All Chapters of 月だけが見ていた: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

美優は、誠の両親に囲まれていた。手には素敵なプレゼントの箱をいくつか持って、ひとつずつ見せているところだ。茜は美優からもらったルビーのネックレスを触りながら、宝物みたいに胸に当てた。「あなたはほんとうに気が利くのね。お祝いでもなんでもないのに、わざわざ私たちのために贈り物を持ってきてくれるなんて」次の瞬間、彼女は急に声のトーンを変えた。「あの晴香とは大違いよ。彼女ったら、1年のうち数えるほどしか顔を見せないんだから。彼女の心は、とっくに誠から離れてるのよ。今ごろどこかで浮気でもしてるんじゃないかしら!」「お母さん!」誠は眉をひそめて茜の言葉をさえぎった。「晴香のことを悪く言うのはやめてくれ。前に彼女がお父さんに買ってくれた高級な健康食品や、あなたにプレゼントしてくれたブランドのコートのこと、もう忘れちゃったのか?」茜は不機嫌そうに顔をこわばらせると、ネックレスをさっと首にかけた。「あんな女の話はしないで!あの子がいくら貢いだところで、どうせあなたのお金でしょ?それに、あんな性悪がよこすものなんて、本物かどうかも怪しいもんよ!」誠は、晴香がくれたプレゼントは、すべて彼女が必死に節約して給料で買ったもので、自分のお金とは関係ないと、そう言いかけた。一方で、美優が今日持ってきたプレゼントは、一見高価に見えるけれど、実はすべて自分の家族カードで買ったものだった。スマホに届いたばかりの利用通知メールによると、わずか半日で6億円も使われている。それは、会社のひと月ぶんの利益に相当する額だ。でも、彼が言い終わる前に、茜がその言葉をさえぎった。「美優ちゃんがわざわざ家に来てくれたんだから、もう帰らなくていいわよ。二人で仲良くして、半年以内に結婚して、早く孫の顔を見せてちょうだい」誠は即座に断った。「お母さん、前から言ってるだろ。俺が結婚するのは晴香だけだ」「バカもん!」翔は勢いよくテーブルを叩き、誠に向かってどなった。「そんなに意地を張って、俺たち親のこと、どう思ってるんだ!この件は俺が決める。文句は言わせん!今すぐ晴香ときっぱり別れて、美優ちゃんと結婚するんだ!」誠がまだ抵抗するのを見て、茜はキッチンから果物ナイフを取り出すと、いきなり自分の首に突きつけた。「あなたは私の息子なんだから、言うことを聞いて!もし
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第12話

美優の顔から、さっと笑顔が消えた。でもすぐに気を取りなおすと、馬鹿にしたような口調で言った。「ああ、あの女のこと?誠は彼女、ぜんぜん好きじゃなかったわ。私へのあてつけで、付き合ってるフリをしてただけよ。ほら、私が戻ってきたとたん、あっさり捨てちゃったでしょ」さっきまで疑っていた人も、すぐにお世辞笑いを浮かべた。「なるほど!やっぱりそうだったんだ。あなたみたいな魅力的な人がいるのに、誠さんが他の女に目をくれるわけないもんね」美優は得意げに口の端をあげると、ふいに声をひそめた。「それに、あてつけだけじゃなかったの」面白い話が聞けると思った皆は、ぐっと身を乗りだした。「あの女があばずれだったのよ。誠にまとわりつく一方で、他の男たちとも、いろいろとだらしない関係を持ってたの」美優は口もとをおさえ、軽蔑するような目で言った。「とっくに遊びつくされてるかもね。あんな女、誰がもらうっていうの?」周りの人たちが嫌悪感をあらわにするのを見て、美優は心の底からすっきりした。晴香はもういなくなったんだから、二度と戻ってくるなんて考えないでほしい。もし戻ってきたとしても、このY市でめちゃくちゃに評判を落として、顔を上げて歩けないようにしてやる。「美優!でたらめを言うな!」冷たい声が突然、背後から聞こえた。皆が振り返ると、いつのまにか誠がそこに立っていた。昔のクラスメイトではあるけれど、何年も会っていなかった。