All Chapters of 偽物クズ夫に別れを告げ、スパダリと政略結婚します: Chapter 811 - Chapter 820

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第811話

和香が柊馬に手を出したという犯罪の証拠は、一花にはない。それに、和香の手に契約書の半分が届いた時点で西園寺グループの経営権はすでに彼女のものになったといえる。しかし、一花は遠く離れた夫のことで頭がいっぱいで、自ら姿を現わそうともしないことから、知性が落ちたのかもしれない。和香はそれでこのコテージに今日まで滞在していた。そして今、警察が一花と彼女の取引きした契約書をすべて取り出し、和香に一花はどこにいるのか尋問を始めると、ようやく一花の策略を理解した。一花は柊馬のために動いていたわけではなかったのだ。一花は今回和香だけを狙って策を考えた。すべての証拠は一花がわざと残したものだ。和香が利益のために一花に危害を加えようとしたことを示している。一花の行方がまだ不明な限り、契約手続きは一時的に中断されるだけでなく、彼女も調査のために拘束されてしまう。しかし、警察が長時間彼女に事情聴取しても、和香はすべてを否定した。彼女はここ二日山奥のコテージで休暇をとっていただけだ。そこの経営者が彼女はまったく一花と会っていないことを証明できる。しかし、まだ確かな証拠はないため、和香は警察署にまで行き、調査に付き合わされるしかなかった。夏海は焦って、和香が去る前に我慢できずに口を開いた。「ちょっとあんた!神様はちゃんと見てるんだからね。本気であんたが何も報いを受けることはないとでも思ってんの?」「報いを受ける?そんなものを受けないといけないというのなら、私をいじめた奴は一体いつ、どこで報いを受けてくれるわけ?」和香は鼻で冷たく笑うと、挑発的な目つきで夏海と湊を一瞥した。「西園寺一花の名義上の母親として、彼女の失踪に私もとても心配しているのよ。だけど、彼女の失踪は私とは関係ない。だけど、もしかすると、ある人の運命はまさにこういうものなのかもね。たとえ本当に二度と帰って来られないとしても、それは誰にも責任がないのよ」「あんたね……」「須藤さん、落ち着いて!」夏海はあまりの怒りに、和香に手を出してしまいそうだった。そこへ湊が急いで彼女の腕を掴み、警察に和香が連れて行かれるまで手を離さなかった。夏海と比べて、湊は明らかに落ち着いていた。夏海は理解できない様子で彼を見た。最初一花が一人で出かけたと知ってから、湊に一花の危険
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第812話

陸斗は新しいスーツを羽織り、シャツの胸元を大きく開けて、偉そうに顎を上げていた。傍の社員たちから「西園寺社長」と呼ばれるたびに、得意げな顔をしていた。夏海は驚き、彼のほうへ近寄ろうとした時に、自分のチームの一人に止められた。「西園寺陸斗は、今無期限で西園寺グループの社長職につくことになったから、彼を怒らせないほうがいいよ」夏海のチームはみんな、一花が自分で育ててきた部下たちだ。だからもちろん、陸斗が帰ってきたら、良い事はないと分かっていた。しかし、今一花がいないので、彼女たちは夏海がまた傷つくのを恐れているのだ。一花が和香に提示した資産に関する契約は今停止状態にあるが、西園寺グループの権限に関しては、すでに和香の手に渡っていた。今は和香は取り調べを受けている最中で、会社に戻ることは一時的にできないが、陸斗に権限を与え、自分の代表とさせた。彼は今まさに正当な西園寺グループの社長だった。ただ、陸斗がこのような時に戻ってきたのは、一花のために何かをするわけではないと、誰もが分かっていた。和香が早い段階で陸斗を釈放させる手続きをしたのは、この時のためだったのだ。家族経営である西園寺グループの規定により、会社の最高権力を持つ者の代理人は必ず西園寺家の人間でなければならない。厳密に言えば、和香も陸斗に自分の代理となり西園寺グループを掌握してもらうしかなかった。夏海は考えるまでもなく、この親子がどのような計画を立てているのか分かった。和香は、匠が生前心血を注いだ会社のすべてを奪おうとしている。西園寺グループの資産や事業がすぐに正当な手段で移されてしまえば会社は空の状態になる。今や社長ではない一花が和香に与えた資産関連の契約も瞬時に白紙となるだろう。そうなれば、一花がまた姿を現わそうが、現わすまいが、和香は完全勝利を収めることができる。陸斗が夏海の横を通り過ぎる時、突然、歩調を緩めた。「西園寺社長」傍にいる社員はただおそれ多い様子で挨拶をするしかなかった。ただ夏海だけが奥歯を噛みしめて、怒りに燃える瞳で陸斗を黙って睨んでいた。「これはこれは、一花君の右腕とも言える部下じゃないか。なんでそんなに不愉快そうな顔をしてるんだ?何か気に障るようなことでもあったのか?陸斗はわざと夏海をからかった。それはまるで
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第813話

