西園寺グループの全てを任せ終わると、一花はやっと離れることができた。本社ビルを出ると、車がすでに前にとまっていた。柊馬は早くから車の中で待っていたが、一花に電話して知らせることはなかった。彼はどれだけ長い間一花を待っても構わない。夏海は一花が車で去っていくのを見届けると、ふいに後ろから視線を感じた。振り返ると、道を挟んだ向こう側の木の下に見慣れた姿があった。その人物は以前とまったく変わらず、がっちりとした大柄の体格をしていて、とてもよく目立つ。素朴な帽子とジャケットに、中には体にフィットした黒のタンクトップを着ている。彼は前方をまっすぐに、彼女のほうを見つめていた。誠だ。その瞬間、夏海の鼓動はドキドキと速くなった。彼女は何も考えずに、体が自然と動いていた。二人の間には道一本しかない。この時、車の流れが多い時間帯で、夏海が彼のほうへ行く前に、数台の車に視界を遮られてしまった。「鳥宮さん!」彼女は焦り、大きな声で彼を呼んだ。しかし、その声は道を走る車の音にあっという間にかき消されてしまった。そして車が途切れて見てみると、彼の姿はそこにはなかった。夏海は眉をしかめて、一瞬で絶望に呑み込まれた。ただの幻覚だったのだろうか?すると突然、耳をつくクラクションの音でハッとした。彼女はぼうっとしていて、道に立っていることを忘れていた。目の前には一台のセダンが彼女の横を通り過ぎようとしていた。車を避ける前に、大きな力で誰かに引き寄せられた。そしてよく知る香りがした。土埃と淡いタバコの匂いで、決して優しくはなかったが、その香りを嗅いだ瞬間にドキッとした。夏海は相手の鍛えあげられた胸筋に頬をピタリとあてていた。そして服と筋肉の下からは力強い鼓動の音がはっきりと聞こえてきた。その車が遠ざかり、アスファルトを踏む鋭いタイヤの摩擦音が過ぎると、一瞬にして静かになった。夏海が急いで顔をあげると、やっと近くに誠の顔が現れた。彼は眉間に皺を寄せて、落ち着いた深い瞳で心配そうに見つめた。「道の真ん中に立ってるなんて危ないだろ」彼の声は高くなく、ゆったりとして優しかった。夏海の顔は一瞬で真っ赤になった。二人が密接にくっついているのと、危うく轢かれそうになり恥ずかしかったからだ。
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