彼がビジネスの世界で身につけた鋭いオーラに、皆は思わず数歩あとずさった。誠は人ごみの真ん中まで歩いてくると、その場にいる全員を見まわし、一言一言はっきりと訂正した。「俺と晴香は、普通に恋愛して付き合った。8年間、愛し合ってた。そして今も、俺が愛しているのは彼女だ。晴香が急にいなくなったのは、俺がふったからじゃない。俺たちの間に、すれちがいがあったからだ」彼は少し間をおいて、きっぱりと言った。「俺が待っていれば、彼女は必ず戻ってくる」皆は息をのんだ。Y市で誰もが知る松浦社長が、たくさんの女性があこがれる相手が、まさか「逃げた婚約者」にそこまで一途だなんて。美優がさっきまで必死に積み上げてきた見栄は、一瞬にしてこなごなに砕け散った。彼女は顔面蒼白になり、作り笑いも浮かべられなくなった。「誠、きっと晴香さんのメン
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第13話

誠は画面の内容を見て、胃がひっくり返るような吐き気を覚えた。美優の言う「愛」なんて、しょせん金にはかなわないものだったのだ。金のためなら、G市のあの年寄りで不細工な金持ちにも身を任せる。金のためなら、かつての愛の誓いも平気で踏みにじれるんだ。不思議なことに、悲しんだり、怒ったり、歯を食いしばるほど憎んだりするものだと思っていた。でも結局、残ったのは吐き気だけだった。時間というのは残酷なものだ。骨の髄まで愛したはずの人が、今では憎らしいだけの赤の他人にしか見えない。そのとき誠は気づいた。いつの間にか、自分の心は晴香でいっぱいに満たされていたことに。美優の過去の裏切りの真相をすべて知った今でも、彼が一番気にしているのは晴香の行方だった。「まだ晴香は見つからないのか?」誠は数えきれないほど同じ質問を渉に投げかけ、その声には疲れがにじんでいた。渉は口ごもりながら言った。「ヘリコプターを2機も同時に動かせるなんて、きっとよほどの有力者ですよ。もしかしたら……工藤さんは、わざと私たちから隠れているのかもしれませんね」「ありえない!」誠は強く拳を握りしめ、目の前の書類をくしゃくしゃに丸めた。「やつが晴香を無理強いしているに決まってる!あいつは晴香を隠したいだけなんだ。度胸があるなら、俺のところに正面から勝負を挑んで来ればいいのに。女をいじめて一体何が面白いんだ!」怒りを抑えきれずにいると、突然スマホが鳴った。画面には知らない番号が表示されている。誠はイライラして電話を切ったが、相手はしつこく何度もかけ直してきた。何度か繰り返された後、誠はついに通話ボタンを押した。「何の用だ?」電話の相手が何かを話すと、誠の表情がさっと変わった。彼は勢いよく立ち上がり、叫んだ。「川に飛び込んだ?どこだ!」Y市のお堀にかかる橋の欄干に、美優が髪を振り乱して座っていた。風でスカートの裾がばたばたと音を立てている。彼女は泣き叫びながら、近づいてくる消防隊員を制止した。「こっちに来ないで!一歩でも近づいたら、飛び降りるから!」誠は野次馬をかき分けて前に進んだ。その狂ったような様子を見て、いらだちを隠さずに言った。「また何をやっているんだ?」美優は彼を見ると、さらに激しく涙を流した。「誠、私の過去を気にしてるのはわかってる。
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第14話

美優が目を覚ますと、ベッドのそばに誠が座っていた。彼女はものすごく喜び、弾んだ声で言った。「誠、あなたが川の中から助けてくれたのよね?助けてくれたってことは、もう私のこと許してくれたの?よかった……これからはあなただけを愛すわ。もう二度と離れないから」美優が話し終えるか終えないかのうちに、誠は突然、ドアの前に立つボディーガードに顎をくいっと上げた。「この女を連れていけ」美優の顔から笑顔が消え、みるみる青ざめて必死にもがいた。「誠、どこへ連れて行くの?まだ体調が良くないのよ!」しかし誠は無表情で、ボディーガードも何も言わない。ただ彼女の腕を掴んで、引きずるようにして病院から連れ出した。