夏海は怒りで体を震わせた。この仕事をなくすのは惜しかったが、一花がいないのであれば、この会社に留まるのも意味はない。すると彼女は即座に社員証を陸斗に向かって投げ捨てた。「別にそちらからクビにされなくても、こっちから出て行ってやるわよ。だけど、茉白さんの話は間違っていないわ。あんたみたいな最低野郎、母親に尻尾を振ることしかできないのよ。この弱虫、ほんと情けないったらありゃしないわよ!」夏海のまるで仇でも相手にするかのような態度に、陸斗は一瞬呆然としてしまった。しかしすぐに、馬鹿にしたような笑い声を漏らした。側近がすぐに反応し、すぐに警備員を呼び、茉白と夏海を黙らせようとした。陸斗は突然手をあげた。「誰がお前らをクビにするって言った?上司と社員の間に起きたちょっとしたトラブルに、別にそこまでムキになる必要なんてないだろ?」「……」陸斗の言葉にその場の全員がぽかんとした。茉白と夏海ですらも瞬時に訝しそうにしていた。陸斗は夏海を一瞥し、指先で口元を擦った。「殴りたいだけ殴って、怒鳴りたいだけ怒鳴り散らせたか?でも、俺は別にお前らとやり合う気はないぞ。お前らがもし辞職したいってんなら、別に止めないけどな」そう言い終わると、彼は背を向けて悠々と立ち去った。陸斗が去ると、その場の全員が仕事に戻っていった。自分の立場を気にする社員以外で多くの人が自ら茉白と夏海を慰めに来た。陸斗は以前、会社内ではあまり良い評判を持っていなかったが、少なくともこんな態度を取るほどではなかった。どうやら一花がいない今、演技することもなくなったらしい。夏海は誰かに笑い話にされたくなくて、茉白を連れて会社を離れた。茉白はまさかここまで急に情況が変わってしまうとは思っていなかった。しかし、彼女が真っ先に、今の西園寺グループを救える人物として思いついたのはたった一人……西園寺勇だけだ。勇は西園寺グループの株主の一人だ。彼だけが、陸斗を抑え込むことができる。しかし一花は、この間茉白と侑李の味方をし、勇とは対立関係にある。今勇が知っても、きっと助けてくれることはないだろう。侑李が勇に懇願する場合を除いて……侑李は今はまだ京原市にいる。彼の起業に投資しようとする人間は南関市には一人もいない。一花の友人である徹を紹介
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第814話

