工藤晴香(くどう はるか)と松浦誠(まつうら まこと)のことを知る人々は、晴香のことをあまりよく思っていなかった。なぜなら、誠が元カノの池田美優(いけだ みゆ)と別れたとたん、すぐさま彼と一緒になったから。でも、以前は誠のほうが晴香の前でひざまずいて、目に涙を浮かべながら「一生お前を守る」と誓ったなんて誰も知らないのだ。「泥棒猫」なんて言われ、時には汚い言葉で罵られもした。それでも彼女は、8年間ずっと歯を食いしばって耐えてきたし、後悔なんて少しもしていなかったのに。そんな気持ちが変わったのは、婚約パーティーの3日前のことだった。晴香はホテルのスイートルームのドアの前に立ち、中から聞こえてくる聞くに堪えない声に耳を澄ましていた。中では、誠が美優の上に馬乗りになり、その首を力いっぱい締めている。「美優。こっちが大変になったときはさっさと見限ってくれたくせに、今さらどの面さげて戻ってきたんだ?」美優は頬を上気させ、首元には赤い痕が滲むように広がっていた。涙をいっぱいに溜めたその瞳は、守ってやりたくなるほど痛々しい。「誠、私が悪かったわ……本当に後悔してるの。お願い、父を助けて。そのためなら、私、何でもするから」誠が彼女の唇の端を指でなぞる。その目の奥では、汚い欲望が渦巻いていた。「じゃあ、ここで俺と寝ろって言ったらお前は寝るのか?」美優は何も答えなかった。しかし、ただうつむいて、一枚、また一枚と服を脱いでいく。服が床に落ちる音と、誠の荒くなっていく息づかいが混じり合い、ドアの隙間から漏れ、容赦なく晴香の耳に入ってきた。そして、最後に聞こえてきたのは、ベッドが激しくきしむ音と男の醜く低い笑い声。「美優、覚えとけよ。先に俺を誘ったのは、お前だってことをな」中から聞こえる喘ぎ声はまるで毒針のように、晴香の全身にびっしりと突き刺さる。足も鉛でも詰められたみたいに重くなり、その場から動けなくなった。晴香は自分がどれくらいその場に立っていたか分からなかったが、なんとかこわばった体を動かし、おぼつかない足取りでホテルを出ると、すぐに探偵に電話をかけた。その日の夜、彼女の目の前に置かれていたのは、美優の父親・池田健吾(いけだ けんご)のカルテだった。病名は悪性リンパ腫。骨髄移植が必要らしい。なるほど、そういう
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