しばらくして、彼らはY市で一番大きなキャバクラの個室に立っていた。ソファに座っていたのは、以前、晴香をいじめていた成金の男たちだった。美優は男たちに囲まれ、いかにも不細工な彼らの顔を見て、ぶるぶると全身を震わせた。個室のドアはボディーガードが固めていて、逃げ場はどこにもなかった。彼女は、助けを求めるように一人掛けのソファに座る誠に视線を向け、泣きそうな声で訴えた。「誠、どうしてこんな所に連れてきたの?私、怖いよ。お願いだから連れて帰って」誠は冷たい表情のまま、指に挟んでいたタバコを灰皿にぐりぐりと押し付けた。その凍えるような空気に、美優は思わず身をすくめた。「見覚えは?」誠が口を開いた。その凍るような視線は、彼女の顔のどんな些細な表情も見逃すまいと、じっと注がれていた。美優は目をそらし、しどろもどろに言い訳した。「し、知らないわ。こんな所、来たことないもの」誠は突然立ち上がると、数歩で彼女の前に詰め寄り、その顎をぐいと掴んだ。美優はあまりの痛さに涙を流した。今度こそ、本気で怖かった。「知らないだと?」誠は冷たく笑った。「もう一度よく見てみろ。お前が晴香をここに追い詰めたんじゃないか?恵ちゃんの命を盾にして晴香を脅して、ここで男たちの相手をさせた。それで知らないとしらばっくれるのか?」そんな誠は、美優の知る誠ではなかった。昔別れた時、誠はあれほど怒っていたけど、手をあげたりはしなかった。でも今の彼の目には、自分を飲み込んでしまいそうなほどの憎しみが宿っている。「あなたは……全部知ってたの?」誠は彼女の手
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第15話

晴香と恵は横山家に迎えられ、そのままK市で最高レベルの私立病院に運ばれた。恵はY市で緊急手術を受けたばかりで、予断を許さない状態だった。でも、横山家がすぐに世界トップクラスの医療チームを手配してくれて、なんとか容体は安定した。晴香が意識を取り戻したとき、看護師から恵はもう命に別状はないと伝えられた。晴香はベッドの上で、思わず涙をこぼした。それは悲しい涙じゃない。胸のつかえが取れたような、とてつもない喜びの涙だった。横山グループの会長夫人である横山梓(よこやま あずさ)がドアを開けて入ってきたとき、ちょうど晴香が手の甲で涙をぬぐっているところだった。気品あふれる梓は無表情のまま、淡々と言った。「感謝はいらないわ。これは取引だから。有名な占い師に見てもらったの。あなたがいれば涼太の運気を上げられる、ってね」梓は少し間を置いて、晴香の顔を見つめた。「数日後、あなたには横山家に嫁いでもらう。涼太が目を覚ましても覚まさなくても、後悔は許さないわ。わかった?」晴香は何度も頷いた。「わかりました。結婚します。絶対に後悔しません」横山家の御曹司が植物状態だって、それがなんだっていうの?なにより、この人たちは本気で恵を助けてくれたんだから。誠とは大違いだ。あれだけ長年愛していたのに、結局は自分と恵が地獄に落ちるのを見ているだけだった。結婚式は3日後。そして偶然にも、恵の骨髄移植手術も同じ日に決まった。横山涼太(よこやま りょうた)は「体調不良」を理由に姿を見せず、晴香はひとりで式を終えた。式が終わったという知らせとほぼ同時に、病院からも良い知らせが届いた。手術は成功だった。晴香は、そのまま涼太の部屋へと案内された。今日から彼女は、涼太の妻であり、彼の介護をする役目も担うことになった。部屋の入り口で、ヘルパーが注意事項を細かく説明してくれた。毎日の清拭やマッサージ、流動食の与え方など……晴香は、その一つ一つを心に刻んだ。部屋に戻ると、彼女は深く息を吸い込んで、教わった手順通りにまず涼太の体を拭こうと準備を始めた。まず部屋着を脱がせ、次に肌着のボタンを外す。あとは機械的に作業をこなすだけだと思ったとき、指先に、涼太の体がぴくりと痙攣するのが伝わってきた。晴香ははっと息をのみ、自分の目をこすった。気のせ