優紀は柊馬の性格が分かっていて、ひたすら電話をかけ続けた。柊馬は直接携帯の電源を切り、一人車を走らせた。そしてもうすぐ人の住んでいない山奥へと入る。優紀の部下は多くない。相手がわざと誘い出しているわけではないにしても、彼は情況が把握できない限り、危険を冒したくなかった。柊馬も、優紀は確かに自分の友人ではあるが、彼は第一に部下に対して責任を負わなければならないと分かっていた。だから、途中で優紀の部下に路肩で車をとめて降りさせ、自分だけで奥に進んだのだ。たとえ険しい道や罠であったとしても、一花が危険にさらされている可能性があるなら、冒険するような真似はせず慎重にいく。そのまま車を一時間以上走らせ、柊馬の体はもう悲鳴をあげていた。彼は思い切り血が出るほどに手に噛みついた。その痛みがコントロールを失いそうな体をどうにか抑え込んでくれた。突然、前を走っていた車がある狭い道へと消えていった。柊馬も急いでその後を追いかけた。しかし、あっという間に行き止まりになり、そこには廃屋があった。暗闇の中、一筋の強い光が柊馬の車の窓を貫いた。彼は無意識に腕をあげてその光を遮った。すると瞬く間に、誰かが車の前に現れた。眩しい光に目がくらみ、少し経ってからようやく目が慣れて、車の外には普通の格好をして屈強な男たち数人がいることに気付いた。彼らは何も武器になるものは持っていなかったが、全身厳重な装備で包み、顔は見えなかった。柊馬は深く息を吸い込んで、体内に渦巻く不快感と次々と襲ってくるめまいに耐えながら、素早く車のドアを開け、相手の真ん中に進んだ。夜風が山間部の冷気を帯び、彼の青白い頬を吹き付けていった。柊馬はこんな状態でも相変わらずスラリと背が高く、見た目だけでは一切衰弱しているようには見えない。柊馬が一切の迷いなく、自ら車を降りてきたのを見て、目の前に立っている数人の男たちは少し驚いていた。たった一人で後を追ってきたというのか。そこまで勇ましいと?「彼女はどこだ?」柊馬は冷たい声で言い放った。リーダーらしき男は可笑しくなった。「彼女って誰だ?俺たちが知ってる奴か?」柊馬は低い声でもう一度言った。「西園寺一花はどこにいる?」これで、彼らがわざと柊馬をおびき出したことが分かる。柊馬は先頭
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第815話

ナイフの切っ先がさらに近づき、柊馬の喉元を今にも切り裂いてしまいそうだった。痛みがすでに広がっている。しかし、柊馬は眉をひそめることもなかった。「彼女が見たいのなら、俺は喜んでやろう」その言葉に、後ろにいた男は少し驚いた。しかし、柊馬のその言葉の意味を理解する前に、男の肩に大きな衝撃が走り、腕が麻痺した。男の力が緩むと、柊馬は素早く横向きになり、男が持っていたナイフを縛られた手でキャッチした。柊馬の両手を縛っていた縄はいつの間にか解かれていた。彼の動作は早く、ナイフを振り上げた。後ろの男は驚き数歩後退して、手を上げて防御の姿勢をとった。柊馬がナイフを振り下ろすと思っていたが、次の瞬間、鋭い女性の声が響いた。「柊馬!」その場の全員が目の前の光景に驚いてしまった。柊馬がナイフを振り上げて、自分の首元にあて、そこからタラリと一筋血が流れ落ちていたのだ。彼は小さな窓を背にして立ち、深夜の月光が彼の広くまっすぐな姿を長く投影し、その影が女性の足元まで及んでいた。一花は飛び込むように柊馬の前まで駆け寄り、二人が視線を合わせた瞬間、柊馬は手の力を抜いた。そしてナイフが床に落ちた。柊馬は口角を微かに上げた。その黒い瞳には激しい感情の波が広がった。しばらく呆然と立ち尽くした後、ようやく一花に向かって歩み出した。しかし、彼が長い間思い続けたその愛しい女性をしっかりとその目に焼き付ける前に、力を振り絞った全力の一発が、彼の頬に強く打ち込まれた。バシンッ――鋭い音が廃屋の中にこだました。一花の力はかなり大きく、柊馬ですらふらつきそうになってしまった。その衝撃で顔が勢いよく横向きになり、ヒリヒリとした燃えるような痛みに、柊馬は眉間に皺を寄せた。一花の手はまだ上がったまま、微かに震えていた。彼女は胸を激しく上下され、目を真っ赤にさせていた。一花の心には炎のように猛烈に怒りが燃え上がり、またその奥深くには恐怖も込み上げていた。そして数秒ほどして、目に涙を浮かべたが、涙がこぼれ落ちないようにぐっと堪えていた。「あなた、正気?本気で死ぬのだとしても、私の目の前で死なないでよ……あなたのことで傷つくのはもう二度とごめんよ!」こんなに長い間ずっと会いたいと願っていた人が、今無事な姿を見せてくれた。
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第816話

