない道端に立っていた。スラリと背の高いその姿は特に人の目を引く。通りを挟んでもすぐに彼だと分かった。誠は誰かに連絡先を渡すことはないため、彼を探すのは難しい。彼が現れたのも偶然ではないはずだ。「私に用ですか?」「西園寺さんは……今日何かあったのでは?」誠は眉をひそめ、顔色の良くない夏海を見つめた。懸念があり、そう尋ねた。彼は今日、亮が帰国したという知らせと、柊馬も国内にいるという情報を得た。それを聞いた瞬間、彼はまず一花のことを考えたが、彼女に連絡がつかなかった。誠は湊を探しに行こうと思ったが、湊のほうは今日一日中忙しく、接触することができなかった。「鳥宮さん、一花さんが……今日あの女に会いに行ったんです!」夏海は全てを誠に説明した。それには誠も予期していなかった。こんなに重要な事を、どうして何も相談してくれなかったのか?「……」誠が黙り込んでしまったのを見て、夏海の不安は更に増してしまった。もうこんな遅い時間なのに、一花からはまだ連絡がない。それに家にも帰っていない。夏海は誠に一花を探しに行ってほしいと伝えた。誠
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第808話

「あ、えっと、彼がある書類を置いていきました……」アシスタントは口を開き、デスクの上に山積みされた書類の中からそれを探した。探偵が来ると毎回口にする言葉はどれも同じようなものなので、彼もあまり真面目に聞いていなかった。きっと、あまり役に立たない手がかりが見つかったとかなんとかだろう。アシスタントがその書類を探していると、浩之の部屋のドアを誰かが慌ただしくノックした。浩之がドアを開けると、外の数人のボディーガードが慌てた様子で立っていた。「三条社長、まずいです。柏木さんにトラブルが!」ギャロップはここ最近重要な時期だから、些細な問題でも許せない情況だ。浩之が綾芽と距離をとって冷静になりたいと思っても、今はタイミングがよくない。彼は取締役会で、二度と綾芽のせいで世論を騒がせないと約束していた。だから、浩之は綾芽の携帯を取りあげさせ、ボディーガードにはこっそりと彼女を見張っておくようにと命令していた。入札が終わるまで、彼女がホテルを出ることは許さない。しかし、まさか綾芽が睡眠薬を瓶の半分飲むとは思ってもいなかった。幸い、ホテルのスタッフが早期にそれに気付き、急いで医者を呼んだ。浩之が病院に駆けつけた時には、綾芽は救命措置がとられているところだった。医者が出てきた時、浩之が患者の家族だと思い、話があると伝えられた。浩之は二人の関係を否定しようと思ったが、この時綾芽の家族に連絡するのは難しいと判断し、否定しなかった。医者は、綾芽は今のところ命の危険はないが、体は衰弱し、情緒もかなり不安定になっていると話した。だから、何があっても、彼女のことを慰め、患者の希望を叶えるようにと伝えた。浩之が医者のもとから病室に戻ってきた時には、綾芽はすでに目覚めていた。ベッドの傍で、綾芽の世話をしている看護師が、小さな声で彼女の今の気持ちを尋ねていた。浩之はアシスタントたちを外に出した。綾芽は浩之が来たのを見ると、明らかに気落ちして寂しそうな顔になった。看護師もその場の空気を察し、そっと出ていきドアを閉めた。すると病室は瞬時に静かになった。綾芽は口を開き、視線を浩之からサッとそらした。彼の顔を直視する勇気がないようだった。浩之はすぐに何かを言うことはなく、彼女の傍でお茶を入れてあげて、手渡し、それから椅子
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第809話