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第16話

涼太の言った通り、結婚の翌日から、晴香は彼の叔父の横山哲也(よこやま てつや)一家から目をつけられることになった。涼太が定期検査を受けている隙を狙って、哲也はわざわざ彼女をテラスに呼び出し、あれこれと探りを入れてきた。「涼太の具合は、どうだね?」哲也はお茶を一口すすると、探るような鋭い視線を晴香の顔に向けた。晴香はうなずき、淡々とした口調で答えた。「変わりありません。ヘルパーが、きめ細かくお世話してくださっています」「君が嫁いだのは、占いで相性が良いからだったな」哲也は湯呑みを置くと、話を変えた。「でも、運気を上げられるって、本当に効果があるのかね?もう2日も経つのに、涼太の容体は一向に良くならないじゃないか?」晴香の心に、ぴりっとした緊張が走った。やっぱり、疑われてる。幸い、昨夜、涼太から対処法を教わっていた。彼女は愛想笑いを浮かべて言った。「おじさん、こういうことは、縁とタイミングも大事ですから。ご安心ください。私は誰よりも涼太さんが回復することを願っています。もし何か変化があったら、真っ先におじさんにご報告します」それを聞いて哲也はようやく満足そうにうなずき、今度は晴香を引き込むような口調で言った。「晴香、君は状況をよく見るべきだ。兄はもういないし、涼太もあの状態だ。これから横山家を支えていくのは、おそらく俺になるだろう。今後、どちらにつくか、よく考えるんだな」彼は一呼吸おいてから、エサをちらつかせた。「もし俺が実権を握ったら、君に悪いようにはしない。株もちゃんと君の分を確保しておくさ」晴香が返事をする間もなく、哲也は笑って彼女の肩を軽く叩くと、テラスから立ち去ってしまった。その夜、晴香は先ほどの会話をそのまま涼太に報告した。彼女が話し終えるとすぐ、涼太はぐっと身を乗り出してきた。試すような目で言う。「横山家の株だぞ、欲しくないのか?たった1%でも、一生遊んで暮らせるんだが」晴香は黙って首を横に振った。「今からおじさんの側につくならそれでもいい。君を責めたりしない」涼太は声を少し低くして続けた。「もし俺が負ければ、俺に関わった人間は誰も逃げられないんだ。そして君は、この横山家に嫁いできた瞬間から、もう逃げられないんだ」彼はまるで心の奥底まで見通すような鋭い眼差しで、晴香をじっと見つ
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第17話

恵が退院した日、晴香が荷物を片付けていると、涼太の主治医から急な知らせが入った。海外の特別な治療法なら涼太を完全に目覚めさせられるかもしれないらしく、極秘で出国して治療を受けることになったそうだ。今回の渡航はごく内密なもので、秘書の大野浩(おおの ひろし)も同行しなかった。もちろん、晴香も横山家に残されることになった。出発の直前、晴香は使用人たちの目を盗んで、こっそり涼太の部屋へ見送りに行った。「これもあなたの計画ですか?」晴香は、涼太がヘルパーに車椅子へ乗せられるのを見ながら、声をひそめて尋ねた。涼太は首を横に振った。「俺の筋書き通りじゃない。だけど、これはチャンスかもしれない」「じゃあ……危なくないですか?」晴香の声には、隠しきれない緊張が滲んでいた。一つには、もし涼太に何かあったら、自分と恵は横山家で居場所がなくなってしまう。それに、この数ヶ月一緒に過ごしてきて、ただの友達としてだって、彼が危険な目にあうのを黙って見てはいられなかった。こんな命がけの状況なのに、涼太はなんと笑みを浮かべ、冗談めかした口調で言った。「ああ、すごく危ないさ。こうなるって分かってたら、最初からおじさんの側につけって言えばよかったな」晴香の心臓がきゅっと縮む。彼女は慌てて涼太の言葉を遮った。「バカなこと言わないでください!」涼太は顔から笑みを消し、珍しく真剣な表情になった。「真面目な話をする。銀行に君と恵ちゃんのために40億円を残してある。もし俺が戻れなかったら、大野さんを訪ねろ。彼が君たちが逃げる手はずを整えてくれる。