一花の声はどんどん冷たく、こわばっていった。涙が頬を伝い、目が赤くなってしまった。柊馬も同様に目を赤くさせ、眉をひそめて一歩ずつ一花のほうへ近寄った。二人の距離が近づいてくると、一花は顔を背けたくなった。彼女がまだ落ち着きを取り戻す前に、突然、一体どのように柊馬と向き合えばいいのか分からなくなってしまった。しかし、その次の瞬間、柊馬がすかさず彼女の腕を掴み、ぐっと自分のほうへ引き寄せた。もう片方の腕はしっかりと彼女の腰に回し、きつく抱きしめた。一花は反射的に彼の束縛から逃れようともがいたが、突然唇にキスをされた。彼女は一瞬驚き、すぐに力を込めて柊馬の胸元を叩いた。一花が力を強めるほどに、柊馬のキスは深く、激しくなっていった。まるでひどく狂ったようなキスだった。彼は口の中を切ってしまったらしく、舌先から血の味が伝わってきた。それでも彼は貪るように、遠慮など一切なく、彼女の口の奥の方まで舌を絡めてきた。血の味に、一花は眉をひそめた。しかし、彼から伝わる息遣いや体温に、彼女は安心感を得た。そしてまた涙がこぼれ落ちた。それは一花だけではなく、柊馬の涙とともに落ちていった。涙が頬に伝わり、緊張していた口元の力は緩み、鉄っぽい生臭さの中にも、とろけるような甘さが広がっていった。周囲の人たちは二人の様子を見て、空気を読んでその場から立ち去った。柊馬のキスは長く、まるで時が止まってしまったかのように感じられた。失ったものをもう一度取り戻した狂いそうなほどの喜び。心の底まで深くしみ入る懐かしさ。そして、消すことのできない強い罪悪感と心の痛み。柊馬は激しく彼女の唇を貪り、舌先を何度も奥の方まで絡みつかせてきた。彼女の荒くなった呼吸を感じると、彼女を丸ごと呑み込んでしまいたいほど情熱的になった。二人の影は、月の光に合わせて壁から床に、そして古びた木製の椅子のほうへと移動していった。やがてその椅子は二人に当たり、ギシッと音を立てて倒れた。柊馬は一花に覆いかぶさった。しかし、最後の最後で、彼の体は突然震え、彼女を抱きしめて床に倒れてしまった。力尽きたかのようだった。一花の髪は乱れ、口元に残るキスの跡が明るい月明りに照らされて、格別に色っぽかった。柊馬は手を伸ばし、彼女の口角に触れた。そしてじっと丁寧に
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第817話

もちろん、柊馬も少し賭けに出たところはあった。もし一花が自分に会うために、ここまで大掛かりなことをして自分をおびき出そうと計画したのに、それにひっかからず、彼女をがっかりさせられるわけがないだろう?もし一花の仕掛けたことではなかったら、彼女は失踪してもうこの世にいないだろうから、迷わず彼女のもとに行こうと思っていた。「一花、俺はわざと君を怒らせようと思ったんじゃないよ」柊馬の声は少し焦っていて、低い声で一つ一つ説明していった。「俺はただ、君が誰かに指示を出して俺を捕まえたのは、本気で俺に怒っていたからかもしれないと思ったんだ。もしそんな君の怒りを鎮めることができるなら、俺はなんだって喜んでするよ。君が俺の死を望むのなら……それも喜んで受け入れる。これは本心だ」柊馬が言い終わった瞬間、一花が彼の口を押さえて、怒った。「そんな本心なんて誰が聞きたいって言った?私たちが離婚して、別々の道に行ったって、私があなたの死を望むわけないでしょ!」「離婚……」その言葉に柊馬は驚いた。一花のその一言が、死ねと言われるよりも、苦しかった。まさか離れていた期間で、彼女はすでに気持ちが薄れてしまったというのか。離婚して別々の道を歩みたいと思うほどに?「君は俺と……離婚したいのか?」一花は少し驚いた。さっきはただ、彼女も勢いのあまりその言葉を口にしただけだ。ここ数日、彼女も柊馬のことでもう発狂しそうなほどだったのだ。それなのに、彼はわざと彼女を避けて会おうとしない。一花の怒りはまだおさまっていなかったので、そのまま冷たい声で言い放った。「私を騙し、裏切るような人は嫌いだってはっきりと伝えたはずよ。あなたがもう私たちの関係を続ける気がないというのであれば、いつだって別れていいわ……離婚したって構わない」「俺がいつ、君との関係を続ける気がないとか、別れたいだなんて言った?」柊馬は起き上がった。話す時は心が押しつぶされそうだった。その声は穏やかで落ち着いていたが、わずかな一言を口にするだけで、何度も声が途切れて止まってしまった。一花の心にも動きが生じ、横目で彼を見ると、彼の表情が決して偽物ではないことに気づいた。そして彼女は失望したように言った。「だって、私がどれほどあなたを心配しているか、絶望し、苦しんで
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第818話

