竜之介は花束を抱え、梨花がこの優しい黄色のチューリップを見たらどんなに喜ぶだろうと想像していた。ささやかなサプライズを届けようと家に帰る途中、ポケットのスマホが震えた。画面が光り、「渚」の文字が目に飛び込んでくる。薄暗い光の中で、その名前はやけに目に焼き付いた。竜之介の指先は、ごくわずかに、だがはっきりと動きを止めた。最近、この名前を見る頻度と、それに伴う目に見えないしがらみが、彼の心にどっと疲れをもたらしていた。それでも、竜之介は通話ボタンを押した。「竜之介……」受話器から、渚のか細く、吐息まじりの声が聞こえてきた。「夜の病院って、すごく静かなの。窓の外の風の音が怖くて……一人だと、少し心細くて。少しだけ……会いに来てくれないかな?」スマホを握る竜之介の手が、ぴたりと止まった。助手席に置かれたチューリップの花束に目を落とし、低い声で言う。「悪い、渚。今夜は他にやることがあるんだ。それに、付き添いの看護師を頼んだだろう?何かあったら、いつでも彼女に頼んでくれ」「でも、あの人は……」渚の声が小さくなる。「ただ……知っている人にそばにいてほしくて。今日、先生から今後の治療の話を聞いたら、なんだか気持ちが落ち着かなくなっちゃって……」「本当に、行けないんだ」竜之介は渚の言葉を遮った。「ゆっくり休んで、先生の言うことを聞くんだ」家に帰ると、リビングはがらんとしていて、やけに静かだった。梨花の姿はない。竜之介は立ち尽くした。ずしりと心が重くなった。彼は家の中を歩き回った。壁にかかっていたはずのウェディング写真が消え、そこには不自然な空白だけが残されていた。寝室では、梨花のドレッサーに無造作に置かれていた小物や、愛用の香水、それに、彼女が大好きで何度も読み返していた本も、すべてなくなっていた。ベッドサイドに置いてあった、ガラスの小さなナイトランプさえも、跡形もなく消えていた。まるで、ここにいたことなど一度もなかったかのように。竜之介の心は、急速に沈んでいった。まさか、梨花は……出て行ったのか?彼はすぐに、その考えをかき消そうと激しく頭を振った。ほとんど本能的に、その可能性を拒絶していた。ありえない。梨花は甘えん坊で、自分にべったりだった。この関係が終わることを、自分以上に怖がっていたはずだ。自分に嫌
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