夫婦になったのに、何もしてやれなくて、ごめんね」彼は静かな目つきで晴香を見つめた。「俺がいなくなっても、せめて君たち姉妹が残りの人生を穏やかに暮らせるように守ってやりたい」晴香の目から、突然、涙がこぼれ落ちた。両親が亡くなってから、彼女は恵と二人きりで寄り添って生きてきた。誠とは数年も愛し合ったのに、いざという時、彼は恵を見捨てたのだ。なのに、目の前のこの人は知り合ってまだ数ヶ月。自分の身さえ危うい状況で、彼女たちのことまで守ろうとしてくれている。晴香は慌てて涙をぬぐい、涼太の車椅子を少し押した。「ほら、もうベッドに戻ってください。誰かに見られちゃいますよ」涼太が去った後、晴香は横山家で薄氷
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第18話

騒動が収まった後、涼太は海外にいた梓を呼び戻した。この波乱万丈な一族の争いを経て、梓の晴香に対する見方はすっかり変わっていた。はじめは「取引相手」という気持ちだったが、今では彼女を心から嫁として認めていた。高価な宝石やオーダーメイドのドレスが、ひっきりなしに晴香の部屋に届けられた。横山家の誰もが、晴香を宝物のように大事にした。でも、晴香は黙って荷物をまとめると、涼太に別れを告げに行った。涼太は彼女のスーツケースに目をやると、黙って手を伸ばしてそれを部屋の隅に置いた。声には少し緊張がにじんでいる。「どうして?」晴香は彼の視線をそらしながら言った。「あなたと結婚したのは、あなたの計画のためですよ。もう全部終わったんですから、私と恵ちゃんは……行かなくてはいけません」涼太は少し眉をひそめた。「君は……前の婚約者のことが、まだ忘れられないのか?」「いいえ!」晴香はすぐに首を横に振った。「彼の大切な人が戻ってきたとき、私たちは終わっていたってわかりました」「そうか」涼太はそう言うと、そっと指を握りしめた。「じゃあ、俺のことは嫌い?」晴香は首を横に振った。「嫌いじゃないです。一緒に過ごすうちに、もう友達だと思ってました」突然、涼太が梓を呼んだ。二人は顔を見合わせ、互いにとても真剣な表情をしていた。「晴香、横山家はいい加減なことはしないのよ」先に口を開いたのは涼太だった。彼は今までにないほど真剣な目で、晴香の顔を見つめている。「はじめに君を家に迎えたのは、お互いの利害が一致したからだ。君も同意してくれたよね。俺たちはもう、法律の上では夫婦だ。それに、俺のことを嫌いじゃないんだろ。だったら……この関係を続けるチャンスをくれないか?」涼太は少し言葉を切った。耳の先がかすかに赤くなっていて、いつもの冷静な彼とは別人のようだ。「だって……君を嫌いじゃないどころか、好きなんだ」晴香は驚いて目を見開いた。「えっ、いつから……」言いかけて、すぐそばに梓がいることに気づき、彼女は慌てて口を閉じた。梓は二人の初々しいやりとりを見て、優しい笑みを浮かべた。「晴香、あなたたち若い人のことには口をはさまないわ。でも、覚えておいて。私はあなたのことを、本当の嫁だと思ってる。あなたがどんな決断をしても、私はそれを応援するわ」彼女
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第19話

晴香の言葉は、誠の胸にぐさりと刺さった。自分がどん底だった頃も離れずに、8年間も支えてくれた女が、こんなにも自分を怨むなんて、思ってもみなかったのだ。誠の記憶の中の晴香は、いつも物分かりがよかった。たとえ傷つくことがあっても、少し言葉をかければすぐに機嫌を直してくれたはずだ。やっと彼女に会えた喜びは、一瞬で不安に変わった。誠はうろたえ、慌てて言い訳した。「そんなことない!お前を見下したことなんて一度もない!ボディーガードの件は、本当に知らなかったんだ!信じてくれ!」彼は最後の望みにすがるように訴える。「もし知っていたら、お前にあんなひどい思いは絶対にさせなかった!」晴香は鼻で笑い、誠を問い詰めた。「私が暴力を受けたことは知らなかったと。