柊馬は慌てて一花の涙を拭い、自分自身に腹を立てて、彼女の手を掴むと自分の胸元を叩かせた。「俺が間違えていた。死んで当然の男だ!」「その言葉は二度と口にしないで!」柊馬の言葉を聞き、一花はさらに焦りだした。彼女は彼の手をほどき、柊馬を押した。彼の体は瞬間壁の隅のほうへ傾き、窓から銀色の月明りが落ちてきた。その明りが二人の姿を照らした。「分かった、もう言わないよ……」柊馬は瞳を暗くさせ、眉をひそめ一花を見つめた。ただ自責の念に駆られ、心が粉々に砕け散るように痛んだ。「柊馬、あなたは私の夫よ」一花は少し前屈みになり、彼よりもずっと華奢で小さな体が柊馬の大きな胸元に寄った。まるで子猫が飼い主にすり寄るように甘えている。しかし、彼女が涙を浮かべながら言った言葉は一言一句が力強く、その存在感はまったく相手に劣っていない。「もう一度言うわ。私がほしいのは、血の通った、痛みも苦悩も理解できる、互いを必要として支え合える夫よ。自己犠牲によって何かを成し遂げるヒーローなんていらない。私にいつも不安や恐怖心を与えるような人なんてもっといらないわ。……そんなところから作り出される愛なんて、私はお断りよ」柊馬は彼女の言葉に衝撃を受け、瞳孔が急激に縮まった。今まで一度も、一花がこのように激情し、厳しい警告を自分にしてきたことはなかった。それに、自分があらゆる犠牲を惜しまずに尽くした結果が、ここまで残酷なものになるとは一度も想像していなかった。しかもそれは本当に耐えがたい状況だ。感情というものに対して、彼は自分が思うほど自信満々でも、冷静でもいなかったことに気付いた。一花のような勇敢さはない。「一花、俺を捨てないでくれよ」柊馬の声は小さく、プライドも構わず懇願するのように言ったが、最後には素直な言葉に変わった。彼は口では一花を信じていると言っていたが、実際は怖かった。彼は自分がもう以前と同じように、彼女の傍に立ち、陰で支えることはできないと恐れていた。一花は彼の言葉に返事をしなかったが、燃えるように熱い眼差しで彼を見つめた。「さっき『俺が死なない限り』って言ったわね……もしかしたらいつか本当に私たちの関係が終わりを迎える時が来るかもしれない。だけど、それは『死』が私たちを分かつ時じゃないわ。それは
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第819話

