「お母さん……私、結婚しない」破れたウェディングドレスの隙間から夜風が吹き込む。二宮梨花(にのみや りか)は裸足で誰もいない通りを歩いていた。ドレスの裾はほこりを引きずっている。電話の向こうは一瞬黙り込み、信じられないというように声が震えていた。「どうしてなの?竜之介さんのこと、5年も好きだったんでしょ。あの子じゃないとダメなんだって、私たちの言うことも聞かずに、一人で家を飛び出して遠い街まで行ったのに。竜之介さんに何かひどいことでもされたの?」梨花は言葉に詰まり、涙がこらえきれずにこぼれ落ちた。自分が間違っていた。両親の言うことを聞かなかったのが、間違いだった。青春を、初恋の人のために結婚式から自分を置き去りにするような男に費やしてしまったのが、間違いだった。幸い、結婚式は中止になって、まだ入籍もしていなかった。「お母さん」梨花は冷たい空気を深く吸い込んだ。「こっちの事を片付けたら、来週には帰るから」真夜中になって、彼女は松井竜之介(まつい りゅうのすけ)との家に帰り、荷物をまとめ始めた。竜之介が帰ってきたのは、翌日の朝だった。彼は高級レストランのテイクアウトの朝食をダイニングテーブルに並べた。「胃が悪いのに、朝食を抜いたらダメだろう」梨花は黙って竜之介を見つめた。結婚式を控えて、彼女は不安で胃を痛めていたのだ。最近、医師に薬を変えてもらったから、しばらく朝食は食べられないと、何度も竜之介に伝えていたのに。彼はいつも「分かった」と頷くだけで、本気で聞いてはいなかった。竜之介はいつもこうだった。一見すると優しくて、思いやりにあふれている。でもその優しさは、まるでガラス越しみたいだった。見えているのに、そのぬくもりに触れることはできないのだ。本当に心から気にかけてくれたことは一度もなかった。今だってそうだ。リビングにスーツケースや荷物を詰めた段ボールが並んでいることに、彼はまったく気づいていない。「昨日、結婚式の途中で俺が帰ったことで怒っているのは分かる」竜之介は落ち着いた様子で数歩近づいた。「でも、渚が急に病気になって、一人で海外から帰ってきたんだ。放っておくわけにはいかないだろう。また日を改めて、もっと盛大な結婚式を挙げよう」そう言うと、竜之介はウェディングプランナーに連絡しよ
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