じゃあ、入院したことは?熱いスープをかけられて、無理やり接待に引っ張り出された時は?この全部を、『知らなかった』の一言で済ませるつもり?」晴香はだんだん感情的になり、声が震え始めた。「本当に知らなかったというなら今教えてあげる。あなたが私にしてきたことは、全部心に刻んでる。一生忘れないから!あなたを許さない。むしろ憎んでる。だから、あなたとやり直すなんてありえないわ」晴香は誠の目をまっすぐ見て、きっぱりと言い放った。「私たち、これで終わりよ」誠はとっさに彼女の腕を掴もうとしたが、その手は空を切った。涼太が一歩前に出て、晴香を背後にかばう。そして、冷たい視線を誠に向けた。「松浦さん、でしたか?松浦さん、妻が言いたいことは、以上です。身の程をわきまえなさい」誠は目を真っ赤にして叫んだ。「晴香と俺は8年も一緒にいたんだ!お前に何がわかる!彼女は一時的な迷いでお前と一緒にいるだけだ。本当に愛しているのは俺なんだよ!どけ!さもないと容赦しないぞ!」誠が言い終わる前に、横山家のボディーガードたちが彼を取り囲み、その場で押さえつけた。涼太は前に進み出ると、集まっていたマスコミの前で、誠を殴りつけた。涼太はもともと我慢強い性格ではない。先ほどの言葉は最大限の警告だった。相手が聞き入れないのなら、人前で手荒なことをするのもいとわない。「もういいですよ」晴香は、涼太の腕をそっと引いた。「あんな人のことで怒る価値なんてありませんよ。横山家の評判にも関わってきますから」地面に押さえつ
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第20話

誠の約束にも、晴香の表情は少しも変わらない。いつものビジネススマイルを浮かべただけだ。「松浦社長、今日、仕事の話が向いてないなら、別の日にした方がいいんじゃない?仕事と関係ない話は、しても意味がない。お互いの時間の無駄だと思うよ」誠の必死だった顔つきが、一瞬で固まった。晴香に恨まれるのも、憎まれるのも覚悟していた。でも、こんなに冷たく突き放されるのは、どうしても耐えられなかった。まるで自分は、彼女にとってどうでもいい、ただの他人なんだと思い知らされた。言いたいことは山ほどあった。美優は罰を受け、晴香をいじめた連中も皆報いを受けたと伝えたかった。そして今度こそ、何があっても彼女を連れ帰ると。絶対に諦めないと、そう誓いたかったのだ。でも、晴香の澄みきった静かな目を見たら、なにも言えなくなってしまった。「晴香、俺たちはもう、本当にこれで終わりなのか?」声は震え、彼女の手に触れようと手をのばす。「頼むから、そんなふうにしないでくれ。俺を罵ってくれても、殴ってくれてもいい。殺したいならそれでもかまわない……」誠はさらに晴香の手をつかむと、自分のほおに押しあてた。「この顔を叩いてくれ。絶対にやり返さないから」でも、晴香は冷たく手をふりほどいた。指先が、ゆっくりと彼の手から離れていく。「松浦社長。他に用がなければ、これで失礼します。仕事が残ってるので」誠は思わず引き止めようとした。でも今回は、彼女の服のすそにさえ、指が届かなかった。その日の夜、晴香はめずらしく定時で会社を出た。涼太の車が、とっくに会社の入り口で待っていた。彼女が出てくるのを見ると、わざとむっとした顔で言ってくる。「すっかり忙しくなっちゃって。もう俺と会う時間もないわけ?」晴香は笑いながら車のドアを開けた。「今夜の時間は全部あなたのものですよ。それで埋め合わせではいけませんか?」涼太は車を出すと、彼女を海辺へ連れていった。ちょうど夕日が沈むころで、オレンジ色の光が海いちめんに広がっている。きらきら光る波は、まるで金色の砂が流れているみたいだった。道ばたの屋台からの呼び声と、子どもたちが水遊びをする楽しそうな声がまざりあって、あたりはにぎやかで温かい空気に満ちていた。晴香は砂浜に立って、しょっぱい潮の香りを胸いっぱいに吸いこんだ。「こ
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