一花は柊馬の話に耳を傾けた。彼が落ち着いた口調で話すほどに、彼女の心に広がる波がますます激しくなっていく。柊馬はもう一花に何も隠す気はなく、M国から南関に帰ってくるまでに起きたことを全て彼女に話した。彼は淡々と語っていた。たった数言で、自分に起きた出来事とその心情をはっきりと説明していた。しかし、聞いていた一花は心が張り裂けそうだった。涙がとめどなくまた溢れ出し彼の指先に落ちた。「どうしてもっと早く伝えてくれなかったの……」一花は声を震わせていた。彼女は柊馬の体、腕、足と全てに触れようと思ったが、彼の腕を持ち上げた時に、その場所を見ると、見るにも痛々しい恐ろしい傷跡が目に飛び込み、もう見続けることができなくなった。彼女は彼が会いに来なかったのは、きっと彼の体が原因なのだろうと予想していた。しかしまさか、ここまでひどい状況だったとは……柊馬は小さい頃から自信に溢れていた。一花も彼が外見は冷静で自制心があり、完璧を求める一方で、心のうちでは、常に不安と恐怖に押しつぶされそうになっているということは知っていた。このような性格の彼は、もしかすると死というものを受け入れられても、見るに堪えない憐れな自分には向き合うことができないのかもしれない。一花も自分が彼の立場になった様子を想像することができなかった。もし、ある日突然体が不自由になってしまったら、毅然とこの世界で生きていくことができるだろうか?自分でさえも、きっと自信をなくし、生きる希望も捨ててしまうかもしれない。それなのに、彼に強くあれと言えるだろうか。一花は絶望の淵でも、自分を信じることはできる。しかし、彼は違う。彼は絶望に突き落とされれば、自分への希望など失ってしまうのだ。その瞬間、一花は突然感情を抑えることができなくなり、柊馬を強く抱きしめた。心が締め付けられ、自分を責めながら目を閉じた。柊馬は彼女の肩をそっと抱きしめ、落ち着いた声で言った。「もう分かったよ。これから先……俺は本当に君とは離れないから。一花、今回は俺を許してくれるだろうか……」「バカ……あなたはどうしてそんなにバカなの?」一花はかすれた声を出した。何とも言えなくなってしまった。どうしてここまで馬鹿な男に出会ってしまったのだろうか。彼には弁明する余地が
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第820話

すぐに優紀が迎えに来た。柊馬と一花はこの時も廃屋内の部屋にいて、久しぶりに会えた喜びを噛みしめていた。ドアはしっかりと閉まっていたため、優紀は誰にも直接入らせなかった。ドアを叩いて来たことを知らせた後、部下たちを連れて外へ出て待機した。優紀はこの時、柊馬が一花との再会を喜んでいることを分かっていて、仲の良い友人として、二人の雰囲気を壊したくなかった。ここ数日のことを思い返し、優紀の柊馬に対する印象は180度ガラリと変わってしまった。彼は柊馬はいつも利益を優先する情の薄い自分と同じタイプの人間だとばかり思っていた。それがまさか柊馬がここまで愛の深い男だとは思っていなかった。しかし、優紀はとても柊馬を羨ましいと思った。人生で、ここまで心を通わせられる人に出会えるのはそう容易いことではない。今回、一花はここまで大掛かりな仕掛けで柊馬を誘い出した。一花も柊馬に対して、信頼を寄せていて、確固たる思いを持っているのだ。優紀はタバコを取り出し、深く吸った瞬間、ハッとした。柊馬はここに単身向かったわけだから、一花の計画であることを前から見抜いていたということだ。ああ、この二人は手に取るようにお互いのことが分かるのだ。優紀がいくら時間をかけて説得しても無駄なわけだ。柊馬を立ち直らせるための薬は「一花」という存在だ。二人は一緒にいなくても、互いのことを分かっている。部屋の中で、柊馬と一花は外の物音を聞いた。外に誰かが来たらしい。柊馬は一花の髪を触りながら言った。「俺の友人を紹介するよ。日笠優紀って言うんだ」「あなたを助けてくれた人?」一花は優しい声で尋ねた。「その通り。彼は昔の同級生なんだ。きっと神様が俺たちを可哀想に思って寄越してくれたんだろう。俺はきっと君には二度と会えないんだと本気で思っていた……」「だったら、彼にはとても感謝しないと」一花は半分だけ光に照らされた彼の顔を見つめた。この時、彼は痩せており、骨格がはっきりと浮き出て、肌や筋肉のラインはまるで彫刻のように鮮明で、完璧だった。月明りの下、近寄りがたい存在のように冷たくもあり、美しくもあった。柊馬は微笑み、一花の鼻の頭をつっついた。「必要ないよ。俺からお礼を言っておけばいいから。君が他の男に近づくのは嫌だから」一花は
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