「おしゃべり」という理由で九十九回目の婚約破棄をされた高橋咲良(たかはし さくら)は、ついに運命の相手に出会った。噂に聞く、寡黙で冷静沈着、誰に対しても温厚で礼儀正しい、帝都の久遠財閥の次男である久遠晴人(くおん はると)だ。二人はあるオークション会場で出会った。たまたま彼の隣に座った咲良は、三日月のように目を細めて笑い、三十分間ノンストップで喋り倒した。それに対して晴人は終始穏やかな表情で耳を傾け、時には同意を示すように頷いてくれたのだ。咲良はついに理解者を見つけたと思った。「ねえ信じてよ、九桁も出してこの宝石を買ったら絶対後悔するって!私、一昨年、十億円も出して宝石を買ったの。その時はお宝を見つけたと思ったんだけど、鑑定に出したらまさかの五百円の価値しかなかったんだから。五百円ならまだいいわ。一昨々年、私、何を競り落としたと思う?神崎清舟(かんざき せっしゅう)の真筆だって言われたのに」ついに、晴人の秘書が堪り兼ねて口を挟んだ。「申し訳ございませんが、当社の社長は静かな環境を好みますので」咲良の声がピタリと止む。思わず唇を引き結び、身を引いた。やっぱり、誰も耐えられないんだ!そう思った矢先、晴人がふと眉をひそめ、咎めるような視線を秘書に向けた。そして咲良の方へ軽く顎を引き、温厚で礼儀正しい表情のまま、落ち着いた声で言った。「構わない。聞いているから」ドカン!咲良は頭の中で花火が炸裂する音を聞いた。心臓が制御不能になり、轟音を立てる。彼女にしては珍しく、言葉を失った。晴人が優しく問いかけるまで。「それで?続きは」咲良は耳まで真っ赤にし、あろうことか口ごもってしまった。「そ、それでね、十億円で鯉の名手である神崎先生が描いた鯉の絵を買ったんだけど、偽物だって言われたの。その鯉の絵を描いたのは月村葉翔(つきむら ようしょう)だったんだって。神崎先生の描く鯉なんて、一文の価値もないわ」晴人はわずかに目を丸くした後、口角を上げて笑った。目尻に微かな笑いじわを刻み、口元には浅いえくぼを浮かべている。笑うと薄い唇が控えめな弧を描き、その美しい顔は、優しげでありながらどこか薄情な冷たさを帯びていた。その瞬間、咲良は悟った。自分が完全に恋に落ちたことを。絶対に百回目の婚約をする。この晴人と結婚す
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