浩之はつらくなり、沈んだ声で綾芽の言葉を遮った。「君にはご両親も、お子さんだっているんだ。君がいなくなったら、みんな悲しむだろう」「だったらあなたは?」綾芽は突然顔を上げた。彼女の涙で溢れた瞳を見ると、浩之は一気に心が柔らかくなった。彼は喉を微かに動かした。 「私だって悲しむよ。だから、そんなふうに命まで犠牲にして私を助けようとしなくていいんだ」綾芽は頭を横に振った。「慰めの言葉なんていらない。私があなたによくない思い出ばかり残していたってわかってる。安心して、私はこれから先、二度とあなたを煩わせることはないから」「君は一体どうしたいんだ?」綾芽がここまで自暴自棄になっているのを見て、浩之は瞬時に焦った。「まさかまだ死を考えているんじゃないだろうな?」「……」綾芽は黙り、下を向いた。涙がポタポタとこぼれ落ち、我慢できなくなるほど可哀想な姿だった。浩之の気持ちも大きくかき乱された。彼は今綾芽に対して、複雑な気持ちを持っている。好きでもあり、彼女を煩わしく思うこともあるのだ。初対面の時に感じた好感は今は消えてしまった。しかし、彼女が苦悩し、傷ついた姿はまるで致死的な毒が体を蝕むように、彼の心から彼女の存在が抜けきれず、無視できなかった。「ごめん、私は本気でまた君が馬鹿な真似をするんじゃないか心配なんだ。さっきの言葉は本心からだ。君に何かあれば、私は絶対に悲しいよ」浩之は立ち上がり、綾芽のベッドに座り直した。彼の声はさらに優しくなった。そしてティッシュを手にとり、彼女の頬に残る涙を拭き取ってあげた。この時、綾芽はまだ眉をひそめて何も言わずに彼を見つめていた。しかし、涙はまだ止まらなかった。「入札が終わったら、みんなさっさと忘れてしまうよ。絶対に馬鹿な真似はもうしないと約束してくれ、いいかな?」綾芽はかすれた声で返事した。「だけど、あなたは……もう、私のことなんていらないんじゃないの?」「それは違う」浩之は綾芽の頬を軽くつねった。「私はただ、少しの間冷静になりたかっただけだ。ここ最近は私だってすごく混乱した状態なんだ。私たち二人のことはゆっくりと考えていけばいいじゃないか」「うん、分かった。だけど、私にあんなふうに冷たくしないでほしいの。いい?」綾芽の無力な様子を
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第810話

優紀は言った。「西園寺家のほうと西園寺さんの関係者を見張っているように伝えた。それ以外の人員は広範囲にわたって捜索するしかない。それにもしかすると、彼女はただどこかで隠れているだけで、後から姿を見せるのかも」その言葉を言い終わった瞬間、優紀は柊馬の眼光に震えた。さっきの言葉は完全なる過ちだった。一花がもし自らどこかへ雲隠れするというなら、絶対に身内には分かるように何か痕跡を残していくはずだ。もし、南関全てを探しても何も情報が出てこなければ、それはつまり……彼女に何かあったということなのだ。柊馬の呼吸は瞬時に激しくなり、胸元に痛みが走った。彼はそれを我慢していたが、額には細かい冷や汗を浮かべていた。「柊馬……さっきは俺が間違ってたよ……」柊馬は苦しそうな声を漏らした。胃の中がひっくり返ったような感覚、うっすらと血の味が喉元に上がってくる。しかし彼はそれを無理やり飲み込んだ。まさにこの瞬間だけ、彼は倒れてはいけない。暫くして、彼は点滴用の針を外し、厚手のコートを手にとって外に向かって歩き出した。優紀はすぐに柊馬の腕を掴んだ。「柊馬、今のお前は疲れたらいけない。やっぱりここでおとなしく情報が入るのを待ってろ」「彼女に何かあったんだぞ」「それは分かってる。だけど……」「彼女は俺の命と同じだ。こんなところでじっとしてられると思うか?」柊馬の、低くほとんど考える間もなく自然に出てきた言葉に、優紀は一瞬驚いた。唇を少し開けたが、諫める言葉は喉につっかえて出てこなかった。柊馬にとって、確かに一花の存在は大きなものになっているのだ。彼の強さも弱さも、両方ともこの女性の存在があるからだ。優紀は眉をひそめ、その瞬間、目の前にいるよく知っているはずの男が知らない人間のようにも感じた。今まで一度も本当の柊馬のことなど知らなかったかのように思った。冷たい人間のように見える男が、どうして愛というもののために、ここまで必死になれる?夜になると、和香は西園寺家に戻ってきた。しかしすぐに、湊と夏海が警察を連れて現れ、和香をガレージの前で塞いだ。一花とはすでに一日中連絡が途絶えている。一花は昨日の朝、出かける前に湊に和香に会いに行くと伝えた。そして夏海もその証人だ。警察は明らかな証拠があるわけ
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